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壁を乗り越えてきた者たちが盗賊であることは直ぐにわかった。
別に服装がそれっぽいという訳ではない。
普通の衣服とは言えず、武装もしているのだが、それでも盗賊というよりかは冒険者や傭兵といった稼業の者に見えている。
何も珍しいことではない。
そこらを歩けば見られる格好である。
それでも、その者たちが盗賊であると判断できたのは、壁を乗り越えた段階で全員が武具を手に取ったからだ。
これから何をする気なのかは考えるまでもない。
襲撃であり、そのまま大屋敷美術館内に向かうのは明白。
だからこそ、通す訳にはいかない。
「あなたたちはそのまま侵入者の捕縛を! こちらの方はお客様の避難を!」
手早く指示を出すトレイル。
しかし、その内心では一抹の不安があった。
自らが選んだ警備なのだ。
その腕前は疑っていない。
しかし、今襲いかかろうとしている者たちからは、どこか危険なモノをトレイルは感じ取っていた。
纏っている雰囲気に理由がある。
殺意。死臭。そういったモノが感じられるほどに発しているのだ。
死に慣れている――いや、死を与えるのに慣れているというのが見ただけでわかるほどに。
同時に歯がゆい思いもあった。
トレイルは確かに優秀である。
しかし、それは頭を使う方での優秀性であって、体を動かす――戦闘の方はそれほど優れていないということだ。
護身は習っているが、お世辞にもそれで身を守れるかと問われると頷けないレベルである。
つまり、戦闘はからきしであり、こういう時は任せるしかない。
確かに、展示品を守ることは重要だ。
けれど、トレイルにとっては警備の人命も同じく重要である。
無事に終わることを願いつつ、トレイルは戦闘能力のない自分でもできる避難誘導の方へと向かう。
―――
警備と精鋭盗賊団がぶつかる。
トレイルの指示が手早かったこともあって、見物客の列は直ぐに避難が始まり、大屋敷美術館と塀までの広い庭を存分に使えるようになったため、事態の邪魔にはならないのは警備にとって良いことだろう。
目の前の相手にだけ集中できるのだから。
何しろ、警備もまた優秀というか、腕はいい。
だからこそ、相手が危険な相手であると――少なくとも周囲を気にしていられる相手ではないと察しているのだ。
「幸い、向こうは十にも満たない数だ! 人数はこちらの方が多い! 複数であたって捕縛しろ!」
四十代ほどの男性――この場における警備隊長が、警備の者たちに指示を出す。
当然、警備隊長も前へ出て――狙いの人物に単独で向かう。
それは、精鋭盗賊団の中でも随一の存在である、頭。
「はっ! 他のが複数で俺にあたるのが一人とはな! 舐められたモノだ!」
「盗賊如きが何を言う、と言いたいが、貴様が最も強いのはわかっている! だから、私が捕らえるのだ!」
「たった一人で俺をどうにかできると思っているのなら、それがお前の死因だ!」
警備隊長と頭がやり合い始める。
それは警備隊長と頭だけではなく、各場至るところで、警備と精鋭盗賊団がやり合い始めている――が、複数が相手だとしても、精鋭盗賊団は余裕の笑みと態度であった。
―――
動き出したのは精鋭盗賊団だけではない。
とある魔術機関も、である。
本来――とある魔術機関の予定であれば、爆発のことが報告された瞬間に動く手筈であったのだが、その前に動いてしまったのだ。
それも、仕方ないかもしれない。
一瞬の隙を狙うために気を張り続けていた――ところに、「盗賊襲来」をいう報告が届けられ、展示品を守る騎士たちに動揺と緊張が生まれるという明確な隙が生まれたのである。
気を張り続けて耐えてきた分――目の前で生まれた隙には抗い難い。
意識した訳ではなく、一瞬の隙に無意識に体が反応してしまったのだ。
外で襲撃があったと騎士が報告を受けた際、とある魔術機関の長は、目的の物である展示品「魔導新書」に手を伸ばして掴み取る。
「――っ」
とある魔術機関の長は内心で「しまった」と思う。
自分の中で狙った行動ではなかったため、何故そのような行動を――と思ったがもう遅い。
展示品はすべて警報付きの結界で守られている。
ただ、結界自体は壊そうと思えばいくらでも手段はあった。
とある魔術機関の長であれば、その身に宿す大きな魔力による力業でいける。
今もそうだ。
大きな魔力を纏わせた手で結界を壊し、「魔導新書」を手に取った。
その引き換えに、けたたましい音が室内に鳴り響く。
展示品を守っている騎士たちは、直ぐに反応した。
警報が鳴った以上、それがどういうことかはわかっている。
