14
ほぼ最短。
そう表現してもおかしくない速度で話は纏められていき、ニトとノインは二日後には王城に向かい、王と謁見することになった。
また、謁見ということもあって、ニトとノインは冒険者ギルドマスターから、服はそのままでもいいが身綺麗にしておくように、とも言われる。
用意された宿に個別ではなく大衆だが風呂があるからだろう。
他にも――。
「謁見は従魔も一緒で本当にいいのか?」
「お前が望んだことだろうが。まあ、普通は駄目なのだが、特例だ。一人と一頭だけで五つの宝物を集めたということもあって、陛下はどちらも見てみたいそうだ」
ということで、ノインも毛並みを整えてもらうなど、身綺麗にしてもらうことになった。
ただ、ニトは他にも言っておかないといけないことがある。
「それと、さすがに礼儀作法までは知らないが」
「それはまあ……大丈夫だろう。急であるのは陛下も理解しているだろうし、私の真似をしておけば大丈夫だ。何より、覚えさせる時間がない」
「だろうな」
そうすることにして、僅かとはいえ休息時間ができたということもあってか、ニトとノインはしっかり休みつつ、王城に入ってからの話も行っておく。
何しろ、そこに目的としている魔族が居るのだから。
そうして、王城に向かう日。
五つの宝物を集めた者を祝うかのような快晴――ではなく、どんよりと雲行きは何を示しているのだろうか。
冒険者ギルドマスターが、ニトとノインを案内する。
その中で、ニトは冒険者ギルドマスターに尋ねた。
「ところで、案内は助かるが、ギルドマスターとしての仕事はいいのか?」
「大丈夫だ。副マスに頼んでおいたからな。それに、こういう時にマスターが出張らなくてどうする」
「まっ、そっちがそれでいいなら俺に文句はない」
別段急がず、というよりは、冒険者ギルドマスターの歩調に合わせるニトとノイン。
ノインにチラリと視線を向けるニト。
⦅わかっていると思うが、誰が魔族かわかるまでは迂闊な行動するなよ⦆
⦅わかっているよ。下手に動くと、娘が危険に晒される可能性があるからね。大人しくしておくよ⦆
⦅そうしてくれ⦆
つまりそれは、魔族がわかれば動いても問題ないということでもある。
ニトの方も、別にノインの動きをそこまで制限するつもりはないので、やることをやってくれれば好きにしてくれという思いだった。
そうして進む中、王城の姿が徐々に大きくなっていき、中に入るための門が目に入る。
門番として立っている兵士は、ニトをとめたいつかの兵士だった。
「えっと……マジ?」
そう呟く兵士の視線はニトに向けられている。
マジマジ、とニトはサムズアップ。
ノインはどこか誇らしげに胸を張っている。
「話は通っているはずだが、何か問題か?」
「え? いえ、話は伺っていますので問題ありませんが、その……まさか彼だとは思わなくて」
「知り合いなのか?」
そんな情報があっただろうか? とニトに尋ねる冒険者ギルドマスター。
「彼に教えられたんだよ。婿取りのことを」
「そうだったのか。こうして五つの宝物が集まった以上、よく教えたといったところか」
ニトと同じように、冒険者ギルドマスターも兵士に向けてサムズアップ。
恐縮です、と兵士は冒険者ギルドマスターに向かって一礼し、道を譲る。
兵士は驚きを隠せないと、ニトを見送り続けた。
―――
冒険者ギルドマスターのあとに続いて、王城内を進んでいくニトとノイン。
王城内は、オーラクラレンツ王国が世界一の強国と呼ばれ、栄華を誇っているのを体現しているかのように豪華であった。
要所には汚れがまったくない絨毯が敷かれ、飾られている調度品はどれも高級品だと主張している。
天井までも高く、廊下も数人が余裕で身動きできるほどに広い。
花瓶に飾られている花も生命に溢れ、安らぎを与えて落ち着かせてくれる。
柱一本においても洗練さが窺え、窓も曇り一つなく、透き通って向こう側が見えていた。
そんな中を、ニトをノインは特に緊張した様子もなく進んでいく。
僅かながらの鬱陶しさを感じながら。
