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情報というモノは様々な伝わり方をする。
口伝であったり、書面であったり、と。
また、誰から誰かへ。その誰かからまた別の誰かへ、と伝播していく。
―――
そこは王都・ビアート内にあるスラムの一角。
元々王都・ビアートで活動していた闇ギルドの一つが拠点として利用していたのだが、そこを力で奪い取った盗賊団が居た。
その力は、盗賊団を超えている。
少数精鋭であり、全員が一騎当千級の力を持っていると言ってもおかしくない。
だからこそ、元々そこに存在していた闇ギルドは奪い取られたのだ。
それも、その闇ギルドの構成員は、上も含めて全員殺されるという形で。
そうして奪い取った拠点で、とある盗賊団の団長は、部下が持ってきた情報を聞いて呆れた視線を向ける。
「はあ? お前は何を当たり前なことを言っている。芸術祭の規模を考えろ。警備が厳しいのは初めからわかっていることだろうが」
「い、いや、そうなんですが、前より――それこそ当初調べた時より、より厳しくなっているんです!」
「時間を置けばそれだけ対策を打って厳しくなるのはわかっていると思っていたが? それに、既に何人か馬鹿な盗賊、それといくつかの盗賊団が潰されているのだから、その分、警戒が強くなるのは当然だ。といっても、それもすべて許容範囲内でしかないが」
「そう! それです! もしかすると許容範囲外かもしれません!」
ピクリ、と反応を示す盗賊団の団長。
そこに呆れた表情はない。
部下に向ける視線には殺意に似た何かがあり、もし虚偽であれば容赦はしない、という雰囲気があった。
うっ、と呻く部下。
この盗賊団の一員である以上、この部下も一騎当千級の力を持っていると言ってもいい。
しかし、この盗賊団で一番強いのが誰なのかは明白であった。
だからこそ、ここで迂闊なことを言えばどうなるのかを、部下はよく知っている。
「……いいだろう。話せ。何か状況が変わったのなら、聞いておいて損はない」
「は、はい。実は警備を行っている者の中に『ニト』というヤツが居るのですが……」
―――
「つまり、なんですか? 展示品の種類を問わずに手を出した者が、今のところすべて捕らえられていると? それは別に不思議ではないと思いますが? 仮にもイスクァルテ王国は大国。そこらの盗賊風情では捕らえられて当然です」
王都・ビアートの貴族街にある一軒家。
そこはイスクァルテ王国のとある子爵家の別邸である。
持ち主であるとある子爵はイスクァルテ王国の隣国・イザード国と非常に懇意にしており、また、多少なりともその関係で、イザード国に拠点を置いているとある魔術機関と密接な関係を築いていた。
その関係で、その別邸はとある魔術機関に秘密裏に貸し出され、王都・ビアートにおけるとある魔術機関の拠点として利用されており、その一室。
とある魔術機関の長は、なんてことはない、なんでもない報告を部下から聞かされて、そう断言する。
確信を持っていると言ってもいい。
大国で、しかも展示されている品々の価値を考えれば、警備が最大級で厳重になっているのはわかりきっていることだからだ。
下手に手出しをしても捕まるだけ。
それがわかっているからこそ、とある魔術機関は未だ動いていないのである。
「それが、普通ではないのが一人現れたのです。いや、元々居たというべきか」
「どういうことですか?」
要領を得ない、ととある魔術機関の長は眉間に皺を寄せる。
「長も知っている通り、今ここには多くの人が集まっています。それに合わせて、多くの盗賊も」
「ええ。愚かで馬鹿な盗賊たちのおかげで、敷かれている警備の状態がよくわかりましたからね」
「はい。それなのですが、先日から状況に変化が起こっているようなのです。正しくは、たった一人によって」
「それが、普通ではない一人、ということですか?」
その通りです、と頷く部下。
「これまでは盗賊騒ぎがあったとしても、様々な警備が関わっていました。ですが、ここ最近はその一人がすべて関わっているのです。正確には、ここ最近で捕縛された盗賊の九割は、この一人が捕縛していました」
「なっ!」
驚きを露わにするとある魔術機関の長。
それはそうだろう。
現在、盗賊騒ぎは王都・ビアート内の各所で連日連夜起こっている。
発生時間も様々、中には図った訳ではないが同時に別の場所で起こることもあるのだ。
様々な警備が関わっているが、そのほとんどに関わっているのは異常としか言えない。
人が動く範囲・範疇を超えているのである。
「その上、調べたところによると、同時に別の場所で起こったことであっても、ほぼ同じ時間でその一人によって捕縛している、といったこともあるのです」
なんだそれは、と言いたくなるとある魔術機関の長。
それを我慢して、別のことを口にする。
「真実であるのなら……要注意ですね。名はわかっているのですか?」
「はい。『ニト』という名だそうで」
とある魔術機関の長は、望むモノを手にするための障害になるかもしれない、と思う。
―――
王都・ビアートに隣接している、多くの仮設テントや施設が集まっている場所。
多くの仮設テントの中の一つ。
そこに、行商人の男性が気軽に入っていく。
入った仮設テントの利用者であると、見た者は思うだろう。
それは正しいが、補足もある。
その仮説テントを使用しているのは行商人の男性だけではない。
砂漠の国の若者と二人で使用していた。
「悪い。遅くなった」
「いや、そう遅い訳では……どうした? 難しい顔をして」
