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エトラス王国の各方面で起こっている、多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢の戦い。
全体的に優勢なのは、魔族と魔物の軍勢の方であった。
ヴァレードが予測し、見た通りのままとも言える。
といっても、これはエトラス王国の各方面に太一された多国籍軍の数が足りないとか、総戦力として弱いという訳ではない。
魔物に対するということで数は充分に揃っているし、魔族とやり合うには個としての強さが足りないが、それも数の力で補えるだけは集まっているのだ。
エトラス王国全体を使用しての時間を使って、物資も各方面に充分な数が届いている。
多国籍軍としては充分に渡り合うことができ、その上で勝利する――もしくは、たとえ勝てなくとも他のところから、あるいは各国からさらなる援軍が送られてくるだけの時間は持たせることができると想定されていた。
しかし、蓋を開けてみれば、全体的に敗れそうなのは――多国籍軍の方。
エトラス王国の各方面――五か所で繰り広げられている戦いの内、多国籍軍が優勢となっているのは僅か一か所のみ。
残る四か所においては、魔族と魔物の軍勢の方が優勢であった。
そのような、多国籍軍の方からすれば想定外となっている状況の理由は一つ。
数の力だけではなどうしようもない――できない、抜きん出た存在が、その四か所に居るからである。
―――
エトラス王国。西。
この場における抜きん出た存在は、赤い模様と黒い体毛を持つ、邪虎という名の大虎の魔物。
その名は「ロガン」。
「くっ! 倒せ倒せ! こいつは倒さないとどうにもならないぞ! だが、言葉を発する知性があるヤツだ! 油断するな!」
「こいつが……こいつの存在が魔族と魔物の軍勢に勢いを与えてやがるっ!」
「倒せば……こいつさえ倒せば!」
多国籍軍の勇猛な騎士、兵士たちが襲いかかる。
ただ襲いかかっている訳ではない。
十数の騎士、兵士たちが相手を取り囲んで、全方位から一斉攻撃を仕掛けたのだ。
剣や槍などの武具による直接攻撃に、中距離からの魔法攻撃も加わっている。
瞬間攻撃力としては中々のモノだろう。
それが向けられている先に居るのは――大虎。ロガン。
もちろん、これで倒せるのであれば、それに越したことはないが、多国籍軍の勇猛な騎士、兵士たちはそこまで楽観視はしていない。
このあとにも続けて攻撃するつもりである。
言わば、これは連撃の最初の一撃なのだ。
ロガンの取る対応によって、次に放つ攻撃の形が決まる。
避けるか、反撃するか、あるいは大きく負傷するか。
あらゆる想定を、頭の中で描く。
その中のどれにも共通しているのは、ロガンが大なり小なり傷を負うというモノだった。
何しろ、全方位からの全力攻撃なのだ。
今この場での最高攻撃力でもある。
避けきれる訳がない。
多少の傷を覚悟しての反撃をしてくるかもしれない。
受けるようなことは……いや、全方位同時なのだから受けきるのはできない。
倒すところまではいかなくとも……。
それは想定というより――願望。
どうにかできる。どういかしなければならない。どうにかする。
……でなければ、終わりを意味するのだ。
これで――これなら――という思いを込めて放たれた全方位からの全力攻撃がロガンに当たり――それだけで終わる。
何も起こらない。
当たった。終わり。それだけ。
剣や槍などの武具はかすり傷すらつけておらず――魔法も同様で火属性であっても焦げ一つ付けられていない。
ロガンの体毛が攻撃のすべてを防ぎ、皮膚にすら何一つ届いていなかった。
「……クッ、クックッ……クッハッハッハッハッ! そう、それだよ。その顔だ。希望を抱いていた者が絶望に染まった時の表情。お前たち人間はそれを表現するのが本当に上手い。だから好きなのだ。お前たち人間に絶望を与えるのが。そして、絶望のままに殺すのがたまらなく楽しいのだ」
舌舐めずりとして、醜悪そのものといった笑みを浮かべたロガンが、自身を取り囲む多国籍軍の騎士、兵士に向かって襲いかかる。
それは最早戦いではない。
いや、ロガンからすれば、この戦いは最初から蹂躙という名の遊戯である。
ロガンの前に蹴散らされていく多国籍軍の騎士や兵士たち。
たった一体の存在によって、この場の流れが魔族と魔物の軍勢の方に傾き、そのまま決まろうかとした時――。
「あん?」
ロガンは不意に強烈な気配を感じ、後方に跳ぶ。
瞬間――先ほどまでロガンが居た場所に、上空から何かが飛来し、地上に当たると同時に耳を塞がなければいけないような激しい衝突音と視界を埋め尽くすような土煙が巻き起こる。
「……なんだあ?」
先ほどまで自分が居た場所であるが故に、ロガンは何が飛来したのかを確認するために、土煙の中から感じる気配に対してジッと視線を向ける。
視線は外さない。
土煙の中に居る存在も、自分を見ているとわかっているからだ。
そうして睨み合う時間が過ぎ、土煙が晴れ――飛来してきたモノが姿を見せる。
それは、純白の体毛を持つ巨大な狼――ノイン。
