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闇ギルド「黒棺」の本拠地は、当然のように王都にある。
その支配力は本拠地がある王都が最大であり、その王都から離れれば離れるほど弱まっていく。
それに比例して、戦力も落ちていくのだ。
つまり、王都に近付けば近付くほど、闇ギルド「黒棺」の拠点に居る者たちは強くなっていくのである。
それこそ、兵士だった者が騎士に。
それこそ、Fランク冒険者だった者がCランク冒険者に。
確かな強さの差が、そこにはある――といっても、それは一般的な話。
ニトたちからすれば、その程度の差は差ではない。
――王都近隣の町の一つ、「ピード」。
その大通り。
「貴様が何者かは知らんが、俺たちを相手に安易に手を出すとはな」
闇ギルド「黒棺」の者が多く倒れている中で、ニトと対峙している者がそう言う。
その言葉には、どこか自信が含まれていた。
倒れている者たち――手下がやられはしたが、自分なら目の前の者を殺せるだけの力を有していると、対峙している者は自負しているのである。
その者は腰に提げている鞘から剣を抜く。
抜かれた剣は、誰の目から見ても業物であるとわかるだけの輝きを放っている。
「ククク。この剣はこれまで九十九人の血を吸ってきた……喜べ。お前で記念すべき百人目だ! キエエエエエッ!」
奇怪な叫びを上げながら、対峙していた者がニトに斬りかかる。
その動きは高ランク冒険者と比べても引けを取らず、非常に鋭い。
それこそ、一般からすれば目にもとまらぬ速度である――が、ニトからすれば関係ない。
「自分の血でも吸わせてろ」
ニトがなんでもないように拳を突き出す。
その速度は文字通り誰の目にも映らず、剣を砕き、そのまま対峙している者を殴り飛ばす。
何度か地面を跳ね、ゴロゴロと転がっていく――が、気絶はせず、そのまま何度かくるりと回りながら体幹上げていき、立つ。
ぺっ、と血を吐きながら、対峙している者は砕けた剣を見る。
「……あ~あ。この剣に斬られていた方が楽だったのに」
別にこれは、対峙している者がそれだけ強いとか、耐久力が並大抵ではない、あるいはそれだけ根性が備わっているとか、そういうことではない。
ニトが余計な力を使うのもな――と、ある程度というか、かなり力を抜いていたからである。
それでもこれまでは闇ギルド「黒棺」の者を倒していたが、それである程度平均値を出して殴っていたのだ。
闇ギルド「黒棺」の中で、平均値以上の力を持っている――ただ、それだけのこと。
(まあ、少し上方修正すればいいだけだな)
そう判断して、もう一発殴って終わらせるか、とニトが前に出ると、対峙している者が黒い液体が一口分ほど入れられた小瓶を懐から取り出す。
「これでお前の死に方が決まった! 撲殺だ!」
また、王都近郊ともなると、それは組織内における地位の高さを表し、それはそのままどれだけ優遇されているかを示している。
外周部では最初の時にしか見かけなかった怪しい液体は、王都に近付けば近付くほどに見かけるようになっていた。
既にサンプルとしていくつか回収しており、それらはすべてヴァレードが嬉々として細かい成分を調査中である。
この液体に関しては、ジェームズを含む協力者たちには受け取りを拒否していた。
単純に怪し過ぎて取り扱いに困るからである。
それに、人を化け物に変えるようなモノが、まともなモノではないとわかっているため、それに手を付けようとは思わないのだ。
ただ、どういったモノかだけは知りたい――もしくは対処のために知っておきたいため、何かわかれば教えて欲しいとはニトたちに伝えている。
なので、相手側が使用しても問題ない。
