18
ギィン! ギィン! と金属同士がぶつかる甲高い音が、王城の通路に響き渡り続けている。
音が鳴りやむことはなく、音の高さと強さから、相当激しいやり取りが行われているのがわかる。
「黒棺」四天王の一人――軽装の男性――「瞬影」。
それと対峙したフィーアは、鞘付きエクスを咥えてやり合っていた。
甲高い音は、鞘付きエクスと「瞬影」の持つ剣とがぶつかって火花を散らしながら奏でている。
ただ、やり合ってはいるのだが、その様相はどちらかと言えば一方的だ。
フィーアが攻め続け、「瞬影」が守り続ける。
一見すると攻め続けるフィーアが優勢に見えるが、実際は違う。
「瞬影」はフィーアの振るう太刀筋を見切り、鞘付きエクスは言わば鈍器のようなモノであるため、すべてを受け流しているのだ。
これは、最初からそうだった。
フィーアと対峙した際、大抵の者は獣が剣を咥えているだけだと、まともに取り合おうとはしないだろう。
しかし、「瞬影」は違い、人にはない獣の速度によって振るわれる剣の危険性を即座に見抜き、フィーアが持ち合わせていない剣技・剣術によって最初から対処していた。
「いい加減諦めたらどうだ? 素人の剣にやられる私ではない。素直に剣を放すのであれば、苦しまないように斬って殺してやろう。だが、このまま続けるというのであれば……指先、足先から始まり、ひじ、ひざ、付け根と順に四肢を斬り落とし、胴を両断したあとに首を落としてやろう」
だからといって、歪んでいないとは限らない。
寧ろ、後者の方であって欲しいという願望――何かを切り刻みたいという欲求を隠し切れない、歪な笑みを浮かべる「瞬影」。
フィーアの選択は、もちろんエクスを手放さない。
というよりは、やる気を示すように、さらに強く咥えるように噛む。
『あっ……このガッチリと力強く咥えられる感じ……まるで母に抱き締められているような安心感があって……必要とされている感じがして安心する。自分、今、お嬢さまに求められている!』
エクスが喋ったことで、「瞬影」は少しだけ驚きの表情を浮かべるが、直ぐに愉快そうな笑みに変わる。
「喋る剣――知性ある剣というヤツか。……いいね。そういう珍しい剣とはまだ斬り合ったことがない。でも、言っていることがなんか気持ち悪いな」
『斬る! あいつ絶対斬る! 斬り殺してやる! 貴様にはわかるまい! 振るわれる側の気持ちが! お嬢さま! 自分を鞘から抜いてください! あいつに教えてやります!』
憤慨するエクスだが、フィーアはエクスを鞘から抜く素振りは見せず、代わりにこれから襲いかかると前傾姿勢を取る。
「どうやら、使い手の方はしっかりとやる気満々だな。フ、フフ……ハハハ……アハハハハハッ! さあ、斬り合おう! 斬って斬って斬って斬って斬って、その剣ごと斬り刻んでやる!」
今度はこちらの番だと言うように、「瞬影」が攻め始める。
見た目は凶行そのものだが、その剣の太刀筋はしっかりとしており、確かな剣技・剣術によるモノであった。
言ってみれば、フィーアの振るう剣は点を打ち込んでいくだけだが、「瞬影」の振るう剣はそこに線が加えられて繋がっている。
「瞬影」の流れるような連続攻撃によって、次第に追い詰められていくフィーア。
しかし、これは別にフィーアが弱い訳ではない。
身体能力もフィーアの方が優れている。
ただし、それだけで戦いの勝者は決まらない。
「瞬影」の剣技・剣術がそれだけ優れているということである。
それこそ、今は身体能力によって「瞬影」の攻撃を防ぎ、かわしているが、いずれ体力が尽きて少しでも動きが鈍れば……捉えられてしまうくらいに。
現に、フィーアの動きに合わせた「瞬影」の鋭い剣が、フィーアの毛を少しばかりかすって斬った。
