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超グラートが、エトラス王国南部の戦場に現れた。
現れた場所は空中。転移の先がそこだったのだ。
ただ、超グラートは魔法で空を飛ぶことができる特に慌てることはなかった。
それに気付いた者はニトも含めて居るには居るが、誰も手を出さない。
というのも、気付いた者は全員多国籍軍の者だからだ。
魔物と魔族の軍勢の方が気付いた者が居れば、「大魔王さま」と跪く者も居ただろうが、そのような様子はない。
何故なら、超グラートが現れたのは魔物と魔族の軍勢が居る場所の後方――最後尾から少し離れた位置であるため、振り返らなければ見えないのである。
だから気付かない。
また、そのような位置であるため、多国籍軍としても新たに現れた者が何者であるかを窺いたいところではあるが、そのためには魔物と魔族の軍勢の中を抜けていかねばならず、そのようなことはできる訳もなかった。
ニトなら突っ切るくらいは余裕で可能だが、超グラートが現れはしたものの動きがなかったため、なんだ? と首を傾げる程度。
超グラートに動きがなかったのは、まずは転移先となったこの場の確認を優先したからである。
何しろ、超グラートからすれば、リーストに不意を突かれての、行き先がどこかもわからない転移だったのだ。
それこそ、魔王城に近い場所への転移であれば、直ぐにでも戻ってリーストを殺してやろうと考えていた。
しかし、転移した場所は超グラートにとって知らない場所。
ここがどこかはまったくわかっていない。
わかることは、魔王城の近くではない、ということ。
だからこそ、まずは動くよりも現状の把握を優先して、超グラートは戦いが起こっている地上の様子を窺う。
自身が率いている魔物と魔族の軍勢が戦っているのはわかるのだが、そもそも超グラートは魔王城でアルザリアが来るのを待ち構えていたため、魔物と魔族の軍勢の戦いの方がどうなっている――攻め始めてからどうなっていったかの経過を知らない。
把握する役目はリーストなのだが、そのリーストもアルザリアと共にセクレも現れると思っており、それを待っていたためリーストも経過は知らないので、魔物と魔族の軍勢の動向に関しては、本当に現場に居た者しか知らない状況だった。
ただ、超グラートがそれを気にするかと言えば、まったく気にしない、というのが正直なところだろう。
その傾向はより強くなっていた。
アルザリアを取り込み、その力を得た超グラートは、己を絶対とし、己が居ればすべては事足りると思っている。
その思いは、たとえば自らの部下、手下である魔物と魔族の軍勢であろうとも、邪魔、面倒であればそこに容赦はない。
つまり、多国籍軍と魔物と魔族の軍勢が綺麗に分かれているのではなく、ごちゃ混ぜの状態で戦っているところに向かって、多国籍軍――人族だけを狙って倒すというのは、超グラートからすれば面倒で、煩わしさしか感じなかった。
また、エトラス王国南部でも戦いに関しては、最初から終始多国籍軍が優勢で戦っている場所。
他のところと違って、魔物と魔族の軍勢の数は減っており、超グラートからすれば、そこまでやられているのは情けなく、弱く見える。
そのようなモノは要らない、と思うほどに。
実際のところは抜きん出た者が居ないというだけで、総戦力という意味では他のところの魔物と魔族の軍勢と違いはほとんどない。
けれど、そういったことを知らずにやられているところだけを見れば、弱く見えるものだ。
重要なのは、超グラートからどう見えているか、である。
よって、そこに魔物と魔族の軍勢が居ようが関係なかった。
弱い者は我の下には要らない、と超グラートは多国籍軍と魔物と魔族の軍勢を纏めて倒そうと行動を起こす。
「……アルザリアを取り込んだ我の力を試すのに丁度いい」
超グラートが片腕を上げる。
拳を握ると、その腕に黒い靄――可視化するほどに濃密濃厚な魔力が、その腕に纏わりついて拳に集まっていく。
「そのまま死ぬが良い」
醜悪な笑みを浮かべた超グラートがその拳を前に突き出すと同時に手を広げる。
その手から放たれたのは、魔力だけで形成された黒い光の魔力波。
ただし、光の筋ではなく、その手から放たれたのは、生き物のように乱れ蠢く黒い光の――邪悪な魔力波であった。
それが地上に――戦場となっている場所に向けて放たれる。
邪悪な魔力波が降り注いだ場所に居た者は否応なしに焼き尽くされ、体だけではなく骨すら残らずに消滅した。
ただし、それは超グラートが狙っていた場所――戦場ではなく、戦場となっている場所の後方で控えていた魔物と魔族の軍勢が居たところ。
超グラートとしては邪悪な魔力波を直線上に放ったつもりであったが、途中で捻じ曲がって降り注いだのである。
だが、超グラートにとっては魔物と魔族の軍勢がどうなろうが気にも留めない。
「……ふむ。さすがはアルザリアの力と言うべきか。予想していたよりも制御に手間取りそうだ。僅か、だが。しかし……だからこそ、この力の前に敵はなく、我が最強であると自覚できるというモノ」
内包する力に翻弄されたにも関わらず、超グラートの機嫌は良くなった。
それだけの強い力であると、実感したからである。
そうして、魔物と魔族の軍勢は攻撃が後方から飛んできたことにより振り返り、そこに超グラートが居ることに気付き、超グラートが大魔王である以上、中には前の方では戦闘が行われていようとも跪く者も居た。
