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時間が少しだけ遡り――エトラス王国。東部。
この場の多国籍軍と魔物と魔族の軍勢による戦いは、徐々にではあるが多国籍軍が優勢となっていった。
その裏に居るのは、ヴァレード。
魔物と魔族の軍勢において、抜きん出た存在の一人であるエンバーを倒したあと、ヴァレードはその身を戦場へと向かわせ、秘密裏に動く。
そういうことは、どちらかといえば得意なのである。(※ヴァレード談)
多国籍軍、それと魔物と魔族の軍勢の、どちらにも気付かれることなく、ヴァレードはこの場に居る魔物と魔族の軍勢の中で、割と強い方――戦っている多国籍軍にとって、脅威となり得る危険度の高い者から排除していった。
その中には、エンバーの部下と言ってもいい暗殺を得意する者たちも居たのだが、ヴァレードからすれば問題ない。まったくと言ってもいいほどに。
何しろ、誰もヴァレードの姿を見て、捉えていないのだから、記憶にも残らない。
ヴァレードが姿を隠そうとすれば、これが普通であって、見つけようとしても見つけ出せるものではないのだ。
特に、この場にはヴァレードを超える者、あるいは匹敵するような者は居らず、ヴァレードを見つけろという方が無理だろう。
結果として、戦場の至るところで、ヴァレードによって倒されていく者が増えていく。
これには、力こそがすべてであり、他者にあまり関心のない者が多い魔族であっても、異変を察知することはできた……できたが、それが誰の仕業で、いつ行われたまでは把握できない。
そもそも、そういうことができる者はヴァレードによって優先的に排除されているのだ。
どうしようもない。
気付けば、この場の魔物と魔族の軍勢は劣勢に立たされ、多国籍軍によってそのまま押されていく。
そのように変わった戦場から少し離れたところで、戦場の様子を窺いながら、ヴァレードは一仕事しましたと掻いてもいない汗を拭う仕草をしながら眺めていた。
「……ふう。これくらいまで差が開けば、もう大丈夫でしょう。余程のことでもない限りは、さすがに覆ることはないと思われますが……まあ、そこまで愚かではないでしょう。それに、多少は知恵が回る者は既に動き出していますしね」
ヴァレードが戦場から視線を少しずらせば、魔物と魔族の軍勢の中から、既に逃亡を始めている者がちらほらと居るのが映っていた。
ちなみにヴァレードの見立ては正しく――戦況が覆ることはなく、このまま多国籍軍が押し切っていくことになる。
それを見届ける前にヴァレードは動く。
「ふむ。これからどうしましょうか。ここでやるべきことは終わったようなモノですし……他の方々の様子を見に行ってもいいのですが、そもそも問題はないでしょうから……まあ、強いて言えば、あの人形のところが不安ですが、私が姿を見せても襲いかかられるだけでしょうから、やめておきましょう。となれば、ここはやはりニトさまのところにでも向かいますか。何か面白いことが起こっているかもしれませんし」
そう判断して、ヴァレードはニトが向かっているエトラス王国。南部へと転移魔法で飛ぶ。
―――
エトラス王国。南部。
多国籍軍と魔物と魔族の軍勢が戦っている戦場。
そこから離れた位置に、ヴァレードは姿を現わした。
さすがに戦場のど真ん中に現れる気はないし、何よりそのような大胆不敵な態度や行動を、ヴァレードは好まない。
裏からこっそりと、が好みであって、理想なのだ。
誰かに見られている、ということもなく、ヴァレードは戦場へと向かい、辿り着くのと同時に目撃したのは――ニトが近距離でかわして、「ぶつかるぞ~」と注意を促した邪悪な魔力波が、魔物と魔族の軍勢に当たったところだった。
そこでヴァレードは、誰も見ていないのだからと少しだけ驚きの表情を浮かべる。
邪悪な魔力波がそれなりの威力であり、そのようなモノを放てるような存在がここに居たのか、と思ったからだ。
少なくとも、この場にそのような存在が居なかったことは確認している。
つまり、そのあとに現れた、ということになり、ヴァレードは可能性として高いのは大魔王――グラートだとしたが、それはそれで不思議に思えた。
ヴァレードもまたアルザリアの力、その強さは正しく理解している。
グラートがアルザリアから逃れることができるだろうか? と本気でわからない疑問となった。
ただ、邪悪な魔力波が放たれた場所に、ニトが居るであろう、というのは確かなことであるとした。
しかし、ヴァレードは直ぐに動かず、まずはと全体の様子を見る。
多国籍軍と魔物と魔族の軍勢の戦いは、邪悪な魔力波によって魔物と魔族の軍勢の方にそれなりに被害を出したが、それよりもこの場の多国籍軍の力が強く、手を出さずとも、貸さなくとも大丈夫であろうことは直ぐにわかった。
これなら、ニトのところに向かっても大丈夫だろうと早速向かう。
