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大階段を下りていった先は、自然環境の中ででき上がったような洞窟内部に、梁などの人工物で補強されているようなモノであった。
また、光源としてのランタンが梁に付けられているため、視界はそれなりに明瞭である。
その分、光源がなくなれば、視界は閉ざされたように闇に染まり、何も見えなくなってしまいそうな雰囲気があった。
「これが、ダンジョン内部か」
興味深そうにダンジョン内部を観察していくニト。
実際に壁に触れたりして感触も確認する。
「……その言い方。まさか、ダンジョンは初めてか?」
周囲に他者が居ないためか、ノインが声に出して尋ねる。
「実際に入るのは初めてだな」
それもそうだろう。
何しろ、ニトがこの世界に降り立ってから未だ数カ月しか経っておらず、そのほとんどを宿屋で過ごしていただけ。
偶に外に出ても町中で済んでいたり、遠出はしてこなかったしと、こういう場所には訪れていない。
冒険者でありながら、冒険は一切してこなかったと言える。
また、前の世界にダンジョンと呼ばれるような場所は存在していない。
正真正銘、生まれてから初めて入る場所なのだ。
だからだろうか、ニトの心の中には多少なりとも高揚のような部分があった。
といっても高揚は直ぐに落ち着き、別のことを考え始める。
「……外と比べて、随分と大気中の魔力濃度が違うんだな」
外からダンジョンに入った時、その違いをもっとも感じやすいのは肌で感じる部分だろうか。
言ってしまえば、空気感が違う。
開放された場所から閉塞された場所へ。
それだけでも大きな違いであり、戸惑いも大きいだろうが、ダンジョンと呼ばれる場所はそれだけが原因ではない。
この世界には魔法があり、魔力と呼ばれる要素が紛れるように大気中に存在している。
その濃さが外と中では違うということを、ニトは最初に指摘した。
ニトの言葉に、ノインが口角を上げる。
「随分と鋭敏な感覚を持っているね。大多数の人間は気付かないというのに。もし、ダンジョンとそうじゃない場所の違いを表すのなら、それが正解だよ」
「正解って、ダンジョンに詳しいのか?」
「長く生きている分にはね。少なくとも、あんたよりは詳しいよ」
「ふーん。なら、あれだけ買わせたんだ。少しはご教授していただこうか。知識はあって困ることはないだろうし」
「なら、また買ってもらわないとね」
「まさか相殺以上、追加を要求されるとは思っていなかったな」
「何を了見の狭いことを」
「それなら、内容次第だな」
有益なら、追加も出すと答えるニト。
そして、このままダンジョン出入口に居ても仕方ないと、先ほどの屋台巡りとは違ってニトが先導し、ノインがあとを付いていく形で進み始める。
「あっ、説明は念話で頼む。ダンジョン内は見通しが悪い以上、どこで誰が聞いているかわからないからな。喋る狼なんてことが広まったら、相手に伝わるかもしれない。念には念を、だな」
「そうだね」
そうノインは一旦区切り――。
⦅そうさせてもらうよ⦆
念話でそう答える。
⦅ところで、あんたはどうするんだい?⦆
⦅もちろんここからは念話で話す。といっても、俺の場合はそこまで気にしていない。俺がお前に話しかけても、せいぜい微笑ましい図にしか見えない⦆
うんうん、と頷くニト。
ノインの表情はどこか呆れたモノだった。
⦅まあ、どう見えるかは個人の自由だね。さて、どう説明しようか――⦆
そう前置きして、ノインがニトにダンジョンについて説明を始める。
ニトはその説明を聞きながら、頭の中で纏めていく。
この世界におけるダンジョンが最初にできたのは遥か昔。
一つができれば二つと、その数は年月の経過と共に少しずつ増えていった。
それも、どこか指定された場所にという訳ではなく、そこにこだわりはないと、平原、森、山、海、空と、ありとあらゆる場所に存在している。
制限のようなモノがないとでもいうように。