⦅……鬱陶しいな⦆
⦅まっ、こればっかりは仕方ないね。何事も最初に成し遂げた者は注目されるものだよ⦆
ニトが鬱陶しさを感じているのは、周囲から向けられる視線である。
今日王城に誰が来るのかを教えられているのだろう。
王城に勤めている執事やメイドがすれ違う度にニトに視線を向け、それは騎士や兵士も同じである。
まるで見世物だな、とニトは思い、用が済めばさっさと出て行こうと密かに誓う。
そして、本来であれば、何かしらの準備が終わるまで待合室で待たされたりするのだが、そういう諸々は既に完了しているため、武具類の持ち込みがないかどうかの簡易的な身体検査が行われただけ。
「グルル……」
ノインは勝手に触ろうとするんじゃないよ、と唸る。
どうすれば? と兵士はニトに視線で問う。
「……ああー、そいつメスだから、男に触られるのが嫌なんだと」
「な、なるほど。なら、別にいいかな」
兵士はそう判断する。
武具は所持していないし、牙や爪はさすがにどうしようもない。
と、兵士は判断したのだが、近くに控えていたメイドがちょっと待ったをかける。
「そういうことでしたら、私が確認します!」
宣言するようにそう言ったメイドがノインを抱き抱え、なでなでしたり、もっふもっふしたり、背中に自身の顔を埋めて思いっきり深呼吸したりと、本能が導くままのような行動を取り出す。
⦅ぐわあ! やめろっ!⦆
ノインはジタバタと足掻くが、抱えられて上手く力が入れられないというだけでなく、メイドの本気の力が思いのほか強かったということもあって逃れられない。
冒険者ギルドマスターと兵士は苦笑を浮かべ、ニトは笑いを堪える。
⦅た、助けろ!⦆
⦅くっくっ。それは無理だ。何しろ、必要な身体検査だからな⦆
⦅危険物など持ちこんでいないと言って、直ぐにでも私を解放させろ!⦆
⦅別に危害は加えられていないからいいじゃないか⦆
⦅よくない! 私の中の何かがゴリゴリと減る!⦆
何が? とニトが思っている間に、メイドはノインを解放する。
ノインは逃げるようにニトのうしろに回った。
「問題ありませんでした」
そう言うメイドの顔は、堪能したとツヤツヤホクホクである。
兵士は苦笑を浮かべ、ニトとノイン、冒険者ギルドマスターを連れて先に進み、謁見の間へ。
謁見の間の扉は重厚で細かな装飾が施された両開きの鉄扉で、ここに来るまでに見かけた兵士や騎士とは違う、より重装な鎧を身に纏った騎士――重騎士二名が両端に立って守っていた。
ニトたちの姿を確認すると、重騎士二名が鉄扉を開ける。
兵士が先導はここまでと下がり、冒険者ギルドマスターを先頭にして、ニトとノインがあとに続いて中に入った。
謁見の間は金刺繍が施された幅広な絨毯が奥まで続き、その両端には等間隔に天井まで続く太い柱が置かれ、壁には分厚い垂れ幕が下げられていて、どちらも一段重い重厚な雰囲気に一役買っている。
また、少し進んだ先から、絨毯を挟んだ両側にまばらに人が立っていた。
誰しもが仕立ての良い服を着ているため、貴族であるということが推測できる。
奥に進むほどに人は少なくなり、一番奥には数段高い場所があった。
そこは、重騎士ではないが、身に付けている鎧の質と纏う雰囲気が明らかに違う騎士――近衛騎士二名が両側に立って守られている。
何故なら、そこに守るべき存在が居るからだ。
一番高い場所に置かれている椅子は三脚。
そのどれもが豪華な造りであり、中央と左側は埋まり、右側は空いている。
中央に置かれているのには、オーラクラレンツ王国の王・ウォルクが、左側に置かれているのには、オーラクラレンツ王国の姫・イリスが鎮座していた。
ウォルクは愉快そうな笑みを浮かべているのが見えるが、イリスは鉄仮面に覆われて表情は窺えない。
敷かれている絨毯の上を進み、奥の高くなっている場所近くまで進んだ冒険者ギルドマスターが、ウォルクに向けて片膝をついて首を垂れる。
その動きに合わせて、ニトも同じ姿勢を取った。
