4
――「芸術祭・警備対策本部」。
達筆ではあるが、そう書かれた簡易な造りの――急拵えだと見てわかる看板が掲げられている建物。
それが、警備対策本部だった。
もう一つ特徴を挙げるのなら、想定よりも小さい。
立派な外観――ではある。
ただ、大きさはそれこそ詰め所と何も変わらない。
そういう意味では小さいという訳ではなく普通かもしれないが、一大行事である芸術祭の警備本部となると、些か小さいのではないか? と思ってしまうのだ。
それこそ、トレイルは貴族であるのだから、貴族の屋敷、あるいはそれに準ずる建物だと思っていたため、本当にここで合っているのだろうか? とニトは思う。
けれど、そのまま見ていても仕方ないため、ニトとヴァレードが中に入る。
ノインは大きさ的に中に入るのは無理なため、入口付近で待機して、フィーアとエクスがそれに付き合う形だ。
入口付近で休むノインとフィーアに対して、付近に居た者たち――特に芸術関連の者たちは、絵や造形などでどうにかして形として残せないかとソワソワし出す。
要は、モデルになって欲しいのだ。
しかし、ノインとフィーアにその気がないのは、誰の目で見てもわかる。
実際ノインは近寄るんじゃないよと睨みを効かせていた。
それでも、中には遠目で見ながら写生する者も居たが、わざわざそこに行って咎めるのも面倒であるし、何より悪意があればそれでもだが、その類がない――純粋な感情のみで動いているため。ノインは見逃すことにしたのだ。
外がそのような状況とは知らず、中に入ったニトとヴァレードが見たのは、部下と思われるもの者たちに指示を伝えているところだった。
といっても、まだ大きな指示ではない。
日頃のモノであり、巡回と訓練の内容を伝えている。
何しろ、まだ展示される芸術品は来ていないのだ。
今はまだ訓練だけである。
トレイルが部下たちに指示を出したあと、ニトとヴァレードに気付き、近寄る。
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
「気にするな。それに、一応形式的には俺たちは依頼を受けて、あんた――トレイルの直下なんだ。わざわざ気を配る必要はない。……そういう意味だと、『さま』付けした方がいいか?」
「いえ、公式の場であればお願いしたいですが、普段の時はそのままで構いません。口調の方も。なんと言いますか、私はそういうのが気にならないのですよね。貴族ですので、そういうのが必要な時があるのはわかります。ですが、普段は自分の話しやすいようにすればいいと、私は思っています。普段から気を遣うのは疲れるだけですから」
確かにその通りだ、と思うニト。
それと、貴族らしくない貴族だからこそ、依頼を受けたのだと思った。
これが貴族らしい貴族で、協力するのが当たり前、命令に従うのが当たり前、といった態度で来られていれば、ニトは間違いなく従わなかったであろう。
「それにしても、警備本部という割には随分と小さい建物だな。もっと大きな建物かと思っていたが」
「ああ、それは、指示を出すだけならこの広さで充分だからです。何しろ、警備本部に飾るべき芸術品はありません。守る対象である芸術品は別のところにありますので、ここは報告、連絡、相談ができれば充分なのですよ」
「それはそうだな。それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
「はい。本来なら、というより後々はもっとも高価な物――各国の宝物が展示されることになる大屋敷美術館の警護をお願いしたいのですが、今からでも動くことは可能でしょうか?」
「宿代と飯代を出してもらうからな。その分くらいは働くさ。それに、元々芸術祭が開催されるまではのんびりするつもりであったし、時間はある」
「ありがとうございます。それでは、まず辺境都市・シウルと同じことをしていただけませんか?」
「というと……この周辺の盗賊掃討か?」
「ええ、安全であるに越したことはありません。それと、料理の質の方もお願いできますか? 各国の重鎮だけではなく、多くの人が訪れることになりますから、少しでも美味しいモノを召し上がっていただきたいのです」
「ああ、わかった。ノインにもそう言っておこう」
「よろしくお願いします」
「それじゃあ、早速始めてもいいか?」
「はい。どのような行動を取るかは皆さまにお任せします。ただ、盗賊はできれば生かして連れて来てもらってもいいでしょうか? 奴隷とすれば、色々と使い道はありますので」
「ああ、わかっている。そこら辺は心得ている」
早速行動をしようとニトが思った時、外が騒がしいことに気付く。
何やら騒動が起こっているのは明白であった。
ニトとトレイルは顔を見合わせ、ヴァレードを伴って警備本部の外に出る。
外の様子は先ほどまでとは大きく変わっていた。
ニタニタと笑い、他者を侮るような態度の者たち――数十人が警備本部前に集まり、その中で一人、他の者たちとは違う、仕立ては良さそうだが派手過ぎる衣服を着ている三十代ほどの小太りな男性が、ノインに向けて声を荒げている。
「ええい! この獣が! せっかくこの私――フール男爵が使ってやろうと言っているのに、なんの反応もしないとはどういうことだ! 通達されたから知っているのだぞ! 人語を理解して話せることは、通達された際に知っているのだぞ! オーラクラレンツ王国を救った白い巨狼! ノイン! 国を救ったという功績を考慮して、この私が使ってやるとわざわざ言っているのだ! 大人しく従え!」
