プロローグ 四章
芸術祭が開催される予定であるイスクァルテ王国。
世界的な大国の一つであり、位置的にはオーラクラレンツ王国の北方に面している国。
また、芸術の国と言われるほど芸術関連に力を入れている国でもある。
そのような国で世界初となる芸術祭が催されるのだ。
開催時期は、数か月後を予定。
厳かなモノではなく、また一部の者――階級が高い者だけが楽しむモノではなくて誰もが楽しめるモノとする、祭りの一種とするといった概要は直ぐに決まり、詳細を詰める段階まで直ぐに至るが、一つだけ確かなことがあった。
イスクァルテ王国・王都・ビアート。
そこには、過去に大公爵と呼ばれていた者が建造した歴史的な大屋敷がある。
その大屋敷を建物自体も展示品の一つとした美術館として開放することになった。
また、大屋敷美術館に飾られる展示品も、各国から持ち寄られた歴史的価値アリ――至宝とお呼ばれてもおかしくないモノが展示される予定となる。
芸術祭の目玉の一つだ。
だがそれは、言い換えればそれだけ価値の高いモノの多くが、一か所に集まるということであった。
そのことに欲を出す者は――当然のように現れる。
夜。光に群がる蛾のように――。
―――
――とある盗賊団。
十人ほどのこの盗賊団は所謂名の知れた盗賊団である。
この盗賊団の全員が高額の賞金首であり、一人一人が一騎当千級の力を持ち、冒険者Aランクパーティですら真正面からぶつかってもやられないだけの猛者であった。
この盗賊団は拠点を持たず、世界各地を転々としているためか、その盗賊団の存在が露見し、討伐隊を組む頃にはその姿を消して――別のところに向かう、または居るといった、尻尾すら掴ませないほどである。
そんな盗賊団が今居る場所は棄てられた山小屋で、盗賊団の団長にあたる男性から、今後のことについての話を聞いていた。
「……はあ? イスクァルテ王国に行くだと? なんのために?」
イラつきながら、団員の一人がそう口にする。
長に対する口振りではないかもしれないが、ここにそのようなルールはない。
肩書きとしては団長と団員ではあるが、基本対等なのだ。
「そうね。イスクァルテ王国って芸術の国ってだけでしょ? 絵とかの美術品にあまり興味ないんだけど?」
団員の一人の発言に他の団員が同意を示す。
それは、他にも何人かが同調した。
そんな団員たちに向けて、団長は笑みを浮かべる。
「まあ、そう結論を急ぐな。ちゃんと、お前たち好みの話だ。なんでもそこで芸術祭なる催しが開かれるそうだ。それで、そこで展示されるのはただの絵とかの芸術関連だけではない。色んな物が展示されるが、その中には各国が持ち寄った宝石や武具類もあるって話だ。お前らが気に入りそうなのもあるんじゃないのか?」
団長の言葉に、団員たちはにやりと笑みを浮かべる。
獲物を、標的を定めたようだ。
団員の一人が、団長に声をかける。
「そう言う団長も、何か目当てのモノがあるんだろ?」
「ああ。当然ある。俺の狙いは、竜の炎、神の雷すら防ぐと言われている『聖盾』。それが、俺の狙いだ」
ニヤリ、と笑みを深くする団長。
団員たちも、もう異論はないとやる気を見せる。
―――
――とある魔術機関。
この魔術機関は表立っての活動はしていない。
活動は闇の中であり、存在すら明らかになっていない。
すべてが秘密裏である。
何しろ、その活動は禁呪の研究、解析であり、そのための手段に制約はない――非人道的な行いすら平気で手を出しているからだ。
そんな魔術機関の長は、手にした情報の中から信じられないモノを発見し、歓喜するように笑みを浮かべる。
「フ、フフ、フフフ……まさか、かの国が芸術祭に『魔導新書』を展示するとはな。わかっているのか? いや、アレを読めて、内容を理解できる者は限られている。あの書がどういうモノかわかっていないからこそ、だろう。フフフ」
魔術機関の長は先ほどから笑みがとまらない。
何しろ、欲しくとも手を出せずにいたのだ。
国の宝物庫に保管されていたモノであり、容易に手を出せる状態ではなかった。
それを、芸術祭に出すのである。
警備は厳重であろうが、国の保管庫と比べれば、どちらが厳しいかは比べるまでもないだろう。
魔術機関の長は、なんとしてでも手に入れると動き出した。
―――
――とある国の若者。
そこは、砂漠の国と呼ばれるほどに、国土の大半が砂漠であった。
昼は灼熱のように日差しが強く、夜は極寒のように気温が下がって寒い。
過酷な環境ではあるが、それでも人々は生きている。
そして、そんな環境だからこそ、絶対的に必要なモノの一つに「水」があった。
「それは、本当なのか?」
