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13

 エトラス王国。東。

 ここは少しばかりざわめきがあった。

 混乱、と言ってもいいだろう。

 それが起こっているのは、多国籍軍の前線。

 この場の多国籍軍陣営の後方――本陣とも言えるところまでは及んでいないが、前線の方では各所で起こり、多少なりとも混乱となっている。

 それは――。


「うぐっ!」


 前線で、魔物との戦闘中の多国籍軍の兵士が一人、突然倒れる。

 別に、戦闘中の魔物にやられた訳ではない。

 寧ろ、きちんと安全を取り、数人で囲んでの堅実な戦法で対処していた。

 なのに、攻撃を食らったようには見えなかったのに突然倒れたのである。

 残った数人の兵士が、取り囲んでいた魔物を倒しながら、周囲に向けて声を飛ばす。


「ちくしょー! こっちでもやられた! 警戒しろ!」


「気を付けろ! 誰か、飛来したモノを見ていないか! あるいは、何かこの付近に居なかったか!」


「くそっ! 姑息な真似を! 今度のはなんだ!」


 魔物を倒した数人の兵士が、互いを背にして周囲の様子を窺う。

 しかし、何も起こらない――ここでは。


「ぎゃっ!」


 少し離れた位置で、兵士の一人が声を上げて倒れた。

 別のところで、同じことが起こる。

 これが、今この場で起きていること。

 多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢の戦いが起こっている中、主に前線で起こっている現象である。

 それは既に何度も、同じことが起こっていた。

 前線での戦闘中。十人長や百人長といった、部下を率いる隊長クラスの者だけが突然倒れる。

 それがこの場での戦闘開始から、継続的に起こっていた。

 ただ、その原因が明らかになっていない――というよりは、手段がバラバラなのだ。

 遠距離からの狙撃であったり、透明であったり、目にもとまらぬ速度によるモノであったりと、様々な手段が用いられているため、絞れないのである。

 すべてに――ありとあらゆることを想定して警戒しなければいけなくなっていた。

 もちろん、防げている場合もある。

 運良くと言うべきか、先に存在を確認することができた。

 魔物への攻撃だったが、それが偶々当たる。

 より効果が高かったのは、広範囲攻撃に巻き込んだ、だろうか。

 それによって発覚して情報として多国籍軍に共有されたのは、魔族と魔物の軍勢の中に暗殺部隊とでも言えばいいのか、そういうことを行う存在が居るということだった。

 多国籍軍は偶にそれらしいのを倒しているのだが、まだ続いているということは残っているということ。

 暗殺のような行為がいつまで続くのかわからないため、多国籍軍側としては常に必要以上の警戒が要るため、精神の摩耗は大きいだろう。

 その不安定とでも言うような状態は混乱を呼び、特に被害の大きい前線はざわめいているのである。

 だが、それでもと言うべきか、混乱は最小限に抑えられていると言えた。


「ここでもか! では、ここに居る者は一時的に私の指揮下に入れ! 行くぞ! ……悲しむのは、この戦いが終わったあとだ!」


 隊長クラスの者を失った兵士たちの下へ、別の隊長クラスの騎士が現れ、引き連れて魔物へと攻撃を開始する。

 なんてことはない。

 集められた多国籍軍は各国の精鋭なのだ。

 高い基準を超えて、各国から集っているのである。

 国の枠には囚われず、今は――今だけは多国籍軍として一つとなっているのだ。

 そのため、現場判断による個人で動くこともできるし、他と即興で連携も取れ、中には隊長クラスがやられても直ぐに引き継げる者も居る。

 なので、混乱自体は未だ抑えられ、表立っての問題とまでは至っていない。

 しかし、それは、現状は――でしかないのも事実。

 何が要因となっているのかわからない以上、とめようも、防ぎようもない。

 このまま隊長クラスの者を失い続けることになれば、抑えられている影響がいずれ決壊して溢れ出し、取り返しのつかない事態になるだろう。

 それがいつになるかはわからない。

 いや、来ないかもしれない。

 その前に決着が着く場合だってある。

 それがどちらにとっての勝利か敗北かはわからないが――それでも、多国籍軍は折れない。

 奮闘を続けている。

 だが、隊長クラスの損失の影響はやはり出ており、優勢なのは魔族と魔物の軍勢の方であるため、多国籍軍は不安に付きまとわれていた。

 しかし、隊長クラスの者を狙っている暗殺部隊の方も、多少なりとも焦れてはいる。

 想定していたであろう効果が得られていないからだ。

 多国籍軍の立て直しが早いだけではなく、想定していたよりも感が鋭く、また、多国籍軍の運がいいのか、自分たちの運が悪いのか、暗殺部隊は既にその数を大きく減らしている。

 このままでは、おそらく先に消えるのは――。

 そんなどちらにも緊張が走っている中――魔族と魔物の軍勢の方における最強戦力――銀髪のオールバックに、黒い角がうしろに流れるように生え、優男といった雰囲気の顔立ちの、細身に上下黒レザーを着ている男性――「エンバー」は、この場に居なかった。