自分たちの陣営が超グラートによって攻撃されたにも関わらずに。
この辺りの対応は、やはり仲間意識が希薄である魔物と魔族の軍勢らしいと言えばらしい。
ただし、動揺はしている。
攻撃されたから、ではない。
何故ここに居るのか、がわからないためだ。
超グラートは再び手を前に突き出した。
「まあ、あと数度も放てば問題ないだろう」
超グラートが再び邪悪な魔力波を放つ。
当人は直線上に放ったつもりであったが、今回も同じく捻じ曲がり、魔物と魔族の軍勢に振り注ぐ。
降り注いだ場所がどうなったかは気にせず、ただ邪悪な魔力波を――手にした力を上手く使うためにそのまま次を放ち……繰り返す。
魔物と魔族の軍勢に被害は出るが、まだそれなりの数が居り、この場の全体としてはまだ影響が出る範囲ではない。
影響が出る前に、邪悪な魔力波は戦闘が行われている場所に近付いており、超グラートの狙い通りに放たれようとしていた。
そして、その時は来る。
超グラートの狙い通り、多国籍軍と魔物と魔族の軍勢がごちゃ混ぜ状態のところに、邪悪な魔力波は一直線に放たれて、降り注いだ場所に居る者をすべて焼き尽くす――はずだった。
そうはならずに、何かに弾かれたように軌道を変え、またもや魔物と魔族の軍勢の方に降り注がれる。
「ん? なんだ?」
上手く放ったという手応えがあっただけに、超グラートは邪悪な魔力波の軌道が変わったところを注視する。
そこに居たのは、魔物ではなく、魔族でもなく、人だった。
邪悪な魔力波を弾いたように片腕を振ったような姿勢の男性――ニトである。
「……ほう。魔力波だけではこの力を上手く扱えているかわからなかったが、確かめるのに丁度良さそうな相手が居るようだ」
超グラートは地上へと下りる。
すると、超グラートの見つめる先を邪魔してはいけないと、魔物と魔族の軍勢は左右に分かれて超グラートの視界を開けさせる。
そうして視界が開けた超グラートの見つめる先に居るのは、ニト。
ニトに向けて、超グラートはかかってこい、と挑発するように手招きする。
―――
ニトが腕を振るって放たれた邪悪な魔力波を弾き飛ばしたのは、単に自分が居たところに放たれたからである。
また、腕を振るったのは間違いないが、それが勢い良くや力を込めて、というと違う。
邪魔だから向こうに行けと軽く払う程度でしかない。
その証拠に、邪悪な魔力波が魔物と魔族の軍勢の一部を焼き尽くして消滅させるような威力であっても、振るった際に当たったニトの腕には一切の傷跡はなかった。
そんなニトの下へ、この場の多国籍軍の主要人物であるオーラクラレンツ王国の騎士団長・エリオルと、エトラス王国の英雄・フォーチャーの二人が駆け寄る。
「い、今、黒い光の奔流を払い飛ばしたようですがが、大丈夫なのですか?」
エリオルがそう声をかける。
フォーチャーもこの場には来ているが、それはエリオルと協力して戦っていたためだ。
といっても、ニトを心配していない訳ではない。
視線は邪悪な魔力波を払ったニトの腕を見ている。
「あれくらい問題ない」
ニトはなんでもないように答える。
エリオルは苦笑いだ。
自分ならどうなっていたかわからないからである。
同時に、これがニトだと納得もしており、自らが目指す強さなのだからそれくらいはできて当然ですね、という思いもあった。
「真似はするなよ。あんたたちじゃ、どうなるかわからない」
「真似しようと思ってもできないと思いますが?」
エリオルがそう答えた時、視界の中で超グラートが地上に下りるのが見え、遠目であるにも関わらず、その視線と意識がニトに向けられていると、エリオルとフォーチャーは察する。
「どうやら俺を標的としたようだ。丁度いいからアレは俺が相手をする」
「それは助かりますが……一応聞いておきます。勝てますか?」
「……どうだろうな」
ニトの返答に、エリオルは驚きを露わにする。
というのも、エリオルはニトが「問題ない」と答えると思っていたのだ。
それが蓋を開けてみれば、疑問である。
アレはそれほどの強さなのか、とエリオルは超グラートを見た。
そこに、ニトが補足を入れる。
「理由はわからない……わからないが、何故か攻撃する気にならない。防御はできるが、攻撃は無理だ。俺の中の何かが攻撃するなと言っている」
「……は?」
意味がわからない、と首を傾げるエリオル。
そうなのですか? ……あるいはそういう幻惑の類でしょうか? とエリオルは再度超グラートを見るが、別に攻撃意識がなくなることはなかった。
エリオルは確認するようにフォーチャーを見るが、フォーチャーも別に攻撃意識は失っていない。
それでも、ニトが嘘を吐くとは思えず、ニトにしかわからない何かがあるのだとエリオルは判断する。
実際、これはニトも理由に付いてはわかっていない。
理性ではなく本能で、超グラートに取り込まれているアルザリアを感じ取っているのだ。
「攻撃ができずに、どうするつもりですか?」
「とりあえず、防戦に回って時間を稼ぐ。そっちに被害は出さないようにするから安心しろ」
「……時間が解決する、と?」
「どうだろうな? そんな気がするだけだ」
「……わかりました。それにアレの相手ができるのはあなたしか居ないようですし……お願いします」
「ああ、任せろ」
ニトは軽く手を振り、エリオルとフォーチャーは一礼して戦いへと戻った。
そして、ニトは左右に分かれた魔物と魔族の軍勢の中を進み――その先で超グラートと対峙する。




