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時は遡り――ニトたちが、エトラス王国の各地で起こっている、多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢による戦いの場に向けて散っていったのを見送ったあと、アルザリアとセクレも動き出す。
アルザリアとしては表には出さなかったが、内心では此度の戦いは自分にも責任の一端があると思っていた。
何しろ、アルザリアは魔王なのだ。
大魔王を名乗り、いきなり戦を仕掛けたグラートは、アルザリアが留守にしている間にその座を奪っただけの、所謂簒奪者である。
つまり、本来は己の力を証明するために戦い、勝利して初めて受け継がれるべきである「魔王」という一種の称号を、グラートはアルザリアと戦いもせず、その上の称号を勝手に作り出し、配下を使って魔族と魔物を強制的に従わせた上で、アルザリアなど最早関係ないと言わんばかりに勝手に戦いを起こしたのだ。
そのような暴挙を許してしまったのは、魔王ではあるが魔王に嫌気が差してそれらしいことをしていなかった自分にも責任の一端はある、と思っていた。
自分が魔王として動き、グラートに対しても何かしらの行動を取っていれば、このようなことは起こらなかったのでは? と――思う部分もあるにはあるが、そもそもアルザリアが魔王であるということは、その種族は魔族なのだ。
当然のように、我の強い部分がある。
アルザリアは絵を描くのが好きだ。
中でも好んで描くのは喜劇的なモノであって、悲劇的なモノではない。
このままグラートの暴挙を許してしまえば、写実的なモノを描いた場合、それはアルザリアが好まない悲劇的なモノとなる。
アルザリアは、それが許せない。
楽しく絵を描きたいのだ。
だから、この世界に悲劇を起こしかねない戦いを終わらせるために……アルザリアはグラートを潰す。
「……セクレ」
「はっ!」
アルザリアの傍で控えていたセクレが直ぐに答える。
「グラートの居場所は把握しているのか?」
「私の推測になりますが、私の行動はグラートに読まれているでしょう。私が魔王アルザリアさまに報告し、共に戻ってくるであろうことを。ですので、グラートは謁見の間で魔王アルザリアさまを待ち構えているかと」
「……そうか」
アルザリアの雰囲気が変わっていく。
絵師「ouma」から「魔王」へと。
「逃げずに待ち構えているとは……随分と自分の力に自信があるようだ。それだけの何かがあったのか? ……まあ、どちらにしろ、これだけのことをしたのだから、自信の源となっているのは相当な何かなのだろう……それこそ、私を……余を倒せると思えるだけの」
アルザリアが真面目な……いや、冷たい目の真顔を浮かべる。
「……随分と甘く見られたモノだ」
アルザリアが手を振る。
瞬間――その身に変化が起こり、頭部からは長く禍々しい黒角が誰の目にも見えるようになり、服装も漆黒のドレスへと変わった。
合わせて、アルザリアの身から怒りによる圧力が僅かだが漏れ出る。
一切の音が消えた。
自然の発する音も。
まるで、何か音でもたてようモノなら、それこそ死に直結していると。
漏れ出ただけであったが、それだけの圧力であった。
それを間近で感じていたセクレは身震いする。
恐怖から、ではない。
では何かと言えば、歓喜、が近いだろうか。
あんなぽっと出の似非魔王などではなく、この御方こそ私が仕えるべき魔族最強の主人である、と前々から思っていたが、改めて思ったのである。
「まあ、こちらとしても逃げ出していないのであれば、探す手間が省けたようなモノか。セクレ」
「はっ!」
「転移を」
「かしこまりました」
セクレは転移魔法を発動し、アルザリアと共にその姿を消す。
―――
――世界のどこか。
今はまだ明かせない場所。
ではなくなる。
様々な国家がある大陸北部にある巨大な島――それこそ小国クラスであれば充分に収まるだけの大きさがある島が、人知れずその姿を現わす。
人知れずであるのは、そこに人が居ないからだ。
いや、人とだけではなく動物たちも、だろうか。
何故なら、その島から大陸へと乗り込んできた者たちによって蹂躙されたあとであり、生命の存在を確認できないほどに荒らされたからである。
その島は、地図には載っていない、
何故なら、今まで秘匿されてきたのだ。
巨大な島を覆い隠す結界によって、今まで隠蔽されていたのである。
それが何故姿を現わしたのか。
その理由は一つ。
巨大な島の新たな主となった者が、もう隠蔽する必要はないと判断したためだ。
何故なら、総力で大陸に攻め込むと決めた……いや、既に攻め込んでいる。
