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 多国籍軍と、魔族と魔物の軍勢による、第二戦がエトラス王国の各地で始まった。

 これは実質上の正面衝突であり、所謂決戦である。

 ここで勝利すれば、それはそのまま全体の勝利であると言えるだろう。

 何しろ、さらに協力する国の数が増えて合流したことで多国籍軍は最大勢力になったと言ってもいい。

 もちろん、各国にはまだ戦力は残されている。

 しかし、それは最低限の――という注釈が付く。

 国内の治安維持というのが主な理由ではあるが、もう一つ別の理由として、魔族は何も今エトラス王国内で暴れている者たちだけではない。

 それより――魔族と魔物軍勢による侵攻が始まるよりも前に魔族が潜伏していた場合、今回の動きに呼応して、あるいは国内の戦力が大きく動いたことを察知して、潜伏魔族が動き出す可能性が非常に高い。

 もしそうなれば、国内に対抗できるだけ、あるいは時間を稼げるだけの抵抗ができるだけの戦力がなければ、下手をすればそのまま国の終わりとなってしまう可能性もある。

 ましてや、時間的に現れる決戦場に現れることはないだろうが、大きな目で見れば挟撃のようなモノになってしまうし、何より今決戦に出ている者たちは帰る場所を失ってしまう。

 そうならないためにも、いざという時のための戦力を残しておく必要があるのだ。

 なので、決戦の場に集まった多国籍軍は、可能な限りの数を集めただけではあるが、それでも最初から時間稼ぎが目的として初戦を行ったことで、各国が協力した迅速な対応の下、充分な数を集結させることができた。

 だが、それでも多国籍軍の勝利……とはならない。

 確定してはいない。

 相手は、戦うのなら数倍の人が必要と言われている魔物――その軍勢であり、総数自体は少なく、その強さも様々でまちまちではあるが、それでも中には単独で戦局をひっくり返しかねない強さを持つ者も居る魔族なのだ。

 各国の戦力を集結するところまでいった多国籍軍の戦いはこれから始まる。


     ―――


 エトラス王国の各地に散っていった魔族と魔物の軍勢。

 といっても、本当に散った訳では――散り散りになった訳ではない。

 五つの勢力に分かれ、それぞれ進む方角も違っていた。

 西に進んだのは、大虎が引き連れる軍勢。

 南西に進んだのは、鱗肌の男性が引き連れる軍勢。

 東に進んだのは、黒レザーの男性が引き連れる軍勢。

 南東に進んだのは、黒い鎧の男性が引き連れる軍勢。

 南に進んだのは、それ以外で集まった魔族と魔物の軍勢。

 ただ、この中でも数の面で最大なのは南に進んだ魔族と魔物の軍勢である。

 それでも、そのように分けても問題はない。

 確かに、南に進んだ魔族と魔物の軍勢が最大数ではあるが、元々膨大と言ってもいい数であり、五つに分かれようとも、大虎、鱗肌の男性、黒レザーの男性、黒い鎧の男性が引き連れている数は一軍と言っても差し支えなかった。

 また、最大数ではなく、最大戦力でみれば、南に進んだ魔族と魔物の軍勢よりも、他の四方向――大虎、鱗肌の男性、黒レザーの男性、黒い鎧の男性が、魔族の中でも突出している力を持っているため、強いのはそちらの方である。


     ―――


 西に進んだ大虎は、引き連れている魔族と魔物の軍勢に命令などしない。


「俺さまは何も強制しない! 好き勝手にしろ! 欲望のままに! 本能のままに! 押し殺せ! 裂き殺せ! 噛み殺せ! 獲物はより取り見取りだ!」


 多国籍軍の姿が見えた瞬間、大虎はそう口にして駆ける。

 何よりも、誰よりも、自分がそれを行いたいという欲求のままに前へ。

 多国籍軍を見て舌舐めずりをする顔は醜悪そのもので、大虎がどのような者かを如実に表していた。

 また、そうなるのが自然であるように、大虎が引き連れる軍勢の性質は、そういうことを好む者が多く、大虎と似たような醜悪な笑みを浮かべており、大虎だけに獲物を奪われるものかと駆け出す。

 開始の合図や舌戦、対峙する時間や陣形など、そういったモノは一切ない。

 敵が居る。だから、殺す。

 そんな己の本能に従った行動だけで、大虎と軍勢は突っ込んでいく。

 これが人と人、国と国同士の戦いであれば何かしらの前哨戦があったかもしれないが、相手が魔物である以上、そのようなことは起こらないだろうと、多国籍軍側も思っていた。

 よって、大虎と軍勢が見えた瞬間に動き出したとしても動じることはない。

 想定内である、と多国籍軍側は直ぐに動く。


「撃てぇ~!」


 この場の多国籍軍を纏めているであろう者から合図が出る。

 同時に、矢と魔法の雨が大虎と軍勢の頭上から降り注ぐ。

 大虎と軍勢は特に対処などしなかった。

 ただ、本能のままに突き進み、矢と魔法の雨に晒されるが気にも留めておらず、駆けることをやめない。

 この程度でやられるのは弱いヤツだけ。そんな弱いのは要らない――とでも言わんばかりである。

 実際――先頭で駆けている大虎は矢と魔法の雨を真正面から受けていた――が、矢は一本も刺さらないどころかかすり傷すらなく、魔法もその効果を一切発揮することはなかった。