人が化け物になり、その強さも人を超え魔物の領域に入ろうとも、ニトたちからすれば別に違いはないのである。
「そうか。撲殺がいいのか。となると、一発で決めるのは違うな」
やろうと思えば一発で決められるが、それは撲殺とは言わないだろうと、ニトはわざと力を抜く――相当手加減した拳を連続して放つ。
それはほぼ瞬間的な連発であり、一般的な者からすればものの数秒の出来事で、化け物は幾多の拳跡が残るフルボッコ状態で倒れた。
「それじゃあ、あとは任せて大丈夫だな?」
「は、は――」
ニトがこの町――ピードでの協力者にそう問いかけ、協力者の女性が頷こうとした時、周囲の人垣の中を割って入ってくる者たちが居た。
「これはなんの騒ぎだ!」
「どけどけ! 邪魔するなら連行するぞ!」
「貴様がこの状況を起こした張本人か!」
ピードの町の警備兵たちである。
ただし、現れた当初から、既にニトを敵と認識していた。
やられているのが闇ギルド「黒棺」の者たちだからである。
なんてことはない。
この場に現れたのは、闇ギルド「黒棺」に懐柔されている汚職警備兵なのだ。
周囲で倒れている闇ギルド「黒棺」の者たちをそっちのけで、汚職警備兵たちはニトを取り囲む。
汚職警備兵たちはこのままニトを捕らえて、この状況、事態はすべてニトのせいにして有耶無耶にしようと考えていた。
というのも、倒れた闇ギルド「黒棺」の者たちから、自分たちの名が出たら終わりだからである。
だから、闇ギルド「黒棺」ではなく、ニトを相手取ろうとした――が、それは間違い。
敵の味方は敵であり、それが警備兵であろうとも、ニトには関係ないのだ。
「絵を貶す者たちに味方し、守らない警備など……この世に必要ない」
普通は委縮するなりなんなりする警備兵だろうと、ニトは敵の味方をするのなら容赦はしない。
敵認定である。
取り押さえようとしてきた汚職警備兵の一人を蹴り飛ばす。
「き、貴様! 警備兵に手を上げるとは! 罪が増え、国が黙っていないぞ!」
「知るか」
汚職警備兵たちが何かしようとする前に、ニトがあっという間に片付ける。
そこに躊躇は一切ない。
敵認定しているというのもあるが、別にこれが初めてという訳ではないのだ。
王都に近くなればなるほど、その影響力を示すように、闇ギルド「黒棺」に懐柔されている者が現れるようになっていたのである。
警備兵だけではなく、中には町の有力者や、領主までも。
ただ、ニトたちからすれば、だからなんだ――である。
相手がどうであれ、敵なら、敵に回るのなら容赦なく潰すのだ。
それで問題には――ならなかった。
協力者たちによって、という部分もあるが、結局のところ、どの町や村でも大半の者は闇ギルド「黒棺」によってこれまで虐げられており、それは闇ギルド「黒棺」だけではなく、懐柔されている者たちも、ただ懐柔されているだけではなく、色々と手を出していたのだ。
やられた方からすれば、相手が違うだけで、やっていることは同じである。
それらも、ついでとばかりに闇ギルド「黒棺」と共に排除、あるいは排除することができる機会なので、協力者たちだけではなく、町の住民たちの多くの者が今回の事態に対して喜んで協力しているために、問題は起こらなかった。
また、各町や村の闇ギルド「黒棺」を潰したあとの対処には、協力者たちだけではなく、冒険者ギルドを筆頭にした各ギルド関係者も協力している。
冒険者ギルドが先頭に立って各ギルドを巻き込んだのだが、その原因としてあるのが、オーラクラレンツ王国の冒険者ギルドのギルドマスターが各冒険者ギルドに送った文書にあった。
それに書かれているのは「ニト」という冒険者に関すること。
ニトがオーラクラレンツ王国で行ったことの概要が書かれ、手を出すかどうかは自由だが、決して敵に回さないように、といった感じの一文で締めくくられている。
