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イスクァルテ王国の王都・ビアートにて、芸術祭が開催された。
各国の宝物が持ち寄られ、多くの人が集う。
まさに、歴史に残る開催、一大行事と言っても過言ではない。
ただし、それが歴史的偉業となるか、それとも悪行となるかは、これから決まるのである――。
―――
ノインとフィーアが動けない――少なくとも日中は人が溢れ返っているので満足に動けないため、警備としての王都・ビアート内の巡回はニトとヴァレードが行っていた。
エクスは大屋敷美術館の見学のあと、「自分の剣すら防げない盾が、あんな立派に飾られるなんて、見る目ないですね!」と憤慨しながらニトに愚痴のように零すが、それならそれで「なら、お前も飾られるか?」とニトが口にすると、「いえ、自分は漸く外に出られたのですから、もっと自由を満喫したいです」と即座に答えて、フィーアの下に戻ってここが自分の定位置です、と動かない意思を見せている。
まあ、元々自分の意思で動くことはできないのだが。
なので、完全にニトとヴァレードだけでの巡回となったが、特に問題はなかった。
元々芸術品――というよりかは、絵画を守るということでやる気に溢れているニトに、色々と察しのいいヴァレードである。
警備の巡回としては充分であり、何より誰が相手でも物怖じしない性格や、その能力が非常に高く、他の多くの警備員から頼られることが多かった。
特に、特定の事例において。
たとえば、この世界は個で集を相手取ることができるだけの強さを持つ者が確かに存在している。
その最たる例とは言わないが、それでもわかりやすく言えば冒険者――その中でも高ランクの者は我を通せるだけの力を持っていてもおかしくない。
ただ、持っているからといって、その力を使うかどうかは個人の自由であるため、やはり一部はその力を行使するのに躊躇いはなかった。
一例として――。
「おっ、いい女たち発見。せっかくの芸術祭だ。他国までわざわざ足を伸ばした訳だし、俺は味気ない石像なんかよりも、お前らの裸を鑑賞させてもらおうかな」
彼女たちは女性だけで行動していたのだが、そこに男性が絡んだ。
女性たちは、当然お断りを告げる。
「遠慮します。それに、私たちはこれでもCランク冒険者パーティ。舐めていると痛い目を見ますよ」
「おほぉ。いいねいいね。気が強くて。益々お前らの裸を見るのが楽しみになってきたぜ」
男性が下品な笑みを浮かべ、女性たちの体を上から下へ、下から上へとねっとり眺め、舌なめずりをする。
その行動に嫌悪感を抱いた女性たちの一人が、放っておこうと行こうとするが男性が先回りして立ち塞がり、仕方ないと別の女性が実力行使だと平手打ちをしようと手を出すが、男性はなんでもないように受けとめる。
「おいおい。優しく言っている内に付き合った方がいいぜ。それとも、そっちの方が趣味か? それならそれで、目一杯楽しませてやるよ」
こいつ、と掴まれた手を振り解こうとする女性だが、男性の手は離れない。
女性の想定以上に男性の力が強かったのだ。
「それに、Cランクなら、大人しくAランクの言うことを聞いておけばいいんだよ」
男性が勝ち誇った笑みを浮かべる。
もちろん、そのような――相手がAランクだからと言うことを聞く必要は一切ない。
特に相手が理不尽なことをしているのなら尚更だ。
このまま自分たちの貞操の危機だと判断した女性たちだが、既に一人は捕まってしまっている。
それに、逃げ出したとしても、相手がAランクであれば逃げ切れるかどうかも怪しい。
だが、この男性にやられてしまうくらいならいっそのこと――と女性たちが考え始めた時、 その様子に周囲の人たちがざわついていることに気付き、誰かが呼んだのか警備たちが駆け付けてくる。
「こら、そこ! 何をやっている!」
警備たちが現れたことで女性たちはホッと安堵するが、男性にとっては関係なかった。