その数は、今では数十まで存在していた。
といっても、それは現在見つかっているだけの数でしかなく、まだ未発見のモノもあると言われている。
また、中身はそれこそピンキリ。
難しいダンジョンがあれば、簡単なダンジョンがあり、浅い階層のもあれば、深い階層のもあって、更に内部に存在している魔物の強さもバラバラ。
中には凶悪な罠だらけ、というダンジョンもある。
⦅罠ばっかりか。普通に面倒そうだ⦆
⦅あんたには通じなさそうに見えるけどね⦆
⦅どうだろうな?⦆
首を傾げるニト。
実際にかかったことがないので、なんとも言えなかった。
それと、進んでいた道が行き止まりにあたったので、別の道を進んでいく。
ノインの方も、別に深く掘り下げたい内容でもなかったので、説明の続きを始める。
すべてのダンジョンにおいて共通しているのは、先に進めば進むほどより凶悪に、より厳しくなっていくということだけ。
それは魔物の強さも同じで、先に進むほどその強さを増していく。
その理由は単純明快。
最奥には「ダンジョンコア」と呼ばれる、ダンジョンの命そのものがあるからだ。
それを守るために、進めば進むほど何もかもが増していく。
ダンジョンコアを簡単に説明するのであれば、それは運営AIシステム。
魔物や宝物を生み出し、配置して、壁などの破壊された物体の修復に、生命活動がとまった物体の吸収などを、魔力を糧にダンジョンそのものを運営しているため、ダンジョンコアを失ったダンジョンは文字通りの死亡を意味している。
あとに残るのは、何もないダンジョンのみ。
風化していくだけのダンジョン型の空っぽの入れ物だけ。
ダンジョンから得られる恩恵は大きく、この世界においてその資源は欠かせないモノとなっていた。
それに、ダンジョンもまた歴史建造物と言ってもいいほどに古くからあるのだ。
そうなれば、長い歴史の中でダンジョンは国の管理になってもおかしくない……というよりは実際そうなっている。
故に、極度に危険だと判断されたダンジョンは破壊、もしくは封印や立ち入りが禁止されているが、その多くは今も残され、基本的に破壊禁止というのが世界共通の考えであった。
⦅なるほど。まあ、理解できない話ではないし、ダンジョンでなければというモノも出てきていそうだな⦆
⦅そういうのはあるだろうね。何しろ、ダンジョンは外の環境とか関係なく、様々なモノが手に入るからね⦆
⦅だったら、そういうのを利用……つまり、そのダンジョンコアの意思のようなモノではなく、こちらの意に沿うようにさせようとする者とか現れそうだな⦆
⦅確かにそういう馬鹿は居そうだけど、私の耳にそういうのは届いていないね。それが居ないだけなのか、それとも、単に失敗しているだけなのかまではわからないけどね⦆
失敗を繰り返して、居なくなったんだろうな、とニトは思う。
そして、ニトは行き止まりに着いたので反転。
一つ前の道に戻って、別の方向に進み始める。
ここまでの話を聞いて、ニトは一つ疑問に思うことがあった。
⦅それにしても、随分と詳しいな⦆
⦅ああ、直接聞いたからね⦆
⦅聞いた?⦆
⦅ああ。「ダンジョンマスター」から直接ね⦆
――ダンジョンマスター。
そう呼ばれる存在が、この世界のダンジョンを作った、と言われている。
言われている、と曖昧になっているのは、長い歴史の中で「出会ったことがある」と言った者の数が非常に少ないからだ。
いや、より正確に伝えるならば、出会ったという証明をできるのが少数――それこそ、片手で数えることができるだけである。
そのような存在が居るにしろ、居ないにしろ、自ら名乗るようなことはせず、明るみに出そうとしていないのは間違いない。
それに、わかっていないことはまだある。
目的がわからないのだ。
何故ダンジョンを生み出すようなことをしているのかを。
⦅……そこら辺は聞かなかったのか?⦆
眉唾のような存在のダンジョンマスターだが、ノインが嘘を吐くようには見えない、というよりは、吐く必要がないと考えて、ニトはこの話を信じることにした。
