13
王都・ヴィロールに戻ったニトとノインは、冒険者ギルドに入ってそのまま受付カウンターへ。
「あれ? 確か昨日の……どうしました? 何か聞き忘れたことでもありましたか?」
ニトに婿取りの話を行った受付嬢が、昨日のことを思い出して尋ねる。
「いや、提出しにきた」
「提出? なんの提出ですか? あっ、新しい従魔とか?」
「五つの宝物だ」
「………………え? えっと……ん?」
「ダンジョンに行って五つの宝物を集めてきたから提出しにきた」
「その話をしたのは……昨日……ですよね?」
「そうだな。最後で余計な手間さえなければもっと早かったが、こればっかりは仕方ない」
言っている意味がわからない、と受付嬢は首を傾げる。
それでも、ニトの堂々とした態度に嘘は見られなかったので、口を開く。
「一応確認ですけど、冗談とかではなく?」
「ああ」
「ですが、その、その五つの宝物を持っているようには」
「『アイテムボックス』のスキルを持っているから、そっちに入れてある」
「め、珍しいスキルをお持ちなのですね」
受付嬢がそれ以上追及しなかったのは、そのスキル持ちが珍しいのは珍しいが、決して居ない訳ではないからである。
それに、だ。
珍しいスキル持ちで、いくら集めたと告げられても、最終的な判断は現物を見てからでないと下せない、というのもある。
嘘かもしれないし、当人が手に入れたといっても実際は偽物でした、なんてこともない訳ではないのだから。
特に、翌日に集めたと言ってきたのだから、真っ当な手段ではないだろう、と考えてもおかしくないし、その場合は正規で手に入れていない物が本物とは思えないのだ。
そういう細かな事情も含めて、受付嬢はまず確認することを優先する。
実際は、ニトが言っているのはすべて事実なのだが。
ただ、偶々、本当に偶然の産物として、近くを通りかかったためにニトと受付嬢の会話が聞こえた者たちには看過できなかった。
一人は、筋骨隆々の戦士風の男性。
一人は、ガリガリの魔法使い風の男性。
一人は、細身の盗賊風の男性。
そんな三人組が、ニトを取り囲む。
「ああん? おいおい、ここに大法螺吹きが居るぞ!」
「一日で五つの宝物を集めた、だあ?」
「というか、誰だお前。ここらで見ない顔だな」
外で飲んできたのだろう。
この者たちは酔っていた。
うだつの上がらない自分たちを誤魔化すためか、一仕事を終えた気持ちのいい酒か、はたまた昨日のことを忘れるためのモノかはわからないが、少なくとも酔っ払っているのは間違いない。
そのままニトに絡んで、受付嬢の前で恥でもかかせてやろうと、酔っ払いたち一人がニトの肩に手を置――こうとして空振る。
ニトが避けたのだ。
そのまま転びそうになった酔っ払いは憤怒する。
「てめぇ! 何避けて」
それ以上言えなくなる。
自分の意思で、ではなく、無意識で。
ニトは何もしていない。
ただ、なんだと視線を向けただけ。
それはつまり、顔を見せたということ。
それだけで酔っ払いたちは固まったように動かなくなる。
無意識で、膝がガクガクと震え始めた。
あまりに一瞬であったために記憶には残っていないが、体は覚えて、深く刻まれていたのだ。
目の前の人物に対して不用意に接してはいけない、と。
寧ろ、一生関わるべきではない、と。
もうニトの前で少しでもリアクションは取れない、と酔っ払いたちは逃げることもできない。
酔っ払いたちが何もしてこないとわかると、ニトは受付嬢に視線を戻した。
「それで、五つの宝物を見せればいいのか?」
「あっ、えっと、はい。そうです。ご案内しますので、そちらの方で提出をお願いします」
昨日のニトの動きが見えていなかったために、酔っ払いたちのおかしな反応に首を傾げつつ、受付嬢は冒険者ギルド内で最大の敷地面積を誇る倉庫――解体所へニトを案内する。
そこから先は早かった。
頑丈な造りに、素材を守るための快適な環境を維持するための空調が完備されている解体所で、ニトは五つの宝物をすべて提出し、本物だと確認される――まではよかったのだが、問題はレッドドラゴン。
