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 エトラス王国。五つの地域で起こっている戦いへと散らばったニトたち。

 西にノイン。南西にフィーアとエクス、東にヴァレード、南東にマルル。

 残る南にはニトが――行っていなかった。

 いや、正確に言うのであれば、まだ――だろうか。

 というか、そもそも必要とも思っていない。

 何しろ、五つの地域の中で南だけが、多国籍軍が優勢で進められているからだ。

 ヴァレードの調査に抜かりはない。

 他の四つの地域で魔族と魔物の軍勢の方が優勢なのは、そこに抜きん出た存在(バランスブレイカー)が居て、南にはそのような存在が居ないから、というのもあるが、五つの地域に分かれた多国籍軍の中で、南の多国籍軍がもっとも戦力が高い、というのがある。

 もしここに抜きん出た存在(バランスブレイカー)が居たとしても、対等に渡り合うことができていたかもしれない。

 それくらいの戦力がここに集まっていたのだ。

 だからこそ、ニトはここには来ていない。

 いや、来る気はある。

 危険であれば、もちろん直ぐに来ていたのだが、南の方はまだ余裕があるのだ。

 ただ、それは余裕があるというだけであって、絶対の勝利ではない。

 何が起こるかわからず、優勢である状況も何かがどうにかなって劣勢に反転することだってあり得るのだ。

 だから、向かわない、という選択はない。

 ただ、直ぐに変わるような状況ではないので急がなくていい、というだけである。

 なので、先に確認しておいた方がいいだろうと判断して、その確認を優先させているのだ。

 マルルの戦力を。

 ノイン、フィーアとエクス、ヴァレードの戦力は高く、散らばせても問題ないとニトは思っている。

 ただ、マルルに関しては、ニトはその強さを知らない。

 芸術祭での戦っていた姿を見ておらず、その直後のヴァレードとの小競り合いくらいしか見ていないのだ。

 一応、直接対峙したノインとヴァレードから、まあ一地域を任せても大丈夫だろう――という評価を得ているし、マルル自身もやる気を見せたので任せたのだが……それでも強いかどうかを知らないニトからすれば少なからず不安であり、もし何か問題があって駄目になった場合、女神との約束が反故になっては困るからである。

 なので、本当に任せていいかどうか確認してから南に向かう予定であった。

 それでも問題ない。

 全速力で向かえば、充分間に合う――という目算を立てている。

 ちなみに、ニトは神界に行ける――言わば転移を使った訳だが、あれはこの世界に来た時の感覚を逆にして行使しているだけであるため、ヴァレードやセクレのように純粋に転移魔法を使える訳ではない。

 いうなれば、神界との行き来にしか使えない――限定的な転移しか使えないのである。

 まあ、それでも、と言うべきか、長距離ならまだしも近距離であればそれに近い速度で移動できるため、ニトに転移魔法が必要かどうかは微妙なところだろう。

 という訳で、ニトがまずマルルの強さを確認する。

 離れた場所で、マルルが魔族と魔物の軍勢――特にその先頭に居るカーンと数度やり合うのを見てから、ニトは大丈夫そうだと判断して、この場をあとにした。


     ―――


 動き出したカーン率いる魔族と魔物の軍勢を前にして、マルルは動じない。

 恐怖で身がすくんで、ではない。

 ただ、魔族と魔物の軍勢を見て――分析しているだけである。


「……彼我の戦力差による分析結果ですと、勝率は一割にも満たしませんか。俗に言う、運が良ければ……でしょうか。ですが、博士は私を運に任せるようには製造していません。よって、これから実力で勝たせていただきます」


 別に誰かがそれを聞いていた訳ではない。

 いうなれば、これは自分から自分への決意のようなモノである。

 表情には表れていないが、やる気を見せるようにマルルが素手のまま構えを取った。

 そこに、カーン率いる魔族と魔物の軍勢が迫る。


「ガハハハハハッ! どうにかできるのであればどうにかしてみせろ! たとえ女であろうとも関係ない! 強いか! 弱いか! 私を楽しませることができるかどうか! それだけだ!」


 巨馬に乗ったまま、カーンが巨槍を突く。

 狙いはもちろんマルル。

 マルルは巨槍の穂先部分を挟み込むように掴んで受けとめるが――そのまま体が浮き上がるのを感じる。

 それは当然と言えば当然の結果だろう。

 体重差、勢い、純粋な力の差――およそ考え付く要因によって、マルルは突かれた巨槍の勢いをとめられず、挟み込むように掴んでいた両手は外れてそのまま吹き飛ばされる。

 ただ、それだけだ。

 ダメージは一切受けておらず、そもそもこれはマルルにとって狙い通り――こうなるとわかっていた。

 そのため、マルルに動揺は一切ない。

 マルルは後方の多国籍軍の近くになんでもないように着地して周囲を確認。

 周囲には倒れた多国籍軍の者たちの他に、その者たちが装備していた武具類も散らばっている。

 その中から、マルルは一本の長い棒を手にした。

 それは魔道具で、その効果は、魔力で形成された旗を出すだけのモノで、使い方としては主に儀礼用ではあるが、戦場では離れた場所に居る者にも旗の振り方で指示を出す、といったこともできる。

