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 魔族を統べる魔王・アルザリア。

 それは言うなれば表の顔。

 しかし、実際は裏の顔が――いや、魔王が裏の顔で、もう一つの方が表の顔かもしれない。

 ……まあ、重要なのはどちらが表であるかではなく、アルザリアには魔王ではない、もう一つの顔があるということだ。

 それは――「ouma」。

 不世出の天才……いや、新進気鋭……いやいや、一部の者たち(ニト含む)に非常に人気の絵描きである。

 ただ、「ouma」については、その人物というよりも、どこかの大国が秘密裏に探している、といった情報の方が有名であった。

 何しろ、大国が探しているというのに一切見つからないのだ。

 どこを探しても、影も形も情報もない。

 というより、元々見つからなくて当然である。

 何しろ、「ouma」は魔王。

 普段は世界のどこか――その最奥に居るのである。

 しかし、今はそこには居ない。

 現在、アルザリアが居る場所は、芸術祭が開催されるイスクァルテ王国の王都・ビアート。

 今までは息抜きの意味も兼ねて、ほんの少しの時間だけアルザリアは「ouma」として世界各地に飛んで絵を描いてきた。

 しかし、今回は覚悟が違う。

 ほんの少しの時間では絶対に足りないのだ。

 間違いなく行けば、数日――いや、数か月は時間が溶けるかもしれないと、本人は自覚していた。

 もちろん、だからといって行かない、という選択肢はアルザリアの中にはない。

 絵描き道具をしっかり持ち、魔族であると隠して、書き置きも残して準備万端である。

 アルザリアの中では、頼れる金髪の秘書官――セクレが居るので留守を任せても問題ないと思っていた。

 セクレは優秀なのである。

 そうして、アルザリアが「ouma」として王都・ビアートに着いたのは、芸術祭の開催が宣言される二週間ほど前だった。


     ―――


 既に何度も抜け出しているということもあって、実はそれなりに旅慣れているアルザリアであったが、予想外のことが一つだけあった。

 それは、宿。

 王都・ビアートに着いたのが二週間ほど前ということで、内部の宿はすべて埋め尽くされており、宿泊客も開催期間中は居る、あるいは延長する可能性もあるため、予約のようなモノは受けていない。


「………………嘘ぉ」


 夕日を背に、途方に暮れるアルザリア。

 完全に予想外であった。

 あとは、王都横に臨時でできた寝泊まり場所だが、そこも仮設宿泊場はすべて埋まり、残るは臨時寝泊まり場所内での野宿しかない。

 一応、体を洗う場は銭湯が王都・ビアート内にあるし、臨時寝泊まり場所にも水属性魔法使いによる水を使う複合施設があるのでどちらでも可能である。

 ただ、今から寝る場合は野宿という形になってしまうということであった。


「こればっかりは仕方ない。出遅れた余……いや、私が悪い。……だから、仕方ない」


 魔王ではなく「ouma」として動く時は、できるだけ魔王の力は使いたくないアルザリア。

 もちろん、危機的状況では容赦なく使うが、可能な限り放浪の絵師「ouma」として動きたいのである。

 何故なら、そのために抜け出しているのだから、魔王であるということを思い出したくないのだ。

 しかし、今は使うべき時だと判断した。

 何故なら――。


「絵を描く道具しか持ってきていなかったから、野宿道具持ってきてない」


 宿屋に泊まる気満々だったのである。

 そのため、魔王の力で瞬時に一旦戻り――もちろん、セクレには見つからないように――野宿道具を回収して瞬時に戻った。

 野宿道具に関しては、これまで何度も抜け出している実績から、既に持っていて前々から何度もお世話になっているのである。

 そのまま臨時寝泊まり場所に向かい、女性一人ということもあって、そこでも魔王としての力を使って認識阻害や障壁のような結界を張って、安全を確保する。

 こうして、アルザリアは芸術祭における居場所を手に入れた。


     ―――


 アルザリアがまず行ったことは観光である。

 何しろ、王都・ビアートはその街並みの風景からして芸術品のようなモノであるからだ。


「風景は苦手だけど、挑戦してみるのもいいかも」


 むんっ! と両拳を握って描く気を滾らせるアルザリア。

 いい刺激を受けていた。

 そんなやる気に満ちたアルザリアの目に付いたのは、露店。

 至るところで一般的な食事店だけではなく、工芸品、民芸品といった調度品や、自作の武具、装飾品に、美術品を簡略化した所謂お土産を販売しているのだが、その中でアルザリアが見つけたのはその場で絵を描いて渡すといったモノ。

 多いのは似顔絵だろうか。

 それを見たアルザリアは、自分もやってみようかと思う。

 勝手にしていのか、それとも許可制なのか――直ぐに調べ上げ、場所代を役所に払って場を確保。

 絵を描く道具を取りに行き、用意している間、アルザリアは――。


「えへ……えへへ……そ、そんな、国に抱えたいだなんて……私の絵をそんなに評価して……嬉しいです。ありがとうございます……で、でも、私は魔お――その、えっと、まだまだ未熟で、見識を広げたいので、お断りを……え? そんな、いつまでも待っているって……えへへ……」


 道端の似顔絵から始まる成功譚(サクセスストーリー)をたくましく妄想していた。

 だらしなく口元が緩んでいたので間違いだろう。

 ただ、そんなアルザリアが似顔絵描きをしようと手にした場所は……所謂外れであった。

 王都内なのは間違いない。

 しかし、そこは王都・ビアートの居住区の一つであり、芸術祭目当てで訪れる道から大きく外れたところで、住民しか通らないような道である。

 ただし、これは別にアルザリアが冷遇された、という訳ではない。

 メインはやはり美術館へと続く道だが、その一、二本外れた道も人が多く通る――といった道の露店は宿屋と同じように既に誰かが取っているため、もう場所がそういうところしかないのだ。