その巨大な島こそが、魔族の住まう場所であった。
そこには、世界で唯一と言ってもいいかもしれない、国を指す城ではなく特定の個人を指す城がある。
――魔王城。
威風堂々とした佇まいに厳格な雰囲気は、下手なおどろおどろしさよりも尚相手に恐怖を与えるだろう。
その最奥。
僅かばかりの灯火では、その最奥の暗がりのすべてを照らすことはできないが、灯されて見える部分だけで判断するのであれば、最上級の絨毯が敷かれ、その先に数段高くなっている場所がある。
そこに置かれているのは玉座が一脚だけ。
謁見の間。
玉座に腰かけているのは魔王であるアルザリアではなく、自らは魔王を超えた存在――大魔王であるとするグラート。
その傍に、グラートの秘書官であるリーストが控えていた。
グラートは悠然と玉座に腰かけている。
その姿は何かを待っているかのようだ。
リーストが一礼する。
「……グラートさま。来たようです」
グラートが視線を奥に向ける。
闇の中。そこからアルザリアとセクレが姿を現わした。
「来たか。魔王・アルザリアよ」
グラートが不敵な笑みを浮かべて、そう口にする。
その表情にあるのは、自信。
魔王であるアルザリアを前にしても、自分の方が上であるという態度であり、それが崩れる様子は見えない。
寧ろ、僅かでも反応を示したのはリーストの方であった。
アルザリアの意識と圧力はグラートに向けられているが、その余波をリーストは受けて、これが魔王か、と圧倒されてしまったのだ。
ただ、そのまま圧倒されたままではなく、直ぐに我に返る。
その辺りはリーストが優秀であることの証明だろう。
リーストはそのままアルザリアの傍で控えているセクレを見た。
視線を感じ、セクレもリーストを見る。
セクレとリーストの間に、ピリリとした空気が流れるが、それ以上なのがアルザリアとグラートであった。
「……余を呼び捨てか。随分と自信家になったモノだな、グラートよ」
「それはそちらも同じではないか? 魔王・アルザリア。我は大魔王・グラートであるぞ」
「余が居らぬ間に動いただけの臆病な簒奪者が名乗るにしては、随分と大袈裟だな」
「大袈裟でもなんでもないからな。既に我の力はお前を上回っている」
「ほう。随分と大きく出たな。余を上回っているか。何を以ってそう言うのか理解できないな。余はこれまで一度も本気を――全力で戦ったことがないというのに。なのに、余を上回ったと?」
「我はそれだけの力を得たのだよ。それこそ、お前がどれだけの力を有しているのかがわかった上で、我の方が上であるとわかるほどのな」
そう口にするグラートは、自分を大きく見せているとか、そういうことではなく、ただ事実だけを告げているように、アルザリアの目には見えた。
アルザリアが何かを口にする前に、グラートはそのまま話し続ける。
「それに、別にお前を避けた訳ではない。無用な争いをする必要はないと思っただけだ。お前ほどの力を失うのは惜しい。我の下に降れ、魔王・アルザリアよ。今なら、世界の半分くらいならくれてやる」
「世界の半分をくれてやる、か? ……はっ。その気などないくせに。いや、違うな。今のお前からは、仮に余を倒して世界を支配したとしても支配する気はないように見える。ただ、試したいだけ。中途半端な相手だと使うまでもなく終わってしまうから、余を相手にして得た力を存分に使いたいだけだろう? 違うか?」
アルザリアの問うような視線を受けて、グラートは不敵な笑みを浮かべる。
「そうだ! その通りだ! 魔王・アルザリア! 最強の魔王として君臨しているお前が相手であれば、我は自分の力を存分に振るうことができる!」
「……最強、か」
アルザリアの脳裏にニトの姿が過ぎる。
正直なところ、ニトの存在を知り、触れた今となっては、アルザリアは自身を最強であるとは言えなくなっていた。
といっても、実際にニトの全力を見たとかは一切ない。
寧ろ、アルザリアの前では、ニトはそれとは真逆のような状態だっただろう。
しかし、強者であれば相手がどれだけの強者であるかを知れるように、アルザリアはニトの力を感じ取っていた。
「なら、その力とやらを存分に振るってみせろ。お前が勝手に戦いを起こしたことで、この場には余たちしか居ない。それだけ自信満々でありながら負けても、恥を見せなくて済むぞ」
アルザリアから戦意が漏れ出る。
それはセクレも同様だった。
「負けて恥を見せないように気遣ってやったのは我の方だ。お前はここで終わるのだ。魔王・アルザリア」
グラートから戦意が溢れる。
それはリーストも同じく。
魔王と大魔王、それとその秘書官同士の戦いの火蓋が切って落とされる。




