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ニトが冒険者ギルドから出ると、ノインが念話を送ってくる。
⦅なんの遊戯だったんだい? 先ほどのは⦆
⦅さあな。通過儀礼……と聞こえはしたけど、よくわからん。それに、こっちは襲われたから反撃しただけだ⦆
⦅あれに反応できないようでは、ここに居るのは大したことはないね。あの小童は見えてはいたようだけど⦆
⦅誰も反応できてなかったが……見えてはいた、という感じだろうな。そういうスキルでも持ってんだろ⦆
⦅だろうね。けれど、見えていても反応できないようでは使い物にはならないよ⦆
⦅まっ、いつか化けるかもしれないが、俺にはもう関係ないことだな⦆
今は他にやるべきことがある、とこの話を終わらせ、ニトとノインは早速ダンジョンに向かう。
場所は、受付嬢からの説明の中で既に聞いていた。
オーラクラレンツ王国にはダンジョンがいくつか存在している。
今回向かうのはその中の一つで、王都から半日ほど進んだところにあった。
ダンジョンにも名が付けられることがあるのだが、ここもそう――「外柔内剛」と呼ばれている。
というのも、全地下五十階と中規模の分類だが、内部に巣食う魔物のレベルは中規模の枠をはみ出しているからだ。
地下十階、二十階までであれば、大多数の者たちがどうにか通用するレベルなのだが、それ以降となると十階ごとにレベルが格段に上昇していくタイプであった。
冒険者のランクで表すのであれば――。
地下二十一階以降は、ベテランの多いCランク。
地下三十一階以降は、突出した才能を持つBランク。
地下四十一階以降は、一握りの者だけが到達できるAランク。
それが、推奨攻略ランクであった。
下に行けば行くほど強さが求められるダンジョンだからこそ、今回の婿取りに使用されているのである。
ただ、そうなってくると、当然王都にとってこのダンジョンは脅威でしかない。
何しろ、もし内部から魔物が溢れでもしたら大惨事、大災害になってもおかしくないのだから。
だが、この国は世界一の強国である。
戦闘における質が非常に高く、騎士団の演出項目の中にはダンジョン内部の魔物の間引きがあるほどだ。
それに合わせてという訳ではないだろうが、この国所属の冒険者の平均的な質を他国と比べると高い方である。
要は、その数が非常に少なくなるBランク以上の数が多いのだ。
そのため、これまでこのダンジョンから魔物が溢れ出てきたことはなかった。
そんなダンジョンに、ニトとノインが辿り着く。
といっても、実際に半日かけてきた訳ではない。
王都近隣であるためノインを大きくできはしなかったが、そもそもニトの脚力だけで、それほど時間をかけずに辿り着くことができるのだ。
もちろん、体が小さいままでもノインはそれに並走できるだけの力はあった。
そのため――。
⦅……中々やるではないか。小童⦆
⦅だから、小童はやめろと。……けど、そっちもな⦆
途中から抜いて抜かれての意地の張り合いのような競争になって同着したため、互いに健闘を称える結果となった。
どちらも息は乱れていないので、本気でなかったことが窺える。
そうして辿り着いた場所にあったのは、高い壁に囲まれた小さな砦。
門番が居たので、ニトはギルドカードを提示する。
ギルドカード全体というよりは、「探索許可:〇」の部分があるかどうかの確認だけ門番は済ませて返し、そのままニトに対して内部の説明を簡単に行う。
どうやら、受付も兼ねているようだ。
敷地内で一番目立つのは、やはりダンジョン入口。
まるで地獄への入り口のように地下へと続く大階段があり、その上に雨避けの簡易的な屋根が築かれている。
また、大階段の四方の地表には魔法陣が描かれていた。
この魔法陣によって大階段には結界が張られ、中の魔物が出てこないようにしている予防策である。
大階段の近く――小砦の外には屋台が数多く出店していた。
その種類は飲食物だけではなく、武具類や日常品などの雑貨、鍛冶、貴金属類と様々であるため、小さな町……集落のような様相となっている。
小砦の方も、内部は大きく分けて三つの区画しかない。
門番としてだけではなく、いざという時のために待機している兵士たちの詰め所。
ダンジョン産の素材を即買い取りできるように、冒険者ギルド・オーラクラレンツ王国本部の出張所。
それと、宿屋。
多くの者が、ここで寝泊まりをしていた。
また、ニトとノインは走ってきたために利用しなかったが、門の近くには乗り合い馬車の停泊所もある。
普通は、この乗り合い馬車を利用して王都と行き来するのだ。
これがこの場所のすべてである。
周囲をザッと見たあと、ニトはノインに念話を飛ばす。
⦅それじゃあ、さっさと行くか⦆
⦅待ちな。ニト⦆
⦅どうした? 何か問題でもあったか?⦆
⦅私はこのままでも問題はないよ。だが、あんたは人間だろう? 人間がああいう場に入るのは色々と準備が必要だと思うが?⦆
⦅準備? ………………⦆
……はて? 何かあっただろうか? と首を傾げるニト。
⦅あんたを協力者にして大丈夫かね?⦆
ノインがどこか呆れた口調になり、そのまま続ける。
⦅私は問題ないが、人間はそもそもの身体能力が低い。それを補う色々な道具が必要だろう? 他にも、人間は日に何度か食事を取らなければ効率が落ちるだろ?⦆