それが慣例であると、高い場所にもっとも近い位置に居る者がニトたちの名乗りを上げ、知り合いであると示すように、ウォルクと冒険者ギルドマスターが会話を始める。
ニトはそれを黙って聞いていたのだが――。
⦅……くくく⦆
含むような笑い声が聞こえたので、他からは見えないように、そちらの方にチラリと視線を向ける。
伏せの状態で、ノインが笑みを浮かべていた。
⦅何がおかしい?⦆
⦅いや、お前でも頭を下げることがあるのだな、と⦆
⦅お前も伏せているが?⦆
⦅私は大人だからね。空気を読んだだけ⦆
⦅それを言うなら、俺も必要であれば空気を読んで頭を下げるくらいなんてことはない⦆
⦅今が、その必要な時なのか?⦆
⦅何を言っている。お前の娘が見つかるまで大人しくしておくのは普通だろ⦆
言った通り、それが普通だという態度のニト。
⦅……ありがとうね⦆
ノインがそう呟くが、ニトは気にした素振りを見せない。
⦅ところで、どうなんだ? 今、この場に居るのか?⦆
何が、は問うまでもないだろう。
ここには、そのために来たのだから。
⦅いや、変わらず、だね。魔族の気配はするが、特定はできない。つまり、今この場に居るのは誰も魔族ではないよ⦆
⦅そうか⦆
さっさと姿を現してくれた方が楽なんだがな、とニトは思う。
そう思っている間に、ウォルクと冒険者ギルドマスターの話は終わる。
「それで、その者が」
「はい。提示された五つの宝物を集めた者。ニトです」
ウォルクが向ける視線の邪魔にならないように、スッと横にずれる冒険者ギルドマスター。
冒険者ギルドマスターという盾を失ったことで、ニトはウォルクから向けられる視線を強く感じる。
向けられている視線の意味は一つ。値踏みだ。
確認したいことも一つ。
ニトが強者かどうか、それだけ。
『………………』
場に沈黙が流れる。
ニトはどれだけ視線を向けられようが気にしていないため、口を開かない。
ウォルクは値踏みに集中しているため、口を閉じている。
他の者たちは王であるウォルクよりも先に口を開く訳にはいかないため、黙していた。
なので、最初に口を開くのは、当然ウォルクである。
「ふむ。パッと見た限りでは、そこまで強そうには見えないが……話してみればわかることもあるか。といっても、このままだと話しにくいのも事実。さすがに、面倒な礼儀作法は……」
ウォルクが冒険者ギルドマスターに向けて、確認するような視線を向けた。
意図することを理解した冒険者ギルドマスターは、教えていません、と首を横に振る。
「で、あろうな。ならば、元々この場は緊急で設けたということもあって公式な謁見とは言い難い。非公式とするので、気軽に話をしようではないか」
ニトに向けてそう声をかけるウォルク。
ウォルクはニンマリとした豪快な笑みを浮かべていた。
『陛下……』
周囲に居る者たちの何人かが、そう呟いて頭を抱える。
ただ、それ以上何も言わないのは、よくあることなのだということが窺えた。
ニトはどうしたものかと思っていると、冒険者ギルドマスターがニトに向けて口を開く。
「まっ、こうなるとは思っていた。いつものことだから、気にしなくていいぞ。やれやれ……この年になると、この姿勢は膝にくる」
そう言って、よっこらしょと冒険者ギルドマスターが立ち上がって、労わるように膝を擦る。
冒険者ギルドマスターの行動と周囲の雰囲気から大丈夫と判断して、ニトも立ち上がるのだが、ノインは既に身を起こしていた。
⦅速いな⦆
⦅空気を読んだだけ⦆
大人だからね、とノインが口角を上げる。
そこに、ウォルクがニトに向けて声をかけた。
「それでは、イリスの婿となれる者かどうか確認しようか」
「いや、なる気は一切ないから大丈夫だ」
ハッキリと告げて、バッサリと言い切るニト。
当然、話の流れ的に場は沈黙となる。
『………………は?』
ニトとノイン以外のこの場に居る全員が、揃って首を傾げた。
⦅空気を読むんじゃなかったのか?⦆
⦅……しまった。つい本音が⦆
ノインがニトに向けて呆れた目を向けた。




