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パリン! と窓が割れると同時に、そこから人が飛び出し、そのまま地面に落ちていく。
飛び出し、落ちた者にとって幸いだったのは、窓があった場所が建物の二階であったため、落下距離がそれほどなかったことだろう。
それに、一人だけではない。
何人もの人が、窓から、壁から、強い衝撃で吹き飛ばされたように飛び出して落ちていくと、仲間が次々とできた。
その理由は単純である。
ニトが中で掃討しているのだ。
といっても、ここは別に闇ギルド「黒棺」の拠点という訳ではない。
ただ、ニトたちの狙い通りのことが起こった結果によるモノだ。
宿から出て直ぐ取り囲まれたニトたちは、相手を即座に無力化して拠点の居場所を聞き、そこに来ただけである。
そこが闇ギルド「黒棺」の拠点でなくても関係ない。
敵の味方は敵、という理論の下、徹底的に潰すだけである。
たとえそこが、周辺の者では知らぬ者なしの、恐喝、暴力、なんでもござれの闇ギルド――「暴風」と呼ばれ、恐れられているところであってもだ。
「おどれら! ここがどこかわかって」
「うるさい」
筋骨隆々の屈強そうな男性がニトのワンパンで跪き、そのまま倒れた。
ちなみに、この男性は闇ギルド「暴風」で最強と言われている男性である。
そんな男性が一撃で倒されて、それを見ていた「暴風」の者たちは、漸く現実を理解した。
手を出してはいけない者に手を出してしまったのだ、と。
恐怖、混乱に陥り、困惑しながらも本能のままに逃走しようとするが、ニトからは逃げられない――というよりは、今はニトが追うまでもなく――。
「残念ですが、私の方が逃げ道という訳ではないのですよ」
ニッコリと笑みを浮かべるヴァレードが立ち塞がり、逃走しようとした者たちが邪魔だと襲いかかるが、その攻撃が届く前に泡を吹いてバタバタと倒れていった。
その様子を見ていたニトが、ヴァレードに尋ねる。
「殺したのか?」
「さあ、どうでしょうか? 幻覚を見せただけですので。まあ、幻覚もある意味現実と捉えられますし、場合によっては死に至りますが」
「どんな幻覚を見せたんだ?」
「どのような幻覚を見たかは、私にもわかりません。ですが、当人の自覚、無自覚関係なく、もっとも苦手とするモノに囲まれる、という幻覚を見せましたので」
「それは、無自覚まで含むとなると抵抗が難しそうだな」
「それはどうでしょうか。ニトさまはそもそもかからないと思いますよ。所詮は精神力が強ければ抵抗できると言いますか、そもそもかからないこともあり得るといった程度のモノですので」
これはヴァレードの素直な感想というか、事実だと思っている。
今はまだヴァレードの勘でしかないが、ニトに幻覚をかけた場合、まったくかからないか、かかったとしてもその上で相手を倒してしまうような、そんな存在だと認識していた。
「さて、どうだかな」
ニトは肩をすくめる。
実際にかかったことがないため、答えようがないのだ。
そんなニトとヴァレード――正確にはニトだけに、建物の外から声がかけられる。
「動きがなくなったようだけど、片付いたのかい?」
ノインである。
その傍にはフィーアとジェームズが居るのだが、ノインとフィーアが外に居るのは単純に建物内部だと満足に動けないという理由で、ジェームズはそもそもニトたちの中で戦闘要員ではないからだ。
「ん? ああ、あと数人居るようだから、それが終わったら出る。そっちはどうなんだ?」
「追加は来ないし、一通りは終わったようだね」
ノインとフィーアの周辺の通路には、多くの者が死屍累々といった感じで倒れていた。
なんてことはない。
外でも、襲撃があったのだ。
といっても、対抗できるだけの力を持つ者は居らず、すべて返り討ちという結果である。
また、ノインが答えたようにある程度倒すと追加人員が現れなくなったため、ノインたちの方は少々暇を持て余していた。
「わかったわかった。さっさと片付けてくるよ」
言葉にした通り、ニトとヴァレードは即座に残る数人を倒し、そこに闇ギルド「暴風」のボスだと名乗るのが居たので倒し、ついでとばかりに優しく他の拠点の場所を優しく尋ねる。
「暴風」のボスは最初抵抗したが、物理的な話し合いのあとは快く口を開いてくれて、ニトとヴァレードは満足げに外に出てノインたちと合流し、早速次へと向かう。
王都の地理に関しては、ニトたちが動いている間にジェームズが調べ終わっているため、問題はない。
あとは、闇ギルドの拠点に向かい、次に繋がる情報を得て、そこに向かう。
この繰り返しだった。
偶に向かっている最中に闇ギルドの者が襲いかかってくるが、新たな情報を、あるいは既に攻略済みの情報を吐露するだけに終わる。
進んで口にしたり、物理的話し合いの結果であったりと様々だが、結果吐露することに変わりはなかった。
知り得た拠点の中には闇ギルド「黒棺」直下の拠点もあるが、そもそも拠点壊滅に関しては、どこであろうともそう時間はかからない。
何しろ、ここは王都内。
砦のように強固にしたり、あるいは広大な敷地を利用して――とはいかないのだ。
それに、そもそもの話として、そういう条件をすべてクリアした難攻不落と呼べるような砦であったとしても、ニトたちの前では意味を成さないのである。
ニトの一撃――いや、連撃に耐えられなければ、何をしようが意味はないのだ。
