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「ば、馬鹿なっ! あり得ない!」


 とある魔術機関の(おさ)は、無傷のノインの姿を見て、そう口にした。

 信じられない。信じたくない。

 そう思っていることが表情に表れている。

 というのも、放った魔法に自信があったからだ。

 これまでの人生の中で最高の威力を誇る魔法であった、と。

 見たことも聞いたこともない、至高の魔法であると確信を抱いていたのだ。

 そのような魔法を使えることに、とある魔術機関の(おさ)は魔法発動中、内心で自分に酔っていたのだが……既にその酔いは醒めていた。

 口にしたように、そんな馬鹿な……という思いが胸中を占める。

 いや、それはとある魔術機関の(おさ)だけではない。

 とある魔術機関も、精鋭盗賊団も――他にも警備と騎士たち、目撃した見物客たちも含めて、誰もが見たこともない魔法に、驚愕、あるいは恐怖し、威力に関しても現代魔法よりも上だと思えるモノばかりであったため、ノインが無事に済むはずが思った。

 少なくとも、自分たちであれば、まともに食らえば肉片すら残らないと確信できるほどだったのだが……ノインは無事である。

 それも無傷。


「あり得ないも何も、これが現実だよ」


 なんら不思議なことではない、とノインは口にする。

 しかし、とある魔術機関の(おさ)は、その現実を受けとめられない。

「魔導新書」に再び魔力を流す。


「『明煌縛鎖シャイニング・バインド』」


 ノインの周囲にいくつも魔法陣が出現し、そこから光り輝く鎖が飛び出してノインに絡みついていく。

 いや、絡みつくだけではない。

 締め上げていく。


「『渦穿水槍(ウォーター・ホイール)』……『鋭刃風斬(シャープ・ウィンド)』」


 さらに魔法陣が出現。

 水で形成された渦巻く槍が数十に、唸る風の刃が数十と魔法陣から飛び出し、ノインに向けて一斉に飛来する。

 数十……では終わらなかった。

 下手をすれば数百と、とある魔術機関の《おさ》は「魔導新書」に更なる魔力を流してノインに魔法を放ち続ける。

 衝撃によって白煙が発生し、その規模は度重なる衝撃によって、ノインを包み込んでその姿を隠すまでに大きくなっていく。


「はあ……はあ……はあ……」


 とある魔術機関の(おさ)が荒く息を吐く。

 見たくない現実を打ち消すように、大量の魔力を消費したのだ。

 けれど、問題はない。

 魔力回復薬は存在しており、とある魔術機関の(おさ)も、魔術機関ということで当然持っている。

 とある魔術機関の(おさ)は黒いローブの中から、魔力回復薬である液体が入った一瓶を取り出し、失った分を取り戻すように一気に呷った。


「………………ふぅ。余計な魔力を使ってしまいました。ですが、動きを封じ、これだけ高威力のモノを叩き込めば無事では……いえ、圧殺できているでしょう」


 そう口にするとある魔術機関の(おさ)に対して、否定の言葉はどこからも飛んでこなかった。

 それだけの魔法であったと、誰もが思ったからである。

 とある魔術機関の(おさ)も、これならという手応えを感じていた。

 合わせて、これだけの魔法を放つことができる「魔導新書」さえあれば、自らの――とある魔術機関の目的も達せられると確信を抱く。

 その目的とは、魔法使いとしての力量によって選民される――魔法国家の樹立。

「魔導新書」が作られたように、様々な高等な魔法が生み出されたであろう、古代魔法文明を自らの手で再び造り上げたいのだ。

 そのためには多少の……いや、多くの被害が出ようとも、その礎となっているのだから、寧ろ誉れと思うべきだと、とある魔術機関の《おさ》は思っていた。


「さて、次は騎士の方を」


「おやおや、私を放ってどこにいこうというんだい?」


「なっ!」


 ビクリ、と跳ねて、とある魔術機関の(おさ)は白煙が立ち昇っている場所を見る。

 白煙は直ぐに晴れ、その中に隠していたモノを明らかにした。

 それは――先ほどまでと何も変わらない光景。

 無傷のノインがそこに居た。


「馬鹿な……馬鹿なぁ……馬鹿なああああああっ!」


 とある魔術機関の(おさ)が取り乱す。

 再び、信じられない。信じたくない。という思いを抱く。

 手応えは、あったのだ。

 あれだけの魔法を浴びて死んでいない……たとえ死亡していなくとも、無傷はありえないのだ――とある魔術機関の《おさ》の中では。

 しかし、現実は違う。

 ノインからすれば、とある魔術機関の《おさ》が勝手に手応えを感じて、勝手に死んだと思っていたに過ぎない。


「やれやれ、随分と懐かしい……最近は見ない魔法ばかりだったね。その本が関係しているようだけど……随分とまあ、模倣は上手いね。威力の方は話にもならないけど」


「な、何を言うんですか! 極上の魔法を前に何を……は、ははあ! そうか! そういうことですか! なるほど! この私の精神を揺さぶろうと、回復魔法で受けた傷を隠している訳ですね!」


