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 時は少し遡り――。

 魔王城からアルザリアとグラートが飛び出した。

 翼はないが、魔法はある。

 アルザリアもグラートも、魔法で空に浮き上がっていた。

 魔王城内ではなく、空を戦いの場としたのは、単純に広いからだ。

 ここには邪魔するモノがない。

 存分に力を出して戦うことができるからである。

 そうして、陽の光を遮る曇天に近い場所で、アルザリアとグラートは対峙し、睨み合っていた。

 魔王とは、魔族の頂点に立つ者である。

 その頂は軽視していいモノではなく、力を示して勝ち取ることで、初めてそこに立つことを許されている場所なのだ。

 アルザリアは、その魔王である。

 本人はそこまで魔王であることに乗り気ではないのだが、魔王と称されるだけの――それも歴代最強とまで言われる力を持っている。

 この場には自分の中にある相手への怒りによって来てはいるのだが、怒りの中には他にも魔王としての矜持のような部分がない訳ではない。

 戦いもせずに勝手に「大魔王」と名乗る不届き者を、魔王として許す訳にはいかなかった。


「……グラートよ。弁明があるのなら聞くだけは聞こう。まともに話せる機会など、今が最後かもしれないからな」


 魔王としてのアルザリアは口調が強く、今は声に怒りも含まれているため、非常に強い圧力すら相手に与える。

 本人にその気がなかろうとも。

 並の者であれば気圧され、呼吸が乱れ、俯き、そのまま何も発することはできず、身動きが取れなくなってもおかしくないだろう。

 しかし、グラートは平然としていた。

 それだけではなく、アルザリアに対して自分の方が上であると大きく見せるように胸を反らし、見下すように上から目線で見ている。


「そうだな。話せる機会は確かに今しかないだろう。何しろ、ここでお前は我の手にかかって死ぬのだから」


「余を殺せる、か。随分と大きなことを言うようになったな。前は余に一撃も与えられなかった者が」


「いつの話だ。既に我はお前を超えたのだよ、アルザリア。魔族の頂点――魔王でありながら、世界を滅ぼすでも、人を皆殺しにするでもない……お飾りの魔王であったお前の上に、な。我が上に立った以上、魔族を使い、すべてを……この世界を支配する!」


「随分と口は達者になったようだな。それに力が伴っていなければ戯れ言で終わるが?」


「ならば、その身を以って知るがいい! この我の力を! ハアアアアアッ!」


 グラートが気合の入った声を上げる。

 大気を震わせ、衝撃となって周囲に広がっていく。

 合わせて、グラートの体から黒い靄――魔力が溢れ出す。

 対するアルザリアは、悠然と右手を前に。


「ハアッ!」


 グラートが前へ――アルザリアに向けて飛び出す。

 瞬間で距離を詰め、拳を打つ。

 グラートは何気なく放っているが、実際は相当力を込められており、鋼すら紙のような装甲にしかならない威力がある。いや、速度も乗っているため、それ以上の威力だろう。

 だが、アルザリアは前に出した右手でなんでもないように払う。

 それぐらいはやって当然だとわかっていたと、グラートは空いた手の方で手刀を放つ――が、結果は先ほどと同じくアルザリアは右手で払うだけ。

 グラートはそのまま連打乱打連打乱打。

 波のようにグラートの拳がアルザリアに押し寄せる。

 しかし、アルザリアはそれを右手一つですべて捌き切っていく。

 焦れたのはグラートの方。

 両拳だけではなく、足も使い、膝蹴りや払うように蹴ったりと、攻撃の種類を増やす――が、やはり通じなかった。

 筋肉量の違いから手よりも足の方が強いため、威力だけで相手を蹴り飛ばすこともできる。

 さすがに右手だけでは払い切れない――と、アルザリアは右腕や右肘を使って防御も交えて対応していく。

 右腕一本で、グラートの攻撃を完全に封殺していた。

 グラートを見るアルザリアの目は冷たい――いや、呆れも交ざっている。

 自分に対してあれだけ勇ましい言葉を放っておきながら、この程度――右腕一本だけで対応できる程度なのか、と。

 当然この程度ではない。

 グラートが右手を掲げ――魔法が発動。

 人の何倍も大きな黒い巨槍が頭上に出現し、グラートがアルザリアから距離を取るのと同時に掲げた右手をアルザリアに向けて振り下ろす。

 その動きに合わせて、黒い巨槍がアルザリアの下に超高速で飛来。

 アルザリアは迫る黒い巨槍にタイミングを合わせて、邪魔だと右手の裏拳を放つ。

 その衝撃に耐えられず、黒い巨槍は霧散するように消滅する。

 アルザリアは距離を取ったグラートに向けて、酷く詰まらなそうな目を向けた。


「……この程度か?」


「まさか。ただの準備運動だ」


 グラートが両手を広げて前に突き出す。

 魔法が発動し、グラートの周囲に黒い球体が数十……数百と出現して、それらがアルザリアに向けて一斉に襲いかかる。

 アルザリアの対処は変わらず、右腕一本ですべて弾き飛ばしていく。

 黒い球体の数の多さに対しては、右腕の振るう速度を上げることで渡り合う。

 その光景を見て、グラートが突き出した両手を振る。

 変化が起こったのは、黒い球体の動き。

 アルザリアに正面から向かうのではなく――いや、正面からも向かいつつ、他にもアルザリアの周囲に散ってから向かうようになり、果てはここが上空であるということから、上下左右のありとあらゆる方向から襲いかかる。