とある若者の男性が、友人でもある行商人の男性から聞かされた話に食いつく。
食いつくだろうと思っていたからこそ話した行商人であったが、若者の反応が予想以上であったため、少しばかり慌て、まずは落ち着けと宥める。
「本当だから、まずはしっかりと話を聞けって。ここから西にある国――イスクァルテ王国で催される芸術祭に、いくつか神具が展示されるそうだ。その中の一つに『無水』と呼ばれる、注いだ魔力の分だけ水を溢れさせる神具があるのは確かだ」
「間違いないんだな?」
「ああ、間違いない。実際にこの耳で聞いたからな。というか、そんな必死になってどうした? 俺が他所に行っている間に何かあったのか?」
行商人の男性が不思議に思って尋ねると、若者の男性は少し項垂れる。
「……ここ最近、雨が全く降っていないんだ。そのせいでオアシスの水も使用できる量に制限がかかっている」
「なるほどな。それは、危ないな。国の魔法使いたちは?」
「国の上役と繋がっているあいつらが、俺たち一般市民に魔法で生み出した水を無償で与えるとでも? それこそまさか、だろ」
「だな……だが、どうするつもりだ? 魔力で生み出せる水なんてそこまで多くないぞ。それに、魔力だって」
「魔力は、交互で注ぐとか、何かしらの方法はあると思う」
「確かに手法はある。しかし、あれは、別の国の宝物であることに変わりはないんだぞ」
「ああ。だが、絶好の機会でもある。真摯にお願いすれば……貸してくれるかもしれない。いや、貸してもらえなくても、何かしらの支援を受けることができるかもしれない」
「そうかもしれないが……国の恥だといって、上の連中はお前を殺そうとするかもしれないぞ。いいのか?」
「覚悟はある。それにどのみち何かしら動かないと、終わりだ」
そう言う若者の男性の表情には、本当に覚悟が見えた。
行商人の男性は、その表情を見て息を吐く。
「はあ……前からこうと決めたら曲げないヤツだったが……仕方ない。それに、今回はお前の言う通りだ。俺も協力しよう。といっても、しがない一商人でしかないから、大した力はないがな」
「一緒に居てくれるだけで、充分力になっている」
必要な水を得るため、若者の男性と行商人の男性は早速準備を始め、イスクァルテ王国に向かう。
―――
――とある国の貴族。
芸術祭が開催されることになった。
そこに展示されるモノは一級品ばかりである、と示すような一覧を、貴族の男性は上から順に確認していく。
別に何か目的があって、という訳ではなかった。
どうせ、というか、目的のモノは展示されないだろう、と思っていたのである。
だからこそ、それを目にした時、最初は冗談か何かだと思った。
しかし、数度確認し、間違いないとわかれば……何がなんでも欲しいと思ってしまう。
それこそ、貴族としての権力の行使すら厭わずに。
「ククク。遂に見つけたぞ。見目良し。戦闘能力良し。古の天才が造り出した『魔導人形』。おそらく、誰にも起動できないと判断して、人目に出すことにしたのだろう。芸術品、美術品としての価値も高いからな。だが、それは正しい」
貴族の男性は不敵な笑みを浮かべ、自分の執務机の引き出しを開ける。
そこに入っていたのは、古い書物。
そのタイトルには古い文字で「『魔導人形』の起・こ・し・方」と書かれている。
貴族の男性は古い書物を手に取り、笑みを深めた。
「これがなければ、起動の仕方などわかるはずがないのだ。つまり、『魔導人形』を起動できる者は私一人ということ。……だが、無理に手に入れて国から目を付けられるのは面倒だ。何かしらの策を講じるのが一番だな」
さて、そのためには色々と渡りを付けておかなくてはと、貴族の男性は動き出す。
―――
――とある怪盗。
その者の正体は誰も知らない。
けれど、その名は通っている。
予告状を出し、厳重警備の中でも指定したモノを華麗に盗む。
また、狙っているモノの所有者が大抵貴族――その中でも悪徳とか強欲と言われるような一部の貴族のモノが狙われているため、市民からは人気が高く、その一部の貴族からは非常に評判が悪い。
なので、一部の貴族は意趣返しとばかりに、高額の懸賞金をかけている。
しかし、その怪盗は未だ捕まっていない。
そんな怪盗が、新たな獲物を見つける。
「フフッ。漸く、この絵画が表に出て来たわね。……『乙女の微笑み』。必ず……必ず手に入れてみせるわ」
とある怪盗は芸術祭に予告状を出す。
―――
他にも宝石やら武具やら、歴史的価値、金銭的価値の高い様々なモノが集まって展示される芸術祭には、様々な目的を持つ多くの者が集まってくる。
祭りとは、一種の騒動であり――。
騒動とは、一種の祭りなのである。