 その姿は、戦場となっている場から少し離れたところにある静かな森の中にある。

 風で揺れる葉の重なり合う音が響く中――エンバーは自身と対峙するように立ち、微笑みを浮かべている者に視線を向けていた。

 微笑みを浮かべている者――ヴァレードが優雅に一礼する。


「ここまでご足労いただきありがとうございます。まあ、私が気配を晒せば、あなたは来ていただけると思っていましたが」


「……つまり、俺に殺される覚悟ができた訳か」


「あなたも諦めせんね……まあ、いいでしょう。いつでもどうぞ」


 エンバーがヴァレードに向けて襲いかかる。


     ―――


 エトラス王国。南東。

 ここの状況でどちらが悪いかと言えば、ハッキリと多国籍軍側が悪いと言えた。

 数で言えば、負けていない。

 寧ろ、この場に居る魔族と魔物の軍勢より、この場に居る多国籍軍の数の方が多く、数の多さはそのまま総戦力にも直結しているため、いくら個として魔族と魔物の方が強くとも、充分に対抗できるはずだった。

 なのに、状況は多国籍軍の方がハッキリと悪いのは、今この場において、多国籍軍側からすれば災害と言ってもいい存在が居るからである。


「来るぞ! 来るぞ! 来るぞ!」


「ちくしょー! 今度はこっちか! 無茶苦茶しやがって!」


「先頭の相手は無理にするな! 受け流せ! やり過ごせ! 後続を先に潰すのだ!」


 多国籍軍の騎士や兵士たちが慌てるように身構え、迎え撃とうとする。

 そこに突っ込んでくるのは、魔族と魔物の軍勢。

 ただし、ここは――ここだけは他と違い、魔族と魔物の軍勢は底辺のない尖った二等辺三角形のような陣形を組んでおり、その陣形を維持したまま、戦場を駆け抜けていた。

 その陣形を組む魔族と魔物の軍勢の先頭で黒い巨馬に跨っている者。

 緑髪に黒い角が前方に力強く伸び、暑苦しい顔立ちに、筋骨隆々な体付きの上に黒い鎧を身に纏い、巨槍を手に持つ男性――名は「カーン」。

 カーンが、今この場の状況を生み出し、支配していると言っても良かった。

 何しろ、多国籍軍側からすれば、それは災害そのものなのだ。


「ガハハハハハッ! ほらほら! どうした! 私をとめられていないぞ! 私をとめようとしないのか! 私をとめられる者は居ないのか! 私は逃げないぞ! 私はここに居る! 私と戦おうという気概のある者は出て来い!」


 黒い巨馬に跨ったカーンが巨槍を振り回しながら多国籍軍に突っ込んでいく。

 多国籍軍が陣形を組んでいようが関係ない。

 カーンはそのまま巨槍を振るいながら多国籍軍の陣形の中に突っ込んでいき、その強さを見せつけるように多国籍軍の騎士や兵士たちを倒しながら駆け抜けていく。

 それはカーンだけではない。

 魔族と魔物の軍勢の取っている陣形の先頭がカーンであり、魔族と魔物はカーンに続くように付いてきており、同じく多国籍軍の中に突っ込んでいっている。

 その勢いは強く、一度突き抜かれると多国籍軍は少なくない被害を受けていた。

 だが、それで終わりではない。

 とまらない……とめられないのだ。

 多国籍軍側が陣形を組んで対抗しようとしても、先頭のカーンをとめることができず、そこから組んだ陣形は崩されて形を保つことはできない。

 その上、魔族と魔物の軍勢の進む先は率いているカーン次第であり、そのカーンも特に狙いといったモノはなく、ただ自分が進みたい方に――多国籍軍が組む陣形の要所となる部分を本能で察知して――進んでいるだけである。

 その結果として多国籍軍側は大いに荒らされ、まともな陣形を組めなくなっていた。

 このままではカーン率いる魔族と魔物の軍勢を前に、この場の多国籍軍が一方的に蹂躙されるかもしれない――という時、崩れた多国籍軍と、カーンが率いる魔族と魔物の軍勢の間に、突然メイドが現れる。

 それは、宝石のように輝く目を持つ人形――「魔導人形(マジカル・ドール)」のマルルであった。

 およそ戦場に居ていい存在ではないと、多国籍軍、カーンが率いる魔族と魔物の軍勢――双方からの視線が集まる中で、マルルはカーンが率いる魔族と魔物の軍勢に向けてカーテシーを行う。


「与えられた使命と、新たなマスターの命により、あなた方を殲滅しに参りました」


 双方共に距離があり、戦場ということもあって、マルルの発した言葉を聞き取るのは難しいだろう。

 しかし、その行動というか、マルルが発する雰囲気とでも言うべきか、カーンが率いる魔族と魔物の軍勢に対して敵対している、というのはなんとなく見て理解できた。

 そんな中、カーンだけは優れた身体能力によって、マルルの発した言葉を拾っており……豪快な笑みを浮かべる。


「……ほう。戦士のようには見えないが……出で立ちは強さに関係ない。丁度、このまま終わってしまうのかと退屈を感じていたところだ! 貴様が強いのであれば……私を楽しませてみせろ!」


 マルルに向けて、カーンが跨っている黒い巨馬を走らせる。

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