そのため、なんの妨げにもならず、ニトたちが王都内を巡る速度は――闇ギルドと呼ばれる存在、組織が壊滅していくのは非常に速かった。
また、中にはただの拠点、という訳ではないところもある。
次なる情報を持っていそうなヤツが手下がやられて逃げた先は――カジノ。
そこは、金儲けが非常に上手いことで有名である闇ギルド「金鷲」の本拠点。
逃げ込んだヤツは、闇ギルド「金鷲」の幹部の一人であり、そうなれば当然――。
「こいつらを殺せ! こいつらを殺せば、『金鷲』の名が一気に上がるぞ!」
当然、新たな手下を呼ぶ。
カジノから黒い服を着た屈強な者たちが現れ、ニトたちに襲いかかる。
その中にには「金鷲」が主催する地下格闘技場のチャンピオンも居り、その姿を見て幹部は安堵した。
これであいつらも終わりだ、と――思ったところで、そのチャンピオンが自身の横を吹き飛んでいき、大きな衝撃音と共にカジノの扉と壁を壊して、その瓦礫に埋もれる。
幹部は開いた口が塞がらず、チャンピオンを殴り飛ばした張本人――ニトを見て恐怖し、漏らした。
また、これはここで終わっていない。
建物自体にも大きな衝撃は伝わり、それは確かな振動となってカジノ内部にも伝わり――本来なら外れていた、ルーレットの一点賭けに今後の人生を賭けていた者は大勝ちする。
それだけではない。
カジノの外では黒い服の屈強な者たちが次々と吹き飛んでいるのだ。
流れ弾のようにその者たちがカジノにぶつかっていき、その度に何かが起こる。
衝撃で手が滑ったディーラーのイカサマがばれたり――。
あと一転がりが欲しかったダイスが一転がりしたり――。
と、カジノを利用していた客にとって大当たりや運気が向くといった、お店にとっては何かしら都合が悪く、お客にとっては何かしら都合のいいことが起こる。
別に、ニトたちがそう望んでそうした訳ではない。
勝手に、そうなっていっただけだ。
その結果、雇われている屈強な者たちはニトたちによって排除され、大当たりした者たちによる支払いを力で跳ね除けることもできず、闇ギルド「金鷲」は破産し、潰える――が、それはのちのこと。
ここでも同じ行動によってニトたちは新たな拠点の情報を得て、次へと向かう。
陽が落ち始めた頃に始まったこの行動は、日付が変わる前までに王都一周を終える。
所謂市街地にあった闇ギルドの拠点といくつかのカジノは、そのすべてが壊滅していた。
―――
王都を一周し、宿に戻ってきたニトたち。
残る立ち入っていない場所は、貴族街と王城のみとなる。
「さて、どうするか」
別に行動することを嫌った訳ではない。
寧ろ、さっさと潰したいとニトは思っている。
相手が貴族であろうとも、ニトから――いや、ニトたちからすれば関係ないのだ。
ジェームズは大いに気にするだろうが。
ただ、もうそろそろ日付が変わりそうな時間帯であり、ここから無理してやるほど、切羽詰まっていないのも事実なのも確かである。
なので、どうするか。
王都一周して、粗方の闇ギルドは潰れたと思うが、その中に件の闇ギルド「黒棺」があったとは思っていないので動いてもいいのだが、ニトには問題というか気がかりがあった。
「何を悩む必要がある? 私としては、別にどっちでもいいけどね」
悩むニトに、ノインがそう声をかける。
他の者たちも同意見であった。
ニトの判断に任せることにする。
「いや、俺としても別にどちらでも構わない。ただ、時間を与えた方が、向こうが勝手に準備を整えてくれるかもしれないから、色々と手間が省けるかもしれないな、と」
普通は準備を整えられると面倒、あるいは危険になるため、その前に叩くのが普通だろうが、ニトたちはそれに当て嵌まらない。
それらを容易に超えていけるだけの力の持ち主だからである。
だから、休憩・就寝を挟んで、陽が昇ってから攻め入ってもいいのだが、それはそれでニトには気になることがあった。
「けれど、このまま寝た場合……一応、相手はまだ残っているだろうし、眠ったところで邪魔されると思うと……」
「それは、確かに嫌だね」
ノインが同意し、フィーアもこくこくと頷く。
実際、今の行動を起こすきっかけとなった宿での襲撃は、ノインとフィーアが厩舎で寝ようとする直前だったのである。
今は動いたことで多少発散できているが、思い出すだけでも腹立たしくなるのは事実。
なので、ニトが言っていることも理解できた。
「俺の場合、苛立ちで一発入れると手加減できるかどうか。下手すると王都消失だ。いや、それは別にいいのだが、さすがにここに来ただけとかの関係ないのを巻き込むのは少々気が引けるし、何よりそれで終わりというのもな」
確かに、と頷くノインたち。
その中にはジェームズも居るのだが、王都消失? まさか? と首を傾げた。
だが、杞憂は杞憂で終わる。
どうするかを決める前に、先に相手が動いた。
「見つけたぞ! 貴様たちだな! 王都内を騒がせている者たちは!」
黒い服のガタイのいい者でも、ガラの悪そうな者でも、幹部のようないい服を着た者でもない。
鎧を身に纏い、武装している集団――国の兵士たちがニトたちを即座に取り囲んで、武具の切っ先を向けてくる。
「貴様たちには王都騒乱の嫌疑がかけられている! 大人しく捕縛されるなら良し! 抵抗すれば罪状が増えることになるぞ!」
向こうから来てくれるとはありがたい、とニトたちは思った。