そうして、ヴァレードはニトと超グラートが戦っている場に姿を現わしたのであった。
―――
ヴァレードが姿を現わしたのは、ニトの後方である。
そのため、先に気付いたのは超グラートの方。
近距離でニトに向けて放っていた攻撃をやめ、ヴァレードに視線を向ける。
「……何故、貴様がここに居る?」
超グラートの問いを聞き、ニトも後方を確認。
「……いや、本当になんでここに居る?」
東部の方に行っているのでは? とニトは首を傾げた。
対して、ヴァレードの答えは決まっている。
「暇になりましたので来ました」
退屈を紛らわせて欲しい、と懇願するヴァレード。
ニトはなんとも言えない表情を浮かべるが、超グラートは訝しげであった。
「暇になっただと? お前にはエンバーを当てたはずだが?」
「エンバー? ああ、彼ですか。彼ならもうやっつけておきましたよ。もう少しやりがいのある者を差し向けていただけませんか? 普通の暗殺者にはもう飽き飽きでして」
使えないヤツめ、と超グラートは内心で思う。
その心中に、エンバーに対する気遣いなどは一切なかった。
超グラートが何よりそう思ったのは、ヴァレードが無傷だったからである。
致命傷とまでは言わないが、せめて何かしら動きが制限される程度の傷くらいは付けておけ、と思っていた。
「そうか。まあ、口ではあれだけ威勢良くしていようとも、所詮はその程度か。まあ、元より期待はしていないがな。それに」
超グラートはヴァレードに向けて余裕のある笑みを浮かべる。
ヴァレードは超グラートの笑みを見て、思う。
ここまで自信を持つだけの強さでしたでしょうか? と。
「ヴァレード。今更現れて、すべてはもう終わったのだ。お前でも我を殺すことはもうできないと知れ」
「おや? 随分と強気な発言ですね。少なくとも、私が知っているあなたは、自分よりも強い者に対して強気に出られるような者ではなかったと思いますが?」
「それは違う。違うな。ヴァレード。たとえそうであったとしても、それは過去の我。その我は既に居ない。何しろ、我より強い者は居ないのだ。我が最強なのだからな」
超グラートの言葉に対して、ヴァレードは答えない。
その代わり、ニトを見る。
――頭、殴りましたか? と視線で問う。
ニトは、いいや、手を出していない、と首を振る。
「信じられないか? ならば、お前に身にも心にも刻んでやろう。大魔王である我に対する恐怖をな」
超グラートが戦意を滾らせた。
その視線はヴァレードだけではなくニトにも向けられる。
「なんだったら、一対二でも我は構わないが?」
ニトとヴァレードに向けて余裕を見せる超グラート。
ヴァレードは、何を言い出すのかと肩をすくめた。
状況は見てわかる通り、ニトが相手をしている。
そこに自分が手を出す余地はないと思う。
寧ろ、ニトが相手で今のいままで生き残っていた、それも一切の傷を負わずに、というのがヴァレードは不思議だった。
運が良かった? いや、戦いが始まってそう時間が経っていないのかもしれない、と結論を出す。
そんなヴァレードに向けてニトが近寄り、超グラートに聞こえないように小声で一声かける。
超グラートとしてはそのまま攻めてもいいが、策を練るだろうからそれを待つつもりであった。
何故なら、策を用いられた上でそれを上回れば、その方がより己の強さをハッキリと実感するだろう、と。
「……ヴァレード」
「なんでしょうか?」
ニトが小声であったため、ヴァレードも小声で答える。
「お前が相手をしてくれ」
「……よろしいので?」
少しばかり驚きを露わにするヴァレード。
何故なら、ニトが自分の行う戦いを他人に任せるとは思っていなかったからである。
「まあ、理由があって。ついでに、何かしらの糸口でも掴んでくれるといいんだが……」
「どういうことでしょうか?」
ニトは自分の身に起こっていることを口にする。
聞き終えたヴァレードは考え込むように顎に手を当てた。
「……理由、わかるか?」
「今はなんとも言えませんね。それに、私は特にそういったことはなさそうですし」
超グラートを見て、ヴァレードは攻撃しようと思えば好きなだけ攻撃できる、と自分の身に特に変化はないことを確認しておく。
「まあ、そうだよな。ヴァレードでもわからないことはあるよな」
「おっと、それは何やら聞き捨てなりませんね。私への挑戦として受け取っておきます。いいでしょう。私にお任せください。原因究明といこうではありませんか」
「じゃあ、任せた」
ニトが下がり、ヴァレードが前に出た。
超グラートは挑戦的な笑みを浮かべる。
「なんだ? まさか、貴様だけが我と戦うつもりなのか? 戦えるとでも?」
「随分と自信だけは身に付けたようですが、強さもそれに伴っていればいいのですが」
「フンッ! 疑うのなら、その身に今から教えてやろう」
「どうぞ。教えられるものなら」
ヴァレードと超グラートは互いに構えを取り、同時に前へと飛び出す。