五つの宝物に必要なのは心臓であり、ニトが一撃で倒しているために状態がいいというか、そのまま一頭分丸々の素材が手に入るといってもいい。
「心臓は提出するとして、本当に他の素材はいらないのか? こちらで買い取っても?」
「いらない。買い取ってくれ」
白髪の老齢な魔法使いのような男性――冒険者ギルド・オーラクラレンツ王国本部のギルドマスターの問いに、ニトはそう答える。
冒険者ギルドマスターとしては、色々と聞きたいことはもちろんあった。
どうやって一人と一頭だけでダンジョン「外柔内剛」を突破したのか? とか。
だが、冒険者ギルドマスターといえど、罪を犯すとかそういったことがない限り、情報開示を相手に強制はできない。
なので、冒険者ギルドマスターは聞きたいことを飲み込む。
まあ、聞かれたとしても、ニトは応じないだろうが。
それに、冒険者ギルド・オーラクラレンツ王国本部は沸いていた。
何しろ、ドラゴンは捨てなし万能高級素材である。
使用すれば一級の武具となり、販売すれば莫大な金銭となるのだ。
それがほぼ破損なし――頭部に陥没痕はある――で手に入ったのである。
ニトはノインのご飯代にあてようと考えているのだが、そういうレベルの話ではない。
冒険者ギルド所属の解体師たちが、臨時ボーナスだと喜んで解体していく。
そこでニトは思い出した。
「あっ、ついでにこれらの買い取りも頼む」
ダンジョン内を進むにあたり、邪魔だとノインが片付けてニトが回収していた魔物たちを、ついでとばかりに出した。
地下一階から地下五十階までとあって、かなりの量である。
解体師たちは、これはしばらく残業だと泣いた。
そんな解体師たちの様子を見て、ニトは出そうとしていたブラックレッドドラゴンを出そ――。
⦅今は出す時じゃないからやめときな⦆
うとして引っ込める。
ノインのファインプレーによって、解体師たちは更なる過酷を味わうことはなくなった。
そうして、冒険者ギルドマスターがニトに声をかける。
「これだけの素材を寄こしてくれて助かるのよ。婿取りの影響か、高品質の武具を求める者が多くてな」
「きちんと買い取ってくれるのなら特に言うことはない」
「一度にこんなに出されたからには、色をつけて買い取らせてもらうよ。ところで、宿は決まっているか?」
「いや、決まっていないが?」
「それなら宿もこちらで用意しよう。そちらに泊まってくれ」
「随分と世話を焼こうとするんだな」
「理由はある。五つの宝物を確認した段階で、王城の方に使いを出した。今は婿取り以上の緊急案件もなく、更にはお主が初だからな。おそらく直ぐ面会となるだろう。そういう時に」
「直ぐ連絡がついた方がいいということか。わかった。なら、世話になろう」
「そうしてくれるとこちらとしても助かる。もちろん、従魔も一緒に泊まれる宿を用意する」
冒険者ギルドマスターがノインを見る。
その目は、どこか値踏みしているようなモノが含まれていた。
まるで、その正体を見極めるかのように。
ニトが五つの宝物を集めたことは直ぐに広まろうだろうと、冒険者ギルドマスターは思っている。
それと同時にニトがFランク冒険者であることも伝わるだろう、と。
そうなった時、誰もがまず考えるのは、どうやってFランク冒険者が五つの宝物を集めたかで、従魔を連れているため、その従魔に秘密があると考える。
冒険者ギルドマスターは、本当にそんな秘密があるのかと、ノインを見たのだ。
その結果は、どのような秘密があるかはわからないが、秘密があるのは間違いない、であった。
(見てくれは小狼だが、中身は別物のような気がする。それこそ狼系統の上位種であると言われても納得してしまいそうな。それと、佇まいに野生ではなく気品を感じる。メスだな)
冒険者ギルドマスターが自分を見てどう思っているのかがわかっているかのように、気品を感じると思ったあたりで、ノインは誇らしげな笑みを浮かべる。