 アルザリアが魔王的頭脳で妄想した約束された将来(サクセスストーリー)は、ガラガラと崩れていった。


(魔王は敗れた……フフ……フフフ……)


 邪悪な何かが生まれそうなアルザリアであったが、その窮地を――ある意味世界を救ったのは、アルザリアが似顔絵描きを始めた居住区の子供たちである。


「姉ちゃん、面白い絵を描くな! 気に入ったぜ!」


「可愛いよ! お姉ちゃん」


「ボクの感性にドンピシャだね!」


 アルザリアの描く絵を子供たちが気に入り、裏表のない輝く笑みを見せた。


「……フ、フフ、ハハハッ! つまり、私は大天才ってことね!」


「「「いや、そこまでは言ってないよ、姉ちゃん」」」


「……はい。現実を見ます」


 それでも、なんだかんだとアルザリアは子供たち、その子供たちを通じて親とも仲良くなり、楽しい似顔絵描きを行った。

 惜しむは、「ouma」の名がここまで届いていなかったことだろう。

 誰も、大国が探している「ouma」であると気付かなかった。

 ただ、中にはこんな子供も居た。


「ふ、ふん! 俺の方が上手いな! な、なんだったら、教えてやってもいいぞ!」


 少しばかり頬を染めた少年が、精一杯強がっているように言ってくる。

 そんな少年に対して、アルザリアは魔王的余裕を見せ――。


「そうね。なら、将来有名な絵描きさんになったら、色々と教えてもらおうかな?」


 ニッコリと笑みを浮かべ、少年の頭を撫でるアルザリア。

 一方の少年は顔を真っ赤にして――「い、色々……」と呟くのが精一杯であった。

 これがのちに、世の男性の少年心を悪戯に刺激して、多くの男性に新たな性へ――扉を開かせることになった「年上のおねえさん」という題材の絵を描くことになる……かもしれない瞬間である。

 可能性はゼロではない。

 そうして、アルザリアは似顔絵を描きつつ、時折美術館に向かって至福の時間を過ごしていく。

 また、活動場所がメイン通りから外れているからこそ――熱狂的なファン(ニト)と接触どころか気付かれることがなかったのである。

 警備が居ない訳ではないが、集中しているのはそちらの方で、優秀で頼りになる者はそちらに集められているのだ。

 けれど、アルザリアがそちらの方に行かない訳ではない。

 本来は芸術祭を楽しむために来たのだ。

 芸術祭の中心となる大屋敷美術館に入れるのはまだ先であったが、それでも他の美術館の方は既に入れるところがある。

 なので、そちらの方には足を運んだことがあった。

 実は、その時にニトとニアミスしていたのだ。

 といっても、アルザリアの方は何も感じていないし、そもそも普通は顔が見えない(それなりの)距離があったのだが、それでもニトは本能で感じ取っていたため、対象を認識しなくても無意識で感謝の言葉を送りたくなっていたのである。


     ―――


 芸術祭の開催が宣言されて、大屋敷美術館も中に入れるようになった。

 それから数日経ったが、アルザリアはまだ一度も入っていない。

 何故なら――。


「……人、多過ぎ」


 連日満員状態であり、トレイル指示の下、入場制限がかけられているくらいである。

 何故なら、これは誰か特定の人物、あるいは権力者のために開催されたのではなく、美術品、芸術品を多くの人に、世に知ってもらうための芸術祭なのだ。

 より多くの人に見てもらうための処置である。

 なので、アルザリアはもう少し人が少なくなってからにしようと思う。

 その分滞在が伸びて、金髪で有能な秘書官であるセクレに負担がかかるのだが、この時のアルザリアは芸術祭の最中ということもあって、そこまで考えが至らなかった。

 なので、アルザリアは今日も子供たちを相手に似顔絵を描く。

 最近は子供のたちの親も姿を見せて、ほのぼのとした雰囲気がここには流れていた。

 もっとも――。


(実は親たちの中に王城勤めの人が居て、自分の子供が描かれた絵だと偶々持っていき、そこで大臣なり王さまなりの目に留まり……えへへ)


 魔王的妄想はたくましく、新たな成功譚(サクセスストーリー)が脳内で展開していた。


「……ん」


 その時、アルザリアはピクリと反応する。

 といってもその反応は極小よりも小さく、誰にも気付かれないようなモノで、何かがこちらに迫ってくるのを感じ取った。


(通路じゃない……上? 屋根かな? ……駆けているようだけど……それなりに速い。まあ、普通の人と比べらたら、だけど)


 ただ、どうにも嫌な予感がした。

 このままここに居るのは危険だ、と。

 そのため、子供たちと共に横にずれる――と、そこで、上から人が二人落ちてきた。

 その内の一人と目が合い――。


(……強い)


 内包する力に内心で驚愕し、下手をすると自分より強いかもしれないと思う。

 さらにもう一人がこの場に現れ……アルザリアは叫びそうになった。

 何しろ、新たに現れた人物は自分の知っている者――ヴァレードだったからである。

 マズい、危険だ、と逃げ出したくなるアルザリアであった。


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[気になる点] 「ボクの完成に…」 感性だと思います [一言] そしてこの後に感謝の言葉を叫びながらの着地か……カオスだな
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