男性の言葉に、寝そべっていたノインは閉じていた目を開け、少しばかりの殺気を込める。
「……小童如きが私の名を軽々しく口にするんじゃないよ。失せな」
苛立ちを感じさせる口調で、誰もがノインは怒りを覚えていると見てわかるだろう。
余程の愚鈍でなければ。
その最たる例として自分を挙げたいのか、殺気すらも愚鈍であるが故に感じず、男性は従わないノインに対して怒りの言葉をぶつけ出す。
そんな様子を見て、ニトがトレイルに向けて口を開く。
「通達ってのは、アレか。オーラクラレンツ王国の」
「はい。その通りです。冒険者ギルドを通じて、各国に通達されていますよ」
「そうなのか。それで、あの珍妙なのは?」
ついでに言えば、センスがない――と、派手な服を見てニトは思う。
「お恥ずかしい限りですが、この国の貴族――フール男爵ですね」
「貴族、か。ああいうのが出て来た時はどうすればいいんだ? こっちでやっていいのか?」
トレイルがニトの問いに答えようとした時、男性――フール男爵がトレイルに気付く。
「おお! これはペインズ伯爵閣下!」
フール男爵が、貴族らしく一礼を取る。
ただ、それが形だけの、内心でどう思っているかをまったく隠していない一礼であった。
明らかに、相手を蔑んでいる、というのが見えている。
その証拠に、一礼したのはフール男爵だけであり、フール男爵の手勢であろう周囲に居る数十人はまったく意に介しておらず、フール男爵もそのことを咎めもしない。
放っておいていいんのか? とニトが視線と指差しでトレイルに確認すると、トレイルは苦笑を浮かべる。
「これはフール男爵。本日はどのような用件でここに?」
「いや何、来たる芸術祭の警備で人手が足りず、必要かと思いましてな。こうして、私の手勢の中でも選りすぐりの者たちを使ってもらおうと、連れて来たのですよ。どうですか? 全員、冒険者で言えばC、Dランクはありますので、充分お役に立てるかと思いますが?」
ニチャア、と笑みを浮かべるフール男爵。
狙いとしては、警備に加わることで芸術祭で己を優先させることか、警備に知り合いが居るとして様々な利便を図って己の有用性を示すことか……あるいは、秘密裏に複製品と交換して売りさばくといった犯罪に手を染めるためか。
どちらにしろ、なんにしろ、ロクでもない企みを抱いていることは見れば明らかである。
当然――。
「いえ、結構です」
トレイルは拒否する。
そう答えるのは想定内であったのか、フール男爵の笑みは崩れない。
「お断りされると?」
「ええ。必要ありません。兵士、騎士の動員で数は足りていますし、Bランク以上の高ランク冒険者も雇う予定ですので、正直C、Dランク程度では役に立たないかと思いますので、どうぞお引き取りください」
「ほほう。なるほどなるほど。折角私がペインズ伯爵閣下のために集めた手勢を拒否なされると。それは得策ではありませんよ、ペインズ伯爵閣下。見てわかる通り、彼らは血気盛んなのです。活躍の場を得られると意気込んでいましたのに、その場を奪われたとなると、私でもとめることは少々難しいかもしれません。芸術祭で暴れることになるやもしれませんぞ? 大事な芸術品にも傷が付く可能性もありますな」
それはもう脅迫である。
登用しなければ芸術祭で暴れると宣言しているようなモノだ。
これで数人であればどうにでも対処できるだろうが、数十人となるとそのすべてに対処するのは格段に難しくなるだろう。
面倒な真似を――とトレイルは思った。
しかし、トレイルが何をするまでもなく、彼らは終わる。
何しろ、今ここにはニトが居るのだ。
楽しみに――非常に楽しみにしている芸術祭を台無しにしようとするだけでなく、芸術品――絵画が含まれているのは明白であるため……黙って見過ごす訳がないのだ。
「そっかそっか……なら……ここでお前らを黙らせれば問題ない訳だな」
口調としては淡々と告げている。
だが、そこに込められているのは殺気。純度の高い殺気。
C、Dランク、男爵程度では、何をどうしようが身動き一つ、喋ることすらできない殺気がフール男爵とその手勢全員に襲いかかり、何もできない、口すら開けなくなる。
「こういうのもこっちでやっていいのか?」
ニトはトレイルに尋ねる。
トレイルは、少し呆けていた。
ニトの殺気を浴びた訳ではない。
寧ろ、その強さの一端――殺気一つでここまで抑え込めることに驚いていたのだ。
同時に、芸術祭における警備の協力をお願いしたのは間違いなかったと確信した。
なので、トレイルは満面の笑みを浮かべて答える。
「はい。お好きなようにしていただいて構いません。芸術祭はこの国の一大催しだというのに、そのようなこともわからずに己の欲だけで行動するような品のない、芸術品を持つ価値すらない者は必要ありませんから。それに、所詮その者は男爵――替えはいくらでも居る爵位です。それこそ、もっとまともな者にした方が、この国のためになるというモノです。あっ、今ここで死んでしまうとあとの手続きが面倒なので、できれば生かしておいて欲しいのですが?」
「わかった。それじゃあ、許可が出たってことで」
ニトはノインを見る。
「おーい。好きにしていいってよ。絡まれていた分、ノインが鬱憤を晴らしていいぞ。あっ、できれば、あの珍妙なのは生かしておいて欲しいそうだ」
「そうこないとね」
ノインが立ち上がり、コキ、コキ……と頭部を回して肩を鳴らし、フール男爵と手勢にとって恐怖の時間が始まる。
イスクァルテ王国・王都・ビアートにて、本日――人の雨が降り、男爵位の一人が爵位を剥奪され、新たな才気溢れる者が叙爵されることになった。




