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26

 砂漠の国まで出ていたニトたちは、陽が昇る前にイスクァルテ王国の王都・ビアートに戻ってきた。

 手早く宿まで戻り、ノインとフィーアは久々にいい運動ができたと満足げに獣舎へと向かう。

 ニトは宿の部屋へと戻り……そのままベッドに向けて倒れた。


「………………Zzz……」


     ―――


 ニトだって人間である。

 いや、人という(カテゴリー)に入れていいのか疑問は残るため、正確には「人間?」と表記するのが正しいのかもしれない。

 しかし、人と同じく、食べることも眠ることも必要である。

 どれだけ優れた身体能力を有していようとも、いつまでも起きて活動できるといった真似はさすがにできない。

 というより無理だ。

 けれど、相手は時間の都合なんて考えてくれない。

 こちらに合わせて、ではなく、こちらが合わせることになるのだ。

 また、現在王都・ビアート内に潜伏している盗賊は複数――それも同組織といったモノではなく、寧ろ、個人、あるいは別組織である方が多いため、活動時間も全体で見れば昼夜問わずである。

 当初は、眠る夜に関しては警備の方にニトは任せていた。

 しかし、現在本気中の本気状態のニトは精神の昂りによって眠れなくなっており、そのまま昼夜問わずで活動していた。

 もちろん、それでも仮眠は取っている。

 しかし、それは形だけであり、所詮仮眠は仮眠でしかない。

 精神、感覚は常に研ぎ澄まされたままであるために一切休まらない。

 盗賊が現れれば、即座に反応して動けるような待機状態であった。

 だから――さすがに限界が訪れたのである。


     ―――


 ニトたちが砂漠の国から戻ってきた翌日。

 ヴァレードがニトの部屋で死んだように眠るニトを発見。

 何をしても起きない。

 ニトが本気中の本気状態になってから満足に眠っていないことをヴァレードが思い出し、そのまま寝かせることにする。

 しかし、そんなヴァレードは気にすることが一つあった。


「……さすがにこの寝相はいただけませんね」


 ニトの、ベッド脇から倒れたような姿勢は何故か許容できなかった。

 そのため、ヴァレードはニトをきちんとベッドに寝かせる。


「……これでいいですね」


 満足げに頷くヴァレードは、ついでとばかりにベッド脇の台座の上に水差しを用意しておいた。

 そのまま音を立てないように部屋を出て、ノインの下へ。


「……という訳で、ニトさまはご就寝しています」


「……まだ人間だったんだね、ニトは」


 ノインの感想はそれだった。

 ちなみに、フィーアはうんうんとノインに同意するように頷き、エクスも言葉を発しはしないが内心でそう思う。

 言葉を発しなかったのは、ニトであれば寝ている時のことも把握していそうだと思ったからだ。

 自分がそれを言えばどうなるのか……と危機管理能力が働いたのである。

 ただ、ノインとしてはこれでいいとも思っていた。

 というのも、ニトの睡眠に関しては一睡もしていないのと同義の状態であったため、限界の表れとして目の下のクマがすごいことになっていたのだ。

 他にも、さすがに体の方がついていかず、幾分か全体的な力が落ちていたのも事実である。

 まあ、落ちていたとしても、それを認識できるのは一定以上の力の持ち主だけだろう。

 ノインやヴァレード、魔王アルザリアといった者でなければ、ニトから感じる強さは大き過ぎてそれが多少落ちたところでわからない。

 なので、相手が盗賊でしかなく、また一定以上の強さを持っている者でもないため、問題らしい問題ではなかった。

 ちなみに、ヴァレードもどちらかと言えばニトと同じ(カテゴリー)ではあるが、要所で睡眠はきちんと取っているため問題はない。

 限界で倒れたという形ではあるが、ニトもこれで睡眠を取れるのでいいことなのは間違いないだろう。

 けれど、これは新たな問題が起こったということでもある。

 ニトが起きるまで、警備の中にその姿がない、ということだ。


     ―――


 ――得てして。

 とかく、その傾向がある、という意味だが、まさにそれ――こういう時に限って、ということが起こる。

 ニトは纏まった睡眠を取るため、深い眠りについていた。

 それこそ、何をされても起きず、無理に起こそうとしてもニトに刺激を与えるといったことは非常に難しいため、自発的に目覚めるのを待つしかない。

 いや、エクスであれば……あるいは……。

 当人……当聖剣は身の安全のために意地でも拒否するだろうが。

 とにかく、ニトは目覚めない。

 つまり、これからニトを欠いた状態になるのである。

 だが、これまでニト一人で警備をやっていた訳ではない。

 多くの者が警備として動いているのだから問題はない。

 トレイルが揃えた警備の人員は皆優秀である。

 ただ、ここ数日の本気中の本気状態のニトが与えた影響で、王都・ビアートに集まった盗賊、あるいはそれに類する行動をしようとしていた者の大半は行動不能になっていた。

 治安という意味では、今は非常に高まっていると言える。

 けれど、悲しいのは恒久的ではなく一時的でしかない、ということだろう。

 今も盗賊やそれに類する者が集まってきているのは事実だ。

 ただ、それはまたその時に対処すればいいだけ。

 問題となるのは、既に王都・ビアートに到着しているのにも関わらず、未だ捕らえられていない者たち――の中でも、入念に準備を行っている者たちだ。

 盗賊がいけると判断して動く以上、こちらはその想定を上回らないと逃すことになる。