「ハハハハハッ! どうしたどうした! その程度か! その程度でしかないのなら、俺さまに嬲り殺されろ! それぐらいしか役に立たないなあ! お前らはあ! ハハハハハッ!」


 大虎はこれから自分が起こすであろう惨劇が頭を過ぎり、上機嫌となって多国籍軍に向けて突っ込んでいく。


     ―――


 南西を進んでいるのは、鱗肌の男性が引き連れる軍勢である。

 大虎の時とは違い、多国籍軍の姿が見えてもそのまま襲いかかるような真似はしなかった。

 だからといって戦意がない訳ではない。

 寧ろ戦意を滾らせながら、ただ実直に真正面から進んでいる。

 その姿は、多国籍軍を相手にして、策を弄する必要はない、と言わんばかりであった。

 これが、個人対個人の戦いであれば、一騎打ちだと名乗り出る者も居たかもしれないが、これは種の存亡がかかっている戦いと言っても過言ではない。

 それも能力で言えば、魔族と魔物の軍勢の方が勝っているのだ。

 多国籍軍はいくら数で勝ることになったとしても、油断などは一切抱かない。


「放てぇ!」


 多国籍軍の方から合図が響くのに合わせて、矢と魔法の雨が鱗肌の男性と魔族と魔物の軍勢の頭上に降り注ぐ。

 しかし、通用しない。

 鱗肌の男性が腰から提げている剣の柄に触れた瞬間――鱗肌の男性に向けて降り注いでいた矢と魔法の雨が霧散するように消失する。

 なんてことはない。

 文字通り、鞘から抜く動作すら見えないような目にも止まらぬ速度でもって剣を振り、すべて斬り払ったのである。

 それは魔族と魔物の軍勢の方も似たようなモノで、武具で振り払う、魔法の障壁を張る、咆哮で吹き飛ばす、といった様々な手段を取って、そのほとんどが防ぎきった。

 ほとんど――であるのは、中には防ぎきれずに傷を負う者、あるいは死亡する者も居たのである。

 しかし、鱗肌の男性はもちろんのこと、魔族と魔物の軍勢がそれらを気にすることはない。

 負傷くらいであれば治すこともあるだろうが、それでもまず思うのは、未熟であるが故に――であった


「……さあ、存分に殺し合いを楽しもうではないか。もっとも、そこまでの者が居れば、であるが」


 鱗肌の男性と魔族と魔物の軍勢は、真正面から力押しで進んでいく。

 まるで、彼我の力の差をわからせるように。


     ―――


 東を進んでいるのは、黒レザーの男性が引き連れる魔族と魔物の軍勢。

 既に戦端は開かれ、多国籍軍と真正面からぶつかり合っている。

 その様相は、互角。

 多国籍軍は数を前面に出し、魔族と魔物の軍勢は個の力を前面に出して、互いに押しては引いて、引いては押して、を繰り返している。

 いずれ決着は着くが、それがどちらであるかは未だ不明。

 そんな中――。


「ぐわあっ!」


 多国籍軍の方から断末魔のような声が突然上がる。

 それが聞こえる範囲に居た者が視線を向ければ、声を上げたのは多国籍軍の大隊を預かる隊長だった。

 その大隊長を背後からナイフで心臓付近を一突きしている者――黒レザーの男性が居た。


「……いつでも狙っている」


 そう呟いて、黒レザーの男性はゆらりと幽霊のように姿を消す。

 呟きが聞こえた者は少ない。

 しかし、黒レザーの男性の姿を目にした者は理解した。

 ここは戦場であり、どこにも安全な場所がないのだ、と。


     ―――


 南東を進んでいるのは、黒鎧の男性が引き連れる魔族と魔物の軍勢。

 ここは他の四つとは明確に違うところがあった。

 それは、陣形を組んでいる、ということである。

 大将――この場合は黒鎧の男性が先頭に立ち、両翼の軍勢を後方に大きく下げた――底辺のない尖った二等辺三角形のような形を取っていた。

 これは大将が真っ先に切り込むため、士気は高くなるがその分死亡する確率も高くなる。

 ある意味、自分の武力に自信がないと取れない陣形だが、黒鎧の男性はそういうことではない。

 いや、武力に自信があるのはそうなのだが、このような形にしたのは、自分がいの一番に相手を、誰よりも屠りたいだけなのだ。

 だから、自分が先頭に立つような陣形を取っただけ。


「がはははははっ! 戦いだ! 闘争だ! 戦おう! 今直ぐ闘おう!」


 戦意と殺意が混ぜ込まれた者を漂わせる黒鎧の男性。

 人の倍はありそうな黒い巨馬に乗り、その手に人を何人も纏めて突き刺せそうな巨槍を持っている。

 その姿が見えた多国籍軍側の前面に居る者は戦々恐々とするが、それでも己を奮い立たせ、逃げるような真似をする者は居なかった。

 黒鎧の男性はその姿によしよしと感心するのと同時に、戦う相手が残ったままだと喜ぶ。

 笑みを浮かべた黒鎧の男性は、その手に持っていた巨槍を掲げ、前に――多国籍軍に向けて突き刺す。


「さあ、存分に()り合おうではないか!」


『オオオオオオオオオオッ!』


『ウオオオオオオオオオッ!』


 双方から声が上がり、駆け出す、ぶつかり合うようにして戦いが始まる。

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