何しろ、自分は優れた力を持っているのだから従うつもりはない、寧ろ、俺の邪魔をするなと、事態を治めようとした警備たちを殴り倒す。
本当にAランクかどうかはわからないが、少なくとも男性が大きな力を持っていることは、女性たちにもわかった。
「それ以上痛い目に遭いたくなければ邪魔すんじゃねぇよ! 大人しく、そこらのコソドロでも相手しているんだな! はっはっはっ!」
勝ち誇る男性の頭の中は、これから先の女性たちを相手にしたお楽しみに溢れていた。
だが、そうはならない。
「ちっ。こういうヤツはどこにでも現れるな。仕方ない。誰か、ニト殿を呼んで来てくれ!」
「はははははっ! 誰を呼ぶって? ええ、おい! 呼んだって変わらねえよ!」
声を張り上げた警備の一人を、男性がいたぶり始める。
殴り、蹴り――さらに強くいたぶろうとした瞬間――。
「馬鹿はどこにでも現れるな」
ニトが現れ、男性の頭を掴み、地面に押し付ける。
合わせて、その頭部を踏む。
それだけで男性は起き上がることができなくなっていた。
ついでに言えば、既に男性の手に女性の手はない。
ヴァレードが救い出していて、大丈夫ですか? と声をかけていた。
同時に、ニトは回復魔法でいたぶられていた警備の一人を完全回復。
「誰だ! てめえ! ぐ、ぐぐぐ……」
先ほどまで暴力によってこの場を支配していた男性は、さらに上の力を持つニトによって無様な姿を晒していた。
ヴァレードが女性たちを警備たちの方に連れていくのを見て、ニトが足をどける。
「――っ! てめえ! よくもやりやがったな! 殺してやる!」
男性が直ぐに立ち上がってニトに襲いかかる。
別に、ニトからすればそれこそ拳一発で終わらせられる相手ではあるが、それをしなかったのには理由があった。
実はこれと似たような出来事は芸術祭開催前から起こっており、既に何度も解決してきたこと。
しかし、その初期の頃、ニトが瞬間的に倒すと、どうやら自分がやられたという認識を持てず、何か卑怯な手、あるいは油断していたとか自分のミスで倒れたと――要は自分にいいように捉えた勘違いをして再犯・逆襲をしてこようとしてきたのである。
もちろん返り討ちしかないのだが、そこでニトは学んだのだ。
まずはしっかりとわからせる必要がある、と。
なので、一撃で終わらせるようなことはせずに、しっかりとわからせてから倒すようにしていた。
今、ニトに襲いかかる男性も例外ではなく、きちんとフルボッコ。
ちなみに、中には芸術品・展示品を悪し様に言うのもおり、中には絵画に触れた者も居て、その場合はさらに念入りにフルボッコ。
こうして、調子に乗っている者は例外なくニトによってフルボッコにされてわからされた。
―――
それだけではない。
何も力とは、暴力だけではなく権力もあるのだ。
厄介なのは他国の分別のない貴族。
イスクァルテ王国は芸術の国と呼ばれるくらいの芸術好きばかりで、それこそ国民から貴族に至るまで芸術祭を台無しにするような行動は一切取らない。
しかし、他国の貴族は違う。
もちろん、全員が全員という訳ではなく、問題行動を起こすのは一部であって、その一部とは自領で好き勝手振る舞っているような者ばかりだ。
その振る舞いが他領でも他国でも通用すると思っているのである。
下手をすれば国際問題になるということすらわからぬままに。
芸術祭は門戸を広くしているため、貴族とか関係なしに楽しめるようになっている。
それだけ多くの者に芸術を感じて欲しいという、イスクァルテ王国の考えだ。
だからこそ、多くの人が集まっているのだが、中には美術館に入るのに列に並ばなければならない場所や時間帯もある。
横暴な貴族は、並ぶが我慢ならない。
自分が特別待遇を受けて当然だとすら思っている。
それこそ、美術館は貸し切り、それと気に入ったモノは献上するべきだとすら。
なので、美術館に入る前から問題を起こす。