⦅聞かなかったし、興味もないね。この知識も、向こうが勝手に話した内容だよ。もっとも、向こうはフェンリルという存在に興味津々で、こっちも色々と聞かれたけどね。子供のように顔を輝かせて聞くもんだから、ついつい答えてしまったよ⦆
⦅ダンジョン自体古くからあって……誰も正体を知らないとなると……そういう一族とかか?⦆
⦅さてね。先ほども言ったけど、聞かなかったし、興味もなかったから、そういう存在が居ることは知っていても、それがどういう存在かまでは知らないよ⦆
⦅そうか。特殊なようだし、話を聞けたら色々と参考になるかもしれないから面白そうだが……出会えたら幸運くらいに思っておくか⦆
⦅そうだね。でも、出会えるかはわからないよ。何しろ、ここしばらく新たなダンジョンが見つかったという話は聞かないからね⦆
⦅できていないか、見つかっていないか、の判断は難しいな。まっ、自ら率先して名乗るようなモノではないようだし、生死不明状態になっていてもおかしくはないが⦆
名乗りができるのなら、既に表舞台に立っているはずだ、とニトは思う。
そこでニトは足をとめる。
進もうとした先が行き止まりだったからだ。
踵を返して、分かれ道まで戻ろうと――。
⦅いや、待て⦆
ノインが待ったをかけ、ニトが足をとめる。
⦅どうした?⦆
⦅先ほどから気になっていたのだが、行き止まりにぶつかり過ぎではないか?⦆
サッと視線を逸らすニト。
⦅それは……アレだな。うん。話しながら……だったからだ。うん。意識が道ではなく話の方に集中していたからであって、その話も一区切りついたし、もう大丈夫だ⦆
⦅………………⦆
疑いの視線を向けるノイン。
ニトは視線を合わせない。
⦅いくら話しながらとはいえ、行き止まりにぶつかり続けるものかね? それに、これだけ時間をかけたにも関わらず、まだ一階も下りていないよ⦆
⦅………………⦆
⦅そういえば、さっさと終わらせる、みたいなことを言っていなかったか? この調子でさっさと終わるのか? いつ終わる?⦆
⦅………………わかった。仕方ない。秘策を使う⦆
そう言ったニトが指し示したのは、地面。
⦅地面を殴り割って進む⦆
大きく息を吐くノイン。
⦅それは無理だよ⦆
⦅……確証があるような言い方だな⦆
⦅ダンジョン内の造形物は基本どれも硬い。それこそ、傷は付いても破壊は容易ではないほどに。それに、もし壊れたとしても直ぐ修復する。それも、ダンジョンコアが行う管理の一つと言っていたよ⦆
⦅そんなの、試してみないとわからないだろ⦆
ニトが壁に向かって軽く拳を放つ。
激しいい炸裂音と共に、壁にはひび割れた穴ができ上がる。
もう少し力を込めればいけそうだ、とニトが思った時、壁が少しずる修復していき、地面に転がっている弾け飛んだ壁の破片は、溶けるように消えていく。
壁の方もほどなくして修復された。
⦅なるほど。修復される前に破壊していけばいけそうだな⦆
いける、と思うニトに向けて、ノインが飛び上がって前足でニトの頭部を叩く。
スパン!と小気味いい音が周囲に響いた。
⦅馬鹿者が! いきなりやるやつがあるか!⦆
⦅試してみないと、と言ったが?⦆
そう弁明するニトに叩かれたダメージは見当たらない。
元々ニトの防御力が高過ぎたのか、ノインが手加減したのかはわからないが。
⦅確かに言ったが、了承した覚えはないよ!⦆
ノインの言葉に、思い返せばそうだったと頷くニト。
⦅それに、構造が直下型ならそれでも通用するだろうが、斜めとか、転移系だったらどうするつもりか聞かせてもらおうかね⦆
⦅……面倒だが、地道に階段を探すしかないか⦆
ニトの結論にノインは大きく息を吐いて、先導するようにニトの前に出る。
何かを感じ取るように鼻をひくひくさせ、問題ないとノインは一つ頷く。
⦅下に向かう風の流れを感じ取れば大体の位置はわかるよ。付いてきな⦆
⦅あっ、はい⦆
ニトは大人しくノインのあとを付いていくことにした。




