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「……それで、一体なんのご用件ですか? わざわざここまで来たのですから、それ相応のご用件なんですよね? これでも女神の中では忙しい方なんですよ。上のじじい共がいつまでも居座っているくせに何もしなくて大変なんです。皺寄せだけが下に来て、ほぼ休みなしなんですよ。神は不死ですから、本当にいつまでも居て面倒で……今度、奥さまに告げ口してやろうかしら。何もしていませんよって。さすがに奥さまに尻を叩かれたら動くと思うのですが……え? 動きますよね?」


 行き着いた疑問に、自問自答する女神。

 その様子を見ていたニトは、まるでどこかの聖剣(エクス)のようだと思った。

 姿形ではなく、こう……精神的にというか。

 ジロリ、と女神の目が座ってニトを睨む。


「今、失礼なことを考えませんでしたか?」


「わかるのか?」


「神ですから! ………………と、あれ? おかしいですね? あなたの思考が読めません。あれ? あれ?」


「……なんか、駄目そうな女神になったな」


 ニトの言葉に、女神が憤慨する。


「失礼な! 今は色々と忙しくて疲れているだけです! きちんとした休日をもらって、温泉でのんびりして、全身マッサージで肌を潤わせて、あとは諸々の美容関係を受ければ、完璧(パーフェクト)な女神となりますから、それなら読めます! まあ、それをやってしまうと、ありとあらゆる男共が放っておかない美貌となってしまい、面倒な事態になりますので、あえて……そう、あ・え・て、やりませんが」


 髪をなびかせ、胸を張る女神。

 ニトは無心である。


「………………」


「………………」


「………………」


「………………あっ! そういえば、さっき『失礼なことを!』で『わかるのか?』って、失礼なことを考えていたってことよね!」


 女神が思い出したようにさらに憤慨する。


「……はあ」


 ニトは息を吐くことしかできなかった。


「まあ、私は女神であるし、許してあげましょう。寛大な心に感謝しなさい!」


「わかった。感謝しよう」


 それがもっとも早い道だと、ニトは女神に対して感謝するように祈る。

 ふふーん! と上機嫌に胸を張る女神。

 普段のニトであればここまでしないのだが、ニトにとって女神は自分をこの世界に――夢を叶えられる場所に連れてきた者であるため、感謝の思いがあるのは間違いないのである。