 ニトが深い眠りについた、と知ったか、あるいは警備の間で流れる張り詰めた空気とでも言えばいいのか、とにかく、今が好機であると判断して事態は動き出す。

 動いたのは――とある魔術機関だった。

 元々隣国が拠点ということもあって準備において融通が利きやすく、必要な人員や道具が他よりも早く揃えられるのは、大きな利点となっている。

 他にも、王都・ビアート内の拠点がイスクァルテ王国の子爵家の別邸であることから、他よりも細かい情報を入手しやすい位置に居るのは間違いなかった。

 それでもこれまで手を出さずに時間をかけたのは、狙いのモノを移送中に奪おうと強襲したが失敗したからである。

 だからこそ、じっくりと時間をかけて、これで確実だと準備万端で整えたのだ。

 そんなとある魔術機関が狙うのは、大屋敷美術館に飾られている「魔導新書」という魔導書。

 現行魔法よりも遥かに優れた古代魔法について書かれ、その中には世界すらも破壊しかねない究極の魔法が書かれている――とされているが、実際のところはそうだとは限らない。

 というのも、これまで何人もの高名な魔法使い、あるいは学者といった者たちが解読を試みたが、未だに誰一人として読めた者は居ないのである。

 書かれている文字が古代言語で読み解くのにかなりの解語能力が必要なだけではなく、何かしらの魔法処理が施されており、読めなくなっていた。

 だが、その内容についての信憑性は確かだとされている。

 何しろ、「魔導新書」の著者は、この世のありとあらゆる魔法を解き明かし、いくつもの新魔法を編み出した――叡智の賢者と呼ばれている人物が書いているのだ。

 とある魔術機関は、それを狙っているのである。

 究極とされる魔法を手にするために。

 読み解くための手段を手にして。


     ―――


「魔導新書」が展示されている大屋敷美術館は、王都・ビアート内にある美術館の中でもっとも高価、価値の高い物が展示されている関係上、もっとも警備が厳重である。

 何かを奪うのであれば、真正面から行くのは論外だろう。

 捕まえてくれ、と言っているようなモノだ。

 なら、まずは前提として、やはりというか警備の数が少なくなる夜に決行する――と普通は考えるだろうが、とある魔術機関は違う。

 人的被害など、気にもしない。

 それは自分たちだけではなく、相手も。

 とある魔術機関は、「魔導新書」に書かれている究極の魔法を手にするために手段は問わない――一種の狂信状態であった。

 なので、大屋敷美術館の中に警備以外の見物客が居ようとも、邪魔に思うのではなく、寧ろ目くらまし、あるいは肉壁として使い、盾とすれば警備の動きも鈍るだろう、とすら考える。

 とある魔術機関は、究極の魔法を手にするという名目の下、平気で非道な行いができた。


 その始まりとなった日。昼近く。

 王都・ビアート内にある美術館の一つ。その近く。

 そこで突如爆発が起こり、美術館の内部にまで届く大きな衝撃音が響いた。

 王都・ビアート内――いや、王都・ビアートから少し離れても見えるくらいの黒煙が立ち昇る。

 明らかな非常事態を告げていた。

 王都・ビアート内を警戒する警備だけではなく、近くにあることから美術館からもある程度――充分に防衛できるだけの警備を残して、その他の警備たちが直ぐに現場へと向かう。

 これが陽動かもしれない、というのは警備の誰しもの頭に過ぎるが、向かわないという選択肢はない。

 展示品は大事である。

 しかし、人命優先なのだ。

 近場ということもあって、現場に駆け付けた警備たちは直ぐに状況確認を行う。

 爆心地には、爆発によって倒壊した家屋が数軒と、多くの負傷者が倒れている。


「俺は回復魔法を使える!」


 警備の一人がそう言うと、他の警備たちは即座に動く。

 その動きには迷いがなく、負傷者を見つけては励まし、回復魔法が使える警備の下へ運ぶ。

 その際も、周囲への警戒は怠らない。

 犯人と思われる者の姿は見えないが、居ないとは限らないからだ。

 負傷者を捜索しつつ、警備たちは言葉を交わす。


「急に爆発したように見えるな。何もないところからとなると……魔法か? それとも、爆発の影響で魔道具も消え去ったか?」


「断定はできないが、可能性としては高いな」


「爆心地付近に人の姿はない。偶々居なかったか……あるいは、爆発の影響で何も残らなかったか」


「できれば、居なかった、という方がありがたい。偶々でもなんでも、そうなら神に感謝したい気分になる」


「だが、どちらにしろ、トレイルの旦那が言っていた事態が起こったってことか」


 警備たちは情報を擦り合わせていく。

 その一人が言っていたように、トレイルは予めこのような事態が起こるのではないか? と予見していた。

 関係ない者を巻き込む非道な強硬手段を行う者、あるいは者たちは必ず現れる、と。

 だからこそ、トレイルは警備の人員を多く集めるだけではなく、一定以上の腕利きで構成していたのだ。


「良し。まず、誰か美術館に戻って報告と、警戒を強めるように言ってきてくれ」


 ここに来た警備たちを取り纏める立場の者がそう願うと、警備の一人が勢い良く答える。


「わかった。俺が行こう」


「あとは周囲の安全確保。それと負傷者の捜索だ。爆発が一度とは限らないから充分に注意するように。下手に怪しいモノに手を出すなよ」


 そうして行動を起こそうとした瞬間――爆発音が警備たちの耳に届く。

 ここ――ではない。

 王都・ビアート内ではあるが、ここから離れた位置に黒煙が立ち昇っていく。

 警備を取り纏めている者の表情には、面倒な事態になりそうだ、という思いがありありと浮かんでいた。

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