その文書と、実際に闇ギルド「黒棺」の各拠点が潰されていく状況を当て嵌め、冒険者ギルドはニトたちの行動に協力することにしたのだ。
そうして、特にこれといった問題というか、障害となるようなことも起こらず、ニトたちは最速で行動していき、残る闇ギルド「黒棺」の拠点があるのは、王都とその近郊の町――ロブの町の一つだけとなる。
ニトたちの行動が最速なのと、各町と村の協力で情報が伝わるのが遅れに遅れ、そうなるまで闇ギルド「黒棺」は対処らしい対処が取れずにいた。
ここで運命は悪い方に傾く。
といっても、それはニトたちに、ではない。
闇ギルド「黒棺」の方に、だ。
拠点壊滅の報告で、闇ギルド「黒棺」の首領は調査と事態収拾を兼ねて、諜報も行える暗殺部隊を動かした。
この暗殺部隊は、闇ギルド「黒棺」の中でも特別優秀であり、人を化け物に変えるモノを用いらずとも、Aランク冒険者や国の騎士団長ですら、策を弄せば殺れるだけの実力を持っていて、言うなれば闇ギルド「黒棺」の切り札的位置に居る存在の一つなのだ。
その暗殺部隊は、まず拠点壊滅の詳しい情報を調べるため、まず王都からもっとも近い町――ロブの町に向かい――そこで実際に現場を目撃する。
「ぎゃあああああ!」
人が地面と平行して跳んでいき、壁に突き刺さり――。
「ひいやああああ!」
突進されただけで弾け飛んでいき――。
「うわあああああ!」
鞘付き剣で叩かれただけで地面にめり込み――。
「――――――」
何が起こったのか当人にはわからない内に倒れたり――。
「あああああああ!」
途中で剣の鞘が抜け、抜き身になった神々しい剣に触れた者が燃えたり――と、ニトたちによって壊滅していく様子を目で見てしまう。
しかも、何故か抜き身となった剣に怒っているように見えるのだ。
暗殺部隊からすれば元々何が起こっているのかわからない――理解したくない、信じたくないといった気持ちであったが、剣に怒るとか意味がわからないと、さらに混乱する。
ただ、確かなモノとして、暗殺部隊が見ている前で、ロブの町にある拠点は潰された。
なら、暗殺部隊が取るべき行動は一つ。
暗殺の実行である。
けれど、その前に捕らえて情報収集も必要だと考えた。
暗殺部隊は外周部の町や村の拠点が潰されたという報告を受けて行動を起こし、その先で拠点襲撃が行われている以上、経過日数的なことを考えて相手も組織的な行動であると判断し、裏を探ろうとしたのだ。
そのための行動の一環として、暗殺部隊はニトたちを標的として見る――瞬間。
「見られているな。陰険そうなのに」
「それなら、そこのじゃないのか?」
「おや? それはもしかして私のことを言っているのですか?」
「反応するってことは、自覚があるってことだね」
「まあ、否定はできませんね。表立って動くよりも裏で細々と動く方が得意というか、性に合っていますので」
「なら、この陰険そうな視線のヤツらはヴァレードに任せるか。こっちは、ちょっとエクスと話し合いだ」
『ギクッ! な、なんのことですか?』
「とぼけるな。フィーアの剣を振る動きが大きくなり過ぎているのは、お前のせいじゃないのか? どうせ、大振りになれば鞘が抜けるとか考えたんだろ」
『……ま、まあ、考えなかったり……考えたり……』
「話し合いが必要なようだね。娘に要らぬことを教えた罰は必要だよ」
『ひっ! す、すみませんでしたー! で、でも、自分も偶には解放されたいというか――』
「盗み聞きはここまでですよ」
それが、暗殺部隊が聞いた最後の言葉だった。
そのあとはこれまで通り、この町に居る協力者に後処理は任せ、ニトたちは出発する。
残るは、闇ギルド「黒棺」の本拠地がある、王都だけとなった。




