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23

 エトラス王国。西。

 ここでの戦いは、悲惨を極めていた。

 多国籍軍の方に、ではない。

 魔族と魔物の軍勢の方も、だ。

 ここに集っている魔族と魔物の軍勢は、率いてきた者がそうしろと言われるまま、陣形やら状況やら、自分の状態や相手の強さなど、そういうモノは一切考慮されていない――理性による制限をかけることなく、本能のままに、思うままに戦っている。

 その結果として現れたのは、狂気――とでも言えばいい光景だろう。

 そんな光景を作り出しているのは、魔族と魔物の軍勢――の中でも魔物の方だ。

 本来であれば、戦い続けるべきなのだろう。

 どちらにとっても、相手は殺しにきていることに変わりはないのだから。

 状況を考えれば、何かするにしても相手を倒しきるなど、自身の安全を確保してから、というのが普通である。

 しかし、ここに集まり、自由に動けと言われた魔物たちは違う。

 食したいと思った魔物は生死問わずに捕まえては口へと入れるし、暴れたいと思った魔物は文字通り暴れ、駆け回りたい魔物は人を撥ね飛ばしながら足をとめない、と好き勝手に動く。

 その際、自分の状態は一切考慮されていない。

 攻撃されようが、体が傷付こうが無視。

 本能の赴くままの行動を取っているのだ。

 魔族の方もその傾向にある。

 痛めつけたいと思っている者は倒すことよりもそちらを優先し、叫び声を聞きたいと思う者はなんとしてでも叫ばせようと手段を選ばず、ただ殺したいと思っている者は何よりも殺すことを優先する、と己の欲といったモノに素直に従っていた。

 そのような戦場がまともであるはずがない。

 だからこそ、狂気――なのだ。

 けれど、それで多国籍軍に影響があるかといえば、そこまでではない、というのが正しいだろう。

 もちろん、ない訳ではない。

 目の前で、凡そ戦闘とは呼ばないような悲惨な光景が繰り広げられる場合だってあるのだ。

 動揺しない方がおかしい。

 極力抑えているだけである。

 他の戦場でもそうだが、この場に集められた時点で覚悟完了しているのだ。

 何しろ、魔族や魔物と比べて、人は能力だけをみれば圧倒的と言ってもおかしくないくらいに弱い。

 それは間違いない。

 それを数や知恵、技術といったモノで補うことで、今叩けているのである。

 しかも、自分たちより能力が上回っている相手としては頂点ではなくとも、平均レベルで言えば最高峰と言ってもいい魔族や魔物たち。

 決して望んでいる訳ではないは、自分の死、仲間の死を覚悟しているのである。

 だからこそ、目の前で起こる光景にも耐えられる――が、内心では怒り狂っているのも事実。

 多国籍軍側に狂気があるのなら、その辺りが起因となっているだろう。

 相手が生きていようが、死んでいようが、それは関係ない。

 必要以上に傷を与えてしまう。

 少しでも、傷付けられた、あるいは殺された仲間が味わった痛みを与えてやる、と。

 ただ、理性は残し、失ってはいない。

 魔族や魔物たちと同じように本能の赴くまま戦えば、それは個対個となって負ける。

 それがわかっているからこそ、仲間と協力して戦えるように理性だけは手放さないように必死に残す。

 泣くのは、嘆くのは、あとだ、と。

 しかし、抑え切れない部分があるのも事実であるため、この場の戦いはどちらにとってもより凄惨なモノへと変わっていく。

 どこかで、何かがとめない限りは……。


     ―――


 地上での戦いが凄惨なモノへと変わっていく一方で――その上空。

 そこで白い獣と黒い獣が対峙していた。

 白い獣は、神狼(フェンリル)――ノイン。

 黒い獣は、邪虎(エビル・タイガー)――ロガン。

 ノインは風属性魔法で空中に足場を作り、ロガンは闇属性魔法で薄い膜のような足場を空中に作り、留まっている。

 空中でとどまっているのは、対峙してからノインが空中へと上がり、ロガンがそれを追ったからだ。

 ノインが空中へと向かったのは、その方が十二分に動けるからである。

 地上でロガンとの戦闘となると周囲が危険であるために気遣い、巻き込ませないため……ではない。

 多国籍軍だろうが、魔族と魔物の軍勢だろうが、今はどちらも邪魔だとノインは判断したのだ。

 ロガンとの戦いには邪魔が入って欲しくない……それがたとえニトであっても。

 それがノインの偽らざる気持ちである。

 ロガンは必ず私が殺す――ノインのロガンに向ける殺意は濃密濃厚で非常に強い。

 しかし、それほど強烈な殺意を向けられているにも関わらず、ロガンはそれを意に介していなかった。

 平然とノインを見て、笑い出す。


「ハハハハハッ! あの時は邪魔されて逃したが、今度は逃さねえぞ! 今から楽しみだ! お前のその白い毛を赤く染めるのを……ああ、安心しろ。そうしたあとは、お前の血肉を食らい、骨までしゃぶってやるよ!」