「おっと、今のは惜しかったな。そろそろ限界か?」
『くっ。コイツは、お嬢さまの毛を……もう我慢なりません! 自分を鞘から解放……お嬢さま?』
エクスが苦言のような言葉を零すが、直ぐに疑問に変わる。
フィーアが、その場で足踏みするように少しだけウロウロし始め……こくりと一つ頷く。
まるで、すべてを理解したかのように。
「どうにもならず、狂ったか!」
「瞬影」が斬りかかる。
ただし、その一斬りでフィーアの命を散らそうとはしていない。
歪みのままに、少しずつ斬っていくつもりなのだ。
川の流れのように繋がっている連続斬撃を放つが、フィーアはそのすべてを防ぐ。
ただし、その動きは先ほどまでとはまったく違っていた。
先ほどまでは身体能力に任せたモノだったが、今はそこに確かな剣技・剣術が組み込まれている。
その元となった動きは、最初にフィーアの攻撃を防いでいた「瞬影」の動きで、ただ真似ているだけではなく、自分の動きとして既に取り入れていた。
フィーアのギリギリまで追い詰められていた回避が、今ではもう見られない。
なんでもないように、余裕をもって「瞬影」の剣技・剣術が防がれる。
さらに、フィーアによる反撃も行われた。
そこにも同じく「瞬影」の動きを自分の動きとして取り入れており、剣技・剣術と呼べるレベルにまで昇華されている。
先ほどまで実直に振るだけだったフィーアの動きは、剣技・剣術が組み込まれたことで最適化が行われてさらに鋭くなっただけではなく、そこに虚実も混ざり、その動きは一流の剣士であっても捉えることが並大抵ではなくなった。
それが戦闘中の突然の変化であれば尚更だろう。
「瞬影」は反応が遅れ、虚実に引っかかり、腹部に鈍器と言っていい鞘付きエクスをもろに食らって吹き飛ぶ。
「ぐふっ! ……がふっ……ふっ」
地面と少し転がりつつも、どうにか立ち上がった「瞬影」だが、受けたダメージは大きく、自分の内部がいくつ壊れたことを悟り、吐血する。
『お嬢さま! 素敵!』
褒め称える声に反応して、「瞬影」がフィーアを見る。
既に見る目は違っていた。
獣でも、ただ剣を振るう者でもない。
「瞬影」の目には、フィーアが化け物のように見えていた。
(……天才。という言葉では片付けられないな、これは)
それ以上のナニカ。であると「瞬影」は思う。
今なら、目の前の化け物がどうして自分と相対することを望んだのは、剣技・剣術を学ぶためだと「瞬影」は理解した。
同時に、相手が瞬く間に学び終わって昇華するまで至ったことで、己の不利を悟る。
先ほどまでは身体能力で負けていても剣技・剣術でどうにか渡り合えて――いや、有利に進めることができていた。
しかし、今は違う。
有利に進められていた部分がなくなったのだ。
このままやり合ってもジリ貧で自分の方がやられると理解する――理解してしまう。
だからこそ、「瞬影」は次なる手を打つ。
「なるほどな。そちらが正真正銘の化け物であるというのであれば、こちらもそうするまで」
「瞬影」が手に持っていた剣を放り捨て、その代わりのように懐から取り出したのは――黒い錠剤。
迷うことなく飲み込み、変化は直ぐに訪れる。
「女帝王」と同じくサイズは変わらないが、起こる変化は違う。
肌は黒く染まり、その質感も柔軟なモノではなく硬質な――それこそ、金属を思わせるモノへと変わり、頭部から同じく金属のような黒い角が生える。
だが、それよりも異質なのは、両腕であった。
腕ではなくなり、両刃の剣へと形を変える。
「はははははっ! 『デス・ソード』という剣の魔物を知っているか! 百年亀の甲羅すら容易に斬り裂くことができるだけの切れ味と硬度を有している魔物だ! その魔物の力を私に統合させたのが、この姿である! まさしく、人と剣が一つになった姿……ただ、手を振るうだけで斬れる」