 そこまでくると、アルザリアであってもさすがに両腕を使わざるを得ない――はずなのだが、アルザルアは黒い球体を回避するといった行動を付け加えるだけで、あとは変わらず右腕一本だけで全方位攻撃を凌ぐ。


「さすが、と言っておこう!」


 グラートがそう口にする。

 ただし、その声はアルザリアから距離がある場所からではなく、近距離――直ぐ側。グラートは襲う黒い球体の中に紛れてアルザリアに迫っていたのだ。

 そのまま格闘戦を仕掛けるグラート。

 ここまでくると、さすがに両腕を使うしかない――が、それはそのまま受けに回った場合の話である。

 何も反撃が禁止されている訳でも、その隙がない訳でもない。

 アルザリアが今まで手を出さなかったのは、自信満々のグラートは本当に自分を越える力を手にしたか、あるいは自信を裏付ける何かしらの算段、手段があると、一応警戒していただけに過ぎないのである。

 結果として、自分を越える力に関しては今のところそれらしいモノは片鱗すら見えず、算段、手段に関しては実際に出されてみないことにはわからない、とアルザリアは判断する。

 あるいは、この程度で余を越えた、と本気で思っている――その可能性もあるが、まさかな、と一応頭の隅には残しておくが、さすがにそれはないだろう、と考えないことにした。

 なので、反撃である。

 アルザリアは黒い球体をかわしつつ、グラートとの格闘戦は左腕で捌きながら、その一瞬しかないような隙を突いて右拳でグラートを殴り飛ばす。


「ぐっ!」


 くぐもった声と共にグラートは飛んでいく。

 威力を示すようにその速度は凄まじく、グラートは魔王城の上空から大きく離れていき、魔王城近くにある山の頂付近まで飛んでいった――が、アルザリアはそのあとを追っていた。

 グラートが飛ばされる直前まで放っていた黒い球体など、足止めにもなっていない。

 アルザリアは直ぐに追い付き、追い越し、タイミングを合わせて今度は右拳を振り下ろす。


「――」


 グラートが口を開きながら対応しようとするが、それよりもアルザリアの拳は速く、防御する間もなくまともに受けて、グラートは殴り落とされる。

 落ちた先は山の頂付近。

 山に衝突すると同時に激しい衝突音が響き、そこを中心として大きくひびが走る。

 もくもくと大きな土煙が立ち昇ってグラートの姿を隠すが、その上空に居るアルザリアは右手をかざす。


「灼熱」


 アルザリアのかざした手の先に小さな――それこそ握り消してしまえそうな小さな火が現れ、地上に向けて落ちていく。

 小さな火は土煙の中に消えていき――僅かな時間経過と共にその存在を示すように、小さな火が山に着弾したと思われるところを中心にして、周囲一帯を焼き尽くすような極炎の柱が立ち昇る。

 極炎の柱が立ち昇った時間は、そう長くはない。

 十秒も満たない時間で消える。

 しかし、その効果は絶大であると示すように、極炎の柱が立ち昇っていた場所はすべてが焼け焦げて黒く染まっていること以外何もない。


「……」


 けれど、アルザリアの視線はそこに何か居ると見続けている。

 黒く染まったところから、ボコリ――と一部が盛り上がり、それは人の形を取っていく。

 グラートである。

 埃を払うように体を叩くグラートだが、着ていた衣服はボロボロであり、これでは邪魔だと上半身の部分だけ剥ぎ取って、ゆっくりとその場から上昇していく。


「……やれやれ。それなりに頑丈で気に入っていたのに残念だ」


 アルザリアを見ながら、グラートはそう口にする。

 グラートに目立った傷はない。

 それを見て、アルザリアが口を開く。


「……なるほど。随分と防御力だけは高くなっているようだ。といっても、これくらいの攻撃を凌いだからといって、何を受けても大丈夫だと思うのは浅はかとしか言えないが」


「それはもちろんだ、アルザリア。歴代最強とまで言われている魔王の攻撃力が、この程度であるはずがない。寧ろ、先ほどのが全力であるのなら、それはそれでガッカリだよ」


 違うだろう? と肩をすくめるグラート。

 当然だ、とアルザリアは見返す。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勝ったほうには頑張ったで賞として処刑される権利が与えられる戦いなのに。
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