表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/215

23

「……うっ」


 声が漏れる。

 発したのは砂漠の国の若者。

 体に感じる振動で意識が浮上して、意識が目覚めたのだ。

 未だ目を閉じられたまま。

 暗闇の中、今の状態を確認すると、自分は寝そべっていて、地が揺れていることがわかる。

 砂漠の国の若者はいつの間に眠っていたのかと疑問を覚え、瞬間――ここに至る経緯が脳裏を過ぎった。

「無水」を盗み出すため、大屋敷美術館に潜入して展示されている部屋の近くまで行ったはいいが、その前にはニトが待機していた。

 まるで、自分たちが来ることがわかっていたかのように。

 これが並の者であれば、砂漠の国の若者は戦闘の心得があるため、不意を突ければ充分対処できたのだが、相手は最近何かと話題に上がるニト。

 その証拠に、不意を突かれたのは自分たちの方。

 仲間である行商人の男性は直ぐにやられ、自分も同じであった。

 一方的に気を失わされただけ。

 そして、意識は今に至り――砂漠の国の若者は意識が目覚めたことを悟られないように気を付けつつ、薄目で周囲を確認――。


「起きたか。別に警戒しなくていい。今は移動中だ」


 聞き慣れない声が届く。

 明らかに、自分に向けて、であると認識する砂漠の国の若者。

 それに、声をかけてきた者が誰であるかなど、今この場合において考えるまでもなかった。

 砂漠の国の若者は身を起こし、声が聞こえた方向へと視線を向ける。

 そこに居るのは、やはりニトであった。

 ただ、ニトの方は砂漠の国の若者を見ていない。

 暇そうにしていて、大きく欠伸をしている。

 ニトの姿は、敵対する気はないように見えた。

 だからこそ、砂漠の国の若者はニトを気にしつつ、周囲の様子を窺う。

 ――景色が流れていた。

 いや、そんな軽く流れているのではなく、景色なのは間違いないが、景色を景色として認識できないというか、そこに何があったかとか、何が流れていったかとか、そういう部分が一切確認できないレベルで流れているのだ。

 高速どころではなく超高速――いや、それ以上の速度で何かが動いているのがわかる。

 何、これ――というのが、砂漠の国の若者の最初に思ったこと。

 一体何が? と身を乗り出して地に手を付けば、温かさを感じる。

 どういうことだ? と視線を下げると、真っ白な地面……いや、体毛があった。


「……ん?」


 砂漠の国の若者はさらに状況がわからなくなる。

 そこに、後方から声がかけられた。

 ニトの聞き慣れない声ではなく、聞き慣れた声。


「おっ! 起きたのか!」


 砂漠の国の若者が振り返ると、そこに居たのは行商人の男性。


「無事か!」


「ああ、大丈夫だ。何もされていないよ」


「本当か!」


「本当だって。いつも通りだろ」


 行商人の男性が両腕を広げて無事だとアピールし、先ほどまでは自分のこと、置かれた状況の確認で手一杯であったが、行商人の男性の無事な姿を見て、砂漠の国の若者は心の底からホッと安堵する。


