16
「貴様を殺す――いや、人形である貴様を徹底的に壊すことで、二度と世迷言を口にできないようにしてやろう!」
カーンがマルルに襲いかかった。
カーンは巨槍を持ち、マルルは螺旋槍が壊されて無手である。
普通に考えれば、カーンの巨槍を避けるならまだしも防ぐとなるとその手段はないように見える――が、マルルからすればそれでも一切の問題はない。
防ぐ手段がないのでれば、作ればいいだけなのだ。
それに、先ほどの会話によって、カーンの心には少なからず憤怒や焦燥といった思いが芽生えており、それは動きにも影響を与えていた。
動きの固さ、体への力みが強くなり、それは本当に些細なことではあるが、本来ならピンポイントで狙っているところへ通すような攻撃が、僅かながらズレている、といったモノ。
そのズレは本当に僅かであり、圧倒的なまでの力の差があれば、それにも気付かずにやられるのは間違いない。
だが、それなりに渡り合えるような力の差であれば、それは些細ではなく大きく影響する。
マルルはそうだった。
「私はこれまで一度も世迷言を口にした覚えはありません。そのようなことを口にする機能もございません。ただ、事実を申しただけです。しかし、それを言っても信じないのでしょう? なので、こう言いましょう。やれるモノならやって――あなた程度が私を壊せるモノなら壊してみせなさい、と」
「望むならそうしてやろう!」
カーンの巨槍を振るう――が、それは狙いがズレている。
マルルは容易に回避する。
そうしてそのままカーンが連続して振るう巨槍を回避しつつ、狙いの場所――戦っていた場所から少し離れた位置へと向かう。
その動きに合わせるかのように、周囲で戦っている多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢も避けるように動く。
マルルとカーンの戦いの邪魔をしないように、という思いもある。
しかし、この場合で一番多いのは、巻き込まれたくない、という思い。
戦場という場で常に気を張り、感覚が鋭敏になっているのだろう。
カーンが抱く憤怒と焦燥を、その姿から多少なりとも感じ取ったのだ。
逃げ遅れ、巻き込まれれば、間違いなくカーンの巨槍に串刺しにされるだろう、と。
そこに敵味方は関係ない、ということも。
カーンの感情の捌け口として殺される。
この時ばかりは、多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢は、目の前の敵の相手をするよりも優先して避けていった。
そのおかげと言うべきか、特に手間取ることなく、マルルは狙いの場所に辿り着く。
そこに向かった理由は一つ。
既に持ち主は居ない、誰かのだった魔道具の武器があるからだ。
マルルが手にしたのは、落ちていた剣。
それが誰の剣であったかを考える必要はない。
「『魔改造』」
実際のところ、この能力にも限界は存在している。
といっても、その限界は対象となる魔道具の質が影響していた。
対象となる魔道具の質が良ければ、それに合わせてより多くの能力を付与したり上昇させることができるが、質が悪ければその逆である。
マルルが手に取った剣は魔道具の質としてはそれほど良くなく、特に外見は変わらずに剣の強度だけ上昇した。
そうしなければ、カーンの巨槍とまともに打ち合えないからだ。
強化した魔道具の剣を構え、マルルが迎え撃つ。
振るわれるカーンの巨槍を、横合いから魔道具の剣で打ち、そのまま巨槍の側面を滑らせながら前へ飛び出し、マルルは駆け抜けながらカーンの腹部を斬る――が。
「ガッハッハッハッハッハッ! 効かんわ!」
魔道具の剣は、カーンの身に付けている黒い鎧と衝突すると同時に砕け散った。
黒い鎧には傷一つ付いていない。
「やはり駄目でしたか」
こうなることはわかっていた、とマルルはポイッと砕けた魔道具の剣を捨てる。
ただ、これで終わりではない。
そもそも多国籍軍は、言ってみれば各国の優秀な兵士、騎士、冒険者の集まりである。
その装備もそれ相応であり、魔道具の武具も数多くの者が持っている――が、今ここの多国籍軍は、カーンの度重なる突撃によって小さくない被害を受けていた。
