サブイベント 「『光剣』と、『全弓』の妹」
ダンジョン「外柔内剛」。
その地下四十三階に、言い争う男女の声が響き渡る。
本来であれば、ダンジョン内で言い争うなど悪手でしかない。
何しろ、周囲には魔物が蔓延っているのだ。
大きな声、もしくは音でも立てようモノなら、それは魔物を招き寄せる行為にしかならない。
それは言い争う男女もわかっている……わかってはいるのだが、やめられない。
というのも、この男女は本来別々のパーティに所属しているのだが、顔を見合わせれば必ず言い争いを始めるような間柄だった。
言ってしまえば、いつものこと、なのである。
そういういつものことを行うことで、冷静さを取り戻そうとしているのだ。
何故なら、今ここにはこの二人しか居ない。
他のパーティメンバーは居なかった。
危険な状況であるからこそ、いつものことを行って、冷静になりたいと思う部分がある。
この男女がこのような状況に陥った理由は、なんてことはない。
ダンジョンの罠に嵌まったのだ。
地下四十二階で二つのパーティが鉢合わせ、いつものようにこの男女が言い争いのようなモノを始めようと近付いた瞬間、カチリ、とうっかり罠の起動スイッチを踏んでしまい、男女は綺麗に落ちてしまった。
落ちたのは一階分。
通路が二本あるなんでもない室内。
モンスターハウスのような場所ではなかったことは救いだろう。
ただ、ダンジョン内――それも、より魔物が強くなる下層の方で分断されたということもあって、残されたパーティメンバーは協力し、現在大急ぎで男女を捜索中である。
「あんたが変なスイッチを踏むから、こうなったんでしょ!」
女性の方は、勝気そうな顔立ちの美少女で、実際性格も見た目通りである。
そんな女性の肩書は、Aランク冒険者「全弓」……の妹。
Aランク冒険者「全弓」が率いるパーティ「刺し穿つ閃光」のパーティメンバーの一人。
ここまでであれば、身内だからパーティに入っていると思われがちだが、実際はそうではない。
きちんと、実力でパーティメンバーとなっていた。
兄である「全弓」は、精密さもそうだが、遠距離だけではなく近距離……それこそ零距離でも弓矢で渡り合えるだけの戦闘能力、それと技術を有しているため、遠・中・近距離のどこでも戦えることからそう呼ばれているのだが、妹はさらに弓だけではなく、短剣や槍、槌といったモノまで使用できると攻撃手段の幅は広く、武器全般を取り扱える才能は兄よりも強くなると言われているほどの才女である。
「はあ? 俺が悪いってのか! カチッて音はそっちからも聞こえてきたが!」
対する男性の方は、年若く、精悍な顔付きと鍛えられた体つきで、自分の強さに自信を持っていそうな雰囲気がある。
ただ、その雰囲気はあながち間違っていない。
何故なら、この男性はAランク冒険者「光剣」。その人なのだから。
その呼び名の由来となる、魔法によって生み出される光り輝く剣は強力で、Aランクとなった今では必殺技と言えるレベルまで昇華されていて、何よりそのランクに見合う強さと実績をいくつも持っている。
そんな「光剣」と「全弓」の妹が言い争っていた。
「大体、五つの宝物を揃えたとして、あんたがイリス姫さまに選ばれると思ってんの?」
「そんなの、なんでお前にわかるんだよ! その時になってみないとわからないだろ!」
「わかるわよ、同じ女だもの」
世の中に絶対はないが、「全弓」の妹は確証があるように、いや、確証があるかのように断言する。
まるで、そうであってくれと願うかのように。
「それに、そもそもイリス姫さまはあんたのタイプじゃないでしょ。確か、一緒に戦えるくらい強くて、背中を任せられるようなのがいいんだっけ?」
「そうだけど……な、なんで知ってんだよ!」