⦅まあ、否定はできないな。でもまあ、そこら辺は大丈夫だ。それに、そもそも言っていなかったが、俺はアイテムボックスのスキルを持っている。そこに色々入っているから問題ない⦆
⦅収納持ちか。だが、それはあんたの分だけだろう? 私の食事の分は?⦆
⦅……まさか、お前の分も俺が用意しろと?⦆
⦅私はあんたの従魔なのだろう? なら、その責任を果たすべきではないか?⦆
⦅従魔云々は仮の話だが?⦆
⦅仮だろうが対外的にその関係が続けられているのなら、その責任はあると思うが?⦆
⦅ない、とは言えないな。……というか、そこらに売っているのは人用だと思うんだが食べたいのか?⦆
⦅これでも長く生きているからね。人の作ったモノには創意工夫があることくらいは知っているよ。何度か食べたこともあるしね⦆
ペロリ、と舌なめずりをするノイン。
その時に味を占めたのか……と思うニト。
それがそういうモノだと知っているのなら、断るのは難しいだろう。
どうにか断った場合の労力と、大人しく購入した場合の面倒のなさを天秤にかけ――ニトは。
⦅わかった。わかった。まだ蓄えはあるし、買ってやるよ⦆
⦅そうこなくてはね⦆
⦅なんか駄目なヤツとかあるか? 確か犬はネギ類や香辛料、チョコ⦆
⦅犬と一緒にするんじゃないよ! まったく……私は狼。神狼だよ。食べられないモノなんかないよ⦆
⦅そうなのか? ……そうなのか?⦆
でもまあ、前に食べたことがあるみたいだし、そこら辺は気にしなくてもいいか、とニトは結論付ける。
何かあったら大丈夫だと豪語したノインに責任がある、と心の中に付け足しておく。
⦅それで、何を買って欲しいんだ?⦆
ニトの問いに、ノインは鼻をひくひくさせ、スキップのような軽い足取りで進み出す。
そのまま大人しくあとを付いていくニト。
ノインが足をとめたのは、香ばしい匂いを周囲に振り撒きまくって食欲を刺激してくる鉄板焼きの屋台の前。
メインは、塩コショウをしっかりと効かせた肉と野菜を鉄板で焼いて豊富に盛った肉野菜炒め。
他にも串焼きや、焼いた肉、野菜の単品も取り扱っている。
「いらっしゃい!」
店主の男性がニトとノインに向けてにこやかな笑みを浮かべる。
「あ~……とりあえず、その野菜炒めを二人m」
言い切る前に、ニトの足にノインが足を乗せて待ったをかけてきた。
ちょっと待って、とニトは店主に断りを入れてノインに視線を向ける。
⦅なんだ? 足りないってのか? このダンジョンに何日もかけるつもりはないぞ⦆
念話でそう答えるニトの視線の先では、露骨な上目遣いでジッとニトを見つめるノインの姿があった。
しかも目をうるうるとさせていて、庇護欲、保護欲、もしくは愛護欲のようなモノが掻き立てられる表情となっている。
それこそ、こんなに可愛いのなら望むようにしてやろうと。
確かに可愛い。破壊力抜群。
実際、ノインのその表情をうっかり見てしまった店主は魅了され、いつもよりも多く盛ってやろうと考えていた。
しかし――。
「二人前で」
ニトには通じなかった。
え? と信じられないという表情を浮かべるノインと店主。
「えっと……二人前? さらに増やさなくて大丈夫ですかい?」
「ああ。二人前で大丈夫」
店主の方がやられているため、先ほどとまったく変わらないニトの態度に困惑しつつ、注文は注文だと肉野菜炒めを仕上げていく。
実際は普段よりも量が多めになっているのだが、普段を知らないニトとノインは気付かない。
⦅ちっ。駄目だったか⦆
⦅いや、それが俺に通じるとでも?⦆
⦅少なくとも、これまで人間相手に失敗した記憶はないね。これをやれば色々と貢いでくれたモノだが……⦆
あざとい……いや、しっかりしてんな、とニトは思う。
⦅……それで、どういう意図があってそんなことを? 少なくとも、自分の腹の欲求に従ってという風には思えないが?⦆
知り合って短い期間しか経っていないが、これまでの接し方からニトは何かあると思った。
問われたノインは考えるように少しだけ悩み……そっと息を吐く。
⦅仕方ないね。別に大したことじゃないよ。あんたにとってはね。きっと娘は満足に食べていないだろうから、助け出したあとにたらふくおいしいのを食べてもらおうと思っただけだよ⦆
そう言って、チラ……チラ……とニトを見るノイン。
未練ありありという感じだが、ニトに気にした様子は見えない……が、特盛肉野菜炒めの一つ目ができ上がる頃に、大きく息を吐く。
⦅はあ……仕方ないな。本当に俺には関係ないが、その視線をいつまでも送られ続けるのは鬱陶しい。買ってやるからやめろ⦆
⦅そうこなくてはね⦆
してやったり、とほくそ笑むノイン。
もう二つ追加を頼み、店主が上機嫌にすべてを仕上げ、支払いを済ませて受け取ると、ノインが念話を飛ばす。
⦅では、次に行こうかね⦆
⦅……は? ここだけじゃないのか?⦆
⦅何を当たり前のことを。あと何軒かあるからね。娘の分まできちんと買ってもらうよ⦆
ニトを先導するように進んでいくノイン。
いくら女神からもらった支度金がまだあるとはいえ、それは無限ではない。
有限である。
絶対に払った分以上の働きはしてもらうと、ニトは心に誓う。
そうして、もう何軒か回って飲食物を購入したあと、ニトとノインはダンジョンへと下りていった。