「……はあ?」


 呆れた目を浮かべるノイン。


「何を言うかと思えば、回復魔法なんて使っちゃいないよ。使うまでもない。普通の魔力で障壁を張ればそれで防げるよ」


「そんなこと、あり得ません!」


「否定されてもね。実際にそれで防いでいる訳だし、他に言いようはないんだが」


「いいえ、そんな訳ありません! 古代魔法ですよ! 現代魔法とは一線を画す魔法なのです!」


「古代魔法? これが? この程度が? ……あっはっはっはっ! 随分と愉快なことを言うね。そういう才能があるんじゃないかい?」


「知ったような口を」


「そんなのは当たり前だろう? 私をなんだと思っているんだい? 長年を生きたフェンリルだよ。古い魔法だって当然知っている――いや、見てもいるし、体験もしているさ。そんな私が断言してあげるよ。先ほどあんたが放った魔法は、姿形はそうだけど、威力はまったく違うモノだってね」


「そ、そのような戯言を! 『極炎槍(フレア・ジャベリン)』!」


 十――いや、二十……三十近くの魔法陣が横一列に並び、先ほどよりも巨大な燃え盛る槍が射出される。

 魔力回復薬で回復した分をすべて消費するかのような勢いがあった。

 しかし――。


「やれやれ、見せないとわからないとは……未熟だねえ」


 ノインの体が魔力の流れで煌めく。

 迫る巨大な燃え盛る槍に向けて、ノインが優しく息を吹きかけると、それだけ砕け散っていく。

 ノインにはその火の粉すら届かない。


「ば、馬鹿な! あり得ない! あり得ないのです! 魔法が……この私の魔法が破られるなど、あってはいけないことなのです!」


 とある魔術機関の(おさ)は取り乱し、「魔導新書」による魔法を連発。

 けれど、ノインにはまったく通じず、すべて到達する前に砕け散っていく。


「はあ……はあ……あり得、ない……はあ……こ、こんな、ことがあって……いけない……のです……はあ……栄えある、魔法国家を……文明を……」


 とある魔術機関の(おさ)は魔力を出し切り、呼吸が荒くなる。

 対してノインは余裕のままだ。


「なるほどね。大体わかったよ。確かに、形だけとはいえ古い魔法を使えるようだ。その本は。でも、威力はまったく違う。その理由は本じゃない。あんただよ」


 ノインの視線は、とある魔術機関の(おさ)を捉えていた。


「……わ、私?」


「そうさ。あんたの魔力が足りない。だから、威力も弱い」


「わ、私の……魔力が……足りない? ……そ、そんなことある訳――」


「いいや、そんな訳があるんだよ。何しろ、本当の古い魔法であるのなら、こんな簡単に防ぐことはできないからね。それこそ……いや、これは別にいいか」


 実際、ノインの見立ては正しい。

 確かに「魔導新書」は古代魔法を使用することができる。

 しかし、その威力、効果は注がれる魔力量次第なのだ。

 それを見越したノインの脳裏に思い浮かんだのは、ニト。

 回復魔法だけしか使えないが、その魔力量は人の領域を超えているため、それこそニトが「魔導新書」を使えば、様々な属性の古代魔法をノインに通用するレベルで放つことができた。

 そうなればさすがにノインも危険ではあるが……そもそもの話として、ニトに「魔導新書」は必要ないというのはある。

 寧ろ、古代魔法以上のことができるだけの物理的強さがニトにはあるからだ。


「という訳で、あんたにその本は使いこなせないよ」


「そ、そんな訳――」


 そんなことは認められないと、とある魔術機関の(おさ)は「魔導新書」に魔力を流そうとするが、その前にノインが動く。

 両者との間にあった距離を一気に詰め、とある魔術機関の(おさ)の眼前で睨みを効かせる。


「あ……う……」


 ノインとしては軽く威圧したつもりであったが、とある魔術機関の(おさ)には効果抜群であった。

 口をパクパクとする。


「もうお遊戯には飽きたから、そろそろこちらかいくよ。美味いご飯の店を潰したんだ……その報いは、しっかりと受けてもらうよ」


 ノインが獰猛に牙を剥き、とある魔術機関の(おさ)はノインが払った前足で吹き飛び、地面をゴロゴロ転がって倒れる。

「魔導新書」は地面にばさりと落ちた。

 もちろん、それだけでノインの気が治まる訳もなく、次なる対象としてとある魔術機関員たちにも襲いかかる。

 とある魔術機関が居る場は、一気に混乱して阿鼻叫喚と化した。

 何しろ、とある魔術機関が得意としている魔法の類はノインに一切効かないのである。

 だったら物理で――もはなから無理。無謀。

 ノインの前では元々無意味というだけではなく、とある魔術機関はその名の通り魔法特化なのだ。

 物理で敵う訳もなく、ノインがただ前足を……いや、尻尾をそよぐようなモノであったとしても、とある魔術機関は抵抗すらできなかった。

 そうなればノインから逃げようとする者も現れる。

 しかし、逃げれる訳もない。

 駆け出しても逃げ切れる訳もなく――寧ろ、逃げ出した方が手痛い扱いを受けている。

 ならばと大屋敷美術館内に逃げようとするが、そちらは騎士たちが待ち構えており、ノインが迫っているという極限状態でまともなに魔法を扱える訳もなく、大した抵抗もできずに倒される、あるいは捕縛されていく。

 とある魔術機関は、それほど時間がかからずに壊滅した。

 そうしてノインがとある魔術機関の相手をしている一方で、フィーアは精鋭盗賊団の相手をしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ニトの出番が不要なほどの小者だったな。まあニトが必要な程の戦力が、そもそも人間側にいたら神様もニトをこの世界に呼んでないだろうし。
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