 およそ武器となるようなモノではないが、マルルにとっては魔道具であればなんでも構わないのだ。


「『魔改造(クラッキング)』」


 マルルが自身に備わっている能力を発動。

 手に持っている魔道具が改造される。

 変化は明確だった。

 長い棒の先から旗が飛び出し、棒を中心にして先端を尖らせるように巻き付いていき――螺旋を描く槍となる。

 マルルは螺旋槍を振り回して――構えた。


「ガハハハハハッ! 面白いことをする!」


 そこに、カーンから再度巨槍が突かれる。

 マルルが「魔改造(クラッキング)」している間に迫っていたのだ。

 カーンの巨槍を、マルルは螺旋槍で払い――追走する。

 その速度は巨馬に負けておらず、並走できていた。

 マルルが螺旋槍を振るい、カーンが払う。

 カーンが巨槍を突き、マルルが払う。

 攻防を繰り返しながら、互いに駆け続ける。

 それは多国籍軍が居るところに到達しても変わらず、多国籍軍の中を突っ切りながら戦い続けていた。

 両者共に、目の前に相手にだけ集中する。

 カーンが多国籍軍の方に攻撃することはなかった。

 その素振りもない。

 何しろ、マルルの狙いが自分の命であることはカーンもわかっている。

 その命を取るために、マルルがまず狙っているのはカーンの機動力を奪うということ。

 つまり、マルルは巨馬を狙っている――ということをカーンは理解しているのだ。

 今の状態で多国籍軍の方に手を出せば、それは明確な隙となってマルルが巨馬を狙うのは明白である。

 そのため、カーンはマルルだけに集中する。

 マルルはそれだけの相手――自分を楽しませてくれるだけの力は持っていると、この僅かな戦闘でカーンは察したのだ。

 自然とカーンの表情は笑みへと変わる。


「ガハハハハハッ!」


 先ほどまでと同じ笑い声だが、その声質はより上機嫌であるとわかるくらいの変化が起こっていた。


「いいぞ! 漸く戦いらしい戦いを楽しめるようになってきた! 存分に戦おうぞ!」


 嬉しそうにそう言うカーン。

 そんなカーンの振るう巨槍と螺旋槍でやり合いながら、マルルはその時が来るのを待つ。


     ―――


 マルルとカーンがやり合い始めたが、カーン率いる魔族と魔物の軍勢の動き自体に変化はない。

 その理由は単純に、カーンが乗る巨馬だ。

 巨馬がカーンを乗せたまま、これまで通りの動きを続けているのである。

 先頭を進み、魔族と魔物の軍勢を引き連れて、多国籍軍の中を駆け抜けながら蹂躙していく。

 それがこれまで通りの動きであるが、今はもうその結果は違っていた。

 これまでであれば、先頭を進むカーンの存在は脅威であったのは間違いない。

 何しろ、先頭に――最初に突っ込んでくるという非常に高い危険性がある位置でありながら、これまでまったくと言っていいほど何もできなかった。

 傷一つ付けることもできなかったのである。

 倒すことが不可能だと思えるような存在が先頭で突っ込んできて、多国籍軍の騎士や兵士たちを倒しながら、場を大きく乱して駆け抜けていく。

 さらにそのあとに魔族と魔物の軍勢の相手もしなければいけないのである。

 多国籍軍側からすれば、たまったものではなかっただろう。

 しかし、現状はもう違っていた。

 カーンはマルルによって押さえ込まれていると言ってもいい状況となったため、多国籍軍は魔族と魔物の軍勢の相手だけで済む。

 それは多国籍軍の負担を随分と減らすことになり、突き抜かれて多国籍軍の陣形が乱れたことは変わらないが、それでも被害の方は大きく抑えることができていた。

 随分と楽になったのは間違いない。

 逆に、先頭で多国籍軍を蹴散らしていたカーンの攻撃がなくなったことで、多国籍軍からの攻撃を受ける頻度が高くなった魔族と魔物の軍勢の方が、被害が大きくなる。

 といっても、状況が逆転するほどではない。

 マルルが現れるまでに受けた多国籍軍の被害が大き過ぎたのだ。

 未だ多国籍軍の状況は悪い。

 だが、余裕が生まれたのは事実。

 余裕が生まれれば、視野も広がるのだ。

 視野が広がれば、ここから好転させるためにどうすればいいのか、思い付くこともある。

 今回はそれが複数だった。


「来たぞ!」


「この身を犠牲にしてでもとめてみせる!」


「やってやるさ! でなけりゃ、この場に居る意味がない!」


 マルルとやり合うカーンを乗せた巨馬が、多国籍軍に迫る。

 これまでであれば、その動きをとめようとしてもカーンによって阻止されていた。

 無残に散っていただろう。

 しかし、今はそのカーンによる阻止はなくなった。

 だからこそ、思い切った行動が取れる。

 カーンを乗せた巨馬が突っ込んでくるのに合わせて、数人の兵士が巨馬に対して横から体当たりを敢行する。

 巨馬自体がガッシリとしており、威力が足りずに跳ね飛ばされるのも中には居て、ダメージ自体は大したことは……下手をすればまったく食らっていないかもしれない。

 だが、数人纏めてということもあり、バランスを崩すことには成功した。

 それでも巨馬は倒れない。

 しかし、揺れは土台よりもその上に乗っている方が大きく感じるモノだ。

 マルルとやり合っている状態であったということもあって、カーンの方が大きくバランスを崩し、巨馬から落ちる。

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