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タリスト国。王都。
他の王都と比べても遜色ない規模を有し、強固な高い壁に囲まれ、内部も発展している。
また、ここの特色を挙げるならば、他の王都に比べてカジノ、夜の店が多く、他よりも闇が深いというところだろうか。
だからこそ、と言うべきか、ここは夜でも明るく照らされ、「夜でも輝く都」とも言われている。
ただその分、金の流れと貧富の差は激しく、ここに一発当てて一攫千金の夢を運び入れる者もよく現れていて、王都内は活気に満ち溢れていた。
多くの屋台からの呼び込みが耳に届き、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
道行く人たちは思い思いに屋台に寄り、時に大勝ちして自分の腹を満たすように、時にこれから赴く賭博場に緊張して食事が進まないといった、わかりやすい図を見せていた。
賑わっているのは、屋台だけではない。
郷土品のような装飾を販売する露店も、高級品を取り扱う商店も、どこもかしこが大いに賑わっている。
パッと見ただけでは、闇はあってもそこまで深い闇があるようには見えない。
いや、見たくないだけかもしれない。
誰もがここに来る時は、夢を見て――夢だけを見て前を見ているのだから。
左右にうしろ、足元にも目をくれずに。
けれど、ここには闇がある。
とびっきりの。
闇ギルド「黒棺」の本拠地という、大きな闇が――。
―――
そんな王都に、ニトたちは足を踏み入れる。
様子を見ながら歩きつつ――。
「……なるほど」
ニトは異変を感じ取る。
いや、ニトだけではなく、ノイン、フィーア、ヴァレードも。
「……見られている、ね」
「……(こく)」
「覗き趣味とは、いただけませんね」
お前が言うな、とニト、ノイン、フィーアはヴァレードを呆れた目で見る。
気付いているのは、協力者であるジェームズも同様だ。
「既に勢力圏なのは元より知っていましたが、出入りする者を確認するのは、まあ組織が取る行動として間違ってはいません。ですが、この視線はこちらが何者であるか知っているような、そんな確信が含まれています。おそらく……いえ、既に相手はこちらが何者か知っているのです」
これまでの町や村ではなかったことであるため、ジェームズはそう考える。
というよりは、本来というか、普通はこうなのだ。
先に手が打たれていて、それを打破していくのが通常である。
ただ、今回の場合はニトたちの進撃速度が速過ぎたのだ。
これまでは相手が情報を得て手を打つ前に叩き潰してきたが、ここは本拠地。
様々な情報が最初に届けられるところであるし、ニトたちのことを知っていても不思議ではないのだ。
「まっ、知られていようが関係ない。やることは変わらないからな。それで、ここに協力者は居るのか?」
ニトはそう判断して、ジェームズに問いかける。
ジェームズは顔で難色を示す。
「申し訳ございません。王都に協力者は居ません。いえ、正確には居たのですが連絡が取れなくなりましたので、おそらくは――。次のを送り込む予定だったのですが……」
そうする、そうなる前にニトたちが辿り着いただけのこと。
ジェームズの返答に、ニトたちは難色を――示さない。
まったくの普段通りだった。
「まっ、それなら仕方ない。それに、こう見られていたら問題ないだろ」
「そうだね。向こうから手を出してくるだろうよ。それに、いざとなれば怪しいのは全部破壊すればいい」
「……(こくこく)」
「なんでしたら、私が調べてきましょうか? これでも諜報はそれなりに得意でして」
ニッコリと微笑みながらそう提案するヴァレードに、ニトが答える。
「……そうだな。せっかく同行させているんだし、そろそろ使えるってところを見せて欲しいな」
「おや? 少しは貢献していると思っていたのですが?」
「まだまだだな。エクスの方が役に立っている」
『――っ! ありがとうございます!』