マルルが強化した魔道具の剣と同じく、持ち主が居ない、誰かのだった魔道具の武具が戦場に残されている。
「次は――」
マルルが手に取ったのは、魔道具の槌。
「魔改造」で強化して、カーンへの攻撃を行う。
「無駄だ!」
カーンの巨槍に貫かれて、魔道具の槌は砕ける。
ならば、とマルルは次の魔道具の武具を手に取り、強化して、カーンへの攻撃を行う。
それが砕ければ、次へ。
それも砕ければ、次へ。
繰り返し行い、先ほどまでとは違ってマルルも攻勢に出た。
だが、通じない。
結果は、カーンの巨槍によって砕けるか、カーンが身に付けている黒い鎧に傷を与えることなく砕けるか――そのどちらかであった。
どの魔道具を強化して使用しようとも、カーンには傷一つ付けることができない。
それだけ、カーンは強く、また巨槍と黒い鎧も強固なのである。
また、マルルの攻勢という時間経過と共に、これだけの攻撃を受けても傷一つ付かなかったことは、カーンに自らの強さへの自信――というよりは、マルルが何を言おうが、結局のところ世迷言でしかなかった、と思わせるに充分だった。
自分のことを弱いだなんだと口にしたところで、自分を倒すことはできない。
なるほど。とカーンは納得する。
そう口にすることで、自分の心を乱れさせるための効果を狙っていたのか、と自己完結した。
確かに乱れた。効果はあった。しかし、それだけ。それだけでしかない。
「残念であったな! 人形!」
マルルの持っていた魔道具の武具を破壊し、カーンの巨槍が突かれる。
先ほどまで少なからず乱れていたカーンの巨槍が、狙った場所――マルルの心臓部へと吸い込まれるように突き進む。
マルルは魔道具の武具が破壊されたことによる衝撃は問題なかったのだが、その破片がマルルの視界からカーンの巨槍の先端を隠す。
それは、これまでで一番のタイミングであった。
狙った時に、狙った場所へ――必殺の手応えを感じるカーン。
カーンから見れば、マルルはもう既にただの人形であり、終わったモノであった。
ここで倒し、もう今後思い出すこともないだろう。
カーンにとってマルルという存在はそうなった。
――だが、それはマルルからもそうなのだ。
カーンは何か特別な魔族ではなく、結局のところ殲滅対象の中の一人でしかない。
マルルは端的に口を開く。
「……計測完了。……学習終了。……予測幅修正済。……これより、対象魔族を殲滅します」
迫るカーンの巨槍を、マルルは視線が遮られていようとも回避した。
同時に、前へと飛び出し、手を突き出してカーンの黒い鎧に触れる。
「『魔改造』」
カーンの黒い鎧が魔道具の類であることは、これまでの攻撃によってマルルにはわかっていた。
能力としては、鎧自体の頑強と使用者の速度上昇。
カーンにとってはそれで充分なのだ。
それをマルルは改変する。
「魔改造」は何も魔道具の能力を上昇させるだけではない。
能力を下降させることも、使用者に害を与えるような能力を付与することもできるのである。
能力付与はほぼ一瞬。
マルルが触れた手をそのまま突き出す。
「――ぐふっ!」
カーンは伝わる衝撃の強さに――鎧を通過して、巨大ハンマーで直接体の内部を叩かれたような、突然の痛みに悶絶する。
マルルが付与したのは、黒い鎧が受けた打撃のみを倍にして装備者に伝える、といったモノ。
打撃のみなのは、それだけしか付けられなかったのである。
なので、斬撃などはそのまま防げるのだが、打撃だけは通るようになったのだ。
ただ、それは行った者にしかわからないこと。
カーンからすれば、一体何が! 何故! と思うが、その理由を追及する暇はない。
マルルは既に二撃目として黒い鎧を殴ろうとしていたからだ。
直感でカーンは受けるのはマズいと判断して、自ら後方に跳躍してマルルと距離を取る。
拳を振り抜いた姿勢のマルルに視線を向けて、カーンは苛立たしげに口を開く。
「……何を、した?」
「何かありましたか? まあ、何かあったとして、それを私が行ったとして……わざわざ教えるとでも?」