「な、なんでって、そりゃ……そ、そうよ! あんたがギルドの酒場で酔うと、いつもそんな感じのことを叫んでいるからよ!」
「マジかー!」
その時の記憶はないのか、「光剣」は頭を抱える。
よりにもよって、こいつに聞かれているんなんて……と、「光剣」は内心で思う。
「それに」
と言葉を続けようとしたが、「全弓」の妹は口を閉じ、周囲に視線を向ける。
それは「光剣」も同様だった。
何かの接近を感じ取り、警戒しているかのように見える。
「……どうやら、声を張り過ぎたみたいね」
「いつものことだと、な。ここがダンジョンであることをついつい忘れていたな」
二人は背中合わせに立ち、この部屋の出入口となる二本の通路に向けて構えを取る。
「光剣」は剣を。
「全弓」の妹は弓を。
「……そっちは任せたわよ」
「それは寧ろ俺のセリフだ。俺のライバルの妹なんだ。きっちり仕留めてくれよ」
ハッキリ言えば、絶望的な状況である。
確かに二人は強い。
けれど、それは魔物も同じであり、ここはダンジョンの地下四十三階で、このダンジョン内の魔物としての強さは極まっているといってもおかしくないレベルだ。
パーティメンバーが揃っているならまだしも、今はどちらも自分だけ。
戦力が圧倒的に足りていない。
いや、それでも、と二人の心はまだ折れていない。
((魔物の数が少なければ……))
まだどうにか、どうにでもできる、と。
しかし、そんな二人の希望は砕かれる。
現れたのは、全六体の完全武装のオーガの一団と、滴り落ちる涎が地面を腐食させる毒持ちで、人を余裕で丸呑みできるほどに大きなオオムカデであった。
「こっちは毒持ちオオムカデね」
「こっちは完全武装のオーガが六体だ」
情報を交換し、合図をした訳でもないのに、二人は同時に180度ターンして立ち位置を入れ替える。
「うちの火力じゃオオムカデの外殻を突破できそうにないけど、あんたの『光剣』ならいけるでしょ」
「確か、集団戦闘が得意だったな。手を変え品を変えと、相手を翻弄させるのが……だから」
互いに魔物を見据えつつ、互いに向けて同じ言葉を吐く。
「「そっちは任せたからな(わよ)」」
同時に飛び出すように前へ。
近いと、戦闘の余波が相手に届いてしまうからだ。
そこからは、まさに死闘であった。
希望があるとするのなら、戦闘音に反応してパーティメンバーがこの場に来ることだろうか。
互いにギリギリの戦闘となり、それは全力戦闘でもあるということだ。
全力など、そう長くは続かない。
死が訪れるまでに残されている時間は短かった。
だからこそ、だろうか。
いや、こういう時……いや、こういう時だからこそ、本音で言葉を紡ぐべきだと「全弓」の妹は思った。
「ねえ!」
「なんだ! 今、そっちに割く余裕は」
「うち、知ってるよ!」
「……何を、だ!」
互いに戦闘を継続しつつ、相手の言葉に意識を少しだけ向ける。
ここを聞き逃してはいけないと、本能が訴えていた。
「あんたがこの婿取りに参加したの、うちの兄貴のためでしょ」
「……なんの話だよ。俺はライバルとして」
「誤魔化さなくてもいいよ。うちの兄貴がこの婿取りに参加したのは、ギルドから要請されたから。王都所属のSランク冒険者はみんな伴侶がもう居て参加できないから、五つの宝物を集められるだけの力を持つAランクの中から……兄貴が選出された。ギルドの体裁のためには必要だって理由だけでね」
「………………」
「光剣」は答えない。
オオムカデの相手が厳しいからだけではない。
それが真実だと知っているからこそ、である。
「兄貴は優しいからね。断り切れなかったんだよ……だから、最初は体裁とか馬鹿らしいとギルドからの要請を断っていたあんたが参加したんでしょ。兄貴には婚約者が居るから。もし選ばれでもしたら、相手がイリス姫さま……この国の姫さまが相手となるとどうしようもないし」
