11
ノインが先導を始めると、そこからはまさに破竹の勢いとなった。
まるでルートが見えているかのように進んでいき、一度も行き止まりに当たることがなく、下に向かう階段まで難なく辿り着く。
そして、階段まで辿り着くと――。
⦅……ふっ⦆
ノインは、ニトに向かって必ず勝ち誇った表情をわざわざ見せた。
⦅………………⦆
ニトは何も答えない。
ただ、つよく拳を握り締めていた。
反応をすれば負けだと思っている。
ニトがそう思っているのはノインも理解していて、あえて続けているのであった。
そうして、洞窟のような地下一階から地下九階まで一気に下りていく。
もちろん、途中で魔物と接敵する時もあったが、まだ序盤ということもあってノインだけで充分であった。
命を刈り取るにしては軽く見えるが、ノインが前足をジャッ! と振るだけで終わる。
体が小さくなり、能力が下がろうとも、フェンリルはフェンリルだということだろう。
ノインが瞬殺した魔物は、あとで冒険者ギルドに買い取ってもらい、買わされた食事代にしようと、ニトが即座に回収していった。
また、時折冒険者たちの姿も見かけるが、ニトとノインは気にもとめずにサクサク進む。
しかし、冒険者たちからすると、ダンジョンに人間一人と獣一頭だけというのは、見た目的に戦力不足にしか見えない。
何故なら、基本的に冒険者はパーティを組んで様々な依頼に挑むモノで、冒険者全体を見れば、ソロで活動している者は圧倒的に少ないからからだ。
けれど、今このダンジョンに居る者たちは婿取りに集中しているために、他を気にしている余裕はなかった。
なので、あっという間に地下十階まで下りて、そのまま一直線に進んでニトとノインはボス部屋の前に辿り着く。
⦅この向こうから、他とは違う気配がするよ。といっても、ここまでに居た魔物と比べてだから、大したことはないけどね⦆
⦅だろうな。他に人は居ないし、入れるならさっさと入りたいが、普通に開けていいのか?⦆
⦅開くなら問題ないよ。中で戦いが行われている時は開かなくなっているからね⦆
⦅何かしらの制約があるのか⦆
⦅ああ。確か、大人数では入れないようになっているはずだよ。確か、最大六人だったかね。それ以上だと扉が閉まらない、先に進む道が開かれない。一度閉めれば、戦いの結末が出るまで開かないだったかね。そこら辺をダンジョンコアに管理させていると言っていたよ⦆
なるほど、とニトは納得して、試してみればわかるのかと、扉を開こうと押せば押す力に合わせて扉が動いて開いていく。
入れると判断したニトは、ノインと共にボス部屋の中へ入って扉を閉める。
室内は、これといった装飾品などは一切ない広大な空間だった。
先は薄暗く、多少進まないと先が見えない。
ニトとノインが前に進むと――。
「グウオオオオオッ!」
咆哮が大気を震わせる。
震う大気は周囲に伝わり、地面を、壁を、天井を、すべてを揺らし震わせた。
その者が持つ暴威を示すように。
それは、ニトとノインが少し進めば暗がりの中から姿を現した。
――ミノタウロス。
牛頭人身の怪物。
人の倍はある大きさに、筋骨隆々の体つきは、このミノタウロスの力強さを、その手に持つ鉄製のゴツゴツした鉄の棍棒……いや、もはや鉄塊と言うべきモノは凶悪さを表している。
そんな存在を前にして、ニトとノインは悠然と構えていた。
「さて、必要なのはアレの角だったな」
ニトがさっさと終わらせようと前に出ると、ノインが声をかける。
念話でなかったのは、ボス部屋内であれば他者に聞かれる心配がないからだ。
「手伝いが必要か? なんなら、私が代わりにやってやろうか?」
「要らん。直ぐ終わる」
ゆっくりと歩いて近付いたニトに向けて、ミノタウロスが鉄塊を振り下ろす。