嬉しそうに言うエクス。
エクスはそのままヴァレードに声をかける。
『どやっ! 自分、先輩! お前、後輩! 少しは自分を見習って頑張るように!』
「いやはや、これは手厳しい。精進いたします」
どこか自慢げなエクスに向けて一礼するヴァレード。
その様子を見ていたニトたちは、これは直ぐ立場が逆転するヤツだな、と思った。
そうしてニトたちは王都内を適当にぶらつくが、見られているだけで特に何も起こらない。
陽も落ち始め、とりあえず宿でも取るかと、ニトたちはこの王都で一番の高級宿を取る。
お金の心配はこれまでの稼ぎがあるので問題ない。
ただ、ノインとフィーアが休める厩舎があるのが、そこだけだったというだけである。
ノイン、フィーアと一旦分かれ、ニト、ヴァレード、ジェームズは、高級宿ということもあってか、各部屋には専属の使用人が居り、その使用人の案内の下、部屋へと向かう。
途中までは三人一緒だったが、途中で分かれ、各部屋へ。
ニトが案内されたのは、なんてことない部屋。
といっても、ここは高級宿。
普通の部屋であったとしても、どこか気品のようなモノが感じられ、隅々まで清潔感が行き届いている。
「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください」
ニトは使用人が開けた扉から中に入り――スッと横に一歩ずれる。
ずれる前の位置に短剣が通り過ぎていき、まさか空振るとは思っていなかったのか、勢い余ってつんのめるように使用人が前に出て来てニトに並ぶ。
「殺しまで行うとは。さすが高級宿。サービスが行き届いているな」
「ちっ」
舌打ちと同時に、使用人は手首のスナップだけで短剣を投げ飛ばす。
その狙いはニトの顔面――目。
それで殺れるとは思っていないと、使用人は次の行動を起こす――前に、ニトが投げられた短剣の刃の部分を空中で掴み、くるっと回して持ち手を掴んで、使用人の肩付近を突き刺して押し上げるように持ち上げ、開いた扉にそのまま刺しとめる。
「ぐっ! 何が」
使用人は抜け出すために暴れようとするが、ニトが軽く押さえ付けただけでまったく動けなくなる。
「さて、どこの、とか、どういった理由で、なんてのを聞くのは野暮だな。なんとかって組織だろ」
「『黒棺』だ!」
別に口が塞がれている訳ではないので、使用人は強く叫ぶ。
「ああ、それそれ。だが、仮にも闇ギルドだろう? そんな大きな声で言うような、表立って名乗っていいような組織でもないだろうに……ああ、そういうこと」
ニトが納得するように言う。
というのも、この部屋に向けて駆け付けてくる多くの者の気配を感じ取ったのだ。
つまり、今のは合図。
大きな声を上げて仲間を呼んだのである。
使用人は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「はっ! 『黒棺』に手を出して、無事に済むと思うなよ」
「強気なのは結構というかどうでもいいが、そっちこそ無事に済むと……いや、済ませないからな」
ニトが殺意を振り撒く。
濃密、濃厚に圧縮された殺意に晒され、使用人は自然と歯をカチカチと鳴らし、体が震え出す。
使用人の視界には、ニトが人ではなく何かの化け物のように見えた。
「そっちが先に宝物のような絵を破こうとしたんだ。そのツケで滅ぶんだよ、お前らは」
使用人は否定を口にすることはできず、思うこともできない。
ただただ恐怖だけに支配され――。
「くひゅ」
勝手に気絶した。
ニトが呆れた目を向ける。
「この程度で気絶するとか、末端かな」
別に支える必要はないと使用人から手を放したニトは、そのまま部屋を出て廊下に出る。
既に、武装した者たちが廊下の前後に立ち塞がっていた。
ニトからすれば稚拙ながらも殺気を振り撒いて。
「そっちから来てくれるのなら、ついでに全員で来てくれないか? そうすれば、わざわざこっちから出向かなくても」
「殺したらあ!」
ニトの提案は却下された――というよりは、聞く気は一切なかったのだろう。