横入り――というよりは、列など関係なく進み、そのまま入ろうとするのだ。
「貴様! この私を誰だと思っている! ワイズ国のインコムピタンス子爵だとわかっての行動か!」
どんっ! と名乗り、無能な貴族はその大きな腹を揺らして、自身の行動をとめる警備たちに向けて優越を示す笑みを浮かべる。
今頃きっととめたことを後悔しているだろうと、無能な貴族は思っていた。
しかし、警備たちの反応は無能な貴族が考えていたモノと違う。
「は? いえ、ですから、この芸術祭はそういった身分の違いは関係なく楽しんでもらっていますので、貴族だからと優遇されることはありません。ですので、列の最後尾にお並びいただけますか?」
警備たちとしては親切に接しているつもりなのだが、無能な貴族は自分の思う通りにことが進まないことも、目の前の警備たちが自分の言うことを聞かないのも納得できない。
「貴様ら! 普通ならそちらが気を利かせて私の前から退くところを、この私が自ら名乗ったというのに、その態度はなんだ!」
「駄目だ、こいつ。話にならない」
無能な貴族の言動と態度を見て、警備たちは本音を口にした。
ただ、それでも職務を全うする警備たち。
そこで諦めれば――と思わなくもないが、思わないからこそ無能なのだ。
無能な貴族はさらに国を、貴族という立場を前面に出して進もうとする。
なので、ここで時間がかかってしまう。
その結果――騒ぎを聞きつけたか、あるいは呼ばれてニトが現れるのだ。
ニトが警備たちの前に出る。
「うるさいな。他の客の迷惑だ。帰れ」
「なんだと、貴様! 突然現れてなんだ!」
「警備の者だ」
「はあ? だから、たかだか警備が私の邪魔をするな!」
「それを邪魔と思うのは、お前の行動が問題だからだ。それがわからないのか? こちらはただ仕事をしているだけだ」
うんうん、とニトのうしろに居る警備たちは同意するように頷く。
「貴様! 私を貴族だと――インコムピタンス子爵だと知っての行動だろうな!」
「知らん。帰れ。邪魔だ」
「ぐっ。私の行動を邪魔するということは、ワイズ国を敵に回すということだぞ! それもわかっているのだろうな!」
「知らん。帰れ。邪魔だ」
ニトはぶれない。
国が敵になろうが関係ないのである。
そして、最終的にというか、そう時間がかかることなく、本当に時間の無駄だと判断したニトが少し圧力を発しただけで、貴族は去っていく。
しっかりとした警備たちの対応に見ていた――並んでいた者たちは拍手喝采だ。
ニトを含めた警備たちはお騒がせしましたと一礼し、業務に戻る。
ちなみに、ニトや警備たちに追い返された貴族たちは国の力を使って反撃しようとするが、そもそもニトや警備たちのうしろに居るのは大国ばかりなのだ。
大国を敵にまで問題の無能な貴族を守りたいかと問われれば、誰だって答えは決まっているだろう。
また、この場合はトレイルが出て来ることもあるのだが、その場合はガチで国際問題になり――もっていき――相手国が泣きを見る、あるいは即座に問題の貴族を切る、といった話になるので、どちらかと言えばニトや警備たちに撃退されて泣きを見るのは、まだ良い方なのかもしれない。
―――
芸術祭が開催して数日の間は、このようなことばかりが問題として挙がる。
しかし、これはまだ軽い――序盤のようなモノでしかない。
本番はある程度時間が経ってからなのだ。
何しろ、展示されている物を奪おうとする者たちが動くのは、これからなのである。
奪って終わりではないのだ。
奪って逃げ切らないといけないのである。
美術館内の展示品の配置、警備体制、警備の動き、逃走経路の確保にその他諸々、確実に手にして逃げ切るために調べなければいけないことは多く、時間はどうしてもかかってしまう。
けれど、逆に言えば時間が経てば経つほど調査は終わり――決行されることになるのだ。
芸術祭が開催してから数日が経ち――とうとう盗賊たちは動き始める。