一瞬かもしれないが、展示品から目を離したことを悔やむ騎士たちは、「魔導新書」を手に掴んでいる、とある魔術機関の長に視線を向けて取り囲む。
「貴様! 何をしている! 展示物から手を放せ!」
騎士たちの一人が、とある魔術機関の長を取り押さえようと手を伸ばす。
だが、とある魔術機関の長は動じない。
予定とは違うが……それでも、「魔導新書」を手にしているのは間違いない事実。
あとは奪えばいいだけ。
その手段は問わずに――。
「何をしているとは心外ですね。見た通りの行動ですよ。これを、私の――私たちのモノにするのです」
とある魔術機関の長は「魔導新書」を手元に引き寄せ、魔法を詠唱し始める。
騎士たちがとある魔術機関の長に対して危機感を抱き、本能のままに武器を抜こうとした瞬間――。
「――しまっ」
騎士の一人が気付く。
騎士たちは全員とある魔術機関の長を見ていた。
だから気付くのが遅れる。
騎士たちに向けて、四方から魔法が放たれようとしていることに。
なんてことはない。
この場にはとある魔術機関の長だけではなく、そこに所属している者たちも居るのだ。
とある魔術機関に所属している者たちは全員歪な――残忍な笑みを浮かべて魔法を放つ。
大屋敷美術館の一角で大爆発が起こる。
激しい爆発音と立ち昇る黒煙は、緊急事態が起こったことを内外に知らしめた。
―――
大屋敷美術館で起こった大爆発は、衝撃となって内部に響く。
衝撃によって激しく揺れ動き、見物客は我先にと逃げ始め、内部は一気に混乱する。
だが、逃げ出さない者も中には居た。
その代表は展示品を守る騎士たちである。
寧ろ、普段以上に警戒していた。
大爆発があったこともそうだが、この不測の事態を利用して、不埒な行いをする者が現れるかもしれないからだ。
直ぐにそういう姿勢を取れたのは、女性怪盗「黒薔薇淑女」に対して何もできなかったという不甲斐ない思いを抱いているというのもある。
要は、展示品を守る者としての誇りの問題だ。
実際に、その行動は正しかった。
展示室の外。廊下。
そこから何かしらの事態が動いている声が聞こえてくる。
「おらおら! どけどけ!」
「邪魔だ! 邪魔だ! 邪魔するヤツは斬る!」
展示室の外。廊下。
乱暴な言葉遣いと共に、悲鳴が響く。
見物客が外に出ようとしている流れに逆らうようにして、真っ直ぐに廊下を進んでいる二人の男性が居た。
一人は、すべてを飲み込みそうな黒い剣と、血のような赤い剣の双剣。
一人は、禍々しい装飾が施された短剣を体の各所に合計七本持っている。
それぞれ手に抜き身状態の武器も持ち、振るいながら人の波を斬り分けながら進んでいる。
何人かは避けらずに斬られ、廊下には流血と呻き声が点在していた。
そんな二人の男性が、展示室の一室に入ってくる。
既に見物客は居らず、残るは展示物を守る騎士たちのみで、騎士たちは異変から緊急性を感じ取り、既に武器を抜いていた。
「何者だ! 武装しているところを見ると、賊か! この状況は貴様たちのしわざか!」
しかし、二人の男性は騎士たちを気にする様子はなく、室内を物色する。
「さて、この部屋で合っているはずだが……」
「おっ。あれじゃね?」
「ん? ああ、アレだ」
二人の男性の視線の先にあるのは、芸術的な装飾が施されている盾――「聖盾」。
狙いが「聖盾」である以上、この二人の男性が何者かは言うまでもないだろう。
二人の男性――精鋭盗賊団の団員二人は大屋敷美術館に侵入していたのだ。
団員二人は騎士たちに向けて嗜虐的な笑みを浮かべる。
「さあて、邪魔するのなら死を覚悟しろよ。まあ、こっちとしては騎士を相手にするのは久々だから、精々楽しませて欲しいが」
「精々足掻け。泣き喚いてくれればさらにいい!」
もちろん、騎士たちも黙ってはいない。
「調子に乗るな! 賊が!」
「敵は二人! 背後関係を知る必要がある! 捕えよ!」
「念のため、複数であたれ! 数はこちらが勝っている!」
団員二人に対して、この部屋に居る騎士たちは十数人と、数の上では圧倒的なまでの優勢である。
それは目に見えてわかっているのだが、団員二人は気にした様子が一切ない。
寧ろ、少ないとすら思っていた。
何しろ――。
「おうおう、威勢のいいことで!」
「へへへ。数が多いだけで俺らをどうにかできると思っているのなら、とんだ勘違い野郎共だぜ!」
団員二人が武器を構え、手に持つ武器に魔力を流す。
魔力に反応して、武器が怪しく光った。
精鋭盗賊団が精鋭足る所以は、全員が戦闘用魔道具を使用していることである。
また、戦闘用魔道具を十全に使えるだけの強さも兼ね備えているのだ。
その強さは、それこそ単純な物量差を超える。
精鋭盗賊団が暴れ出す。
大屋敷美術館の内と外で。