立ち塞がっていた者たちが一斉に襲いかかる。
「やれやれ。人の話も聞かないとは。なんとかって組織は、随分と格が低いようだな」
飛びかかるように襲いかかってきた者を殴り飛ばすニト。
殴り飛ばされた者はそのまま床と平行して吹き飛んでいき、後ろに居た者たちを巻き込んでいき、壁に衝突するまでとまらず、その衝撃の強さを示すように壁はいくつもの肉壁に押されて崩れ、巻き込まれた者たちの大半はそのまま崩れた壁の向こう側に放り込まれた。
『………………』
ニトを挟んで反対側に居た者たちは、ぽかん……と口を開けた間抜けな表情を浮かべる。
くるり、とニトが振り返れば、見られた者たちは、びくり! と体が小さく跳ねた。
「普段ならまだやるか? と問いかけるところだが……お前らは、問答無用で潰す」
蹂躙が始まる。
誰も逃さないとニトは一気に距離を詰めて手近に居る者から倒していく。
殴り、蹴り、壁にめり込ませ、床に沈め、天井に突き刺し、人を鈍器のように振り回したりと、まるで突風のように駆け抜けていき、後ろで控えていた者が振り返って逃げようとする前に全員を倒した。
「さて、俺がこうなら、他もだろうな。ノインたちは問題ないが、ジェームズは少し心配だな」
なので、ニトは確認しに行くことにする。
部屋の番号は聞いていたので、そのまま向かうと――ニトのところに向けられた数ほどではないが、部屋の外で待機している者たちが居た。
もちろん、全員武装していて、今にも部屋の中に入りそうである。
「ほっ」
手近に居たのを、ニトが殴り飛ばす。
その勢いは先ほどよりも強く、部屋の扉を開けて入ろうとしていた者たち全員を巻き込んで一掃された。
飛んで行った先の壁が完全に崩壊しているが、そこは気にしない。
ニトはそのまま扉の前に行き、ノック。
「開けるぞ」
扉を開けると同時に飛んできた使用人を掴み、知らないヤツだとぽいっと捨てる。
部屋の中では、何かを投げ飛ばしたような体勢で、少しばかり息切れしているジェームズが居た。
「はあ、ふう……もう少し早く来ていただきたかったですな」
「まあ、これくらいなら大丈夫だろうと思ったからな。それに、外のは片付けておいたから、それで問題ないだろ?」
「それには、感謝の言葉しかありませんね。ありがとうございます。私のところに来ていただけたのは、やはりやられないかと不安だったからですかな?」
「まあ、少なくとも、俺たちの中で一番弱いからな」
「それは確かに。間違いありませんね」
これまで同行してきて、ニトたちの強さの一端に触れているジェームズはそれに否とは言えない。
そこに、駆け付ける者が居た。
「おや? もうお着きだったようですね。出遅れてしまいましたか。役に立つというところを見せようと思ったのですが」
ヴァレードである。
なんでもないように現れ、合流する。
「お前にしては時間がかかったな」
ニトはヴァレードが魔族であると知っているため、もっと早くに来ると思っていたのだ。
少なくとも、敵になるような者は居ない、と判断していた。
「ああ、案内した者が襲撃してくるとはわかっていたのですが、どのような手段で行うのか少しばかり興味がありましたので、じっと動向を見ていたのです。ただ、まったく動き出す様子がなく、そこで気付いた訳ですね。隙を見せてやらないといけないのか、と。そこに考えが行き着くのに少々時間がかかりましたので、その分の時間でしょう」
ですが、それなりに満足していますよ、とヴァレードはニッコリと笑みを浮かべる。
そこで、ジェームズが気付いたように言う。
「わ、私たちが襲われたということは、ノイン殿たちも」
「ああ、そっちも大丈夫だ」
ニトがそう答えると――。
「ぎゃあああああ……」
「うわあああああ……」
「いやあああああ……」
そんな叫び声が外から聞こえてきた。
「ある意味、俺たちよりも容赦がないからな」
だから大丈夫、と頷くニトに、ジェームズは苦笑を浮かべるしかできなかった。