「……良かった」


 ぽつり、とそう口に出る。

 脱力し、肩を落とす砂漠の国の若者。

 行商人の男性は、励ますようにポンポンと砂漠の国の若者の肩を叩く。


「こっちは少し前に起きて事情を聞いている。もう安心していいぞ」


「は? 安心? ……どういうことだ?」


 意味がわからないと呆ける砂漠の国の若者。

 だが、意識は直ぐに戻り、どういうことだとその視線はニトに向けられる――が、ニトは大欠伸をしているだけ。


「ふあ……二度も説明する気はない。先に起きていたお仲間に聞け」


 再度、行商人の男性に視線を向ける砂漠の国の若者。

 行商人の男性は苦笑いを浮かべる。


「いや、まあ、なんだ、未だに少し信じられない話なんだが……」


 そう前置きをして、行商人の男性は砂漠の国の若者に説明を行う。


     ―――


 大屋敷美術館でニトに気絶させられたあと、行商人の男性が目を覚まして身を起こすと、そこは外だった。

 大屋敷美術館の外――ではない。

 王都・ビアートの外。

 既に陽が落ち、少し先は暗いが、それでも月明かりで見えないこともない。

 だからこそ、そこが王都・ビアートの外だと確認することができた。

 何しろ、後方を見れば、王都・ビアートに入るための門があるのだから。


「ここは……」


 そう呟きつつ、行商人の男性は直前の記憶を思い出す。

 バッ! と自身の体を確認。

 何も変わっていない。

 手錠の類もなく、縛られてもいない上、何か探られた様子も見えない――つまり、何もされていない。

 不思議に思いつつ視線を上げて周囲を見れば、息を飲む。

 何しろ、そこに自身を気絶させた原因――ニトが居たからだ。

 しかも、人を容易に丸呑みできそうなほどに巨大な狼――ノインと、その巨大な狼を小さくした――それでも狼としては普通、あるいは少し大きい部類の狼――フィーアが居たからである。

 情報として、ニトと行動を共にしている者として、ヴァレードの他にノインとフィーアが居ることを、行商人の男性は知っていた。

 それでも、初めて見る。

 情報として知ってはいたが、実際に目の当たりにするのは初めてあるため、ニトよりもノインとフィーアに圧倒される行商人の男性。

 それに、ニトの強さの一端というか、異常性とでも言えばいい部分は、正直なところを言えば又聞きである砂漠の国の若者よりも、直接情報を集めた行商人の男性の方がより理解していた。

 そんなニトがノインとフィーアと仲良く談笑しているように見える。


(……終わった。あの巨大狼の餌にでもされるのだろうか)


 そう考えても不思議ではないだろう。

 ただ、その場合はノインとフィーアの方からノーサンキューが示されるだろうが、行商人の男性から見れば、とてもそういう風には思えなかった。

 そこで、行商人の男性は気付く。

 ノインとフィーアという二体が寄り添うように揃っていたからだろう。

 自分も一人ではなかったということに。

 確証があった訳ではないが、結局のところ周囲を見ることしかできなかったのだ。

 しかし、それで砂漠の国の若者を見つける。

 行商人の男性の直ぐ近くで横になっていた。

 気を失ったままのようだが、呼吸しているので生きているがわかる。

 無事だった……と、行商人の男性はホッと安堵した。

 行商人の男性は砂漠の国の若者を起こそうと声をかけ――。


「起きたか」


 ようとする前に声をかけられる。

 それが誰かを、今更問うような真似はしない。

 行商人の男性は警戒を露わにしつつ、声をかけた者――ニトを見る。


「……何故生かされている? それに、どうして王都・ビアートの外に居て、あんたたち以外誰も居ない?」


 そのまま思ったことを口にした。

 腹をくくったとも言えた。

 行商人の男性はわかっているのだ。

 もう何をどうしようとも意味はない。

 ニトからは逃げられない。

 戦っても、勝てるとも思えない。

 生殺与奪は目の前のニトに握られているということを、理解しているのである。

 だから、どうせもう終わりだと、少しやけっぱちになっているのだ。


「生かされている? なんだ。死にたいのか? 国をどうにかするために生きないといけないんじゃないのか? 別にこっちは殺すつもりはない。外に居るのはこれから運ぶため。運ぶだけだから、俺たち以外に誰も居ない」