 それに、女神が色々と溜まっていて発散したいのだろうということが見てわかったのだ。

 だから、付き合う。

 話に付き合うことで、少しでも発散できればいい、と。

 そんな大人しいニトの態度に機嫌良くしていた女神だが、次第に落ち着き、気持ちを切り替えるように女神は大きく息を吐く。


「はあ……それで、本当になんの用なのかしら? 私に用件があるから来たのよね?」


「ああ、あるが……世界の様子とか見られないのか? もし見られるのなら、見てからの方が話は早いと思うのだが」


「そんなに頻繁に見られるほど暇じゃないのよ。でも、見た方が早いって、どういう状況なのよ」


 そう言って、女神は足元に視線を向けて、そのまま動きをとめる。

 確認しているのだろう、とニトは何も言わない。

 そうして、暫しの時間が経ち――。


「……は? どういうこと?」


 女神がニトに視線を向ける。


「大魔王って何? 自称みたいだけど」


「そこは、俺に聞かれても答えられない。そもそも寝込んでいたからな。起きたら居た」


「は? 何それ? え? あんた寝込んだの? そんなタマだったっけ?」


 余計な混乱を与えないで欲しい、と女神は思ったが口にはしない。

 特に、女神はここ最近の状況はまったく確認していなかった。

 忙しかったのだ。

 誰がなんと言おうが、女神基準でいえば、至高神や最高神がなんと言おうが、忙しかったのだ。

 寧ろ、そこからの押し付けのせいではあるのだが。

 なので、女神はニト主観による最近の出来事を聞き、ここまで来た目的も聞く。

 ……余計に頭を抱えたくなった。

 魔王なんだから、大人しく魔王しておけよ、と女神は言いたくなったが口にはしない。

 魔王――アルザリアに関して迂闊なことを言ってしまえば、ほぼ間違いなくニトがキレると察したからである。

 それに、魔王についてそこまで詳しく調べなかったことも事実。

 女神の失敗、失策と捉えることもできなくはない。

 しかし、このままでは魔王討伐は成されない――というか、もうニトにはその気がない、ということも聞かされた。

 どうすれば、と女神は悩み出し……ふと気付く。

 いや、思い出す、だろうか。

 そもそもの話として、ニトを招いてお願いしたのは、世界のバランスを取るためだ。

 魔族、あるいは魔王の力が大きくなり過ぎているため、下手をすれば世界崩壊レベルの事象になりかねないため、その抑止、あるいは排除を目的としていたのである。

 しかし、だ。

 蓋を開けてみれば、魔王は戦いを望んでおらず、それよりも大きな生き甲斐を既に得ており、どちらかと言えばもう無害と等しいだろう。

 対して、自称大魔王の方が、寧ろ一般的な魔王的行動を取っている。

 ……魔王なのに一般的とは? と思わなくもないが、自称大魔王が取っている行動はそういうことだ。

 だからこそ、なのかもしれない。

 上手い具合に、というべきか、世界のバランス的に居なくなって欲しい邪悪な存在は、自称大魔王に従っている。

 これも、自称大魔王が魔王的行動を取っているが故に、だろう。

 そして、ある意味で一番世界のバランスを壊すと言ってもおかしくないニトは、その願い事によって行く先が決まっている。

 女神は内心で考え――打算し――答えを出す。


「問題ありません」


 背後から後光が差しそうな、そんな女神然とした態度を取り、雰囲気を醸し出す女神。


「というと?」


 ニトは通じていなかったが。

 ぐっ。と喉を鳴らすが、それでも女神は女神然とした姿を続ける。


「これはすべて私の描いたシナリオ通り。こうなることは既に見通していました」


 嘘である。

 結果的に上手くいっている――というのが正しいだろう。


「今、世界のバランスが大きく狂う――いえ、狂わせている存在となっているのは大魔王です。さあ、女神の使徒であるニトよ。大魔王を倒し、世界のバランスを正しい形にしてくるのです」


「………………」


「………………え? あれ? 聞こえなかった? さあ、女神の使徒であるニトよ。行くのです」


「いや、聞こえている」


「あっ、そうなんですね。……なら、何故反応しないのですか」


 むっ。と口をへの字にする女神。

 ニトはそんな女神の様子は気にせず、尋ねる。


「二つ確認したい」


「なんですか?」


「一つ。大魔王を倒せばいいのなら、神絵師は倒さなくてもいいということだな?」


「かみえ――もしかして、それは魔王のことですか?」


「そうだ」


 こくり、と頷くニト。


「え? いやいや、え? 魔王なのに神扱いなのですか?」


「それは間違っている。まず神絵師であって、魔王はついでだ」


「ええー……」


 女神は若干引くが、それだけ。

 それ以上の追及をしようものなら絶対に面倒なことになると、本能が訴えているからである。


「ま、まあ、いいです。そうですね。無害っぽいですし、魔王は倒さなくていいですよ」


「ありがとうございます!」


 姿勢を正し、綺麗に腰を折って頭を下げるニト。

 あれ? そういう殊勝なのは、普通魔王に関することではなく神である私に関することでするべき態度では? と女神は思った。


「……それで、もう一つはなんですか?」


「大魔王を倒しても、約束の履行は果たされるのか?」


「ええ。果たされます。……というより、折角用意したのですから、手にしてもらわないと他に使い道がありません」


 後半は、ニトに聞こえていなかった。

 果たされる、と確定した時点でニトはガッツポーズを取り、「おお、神よ。女神よ」と本気祈りをしていたからである。

 普段からそういう殊勝な態度でお願いしたい、と女神は思った。

 そこで、ニトは「はっ!」と思う。

 ここまで一連の流れから、本当に大丈夫なのか? と。


「……本当にできたのか?」


「この完璧(パーフェクト)な女神である私に対して失礼な。私はね、こういう宿題みたいなのは先に終わらせて、あとはゆっくりと休みを満喫するタイプなのよ。だから、きちんとできています」


 女神が何かを持つように手のひらを上に向ける。

 すると、気付けばそこに見事な装丁が施された一冊の分厚い本があった。


「『閉ざされた本の世界クローズ・ブック・ワールド』。この中には小さな二次元世界があって、描いた絵をこの本で閉じるとその世界にそのまま投影して反映されるようになっています。もちろん、あなたが望んでいるように、人物もこの中に生み出すことができるようにしています。ただ、描かれたモノを外に出すことはできませんので、そこは注意が必要ですが」


 心よりの感謝と祈りを――。

 言葉にしなくとも、ニトが女神にそれだけの感謝を示しているのが見てわかる祈りを取っていた。

 やれやれ――と女神が思ったところで思い出す。


「あっ、そういえば、急いだ方がいいですよ」


「急ぐ? 何故だ?」


「何故って、神界と地上では流れる時間の速度が違いますから。地上だと数日……数週間は経っているかもしれません。下手をすれば、もう決着が着いていてもおかしくありません」


「まずはそれを最初に言うべきだろ!」


 先ほどまでの感謝の祈りはどこにいったのかというくらいにニトは通常に戻り、急いで来た時とは逆――世界に顕現した時の感覚をそのまま実行した。

 ニトの姿が、女神の視界から消える。


「……まあ、自力で来れたんだし、自力で戻れるとは思っていたけど………………本当になんでもありになってきたわね」


 そう呟いてから、女神はハッ! と気付く。

 お肌のケアの途中であったことを。

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[一言] The・中間管理職!!
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