 ノインを見ながら、ロガンが舌舐めずりをする。

 ロガンの表情は欲望丸出しの恍惚としたモノであり、大抵の者は見ただけ嫌悪感を抱くだろう。

 それはノインも例外ではなく、苛立たしげに舌打ちをする。


「……ちっ」


 もちろん、ノインのロガンを見る目は蔑んでおり、内に抱いている感情を確実に表していた。


「……何も変わっていないね、あんたは。あの頃のままだ」


「何を当たり前のことを言う。この俺さまが変わる必要など、どこにもない。ただ思うがままに蹂躙して食らう。それだけのことだ」


「まともな会話は無理そうだね。あんたに合わせることはできないよ。だから、その口はもう閉じな。元より耳障りだったからね」


 ノインが空中を駆け出す。

 合わせて、ロガンも駆け出した。

 まるで両者の間には中心点があるかのように、ノインとロガンの駆ける軌道は円を描いている。

 お互いに探るような速度であるため、どちらも相手を追い、どちらも相手から追われているようにも見えた。

 ただ、終わらぬ追いかけっこをしている訳ではない。

 描いている円は次第に小さくなり、その円を描いていた両者は中心点で衝突する。


「……死にな!」


 ノインが爪を振り下ろす。


「……死ねよ!」


 ロガンが爪を振り上げる。

 お互いの爪がぶつかり合い、硬いモノ同士がぶつかる鈍く重い音が響き、そこにどれだけの力が込められていたのかを示すように大気を震わせる。

 互角。

 どちらの爪もそれより先にはいけない。

 ならば、とノインとロガンはそのまま相手に向けて体当たりをかます。

 押し切ったのは、ロガン。

 両者を比べ、体格で勝っているからだ。

 だが、ノインは完全に押し切られて飛ばされる前に自ら引き、力の方向を逸らして、ロガンの体当たりを受け流す。

 そのまま空中を駆けていくロガン。

 直ぐに体勢を直したノインは、ロガンに視線を向けて魔法を放つ。

 ノインの周囲から風が刃となって放たれる。

 狙いはもちろんロガンで、風の刃は数十と視界を埋め尽くすほどだ。


「ハハハハハッ! そんな微風で俺さまをどうにかするつもりか? 甘いんだよ!」


 ロガンが魔法を放つ。

 すべてが漆黒の槍が五本、ロガンの周囲に出現して放たれる。

 漆黒の槍五本は数十の風の刃をすべて貫き霧散させ、そのままノインへと襲いかかった。

 ノインは爪を振るって漆黒の槍五本を裂き消す。

 そこに、ロガンがノインに襲いかかる。

 漆黒の槍五本を放つと同時に距離を詰めていたのだ。

 その行動は速く、タイミングは完璧と言えなくもない。

 ロガンは大きく口を開き、ノインに噛みつこうとする。

 これで、ここが地上であるならば、避けるのはタイミング的に困難であり、まともに食らう、あるいは何かしらの反撃を行い、自分も食らうが相手にも食らわせるといった手段に出ていたかもしれない。

 しかし、今居る場所は空中である。


「甘いのはどっちだい?」


 ノインが足場として展開していた魔法を解除した。

 瞬間、足場がなくなり、ノインは落ちる。

 ロガンはノインが居た空間を噛む。

 落ちたノインは直ぐに足場を再度展開し、飛び上がって体当たり――というよりは頭突きを放つ。


「ちっ!」


 ロガンが舌打ちしつつ、焦るように飛び上がる。

 しかし、僅かながら遅れ、ノインの方が速度に乗っているため、このままでは頭突きが当たる――というところで、ロガンが足場を展開し、再度飛び上がった。

 また、ただ飛び上がるのではなく、上ではなく斜めに飛び上がることで頭突きの範囲から外れる。

 その動きを見て、ノインも同じく再度足場を展開し、ロガンとは逆の方へと飛び上がった。

 あとを追わなかったのは、既にロガンが待ち構えていたからである。

 だから逆へと飛び――ノインとロガンは当初と同じように対峙した。

 ロガンの表情には既に焦りのようなモノは消え、不意を突かれても回避し切ったことで、自分の方が優位――強いと判断したことで、余裕の笑みを浮かべる。


「……なるほど、なるほどな。あの時とは違うということか。そりゃそうだ。それなりに時間が経っているもんな。俺さまを殺すために強くなりました、と……そりゃご苦労なことだ。頑張ったようだが、そりゃ無駄な努力ってやつだ。いや、無駄ではないな。そうして頑張ったが駄目だった……その時の絶望の様を見るのが余計楽しみになってきた。しっかりと絶望してくれよ? でないとつまらないからな。まあ、あれはあれで楽しかったが、お前の男は最後まで絶望してくれなかった。だから、その分もしっかりとな」


「……お前が……あいつのことを口にするな」


 ノインの怒りが溢れる。

 隠すことは、抑えることはできないと。

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