「瞬影」が両腕の両刃の剣を軽く振ると、それだけでその周囲にあるモノ――壁や窓はスパッと斬れ、床にも切り傷が描かれる。
いや、それだけではない。
風刃も巻き起こり、「瞬影」の周囲一帯がズタズタに引き裂かれた。
「はははははっ! 素晴らしいだろう! これで私はなんでも斬れる! 斬れる斬れる斬れる斬れる! 今からお前を斬り裂き、切り刻み、お前の仲間たちに見せたあと、同じように斬り裂き、切り刻んでやろう!」
「瞬影」がフィーアとの距離を詰めるように飛び出し、両刃の剣となった両腕を大きく振り上げ、フィーアに向けて振り下ろす。
この一連の行動は、先ほどまでとは比べ物にならないくらいに速い。
瞬きの間の出来事と言ってもいい速度。
しかし、もう充分なのだ。
習うべきことは習い終わり、既に自分のモノとして昇華し終わっているのである。
それでもまだ何かやり残したことがあるとするならば、それは――普段は振らない真剣を振ることくらいだろう。
――カチャリ、とエクスの鞘がずれ、その剣身が一部見える。
『え? ……あっ!』
吐息のような歓喜の小声がエクスから漏れた。
フィーアが魔力を流した鞘に描かれている魔法陣が反応し、鞘自体が動くようにしてエクスが鞘から抜かれる。
エクスから自然と溢れ出る超絶的な聖属性のオーラに「瞬影」が晒される前に、フィーアは軽く一振り。
それこそ、子供が鼻歌まじりに木の棒を振る時のような気楽さしかない。
たったそれだけ――それだけなのだが、剣技・剣術を得たフィーアの一閃はこれまでの中でもっとも鋭く、そのまま振った先にあるすべてのモノを斬った。
「瞬影」を越えて、王城の壁や天井をそのまま斬ったのである。
それだけではない。
幸いなことだったのは、「瞬影」の図体がフィーアに比べて大きかったことで、この一閃が上に向けて振られたことだろう。
でなければ、斬られていたのは王城だけではなく、王都部分にまで到達していたほどだったのだ。
そして、斬られた「瞬影」は無事ではない。
一閃され、両刃の両腕ごと体の方も斬り裂かれた――だけでは終わらなかった。
「瞬影」はフィーアに接近していたこともあって、エクスの刃に直接斬られたのだ。
それは、エクスの刃に直接触れたということ。
魔物の力を得ていたということも関係しているかもしれない。
超絶的な聖属性のオーラによって「瞬影」は一瞬で焼き尽くされ、自らの死を自覚しないまま、灰となって床に落ちる。
『……たまんない』
恍惚とした声を出すエクス。
そんなエクスの恍惚などまったく気にせず、フィーアは魔力を使って鞘を呼び戻し――。
『お、お嬢さま! 待って待って! もう少し外の空気を吸わせ』
――チン! と小気味良い音と共にエクスが鞘にしまわれる。
『ああ! ご無体な! ほぼ一瞬でしたよ、お嬢さま! できればもう少し晒してもいいのではないでしょうか? それにほら、陽の光を浴びることは大事と聞きますし、常に鞘に入れておくのではなく、偶には抜き身のままでもいいのではありませんか? あっ、もちろん、今が夜ということもわかっていますよ。ですが、月明かりでも同様の効果は得られるかもしれませんし。ただそのぉ……自分から提案すると無理っぽいので、できればお嬢さまの方から……』
エクスがここぞとばかりに言葉を連ねるが、フィーアは気にした様子も見せずにそのまま歩を進める。
ひくひくと鼻が動いているので、匂いを追っているのだろう。
『お嬢さま? 聞こえていますか?』
エクスのお願いするような声だけがこの場に残って消えていった。