ロガンを見るノインの目には、ハッキリとした敵意が浮かび……合わせて憎悪も宿っていた。
そんなノインの姿を見て――ロガンは歪な笑みを浮かべる。
「おや? おやおや? どこかで見たことあるなあ! まさか、そっちの方から俺さまの前に現れるだなんて……よっぽど染められたいようだな! 血のように赤く!」
「……ふんっ! やれるものならやってみることだね。……ただ、覚悟しておくんだよ。今日、血に染まるのはあんたの方だ」
ノインとロガンの両者から殺意が漏れ出し、周囲に居た者は多国籍軍、魔族と魔物の軍勢問わず、両者から気圧されて下がっていく。
戦場の中に大きな空間ができた瞬間、下がっていた多国籍軍の兵士の一人が、仲間とぶつかって手に持っていた剣を落とす。
ザクッ! と剣先が地面に刺さった。
瞬間――ノインとロガンは駆け出し、衝突する。
―――
エトラス王国。南西。
ここもまた、優勢なのは魔族と魔物の軍勢の方であった。
ただ、ここに関しては、パッと見ではあるが、互角に渡り合っているように見えなくもない。
というのも、現在のところ、各方面の魔族と魔物の軍勢の中で、南の次にここが被害を多く出しているからである。
そのため、互角に渡り合っているように見えるのだ。
何故そう見えるのか。
それはここに居る魔族と魔物の軍勢は、部隊を組んでいるとか、種族で分かれているとか……そういうことはなく、そのほとんどが個別で動いているからである。
徒党を組んでいる、とでも言えばいいのか、複数で動いているのは僅か。
言ってしまえば、ここに居る魔族と魔物の軍勢のほとんどは、己に――自分の力に自信があるのだ。
また、相手は格下だと見ている人間たちであり、その人間たちがどれだけ集まろうとも、自分の力であればなんとでもできる、どうとでもできると思っている者ばかりなのである。
一人で、一体で、多国籍軍の相手をしているのだ。
だが、その中には自意識過剰とでも言うべきか、自信と実力が釣り合っていないのも当たり前のように居る。
そういうのから、己の身の丈を知る――多国籍軍によって倒されていく。
それで一番被害を出しているのは、それだけ自分をそういう風に思っているのが多かった、ということだろう。
「くっ! こいつ、確かに攻撃力はあるが防御が薄い! いけるぞ!」
「倒せるモノから倒していけ!」
「囲め! 囲め! 数の利を活かしていくぞ!」
だからこそ、多国籍軍の方も勢いがあった。
何故なら、手強い魔族と魔物を倒せるからだ。
倒せば、それを行った者は自らの自信となる。
それを見た者は、自分も――と奮起する。
自信と奮起によって、勢いが生まれているため、互角に渡り合っているように見えるのだ。
また、そのことによって、もう少し奮闘すれば状況がひっくり返る――多国籍軍の方が優勢になるように思えてしまう。
多国籍軍からすれば、より奮起して戦う要因となっているが――現状、それはあり得ない。
起こり得ないのだ。
何故なら、魔族と魔物の軍勢の方には、それだけではどうしようもない存在が居るのだ。
「……どうした? 某を取り囲んでおきながら、来ないのか?」
黒髪に金目、軽装に腰から剣を提げている、鱗肌の男性――その名は「ラドニー」。
抜き身の剣を持つラドニーが周囲に視線を向ければ、発した言葉通りに多国籍軍の騎士や兵士――十数人に取り囲まれていた。
その十数人は動かない――いや、動けないのだ。
ラドニーから発せられている死の気配のような圧に飲まれてしまっているのである。
だから、ラドニーはつまらない。
「やれやれ……この程度の者たちが相手では、某の腕が鈍ってしまうな」
ラドニーがなんでもないように一歩前へ踏み出す。
それで緊張の糸でも切れたのか――。
「う、わあああっ!」
取り囲んでいる多国籍軍の兵士の一人が飛び出し、襲いかかる。
「愚かな」
端的に告げて、ラドニーが斬り捨てる。
取り囲んでいる者たちは、兵士一人が斬られるところを見ることができなかった。
ラドニーの剣を振るう速度が速過ぎたため、目視不可だったのだ。
けれど、既に動き出して――動き出した瞬間をとめることは難しい。
一人が動いたことで他も連鎖的に動いてラドニーに襲いかかっていたが――結果は先ほどと同じであり、ラドニーの振るう剣が速過ぎるために、誰も近付くことなく斬り捨てられ、取り囲んでいた多国籍軍の騎士や兵士たちはほぼ瞬間的に全滅した。
ラドニーは戦場を見渡すように周囲を見る。
「……どうやら、ここに某の相手となる者は居な――」
そう判断を下そうとしたラドニーが、言い切る前に剣を振るう。
ただ、上から下に振り下ろしただけだが、次の瞬間にはラドニーを避けるようにして左右に暴風が吹き抜けていく。
なんてことはない。
ラドニーは放たれてきた風の刃を斬ったのだ。
そして、風の刃が飛んで来た方向から飛来してくるのは――白い塊……いや、剣を背負う白い狼――フィーアであった。
フィーアはラドニーと対峙するように降り立つ。
「……剣を背負う獣とは珍妙な……まあ、偶には獣を斬るのも一興か」
ラドニーが、剣の切っ先をフィーアに向ける。




