11
ニトが神界から地上へと戻る。
元居た場所――寝込んでいた部屋の中に、その姿を現わした。
現れると同時に室内の様子を窺うが……誰も居ない。
「……本当に時間が経過しているのなら、どれだけの時間が経った?」
まずはその確認をしなければ、とやる気が滾るニト。
何しろ、新たな目的と共に、達成すれば元々の願いも叶うのだ。
言ってみれば、今のニトは馬の鼻先に人参をぶら下げられているようなモノ。
奮起したニトを前にして、とめられる者は居ない……いや、アルザリアならとめられるだろうが、そのアルザリアもニトの願いを既に知っているため、それが達成と共に叶うとなれば協力する、あるいは後押しするのは目に見えている。
なので、やはりニトをとめられる者は居ない。
「とりあえず、アレだな。大魔王と……魔物の軍勢だったか? ……魔族もか。そこら辺を全部ぶん殴ればいいだけだな」
ニトはそう結論を出した。
暴論である。
ただ、できない訳ではないのがニトでもあった。
結論が出れば、あとは動くだけ。
ニトは早速とばかりに動こうとした時、部屋の扉が開かれる。
中に入って来たのは、ヴァレード。
「おや。漸くお戻りですか」
思いのほか長かったことが、その口調で窺えた。
だからこそ、ニトは直ぐ切り返すように尋ねる。
「俺が行ってからどれくらい経った? いや、重要なのは日数ではないな。まだ戦いは続いているか?」
「ええ、まだ戦闘継続中ですよ。いや、これが中々良い手を取っておりまして、そろそろ本格的にぶつかる頃かと思われます。こうしてニトさまが間に合ったのも、取った策のおかげと言えますね」
「策?」
「ええ。中々大胆な策と言いますか、一国を丸々使って時間稼ぎを行うという、思い切ったモノでした。ですが、そのおかげで多国籍軍側は万全の態勢で迎え撃つことができるようになりました。策を用いた国の王は、自国を潰すことになりましたが、これは英断であったと言えます」
うんうん、と頷くヴァレード。
国全体を使うなど、実に私好みです、と言わんばかりだ。
ヴァレードはそのまま自身の見解も伝える。
「まあ、それでも――と言いますか、私が見たところ、状況は多国籍軍側が不利なのは変わらない、といったところでしょうか。やはり、多国籍軍側には特出した存在が足りません。総戦力で判断するに、魔族と魔物の軍勢の方はが上です」
「……随分と詳しいな」
「ええ、ニトさまが戻るのに時間がかかりそうだと思いましたので、ちょっと足を伸ばして調べておきました」
ニッコリと笑みを浮かべるヴァレード。
なんでもないように言うが、そこらを調べてから、こうして現れているのである。
こういう部分があるから、こいつは侮れないとニトは思う。
ただ、頼りにもなるのだ。
「詳しく聞いても?」
「もちろんでございます」
そうして、ニトは神界に行っている間のことをヴァレードから聞く。
エトラス王国と北方を繋ぐ経路での戦いから、エトラス王国全体を使った時間稼ぎ。
準備を整えて待ち構える多国籍軍と、西、南西、東、南東、南と各地に散った魔族と魔物の軍勢。
エトラス王国の国境で起こる各方面の戦いは、もうそろそろ始まる、というヴァレードの予測が最後に付け足される。
その見立ては正しい。
丁度この時、多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢による、各方面での戦いが始まろうとしていた。
聞き終えたニトは一つ頷く。
「なら、間に合った――ということだな」
「それは間違いありません」
普通は、間に合わない。
ニトたちが居る場所と、戦いが起ころうとしている場所は、大きく離れているのだ。
それこそ、数日で辿り着けるような距離ではなく、向かったとしても既に戦いは終わっているだろう。
ただ、そこはニトたちだから、だろうか。
ニトの足もそうだが、ノインの足なら充分に間に合う。
ついでに言えば、アルザリアが協力するとなれば、同時にセクレも協力することになり、転移魔法で移動可能なのだ。
また、転移魔法に関してはヴァレードも使用できるため、大人数でも問題ない。
寧ろ、その場合はヴァレードの魔力が大きく消費されるだけであって、ニトたちの中ではアルザリアとセクレも含めて誰も困らないのである。
セクレは特に喜ぶこと間違いなしだろう。
まあ、まだ移動手段は決まっていないが、なんにしてもニトとヴァレードが口にしたように、今からでも間に合うのは確かである――と、そこでニトは気付く。
「そういえば、神絵師『ouma』はどこに? まさか、戦場へ!」
今直ぐ向かおうとするニトだが、その前にヴァレードが口を開く。
「いえ、行っていませんよ。ニトさまが持ち帰ってくる答えを気になると待っています。ただ、腕を落としたくない、またはもっと上手くなりたいと、今はノインさまとフィーアさまを相手に絵を描かれています」
「そうか、まだ行って………………なんだって? もう一度言ってみてくれ」
「ですから、ニトさまが持ち帰ってくる答えを」
「その先だ」
「先? ノインさまとフィーアさまを相手に、今アルザリアさまが絵を描いている」
「それだ! 神絵師『ouma』に描いてもらうなんてズルいぞ! ノイン! フィーア!」