ニトはなんでもないように振り下ろされた鉄塊を片手で受けとめ、もう一方の空いた手でミノタウロスの胸部に一発入れる。
その一発でミノタウロスの胸部に穴が開き、絶命した。
倒れ込んでくるミノタウロスの体をそのままアイテムボックスに仕舞うニト。
「よし。終わり。行くか」
「待て。何をサラッと行こうとしている。あんたに任せてまた行き止まりに当たるのは勘弁して欲しいからね」
だから引っ込んでいろ、とニトの前を歩き出すノイン。
お好きなように、と先を譲り、ニトはノインのあとを付いていく。
―――
地下十一階以降もダンジョン自体に変化はない。
変わらず洞窟内部を進んでいくニトとノイン。
その中でもしも変化を見たいのなら、それは冒険者の数が多いことだろう。
いや、冒険者だけではなく、騎士や兵士、他にも武装している者を数多く見かけることができる。
⦅一気に小童共が増えたね⦆
⦅ここら辺が平均なんだろ。ここより先は自分たちでは危険だと判断した。つまり、先に進むには強さが足りない⦆
ただ、人の数が増えると、当然ニトとノインに向けられる視線の数も増える。
そうなれば、明らかに戦力が足りないだろ、と侮るような視線や、ダンジョンに人一人と獣一頭で来るなんて、と馬鹿にしたような態度を見せる者も中には居た。
ニトとノインは気にした素振りを見せないが――。
⦅私を侮るとは……噛み殺してやろうかね⦆
⦅不快は不快だが、やめろ。別にそいつらの命がどうとかではなく。そうする手間と時間が惜しい。さっさと行くぞ。どうせ、ここより先にはついてこられないんだからな⦆
⦅それもそうだね⦆
無視してサクサク進むニトとノイン。
けれど、ノインは少しばかり遠回りしてでも、人が居ない道を選ぶようになっていたのは、それだけ不快だった証拠だろう。
そうして、ニトとノインは地下二十階にあるボス部屋の前に辿り着く。
幸運なことに、ボス部屋の前に人は集まっていなかった。
人が増えてもここに居ないのは、これ以上先に進む気がないことの表れかもしれない。
ニトとノインは躊躇うことなく中に入り、進んでいくと――。
「キシャアアアアアッ!」
「「「シャアアアアアッ!」」」
ミノタウロスの時と同様に広大な空間が広がり、そこに人の上半身くらいは齧れそうなほどに大きな口と、その口のサイズに合わせた巨大な体と羽を持つ大きなコウモリ。
それと、そのオオコウモリの周囲を二回りほど小さな――チュウコウモリとでも表現できそうなコウモリが三匹飛び回っている。
「ここは複数が相手ということか」
空中を飛び回っているオオコウモリとチュウコウモリたちを前にしても、ニトとノインの態度はミノタウロスの時と同様に悠然と構えていた。
「それじゃ、またさっさと終わらせるか。相手が複数だし、俺がオオコウモリの相手をするから、あの小さな方は任せた」
ノインにそう言って。ニトがそのまま行こうとするが待ったが入る。
「いや、待ちなよ。それはどういう基準で決めたか聞いても?」
「どういう基準って、俺の方が強いんだから、相手がボスと子分ならボスの方に行くだけだが?」
「ニト。あんたの方が強いと勝手に決めてもらうのは困るね」
敵意ではなく戦意を剥き出したノインが唸り声を上げる。
その声に反応して、オオコウモリとチュウコウモリたちがニトとノインに気付き、襲いかかった。
「じゃあ、早い者勝ちってことで」
「異議なし」
オオコウモリとチュウコウモリたちは、標的と定めたニトとノインを見失った瞬間に絶命する。
ニトの拳がオオコウモリの頭部を吹き飛ばし、チュウコウモリたちはノインが両前足の爪で引き裂き、一匹は噛み殺していた。
「俺の方が速かったな」
「……ふんっ! 譲ってやっただけだよ!」