既に仮設テントの中で休んでいた砂漠の国の若者が、入ってきた行商人の男性の表情を見て、気遣うように声をかけた。
それだけ行商人の男性の表情がわかりやすかったとも言える。
行商人の男性は砂漠の国の若者と対面するように座り、一息吐いてから口を開く。
「少し、マズい事態になったかもしれない」
「……どういうことだ?」
この二人はただ単に芸術祭に来た訳ではない。
どうしても……それこそ、どのような手段を用いようとも、だ。
しかし、手段問わずであったとしても、成功するかどうか――その雲行きが怪しくなったのを、砂漠の国の若者は行商人の男性の様子から感じ取る。
「一応……そう、一応、できる限りの情報は集めた。それこそ、商人同士の繋がりも使って、美術館の警備やお目当ての物を守っている騎士、それに持ち主についても」
「それは前から聞いている。それでも、やることに変わりはない」
「ああ。その結論は俺も変わらない。結局のところ、やらないと……成功しないと……もう生きていけないのは確かだ。だからこそ、奪い取る。正攻法では無理だ。持ち主が下衆だからな」
「だから、やるんだろう? 確かに、俺たちがやろうとしていることは世間的には良くない。そんなのはわかっている。それでも」
「わかっている。そのための手段も考えた。だが……問題が起こった。一人――明らかに他の警備とは違う存在が居る。『ニト』と呼ばれている警備……あれはヤバい。実際目の前で盗賊を捕らえるのを見たが、正確には何も見えなかった」
「どういうことだ?」
「結果として、盗賊を捕まえた、ということしかわからなかった。どういった手段を取ったのか、まったくわからない。それだけ素早いのか、それともスキルか……ただ、行商人として様々な人を見てきた俺の勘だけで言えば、化け物だよ、あれは。正真正銘の」
行商人の男性がそう断言した。
その表情には、発した言葉が嘘偽りではないと物語っている。
それが見て聞いてわかるからこそ、砂漠の国の若者は自然と喉を鳴らした。
―――
「くそっ! くそっ! くそっ!」
王都・ビアート内にある、貴族が泊まるような高級宿の一室。
そこを利用していたとある国の貴族の男性は苛立つを隠すような真似はせず、心の中にある怒り、苛立ちをぶつけるように柔らかい高級なソファーを何度も叩く。
近場の、室内にある物を破壊するような行動に移らないのは、それがこの高級宿の備品であり、それを破壊すれば要らぬ騒動を招くことになるとわかっているからである。
貴族の男性としては、できればそちらの方を破壊したかった。
そうすれば、ソファーを叩くよりも幾分かスッキリするからだ。
しかし、それで騒動が起きて困るのは、何も備品を壊された高級宿側だけではない。
貴族の男性も困るのだ。
特に、周辺を調べられると困る。
というのも、貴族の男性はとある展示物を手に入れるためにここまで来ており、そのための手段として、貴族の自分が直接手を汚す訳にはいかないと、貴族らしい考えと言うべきか、他者を――貴族の男性が下に見ている者を使えばいいと、共に連れて来ている執事を通じて盗賊の類を雇っていた。
そして、本命の前の手始めとして、貴族としての権力を行使して警備状況なども調べた上で、価値がありそうな展示品を狙わせたのだが……どれも失敗。
もちろん、捕縛された盗賊たちがどうなろうが、貴族の男性は知ったことではない。
元々下に見ているし、捕縛された盗賊から自分にまで及ぶようなミスはしていない、と思っていることも、そう思うことに大きく関係しているだろう。
それに、捕縛された盗賊が雇った全員という訳ではない。
まだ他にも居るため、余力があるにはある。
だから知ったことではないのだが、それでも、捕縛されたのはそれなりの数ではあった。
間違いなく痛手なのだ。
何しろ、本命どころか、未だなんの成果も挙げていないのだから。
ある程度感情を発散させたあと……貴族の男性は、控えていた執事に視線を向ける。
「それで……なんといったか? 大半を捕まえたその警備……私の邪魔をした者の名は」
「『ニト』でございます」
「『ニト』か。私の邪魔をしたのだ。タダでは済まさない」
貴族の男性の目には怒りが宿っていた。
―――
陽が沈み、暗闇があらゆるモノを覆い隠す夜。
とある怪盗は、王都・ビアート内にある高級宿の屋根の上に居た。
そこから見えるのは、王都・ビアート内にある全美術館。
その中の一つ――大屋敷美術館に向けて、とある怪盗はまるで獲物を見定めるような目付きで見ていた。
とある怪盗の狙っているモノが、そこにあるのだ。
それも、わざわざ予告状を出すくらいの。
ただ、その予告状は盗みに入るという決意表明みたいなモノであって、特に日付の指定まではしていない。
それが今は幸いしたな、と先ほどまでの目付きは消えたとある怪盗は、困ったことになった、という息を吐く。
とある怪盗の脳裏に浮かぶのは、昼に見た――盗賊団が美術館の一つに向かい、たった一人の男性によって制圧された光景。
それも、ただ制圧された訳ではない。
瞬間。そう、瞬間としか言えないような瞬きで制圧されたのだ。
「あれはちょっと反則……化け物過ぎるでしょ」
そう言うとある怪盗だが、その目にはある種の意志の光が宿っており、それでも諦めるつもりがないというのは明白だった。
―――
結局のところ、目的の物を諦めるといった思いを抱く者は少なかった。
必ずやり遂げなければならないという強い思いや、自分ならどうにかできる、あるいは大丈夫といったなんの根拠もない自信など、諦めなかった理由は様々だ。
だからこそ、人によっては思い知ることになるだろう。
ニトという規格外の存在を。




