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サイド 魔族 四章

 時は少しだけ遡り――。

 魔王の玉座があるところは怒気が満ち溢れていた。

 セクレは眉間に皺を寄せて睨む。

 美貌を誇れるほどに整った顔立ちは、今は怒りに塗れて歪んでいる。

 その視線の先――少し離れた位置にあるのは、魔王だけが座ることを許されている玉座。

 そこに鎮座している者が居た。

 本来なら、魔王であるアルザリアのみが座ることを許されている。

 しかし、アルザリアは現在この場には居らず、その身はここから離れた地である、芸術の国・イスクァルテ王国の王都・ビアートにあった。

 ならば、現在ここに、魔王だけが座ることを許されている玉座は空席であり、座れる者は誰も居ない――はずだった。


「………………貴様ぁ」


 セクレの表情が怒りに歪んでいるだけではない。

 その声にもまた隠し切れない――いや、隠す気のない怒りが含まれていた。

 セクレの怒りを玉座に鎮座して受けている者は、不敵な笑みを浮かべている。

 その者は、漆黒の髪に、強面な顔立ちに、筋骨隆々な引き締まった体付きの上に分厚い鎧を見に纏っている男性。

 この男性の最大の特徴は、魔族の特徴、象徴と言える黒い角が左右に二本ずつ、計四本が突き出していることである。

 そんな男性が、魔王の玉座に悠然と鎮座していた。


「ふんっ。何をそんなに怒る。セクレよ」


「それがわからないとは言わせませんよ……『グラート』」


 名を呼ばれた魔族の男性――グラートは笑みを崩さない。


「わからんな、セクレよ。何が問題なのか」


「わからないというのなら教えてあげましょう。そこは魔族の王である魔王だけが座ることを許されている玉座。現魔王であるアルザリアさま以外の者が座ることは許されません」


「そのとおりだ、セクレよ。だが、間違っているところもある。確かにこの玉座は魔王が座る玉座だ。それは正しい。だが、その魔王はアルザリアではない。アルザリアが座る玉座であるというのが間違っているのだ、セクレよ。今はこの我が魔王……いや、魔王すら超えた存在――『大魔王』なのだ。故に、アルザリア以上である我は、ここに座る資格が充分にあるのだよ」


「――戯言を」


 グラートとの間にあった距離をセクレは一瞬で詰め、そのまま流れるように蹴りを放つ――が、その蹴り足がグラートに届く前に、それより先にはいけないと鈍い音と共にとまる。

 セクレの蹴り足がとまっている箇所――空中の空間には、僅かではあるがひび割れが浮かび上がっていた


「障壁を張るとは……受けとめる自信がありませんでしたか?」


「まさか。お前の身を案じたのだ、セクレよ。お前の柔肌で我が身を打てば、逆に傷付けてしまうからな。これでも我はお前を買っているのだ、セクレよ。アルザリアなど見限って我に付け」


「世迷言を!」


 セクレが、その身の内にある怒りを体現するかのように乱舞を繰り出す。

 殴りに蹴り、蹴りに殴りと、怒涛の乱舞であり、セクレも魔族の一人――その中でも魔王の秘書官を務めているだけはあると証明するかのように、その拳と足には大きな力が込められている。

 速度も充分であり、相手が人であろうが魔族であろうが、なんにせよ並のであれば手も足も出せずにフルボッコにされていただろう。

 しかし、そんなセクレの乱舞は、グラートに一切届いていなかった。

 すべてが障壁に防がれている。


「……くっ。何故」


 苛立ちつつ、セクレは疑問を口にする。

 そう思うのも不思議ではなかった。

 グラートは、魔族の中で「魔王・アルザリアに次ぐ実力者」と目されている。

 それだけの強さを持った存在であった。

 しかし、それはグラートだけに向けられた評価ではない。

「魔王・アルザリアに次ぐ実力者」というのは他にも数人がそう目されているのだ。

 グラート含めた数人の「魔王・アルザリアに次ぐ実力者」の中で、そこから飛び抜けた者は居ない。

 誰もが同程度の実力者であり、言ってしまえば横一直線で、その中にはセクレの名もある。

 つまり、セクレとグラートは同程度の実力者――のはずなのだ。


「障壁すら破壊できないなんて、そんなはずは」


「力の差を理解できたか?」


「……だからといって!」


 セクレの乱舞がとまる。

 ただ、それは力の差を理解したからではなく、力を溜めるためだ。

 少しうしろに跳び、構える。

 可視化できそうなほどの濃密な魔力が、構えたセクレの拳に集まり――。


魔砲撃(マジック・キャノン)