そう口を開くマルルの目と態度に、先ほどの自分が弱いと言われた発言がカーンの脳裏に過ぎる。
衝動で、カーンは飛び出し、マルルに襲いかかる。
これまででもっとも濃密な殺意を乗せた巨槍をマルルに向けて振るうが、マルルはかすりもさせずに容易にかわす。
カーンはこれまでで一番激しく巨槍を連続で振るうが、結果は何も変わらない。
まるでそこに巨槍がくるとわかっているかのように、マルルはそのすべてをかわした――だけではなく、反撃にも出ていた。
マルルの反撃にしてもまた、まるでカーンがそう避けるとわかっていたかのように、打撃を届かせている。
なんてことはない。
マルルはもうすべてを読み切っていたのだ。
それを可能としているのは、マルルの学習能力の高さ。
マルルの強みは「魔改造」という能力や、周囲から魔力を得られるといった無尽蔵のような魔力と、色々とあるが何よりも警戒すべきは学習能力である。
「魔導人形」という魔道具――所謂機械であるからこそ、分析し、学習し、導き出された対応を実行に移せば正確無比なのだ。
寸分の狂いもない。
もちろん、そのような行動が取れるようになるための分析にはそれ相応の時間が必要で、相手によってはかなりの時間がかかるだろうし、その結果が勝利になるとも限らない。
しかし、それだけの時間が取れ、尚且つ勝利が導き出されたのなら、あとはその通りにするだけで勝利を得られるのだ。
文字通り、ボコボコにされるカーン。
マルルの打撃から逃げられない。
戦いの主導権は、マルルが完全に握っていた。
カーンからすれば何故そのようになっているのかはわからない。
考える暇もない。
だが、何かしなければ状況は変わらない。
カーンの性質上、この状況で何かするのであれば――どうにかする力が足りないのであれば、更なる力を持てばいい、と導き出される。
そして、カーンはその力を持っていた。
「ふざ、けるなあ! この私がたかが人形如きに! 殺す! 壊す! 殺す! ああああああああああっ!」
カーンの身から魔力が溢れ出す。
同時に、その身が膨れ上がっていき、強化されていく。
変化は見てわかる。
体格が倍以上の大きさになったのだ。
「勝つのは私だあああああ!」
巨大化したカーンが、マルルに向けて巨槍を突く。
ただ力任せに付いた巨槍ではあるが、その速度は今までの比ではない。
突いた、と思った瞬間に既に突かれていた、となっていてもおかしくない速度であったが――。
「予測の範囲内です」
マルルはそれすらも容易にかわし、自身の横を通過していく巨槍を蹴り上げる。
通常であれば手を放すようなことはしないカーンであるが、これでも通用しなかったという動揺から掴む手に力が入らず、巨槍は上空へと舞い上がっていく。
動揺故にそれを目で追ってしまうカーン。
マルルは既にカーンの懐に入っており、もっとも力を込めた拳を黒い鎧に打ち込む。
これまでで最大の衝撃が走り、巨大化したカーンは膝を折って地に付けて屈んでしまう。
マルルは、既に空中へと飛び上がっていた。
空へと舞い上がっていた巨槍を掴み――。
「『魔改造』」
巨槍をさらに鋭くする。
それこそ、固い鎧でも串刺しにできるように。
「戦いを楽しませろと、私に時間を与えたのが敗因です」
投擲。
飛来する巨槍は屈んだカーンの背中から黒い鎧を貫き、そのまま心臓を突き抜けて、胸部側の黒い鎧も貫いて、地面へと突き刺さった。
カーンは声を上げることもなく絶命し、全身から力が抜け、巨槍を支えにして項垂れる。
その光景は、さながら墓標のようであった。
地上に着地したマルルは周囲に視線を向ける。
そこではまだ戦いが起こっていた。
マルルとカーンの戦いが終わっただけで、全体の戦いはまだ終わっていない。
ただ、カーン死亡によって、多国籍軍の方には希望が、魔族と魔物の軍勢の方には絶望が漂ってはいるが。
それを大人しく見ているマルルではない。
何より、マルルにとっては、カーンも魔族の一人という認識でしかなく、そこらで戦っている魔族と何も変わらないのだ。
「殲滅します」
次へと向けて動き出すマルル。
エトラス王国。南東での戦いは、その状況が大きく変わろうとしていた。




