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アルザリアとグラート。
真正面でぶつかり合い、そのまま上昇して魔王城の天井を突き破って上空へ。
衝突音は激しく、また天井を突き破った際の衝撃が強かったため、魔王城全体が微動する。
直ぐに治まり、魔王城の謁見の間にはセクレとリーストだけが残っていた。
アルザリアとグラートの戦いを邪魔しないためである。
ただ、それだけではない。
自分の相手がこの場に居ることを、互いに理解しているからでもある。
セクレがリーストを見た。
リーストがセクレを見る。
互いの目に、友好的なモノは含まれていない。
敵意を乗せて、相手を見ている。
しかし、その熱量とでも言えばいいのか、より強く敵意を乗せて見ているのはリースト。
「……お久し振り、かしら? セクレ」
「そうですね。随分と会っていなかったと思います」
「まあ、それは仕方ないわね。何しろ、セクレは魔王の秘書官。とても忙しいですもの。……ただ、これからは暇になるわよ。グラートさまがアルザリアを倒すもの。だから、あなたも今後は暇になら時間の使い道を……あら? 考える必要、あるかしら? だって、ここで私に殺されてしまうのだから」
「しばらく会わなかった内に妄想に耽ることを覚えましたか? できもしないことは口にしない方がいいですよ」
「できないと断じるのは少々浅慮であると、ご忠告しておきますわ」
「ご忠告どうも。ですが、私は真実を述べたまで」
「そうですか。どうやら、私とあなたでは見ているモノが違うようですわね」
「そうですね。では、確かめますか。どちらの見ているモノが正しいのかを」
「そうね。確かめましょうか」
瞬間、セクレはリーストが居た場所の後方へ。
瞬間、リーストはセクレが居た場所の後方へ。
二人共が転移し、相手が同じタイミングで転移したことを知る。
なんてことはない。
二人共が転移魔法の使い手であり、どちらも会話しながらその瞬間を狙っていただけ。
それが、同じだっただけなのだ。
それが、リーストは気に入らない。
セクレとリースト。
二人はよく似ていた。
容姿や性格が、ではない。
その能力が、だ。
転移魔法と習得しているのは同じ。
身体能力も多少の差異はあれど、総合的に見れば同格。
違うのは、セクレは水属性と土属性の魔法を得意とし、リーストは火属性と風属性の魔法を得意としていることくらいだろうか。
能力だけをみれば、それこそ双子が大事なモノは互いが手にし、分け合えるモノは仲良く分け合ったかのような――それがリーストは気に入らない。
何より、セクレは魔王の秘書官に選ばれて、自分は選ばれなかった。
リーストにとって、それは自分よりもセクレの方が上である、と突き付けられたようなモノである。
そこを考えるだけで、嫌な気分を味わう。
だからこそ、リーストはセクレを狙い、倒す。
自分の方が上である、と証明するために。
それが、セクレよりもリーストの方が強く敵意を乗せた視線を向けている理由であった。
「死になさい! セクレ!」
リーストが火球を放つ。
ただ、一発ではなく、視界を埋め尽くすほどの数を同時に。
「その程度!」
セクレは水壁を自身の前に展開。
それはセクレの倍は高く、横幅も同程度だが、何よりも厚かった。
視界を埋め尽くすほどの数の火球を受けても尚、一発も抜けることなく、その形を維持していられるほどに。
ただ、まったくの無事という訳でもなかった。
水壁の厚みは最早数㎝といったところまで薄くなっている。
数だけではなく、火球一発の威力も相当であったことを示していた。
そんな薄くなった水壁を突き抜けて、リーストがセクレに襲いかかる。
火球が水壁に当たって蒸発した際に起こった白煙、それが水壁自体もセクレの目からリーストの姿を見えづらくさせていたため、一気に距離を縮められたのだ。
リーストがセクレに固く握った拳を放つ。
セクレは殴りかかってきたリーストの拳をかわすが、リーストはその勢いのまま前に出るのに合わせて蹴りを放つ。
避けられずに、セクレは食らってしまう。
といっても、防御だけはしっかりとしており、受けた腕が少し痺れる程度だった。
だからこそ、セクレは次の動きが取れる。
セクレは蹴り飛ばされないようにその場で踏ん張り、リーストの蹴り足を掴む。
「……ふっ!」
短い呼吸と共にセクレは体に力を込めて振り上げて、そのまま体の向きを逆にしてリーストを勢いよく背中から床に叩き付ける。
激しい衝突音が響く――が、リーストは直前で風の盾とでも言えそうなモノを背中に張っていて、衝撃の大部分から身を守った。
リーストは多少の痛みを感じるが、それだけ。
そのまま自分の足を掴んでいるセクレの手をズタズタにしてやろうと、斬撃を伴う風を局所的に発生させる――が、セクレは気にしない。
手が風に多少斬られようが構わず力を込めた。
硬いモノが砕ける鈍い音が響き、リーストが顔を歪めると、セクレは力の限り精一杯に投げる。
