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 別に、ニトはこれまで本気ではなかった、という訳ではない。

 展示品の中には絵画もあるため、総合的に見れば絵画以外の展示品を守ることは絵画を守ることにも繋がっていることはわかっている。

 だからこそ、そこで手を抜くような真似は一切していない。

 絵画の際は多少熱が入ることになるが、それは多少でしかなく、誤差だ。

 少なくとも、ニトにとっては。

 周囲から見れば大違いに見えるかもしれないが、少なくともニト本人にとっては。

 なので、ニトからすればどの展示品も本気で守っている。

 警備という依頼を受けたのだから、手を抜くなんてあるまじき行為である、と。

 ただ、朝、出る時に誰かから「いってらっしゃい」と言われたり、夜、帰ると誰かから「おかえり」と言われたり、あるいは仕事でお世話になっている方から「お疲れさま」と労われたり、はたまた何かしらのスポーツにおいて多くの者から「頑張って」と好意と熱意を向けられたりと、一つの言葉でも大きな力となることがあるのは間違いない。

 それは、100%にプラスの力が加わる時でもある。

 一人の力では100%が限界かもしれない。

 だが、自分が支えてくれる、応援してくれる人が居れば、100%の壁を超え、120%……いや、それ以上の力を発揮することだってできる。

 言葉には、応援には、それだけの力があり、相手によっては無限大だ。

 好意と言っても様々な形があるが、それでも何かしらの好意を抱いている相手からであれば、それはより顕著となるのは間違いない。

 ――ニトがそうである。

 ニトが神絵師として崇める「ouma」から「頑張って」と応援されたのなら、頑張って当然――いや、頑張らない理由など一切ない。存在しない。

 よって、今のニトは本気中の本気なのだ。


     ―――


 結果として、本気中の本気になったニトの何が違うかと言えば、その顕著な部分は感覚だろう。

 もちろん行動速度自体も限界(リミッター)が突破しているので上昇しているのだが、そちらは元々大抵の者が視認、あるいは認識できていないため、上昇したからといって変わったことすらわからない。

 だからこそ、あえて顕著となるのが感覚である。

 元々人より鋭かった感覚が、より鋭敏となっているのが、もっともわかりやすい部分であった。


 その例として――。

 とある美術館において、展示品はすべて壊すと警戒音が鳴り響く結界で守られている。

 その結界をどうにかする方法はいくつかあるが、それを利用する盗賊が現れた。

 まず別のところを何か物を投げるといった行動で警戒音を鳴らさせ、警備と閲覧者たちの注意と注目をそこに集める。

 その警戒音が鳴っている間――その隙を突いて、盗賊は別の展示品に手を出し、そこの警戒音を先ほど鳴らした警戒音に紛らわせたのだ。

 しかし、それは悪手。

 今となっては……本気中の本気となったニトの前では愚かでしかない。

 警戒音が鳴っただけでアウト。

 本気中の本気であるニトを呼ぶだけなのだ。


「ひひひ。間抜けばかりめ。こちらでも音が鳴っていると気付かないとは。警備も見に来ているヤツらも、みんな間抜けな者ばかりだ」


 ほくそ笑む盗賊が展示品を手に取ろうとした瞬間――。


「ふんっ」


 瞬間的に現れたニトが盗賊の手に手刀を落とし、ボギリ、と砕ける。

 いや、砕けるだけで終わったのならまだマシだ。

 やろうと思えば斬り落とすこともできたのだから。

 そのまま逃げないように捕らえようとする(フルボッコ)にしようとしたのだが、周囲にある展示品に被害が及ぶ訳にはいかないという、展示品優先の理性が働き、腹部を打とうとした拳を寸止め。

 瞬間、寸止めした拳から発生した風圧で盗賊は勢い良く吹き上がり、天井に背中を激しく打ち付け、その風圧と衝撃が強過ぎたために体中の骨がいくつか折れ、それから落ちるが当然誰も助けないので床にべしゃりと落ちる。

 その背をニトが踏みつけ――。


「確保」


「ぐえ」


 盗賊を捕まえ、警備に引き渡して次へ――。

 ニトが応援を受けてから数日間――王都・ビアート内で盗賊行為を行った場合、このような感じで即時解決となっていた。

 というのも、盗賊の類が犯行を行った瞬間――あるいは分もかからない内にニトが現場に表れているのである。

 それを可能としている恐ろしいまでの移動速度もそうだが、顕著となっている感覚。

 どれだけ距離が離れていようとも、本気中の本気のニトが鋭敏になった感覚で感じ取り、全力で事態解決を行っているのだ。

 先ほどの件を例にすれば、ニトはこの美術館に居た訳ではない。

 実際はその外――別の美術館を見回っていた最中だったのだが、その際にこの美術館の中から発生した警戒音を聞きつけ、さらにもう一つの警戒音まで聞き分けた上で、盗賊の目の前に現れたのである。

 ちなみに、ニトに結界を修復するスキルはないため――。


「ヴァレード」


「かしこまりました」


 ヴァレードが修復していた。

 こうして、ここまでの一連の動向は発生から長くても数分で終わっている。

 本気中の本気のニトの感覚によって解決したことは他にもあった。

 現在、王都・ビアート内にある美術館とその周辺は特殊な結界が張られ、「アイテムボックス」の類が使用できないようになっている。

 なので、展示品が盗まれた場合、力業で無理矢理持っていくか、あるいは小物であればポケットに入れるなど隠し持っていくしかない。

 そのため、その盗賊はパッと見では一切わからないように特殊加工したポケットに入れて出ていこうとしたのだが、駆け付けたニトが即座に発見し、飛び膝蹴りを食らわせて確保する。