うおおおっ! と勢い良く部屋を飛び出すニト。
ノインとフィーアが居る場所なら獣舎だと、ニトは当たりを付けていた。
あっという間にこの部屋から居なくなったニトのあとを、ヴァレードは楽しそうな笑みを浮かべながら追っていく。
―――
宿の獣舎前。
躍動感のあるポーズを取るノインとフィーア。
「魔導人形」でクルルはその近くで控えている。
それを楽しそうに描くアルザルアと、アルザリアの後方で見守っているセクレ。
その近くで、ニトは動きをとめていた。
声もかけていない。
それが、あとを追ったヴァレードが見た光景だった。
「お声がけしないのですか?」
ニトにそう声をかけるヴァレード。
ヴァレードとしては、ニトがそうしているモノだと……とめているか、あるいは交ざっているかのどちらかかと思っていたのだが、実際は何もせずに立ち尽くしているだけ。
その問いに対するニトの答えは一つ。
「神絵師が絵を描いているのだ。何人も、その邪魔をしてはいけない」
そう答えるニトの目は本気だった。
大人しく待っていた方がいいようですね、とヴァレードは正しい判断をする。
そうして、そこから少しだけ時間が流れ、アルザリアが描き終わった。
同時にニトが動く。
ノインとフィーアへの嫉妬を込めた言葉よりも前に、まずはアルザリアの下へ。
「あっ、目覚めたのですね」
「はい!」
元気良く返事したニトは、アルザルアへ期待を込めた目を向ける。
それが何を求めているのかは、言うまでもないだろう。
描いた絵を見たい! である。
アルザルアも向けられている視線の意味は理解していた。
しかし――。
「えっと、まだ完成していないので、駄目です」
そう答えるアルザリアは、これまでここまで積極的に絵を見せて欲しいという経験がないため、慣れないことに僅かながら恥ずかしくなり、潤んだ瞳の上目遣いに、ほんのり上気した頬と、見る者が見れば心に刺さりそうなモノであった。
だが、そこはニト。
「そうですか……神絵師がそう言われるのであれば仕方ありません」
ただ、残念であると少しばかり意気消沈するだけ。
これで相手が二次元であればグサリと刺さっていたが、三次元では僅かも刺さらなかった。
そんなニトの代わりという訳ではないが――。
「……うっ」
セクレに刺さった。
魔王さま……可愛い……と口には出さないが心の中で思う。
そんなセクレの様子をヴァレードが見ていて、どう思っているのかを察し、これはこれで面白いな、とニヤニヤとした笑みを浮かべる。
見ようによってはどことなく混沌としているようにも見えるためか、全体が見えていたノインは――何やってんだ、こいつらは……と思った。
―――
別に元々荒れていた訳ではないので、場は直ぐに落ち着く。
そこから始まるのは、情報の共有である。
まずは、とニトは神界での女神との話し合いの結果を語った。
セクレだけは――神界? 何を言っているのだ、こいつは? と思う。
ニトが神界に行った時、確かにニトの姿は目の前から消えた。
だからといって、それが神界に、とはならない、繋がらないのである。
ただ、その他――ノイン、フィーア、エクス、ヴァレードは、まあ、ニトなら……と諦めの境地のようになっているし、クルルは主人を疑うなどと欠片も疑っておらず、アルザリアは感覚で可能であると判断できた。
まあ、アルザリアが納得しているので、そのようなモノだと、セクレも受け入れる。
そうして、ニトの情報で一番喜んだのは、ニトを除けばアルザリアであった。
「はわっ……私の描いた世界が現実に……」
駄目かもしれないと思っていたことが実現できると確定したため、アルザリアは喜びを隠せずに笑みを浮かべる。
今の自分ができる精一杯で描こう、と。
「……つまり、現状を打破すればいいということになった訳ですね?」
ヴァレードが締めくくるようにそう尋ね、ニトがその通りだと頷く。
そうして、今度は自分の番だと、ヴァレードは現状をノインたちに伝える。
ニトは先ほど教えてもらったことであるため、ヴァレードが伝え終わるのを静かに待った。
ヴァレードが伝え終わると、まず反応したのはノイン。
「……そうかい……あいつが居るんだね。なら、あれは私の獲物だよ。手出し無用だからね」
その言葉には殺意が込められており、何かしらの思いがあることが窺える。
次に反応したのは、アルザリア。
「私としては、一度戻ってグラートの様子を窺っておきたいのですが」
「アルザリアさまが向かわれるのでしたら、私もご一緒です」
魔王――いや、既にアルザリア自身の認識としては既に自分は元魔王であるが、それでも何故グラートがそのような行動を取ったのか、何をしたいのか――直接確認したいのである。
また、アルザリアとしてもセクレが共に来てくれるのは心強いと思っているため、それを断るようなことはしない。
そうなってくると、フィーアも戦ってみたい相手が居ると伝えてきて、ヴァレードはどうも自分を狙っている者が居るようですと言い、クルルは「魔族殲滅!」と姿勢は変わらない。
全員バラバラである。
ただ、ニトは気にしない。
「まあ、いいんじゃないか。バラバラでも。大丈夫だろ。ここに居る者たちなら」
それで確定となった。
多少遅れてしまったが、遂にニトたちが動き出す。