(だが……)
冒険者ギルドマスターの視線がニトに向けられる。
(この男はさらに別格な感じがするな。何故か勝てる気がしない。戦いは絶対に避けろと本能が警告している)
冒険者ギルドマスターから向けられる視線に気付いてはいるが、ニトは特に反応しなかった。
いや、する必要がないといった感じである。
(ランクは基準で、内包している強さを示す訳ではない。ウォルク陛下の狙いをそのまま体現しているかのようだ。軽く調べたところ、登録は数カ月前。そこから特に積極的な冒険者活動を行った記録がないのは……婿取りのための登録だから、か)
冒険者ギルドマスターはそう推測する。
実際は情報収集とニトにやる気がなかっただけだし、婿取りもつい最近知ったばかりなのだが、そのあたりは言わなければわからないこと。
ただ、冒険者ギルドマスターは推測からの考えで、ニトには普通の冒険者のような欲がないと考えた。
だから、念のためという感じでニトに尋ねる。
「一応聞くが、ランクはどうしたい?」
「ランク? どうしたいとは?」
「ここがオーラクラレンツ王国本部。五つの宝物を集めた功績として、希望するなら一気にBランクまでなら上げられる。Aランク以上となると、もう少し信頼と実績が必要だが」
「どうもしなくていい。ランクはそのままで構わない」
「いいのか? ランクは高い方が色々と融通と便宜が図れるようになるぞ?」
「必要になれば求めるかもしれないが、今は必要ない。それに、高くなると余計なことまでさせられそうで面倒だ」
「まっ、そこは否定できないな」
高ランクになると、大きな戦いへの強制参加や、貴族からの指名依頼などが増えてくる。
もちろん、その中にはというか大多数はまともな依頼なのだが、中には無理難題や違法なことを平気でやらせようとする者も居るのだ。
断ることもできるが、そういう者が相手の場合はあとで面倒事になるのは間違いない。
ニトはそういうのが面倒だと言い、冒険者ギルドマスターは否定しなかったのである。
「それとも、強制するのか?」
「本人がそう望むなら、強制はできないな。惜しい、とは思うが。冒険者ギルドとして、お主のような、は無理かもしれないが、強い者はできるだけ高ランクに居て欲しい」
「強いヤツが多いと、箔がつくしな」
「普通、そういうのは濁して言わないか?」
「互いにわかっているのなら、濁しても仕方ないだろ。それに、少なくとも俺は冒険者であることに変わりはない」
「確かに、AランクだろうがFランクだろうが、冒険者は冒険者。冒険者ギルドの実績にはなる、か」
やれやれ、と肩をすくめる冒険者ギルドマスター。
それで手を打っておくか、と考える。
何より、ニトを高ランクにして馬鹿な貴族の依頼を受けた場合を想定すると、間違いなく問題が起こるというか、さらなる大事に発展してもおかしくない気がするのだ。
ニトと会話をして無理に上げなくて正解だと、冒険者ギルドマスターはそう判断した。
結論を出した冒険者ギルドマスターに向けて、ニトは口を開く。
「それで、俺はいつまでここに居ればいいんだ? このまま待っていれば、祝賀会でも開いてくれるのか?」
「開いて欲しいのか?」
「まさか。何もないなら、用意してくれる宿で休んでいたいんだが?」
「そうだな。連絡はもう少しかかるだろうし、買い取り金額の計算も直ぐはできない。うむ。早急に宿を手配しよう。そちらで休んでいてくれ。連絡や計算に関してはそちらに話を持っていく」
「よろしく頼む」
そうして、冒険者ギルドマスターは早速宿を用意して、受付嬢に案内を任せる。
案内された宿が王都・ヴィロールで一番の宿で、さらにその宿の中でも上質な部屋だと教えられると、随分と頑張ったものだとニトは思う。
また、上質な部屋に合わせてか、従魔用の厩舎においても、ノインに割り当てられたのは上質な方であった。
⦅最低限、これくらいはね⦆
そう言いつつ、どこか満足そうな表情だと、ニトは判断した。