 もちろん、隠し場所である特殊加工のポケットの存在をニトは把握していた。

 これに関しては、現場に来て直ぐであったため、ヴァレードも尋ねる。


「よくわかりましたね」


「いや、見れば一発だろ」


「え? ……なるほど」


 ヴァレードは考えることを諦め、目の前の事象だけをまず楽しむことにした。

 実際のところ、本気中の本気のニトであれば、それこそ衣服の上から――いや、その上に鎧のようなモノを見に纏っていようとも、その内部の下着の形やデザイン……どころではなく、染色構造まで把握して、色まで判別しようとすればできる……が、それはそれで色々と別の問題が起こるのでやらないし、公言もしないのである。

 他にも様々な手法を用いた盗賊たちが現れたのだが、そのすべてがニトの鋭敏となった感覚の前に敗北することになった。

 隠し通せないのである。

 超希少スキルではあるが「アイテムボックス」でもなければ不可能……いや、「アイテムボックス」の中すら見通せるのではないか? という疑念すら抱かせることになった。

 もちろん、さすがにそこまでは……なのだが、たとえ「アイテムボックス」持ちが犯行を行ったとしても、ここにはヴァレードが居る。

 ヴァレードは仕草や行動だけで犯人を言い当てる、なんてこともできるので、結局のところ犯行は成功しないのは間違いない。

 そうなってくると、力業でしか抜けられないと実行するが――もちろん通じる訳もなく、隠し通すより痛い目を見るのは明らかだった。


     ―――


 ニトの行動はそれで終わらない。

 元々、美術館での窃盗行為はそう起こるモノではない。

 厳重な警備によって諦めざるを得ないのがほとんどなのだ。

 ただ、それは美術館での窃盗を諦めただけであって、行為そのものを諦めた訳ではない。

 具体的には、ターゲットが変わったのだ。

 美術館の展示品のような大物一点狙いではなく、数多くの見物客の財布といった数をこなすことで稼ごうとし始めたのである。

 こうなってくると、その場で実行したのならまだしも、その後となると実行した盗賊を見つけるのは難しくなってくる……が、ニトはその上をいく。

 鋭敏となった感覚により、たくさんの財布を懐に隠し持っている者を見つけるのだ。

 大抵の場合は、声をかければ逃げ出すのだが、逃げ出そうと一歩踏み出す前に制圧できてしまうので問題ない。

 誤魔化そうとしても無理だった。

 ヴァレードが看破する。

 そのあとは警備に引き渡せば、あとの処理はそちらの方でやってくれるのでニトとヴァレードしても手間ではなかった。

 なので、美術館の方で何も起こっていない時は、率先して王都・ビアート内の警戒を行った。

 何しろ、今この王都・ビアートには「ouma」が居るのだ。

 馬鹿な者が絡まないように、ニトは率先して排除しているのである。

 実際のところは魔王に絡んだ、ある意味勇者となるのだが……。

 こうして、ここ数日間は、窃盗事件が発生しても直ぐ解決するといったことが続いた。

 また、その中で特例のようなことも起こる。

 そのきっかけとなったのは、ニトとヴァレードの行動によって美術館を襲撃するようなことができなくなった盗賊団が、王都・ビアートの貴族街にある家に押し入った際のこと。

 一気に儲けようと貴族の家に狙いを定めたのだが、下調べが不十分であったため、直ぐに発覚。

 その際、この家の当主である貴族が言ってしまったのだ……「この盗賊が!」と。

 現状、それはニトを呼び寄せる言葉。

 当然のようにニトとヴァレードは現れ、ニトはその盗賊団を瞬時に倒す(フルボッコ)――にしたのだが、それで終わりの話ではなかった。

 ニトがそのままその貴族も捕らえたのだ。

 何やら怪しい、と本能による行動である。

 それをヴァレードはとめなかった。

 ヴァレードもまた、何やら思うところがあったのである。

 そうして警備を呼び、盗賊団を引き渡すだけではなく、そのままその家を調査した結果――ニトが捕まえた貴族は、他の幾人かの貴族と共謀して、他国へ芸術品の横流しを行っていたことが判明した。

 これに、ニトとヴァレード以上に、警備がキレる。

 何しろ、ここは芸術の国・イスクァルテ王国。

 芸術をこよなく愛する者たちの国であり、芸術品の横流しなど、この国の者たちからすれば禁忌のようなことであった。

 この事態にはトレイルも動き、この貴族と共謀者たちには厳しい処罰が下ることになる。

 一気にこの話は広まり、ちょっとした物語性のある話として語られるようになった。

 さらには、ここ数日のニトとヴァレードによる取り締まり、あるいは検挙率の高さによって、ここはもう稼げないと断念して去る盗賊も居た――のだが、それでも、というべきだろう。

 狙いの物を諦めきれない、あるいは自分たちなら大丈夫だという自信過剰、あるいは自意識の高い者たちは残っている。

 そして、その残った者たちが遂に動き出す。

 それは、展示品を巡る騒動の終焉を意味していた。


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