「……は?」


 まさか返答されると思っていなかったため、行商人の男性は呆気に取られる。

 それも律儀に全部の問いに答える形で。


「ど、どういうことだ?」


「まあ、混乱するよな。あとで説明してやるから、まずはノインの背に乗れ。時間が惜しい。こっちはさっさと行って、さっさと戻りたいんだ」


「……行って……戻る?」


 行商人の男性がさらに呆気に取られている間に、ニトは行動していた。

 砂漠の国の若者を片手で無造作に掴み、ぽいっと投げる。

 ノインが背中で受け、そのまま背に乗せる。


「……はっ! いや、何を!」


「話は移動しながらだ。お前も乗れ」


 ニトは砂漠の国の若者と同じく行商人の男性を掴み、ぽいっと投げる。

 ノインが背を上手く動かし、受けとめる。

 そこにニトも乗り――。


「出発」


 ニトの合図でノインとフィーアが駆け出す。

 段々とその速度は上がり、流れ見えていた景色は次第に見えなくなっていく。

 明らかに尋常ではない速度が出ているが、それでもノインの背に乗るニトたちが落ちないのは、ノインの魔法によるモノである。

 行商人の男性はそれに気付かない……というよりは、そこまで考えるというか気にする余裕がなかった。

 だからこそ、何がどうなっているのか……そのことを知っているであろうニトに、視線が自然と向けられる。


「説明を……お願いできますか?」


 教えてくれるのなら、教えてもらいたいという意思が込められている。


「ああ」


 ニトは端的に答えて、説明を行う。

 砂漠の国の若者と行商人の男性の行動は、ニトには筒抜けだった。

 ニトは警備として、どうする? とトレイルに相談する。

 そうした理由は単純に、その時はまだ何もしていなかったから。

 ニトとしては未然に防ぐという意味で捕まえても良かったのだが、総責任者はトレイルであるため、判断を任せたのだ。

 砂漠の国の若者と行商人の男性の事情も含めてニトが得た情報を聞いたトレイルの判断は――秘密裏に協力することだった。

 これに、ニトは少しばかり驚く。

 盗み出そうとしていたのに、いいのか? と。

 トレイルはそれでいいのです、とニトに返す。

 何しろ、トレイルは優秀である。

 砂漠の国の危機的状況の緊急性については、元々各国から人が集まるということで、様々な情報を集める上で知り得ていた。

 もちろん、「無水」の所有者である貴族に対しても調べ終わっている。

 強欲である「無水」所有者の貴族が、ただ渡すことはないだろう、と思っていた。

 それに、結局のところ、施しだけでは駄目なのだ。

 その国の者がどうにかしようと、したいと動かないと意味はない。

 相手側の意思があって、初めて動けることもあるのだ。

 だからこそ、トレイルとしては出方を見るつもりでいたのだが……その砂漠の国の者が動いたのである。

 だから、後々起こる面倒――イスクァルテ王国ではなく砂漠の国で起こる面倒を避けるため、秘密裏の協力するのだ。

 トレイルが砂漠の国に対して手助けしようとした理由は、なんとも芸術の国出身らしい理由である。


「世の中には飾ることでその美しさを知ることができる芸術品があります。しかし、それは逆もあるのです。世の中には飾られるのではなく、使われることでもっとも輝きを見せる芸術品があります。『無水』は使われている時こそが、もっとも美しい」


 それが一番の理由である。

 ニトは絵――絵画専門のようなモノであるが、なんとなく理解できた。

 女性怪盗に「乙女の微笑み」を渡したのも、そういうことなのだ。

 なので、ニトも協力する。

「無水」は――トレイルが用意した、よくできた模造品と交換。

 本物はニトが「アイテムボックス」にしまい、砂漠の国の若者と行商人の男性は、展示室に入る前に確保。

 潜入ルートが直前で変えられたり、二手に分かれるかもしれない可能性を考えて、直前で確保するになった。

 目的地が展示室であるため、どこをどう取って、何をどうしようが、そこに現れるのは確実だからである。

 だから、館内に警備が居なかったのだ。

 確保したあとは王都・ビアートの外に運び、最速(ノイン)で砂漠の国に向かって問題を解決する。

「無水」の魔力に関しては、ニト一人で充分なのだ。

 ちなみに、ノインとフィーアに関しては、久しぶりに全力疾走できると喜んでいる。


 と、一通りの説明を受けた行商人の男性は――口を開けて呆けることしかできなかった。


「えっと……本気(マジ)?」


「嘘をついてどうする。だから、もし感謝するのなら、トレイルに感謝するんだな」


 俺には必要ない、とニトは告げた。


     ―――


 と、行商人の男性から一通りの説明を受けた砂漠の国の若者は――口を開けて呆けることしかできなかった。


「えっと……本気(マジ)?」


 奇しくも自分と似たような反応であったため、行商人の男性は苦笑を浮かべつつ、それが事実である頷く。

 ただ、砂漠の国の若者の反応はそこでとまる。

 理解しようと奮闘しているようだ。

 行商人の男性と違い、砂漠の国の若者が我に返るのは、もう少しかかりそうである。

 ただ、そうこうしている内に、目的地(砂漠の国)に着きそうになっているため、そう時間は残されていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] イスクァルテ王国での展開はキャッツ・アイとシティー・ハンターを彷彿とさせるように感じるのはσ(^_^)だけだろうか? [気になる点] 峰不二子とルパン三世と言えそうな気もする・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