 セクレが言葉と同時に魔力が溜められた手のひらを前に突き出す。

 その手のひらから螺旋を描くように輝く光の奔流が照射された。

 これは魔法ではない。

 ただ、圧縮した魔力を照射するだけの代物でしかないが、それでも使う者によっては必殺足り得る、技の部類。

 セクレは必殺の技量を持っている。

 グラートはそのことを知っているのだが、玉座から腰を上げることはなく――いや、そもそもまったく動じてすらいない。

 魔砲撃が障壁にぶつかると同時に激しい明滅が起こり、セクレの視覚を輝きで満たす。

 少しの間、セクレは魔砲撃を照射し続けるが、手応えを感じることはなかった。

 照射をやめれば、その先は先ほどと何も変わらない光景が広がっている。

 玉座に座るグラート。

 その身に一切の傷がない以上、セクレの魔砲撃は障壁によって完全に防がれた、ということである。

 セクレは信じられなかった。

 何しろ、放った魔砲撃はグラートを殺すところまではいかなくとも、怪我の一つくらいは負うくらいの魔力を込めていたのだ。

 なのに、そういったところは一切ない。


「……お前は、本当にグラートなのか?」


 セクレは無意識でそう口にしていた。

 自身の知るグラートとは、その力が何もかも違っていた――セクレの知るグラートは、少なくとも同レベル帯であったからだ。


「グラートだとも……ただし、今や大魔王という名称が付くが、な」


 己の方が強く、その強さの前では目の前の者ではどうしようもない、とそう確信を抱いている――己こそが絶対であるという笑みを、グラートはセクレに見せる。


「……お前に相応しくない、随分と大層な名称ですね。ついでに言えば、その玉座もお前には相応しくありません。その玉座は、魔王アルザリアさまの玉座です」


 セクレの言葉に、グラートはやれやれと首を横に振る。

 その目は、残念な者を見るモノであった。

 何か言いたくなるセクレであったが、そこで気付く。

 この場に居るのが自分とグラートだけではない、ということを。

 周囲に満ちる暗闇の中――具体的な数はわからないが、視線が向けられていた。


(……手を出してこないのは、グラートには敵わないと……いえ、違うようですね。私を推し量るような視線ばかり。グラートの仲間、と考えるできでしょうか。もしくは、このような手段を取ったとなると……グラートの性格も考慮して、力で他の魔族を従えている可能性もありますか。それも大勢を……)


 そう判断を下したセクレは、次なる行動を考える。

 というのも、この場は魔王代行としてアルザリアから任されていた。

 だからあとを追う――アルザリアを探そうとも思っていなかったのに、この体たらくは――とセクレはグラートには元々だが、自分にも怒りを覚えていた。

 できれば自分がどうにかしたいが、冷静な判断を下せば、できない。

 セクレとしては悔しい思いではあるが、何よりもこのことを――グラートの起こした行動をアルザリアに伝えるべきかもしれない、と考える。

 幸い、と言っていいかどうかはわからないが、セクレは魔力探知が得意であり、長距離の転移魔法も使える稀有な存在であった。

 だからこそ、グラートも欲したのだが……与しないのなら排除するのみ。


「……非常に残念だよ、セクレ。あくまでアルザリアに従うか。ならば、仕方ないな、セクレよ。我に従わないというのであれば、死んでもらうしかない」


 グラートが手を上げ、手のひらをセクレに向ける。


「……魔砲撃(マジック・キャノン)


 カッ! とグラートのセクレに向けた手のひらが輝き、莫大な光の奔流が流れ出る。

 しかし、それは、セクレの放ったモノとは全く違う。

 奔流はより激しく、禍々しく、荒々しく、何より、暗く、黒く、輝いていた。

 何より、速度も全く違う。

 セクレは、それが本能で危険なモノだと判断する。

 まともに受けるのは論外。

 中途半端な防御方法も駄目。

 避けるのは――既に間に合わない。

 だが――。


転移(テレポーテーション)


 セクレはこの場からの離脱を考え始めた時から魔法を構築しており、魔力も溜めてあった。

 転移魔法は直ぐに発動する。

 セクレの後方の空間が歪み、黒い渦が生まれ、セクレの体はそこに吸い込まれていく。

 しかし、ギリギリであったことは否めない。

 グラートの「魔砲撃(マジック・キャノン)」によって半身近くが焼かれながらの転移となった。

 その行き先がどこかをグラートは知らない。

 しかし、その行き先に誰が居るかは、考えるまでもなかった。


「来るなら来ればいい。アルザリアよ。大魔王である我が、貴様を殺してやろう。……ク、クク……クハハハハハッ!」


 グラートの勝利を確信したかのような高笑いが響く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自ら進んで平和の道への糧になるとは…グラート………お前いいやつだな!!
[一言] これで魔王を倒すのと神絵師を確保する事が両立出来るようになったな。
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