ノインがプイッと顔を逸らしてそう言う。
相手が本気を出していないことは互いがわかっているし、本気なら自分の方が速いとノインは思っている。
けれど、今負けたのも事実で不満であるため、負け惜しみのようなことを口走ったのだ。
「俺が協力者でよかっただろ?」
「それは無事に娘を助け出した時に判断させてもらうよ」
はいはい、と肩をすくめたニトがオオコウモリとチュウコウモリたちをアイテムボックスに仕舞い、ノインの先導で次へと向かう。
―――
地下二十一階以降は、様相に変化はないが雰囲気は変わる。
一転して静寂に満ちていた。
いや、地下十一階から地下二十階までの人の多さによる喧騒があったからこそ、そこを抜けたあとの静けさもあって、余計にそう感じられるのかもしれない。
⦅快適に進めそうだね⦆
⦅まっ、その分、魔物は居て、強くなっているだろうがな⦆
⦅それこそ、気にするようなことではないよ⦆
ダンジョンに入った当初と比べれば格段に強くなっている魔物ではあるのだが、進路上に居ればノインに瞬殺される結果となった。
ニトやノインからすれば、強くなったといっても誤差の範囲でしかない。
そうして邪魔になるモノは何もないと、サクサクと進んでいく。
その速度はこれまで以上であり、あっという間に地下三十階にあるボス部屋まで辿り着いた。
遮るモノは何もないと、ニトは扉を開けてノインと共に中に入る。
これまでのボス部屋よりもさらに広大な空間の中心に、金色に輝く巨大物体が存在していた。
人の三倍はある大きさに、すべてが金で構成させている人型物体。
両足部分が大きいのは、その大きな体を支えるため。
両腕部分がより大きいのは、相手を確実に圧殺するため。
それが、金色に輝く巨大物体――ゴールドゴーレムである。
「ゴオオオオオッ!」
ニトとノインの接近を感知してか、ゴールドゴーレムが戦意を示すように両腕を掲げた。
「さて、次に必要なのはこれの核だったか。うっかり壊さないように気を付けないといけないな」
前に出たニトは、振り返ってノインに視線を向ける。
「今回は手伝わないのか?」
「はっ! 前回のは特別。道案内以上の労働をするつもりはないよ。それとも、手伝いが欲しいのか?」
「まさか」
聞いてみただけだ、とニトは前に出続けて、そのままゴールドゴーレムと対峙する。
ゴールドゴーレムが掲げていた両腕を振り下ろす。
見た目にそぐわない速度で振り下ろされた両腕はさながら巨大なハンマーだが、それが完全に振り下ろされる前に両肩が砕かれて、力を失った両腕はそのまま地面に落ちて大きな土埃をまき散らせた。
土埃が起こる前にゴールドゴーレムの視界に映ったのは、殴ったあとのような姿勢のニト。
「さて、どこをどこまで砕けばいいのかわからないから、気を付けないとな」
そう呟いたニトはゴールドゴーレムの両足を砕いて身動きを取れなくさせて、これらは邪魔だろ? と両手足をアイテムボックスに仕舞う。
さて、このあとは……と少しだけ考えたあと、ニトは頭部を殴り飛ばす。
そこで、ゴールドゴーレムは活動を停止した。
あとは核だけだと、体部分を少しずつ殴り砕いて捜し……人でいうところの心臓部分で見つけ、頭部と体ごとアイテムボックスに仕舞う。
「もう少し丁寧にというか、静かにして欲しかったね」
「文句を言うくらいなら手伝えよ」
「私にできるとでも?」
フッ……と、どこか皮肉的な笑みを浮かべるノイン。
まあ、できないわな、と達観したような笑みを浮かべ、ニトはノインに先に進めと促した。
―――
地下三十一階以降を進むニトとノイン。
見かける人の数は更に少なくなり……というよりは、まったく見当たらないくらいである。
その理由は単純明快。