すさまじい勢いで飛んでいくリースト。
壁に当たる寸前に再度背中に風の盾を展開して、衝突によるダメージを最小限に抑える。
しかし、もたなかったのは壁の方で、砕けてその奥にリーストが消えていく。
その姿は追えない。
壁が砕けたことで粉塵が舞い上がり、壁にできた穴ごと隠してしまったからだ。
ただ、その穴の奥に興味はないと、セクレは風の斬撃で傷付いた手を見て、これくらいならと回復魔法で治す。
「……まったく」
どこか呆れたような、そんな呟きが響く。
セクレ、ではない。
聞こえてきたのは、粉塵は既に落ち、晴れた穴の中からだ。
そこからなんでもないように歩いて戻ってくるリースト。
足は折れていなかった。
いや、正確には、セクレが手の傷を治したように、リーストもまた飛んでいった先で回復魔法を使用して治したのだ。
壁の穴から戻ってきたリーストは、セクレに対して呆れた目を向けていた。
「セクレ。あなた、そんな力を前面に出す戦い方だったかしら?」
「さあ? どうでしょうね。私は何か変わった気はありませんが。ですが、それでも何か影響を受けているのなら、それはきっと魔王アルザリアさまなのは間違いありません」
「そう。まあ、少し気になった程度だし、どうでもいいわ。何しろ、あなたは私に敗れ、アルザリアもグラートさまに敗れるもの」
「まだ妄想を口にしますか。それがあなたであるというのであれば、仕方ありません。ですが、一つだけ訂正を」
「何かしら?」
「アルザリア『さま』です。あなた如きが、呼び捨てて良い名ではありません」
「そこを気にする必要があるかしら? アルザリア、に」
言うと同時にリーストが飛び出す。
「では、私が教えてあげます。その身をもって」
セクレも飛び出していた。
それは、リーストが飛び出すとわかっていたと同時に。
真正面からぶつかり合って、セクレとリーストは格闘戦を開始する。
先ほどリーストが指摘した通り、セクレはどちらかといえば力を前面に出しているのだが、それは何もセクレが口にした通りだから、ではない。
セクレとリーストの身体能力は総合的に同等ではあるが、細かく見れば差異は当然ある。
その一つが腕力や握力など、物理的な力。
セクレはそれが自分の方が強いと、先ほどの攻防で理解したのだ。
自分の有利な部分を前面に出し、一撃の強さで戦っているだけに過ぎない。
だが、総合的に見れば同等である以上、リーストにも対抗手段はある。
それは、速度。
セクレと比べてリーストの方が速く動くことができるため、こちらは手数の多さで戦っている。
これで格闘技術に明確な差があれば、何かが変わってどちらかが有利に、あるいはそのまま決着が着くといったこともあるが、ここもまたほぼ同等であり、どちらも相手を完全に押し切れずにいた。
一進一退の攻防が続く。
また、格闘戦だけではない。
格闘戦を行いつつ、同時に魔法戦も行っていた。
ただ、こちらは格闘戦よりもわかりやすいだろう。
互いに対抗する属性を持っているのだ。
セクレが水属性魔法で攻撃を行えば、リーストが火属性魔法で蒸発させる。逆も同じく。
リーストが風属性魔法で攻撃を行えば、セクレが土属性魔法で防ぐ。逆も同じく。
格闘戦以上に、魔法戦は決着が着かない。
魔力切れを狙うという手段もあるが、どちらも魔力量は豊富であり、同じように使用している以上、魔力が切れたからといってそれが自分にとって有利になるとは限らない。
いや、寧ろどちらも魔力切れになる可能性の方が高いだろう。
それは格闘戦の方も同じであり、同時に体力切れとなって、根性勝負――となっても互いに引かないため、明確な決着が着くかどうかは怪しい。
互いが望む明確な決着のためには、均衡を崩す何かが必要だった。
だが、総合的な能力が同等である以上、己の身だけで崩すのは難しいだろう。
そう。己の身だけでは。
「フフ。さすがはセクレ、と言っておいてあげるわ」
格闘戦を行いながら、リーストは笑みを浮かべる。
「自ら負けを認めると?」
リーストがそのような性格ではないことを、セクレは知っている。
「まさか。寧ろ、念のためにと用意したモノが無駄にならずに済んで、ホッと安堵したところよ」
そう言って、リーストはセクレから一旦距離を取り、服のポケットの中から小瓶を取り出す。
小瓶の中には黒い――いや、漆黒と表現すべきな、そんな漆黒の液体が入っていた。
己の身だけで決着が着けられず、それでも勝ちたいのならそれ以外でどうにかするしかない。
それも一つの手段だろう。
リーストがセクレを上回るために用意したのは、この漆黒の液体だった。
「セクレ。あなたは知らないでしょうね。あなたはアルザリアばかりだもの。これはね、今はなくなったそうだけど、その前に拝借しておいたの。どっかの国の馬鹿な組織が、魔族のように強い力が欲しくて作ったモノを。といっても、そのものじゃないわよ。それを少し改良して、私の体に合わせた、私だけの強化薬として使えるように、ね」
リーストが酷薄とした笑みを浮かべて、その漆黒の液体を飲み干す。