「はっ! 知らねぇよ、そんなことは! 俺はライバルに差が付けられるのが嫌だっただけで、その結果であいつが誰と結ばれようと俺の知ったことじゃないさ!」
「……あんたは、そう答えるだろうね。だから、そんなあんただから……私は……」
完全武装のオーガの一団と戦っているのだ。
そんな余裕がないことは、「全弓」の妹もわかっている。
目を離していい相手ではないことも。
でも、それでも、もう一度脳裏に焼き付けておきたいと、「全弓」の妹は「光剣」の姿を視界に捉える。
それは向こうも同じだった。
まったく同じタイミングで「光剣」も「全弓」の妹に視線を向けていて、二人の視線が絡み合う。
「……私は、あんたがs」
「ここの魔物が邪魔で通れないから、さっさと片付けてくれないか? それとも、手助けが必要か?」
唐突にそんな声が響く。
「光剣」と「全弓」の妹は驚きで言葉が詰まるが、直ぐに状況を思い出して助けを求める。
「頼む!」
「お願い!」
そこで、気付く。
今このダンジョンの最前線を進んでいるのは自分たちで、先ほど聞こえた声はパーティメンバーのモノではない。
なら、一体誰が? と疑問に思っている内にすべてが片付く。
黒髪の冒険者がオオムカデをワンパンで倒し、白い狼がオーガの一団を瞬殺した。
「じゃ、終わったということで」
それだけ告げて、黒髪の冒険者と白い狼はさっさと先に進んでいってしまう。
「えっと……」
突然の出来事に「全弓」の妹は理解が追い付かないと、呆気に取られたような感じになる。
「……確かなのは、助けられたってことだな」
「光剣」も色々と言いたい、もしくは問いたいことはあるだろうが、既にその相手はもう居ない。
事実だけを述べて自分を納得させて……大きく伸びをして深呼吸する。
「はあ~……なんか、色々どうでもよくなったな。婿取り、やめるか。なんかこのままやり遂げても要請してきたギルド職員の手柄みたいになりそうだし。それに、さっきのヤツが五つの宝物をサクッと集めそうだしな」
「それは……そうかも」
何しろ、自分たちがてこずっていた魔物を瞬殺していったのだから。
しかも、全力を出した素振りすら一切見せずに、と「全弓」の妹は思う。
「とりあえず、あれだな……あんなのが相手じゃ、『全弓』でも無理だろ。あいつも婿取りの参加を辞退させるか。ついでに、要請してきたギルド職員への文句も添えて、さ」
「……そうね。うちも賛成。それがいい」
漸く生き残ったという安堵を感じられたのか、「光剣」と「全弓」の妹は笑みを浮かべ合う。
ただ、いつまでもここに留まる訳にはいかない。
直接的な命の危機は去ったが、ダンジョン内に居て、パーティメンバーとはぐれたままなのは変わっていないのだ。
何か行動を起こさないと、と考え始めた時、「光剣」はふと思い出す。
「そういえば、さ。その……さっき何か言いかけてなかったか?」
「え? いや、あれは……その……」
聞き間違い、もしくは思い違いだろうか? と「光剣」は尋ね、言葉に詰まる「全弓」の妹。
二人共が同じくらい顔を真っ赤にさせていたが、どちらも相手から視線を外しているために気付いていない。
そうして、なんとか気持ちを奮い立たせ、言葉を紡ごうとする前に――。
「見つけたっ!」
お互いのパーティメンバーが合流し、そのまま協力してダンジョンから脱出する。
後日。自分の実績にするために冒険者を私的利用しようとしていた冒険者ギルド職員が処分されることになった。
この一件で「光剣」と「全弓」の妹は急速に仲を深めていって結ばれることになる。
そして、両親の才能を余すところなく受け継ぎ、あらゆる武具を使いこなすことで近・中・遠距離どこでも高い戦闘能力を発揮することから「全射程」と呼ばれ、歴代最年少でSランク冒険者になる娘が生まれるのだが、それはのちの話。