魔物たちの強さが増したために対応できる強さを持つ者がさらに少なくなった……だけではなく、ニトとノインはここまで一直線に来ているため、本人たちの速度も相まってあっという間だが、本来はもっと時間がかかるモノである。
それこそ、一直線に進んできてもダンジョン内で一泊しなければならないくらいに。
しかも、帰路まで考えるとなると、入念な準備が必要である。
そういったことがあるため、ここまでくると人の姿はまったく見ないというレベルだった。
また、魔物が強くなったとしても、ニトとノインからすればまだまだ誤差の範囲である。
サクサクと進み、瞬く間に地下四十階、ボス部屋の前に辿り着く。
なんの気負いもなく、とまることなく流れるようにニトとノインは中に入る。
同じく広大な空間の中央――その上空にそれは浮かんでいた。
力、もしくは階級が違うとでもいうような、煌びやかな黒い外套を羽織った骸骨。
その手には立派な宝飾が施された身の丈サイズの杖を持っている。
――リッチ。
そう呼ばれる存在が待ち構えていた。
「さて、あれに物理は通じるのかどうか」
やってみればわかることだと、ニトは飛び上がって瞬間的に距離を詰めて拳を放つと、パキャ、と軽快な音と共に骸骨が砕け散る。
砕けた骨が落ちていくが、空中に黒い外套と杖を持つ手が残り、それらを基点としたかのように砕け散った骸骨が戻っていき、元の形に戻っていった。
「なるほど。こうなるのか」
その様子を見て納得したニトに向けて、修復されたリッチが杖の先端を向けると、その先端から黒い閃光が放たれ、ニトはなんでもないように回避するが、黒い閃光が照射された地面は一瞬で焼け焦げる。
回避されたことでリッチの攻撃は続き、黒い閃光が連続照射されるが、ニトはかすりもさせない動きで回避し続けた。
その様子は少し離れた場所で見ていたノインが一声かける。
「攻撃が通じなくてつらそうだね。代わろうか?」
「必要ない。手段はある」
こういうタイプにはこれだろ? と、ニトは女神からもらったもう一つのスキルである回復魔法をリッチに向けて放つ。
リッチの足元から大きな白い閃光が立ち昇り、ジュッ! とリッチの骸骨部分を一瞬で焼き焦がして消滅させる。
あとに残された杖が支えを失って地面に落ち、黒い外套がひらひらと舞いながら落ちて、杖を覆い隠すように被さった。
「よし。終わり」
「……馬鹿げた魔力を。明らかな過剰照射だったよ」
戦いの終わりを見て、ノインがニトに近付きながら声をかけてきた。
ニトは杖と、ついでに黒い外套をアイテムボックスに仕舞いながら答える。
「魔法は普段使わないから、細かい調整が苦手だからな」
「確かにそんな感じの出力だったよ。それにしても、魔法も使えるとはね」
「いや、使えるのは回復魔法だけだ」
「……それだけでも充分だと思えるよ」
ノインはダンジョン内でのニトの戦闘を思い出して、そう判断した。
驚異的な攻撃力と、回復魔法持ち。
口には出さないが、敵だと厄介だが味方だと頼もしいと思っていた。
「回収も終わったし、次に行くぞ」
「何を先に行こうとしている。また行き止まりに辿り着くのがオチだよ」
案内は任せな、とニトの前に出るノイン。
どうぞ、とノインに先を譲って、ニトはそのあとを付いて行く。
―――
地下四十一階以降を進むニトとノイン。
より強くなった魔物も問題ないと瞬殺しつつ、先を進む。
ここまで来ると、ほぼ音は聞こえない。
より正確に言えば、人が居ないため、戦闘音のような争いの音が聞こえないのだ。
ダンジョン内は静寂に包まれていて、その代わりという訳ではないが、自分の足音がいやに響き、鼓動すら聞こえるような気がしてくる。
といっても、それらは足をとめる理由にはならないため、ニトとノインは地下五十階に向けて駆けていく。




