サブイベント 「通過儀礼」
――その日。
とある少年はウキウキだった。
王都・ヴィロールにある孤児院出身のその少年は、今日、成人を迎えたのだ。
大人の仲間入りをし、ウキウキ気分のままに歩を進めていく。
その身を包むのは年季の入った軽装の鎧。
腰から提げているのは年季の入った剣。
如何にも中古といった武具だが、孤児院の院長が用意してくれた物であり、少年には輝いて見えた。
少年に年季の入った武具と、外見でいえばミスマッチかもしれない。
それでも少年がどこか誇らしげに見えるのは、胸を張っているからだろう。
これからの自分の人生が輝いて見えていたのだ。
少年が向かった先は――冒険者ギルド。
今日。少年は冒険者になった。
受付カウンターで、冒険者心得の説明を受ける少年冒険者。
綺麗な受付嬢にドギマギしつつも、一言一句頭の中に刻み込んでいく。
その中で、ふと少年が隣を見れば、白い狼を連れた黒髪の冒険者がイリス姫の婿取りの説明を受けていた。
既に誰しもが知っているようなことを今更説明されているなんて、この黒髪の冒険者は出遅れているな、と少年冒険者は内心で思う。
何しろ、五つの宝物を集めることができるのは、既に地下四十階以降を進んでいるAランク冒険者「光剣」か「全弓」の両者、もしくはどちらかだと言われている。
地下五十階のレッドドラゴン討伐も、時間の問題だろう、と。
それに、この二人は人格面でも問題ないため、イリス姫の婿はどちらかだというのが、王都に住む者たちの共通の見解。
一般常識と言ってもいい。
だから、出遅れている、と少年冒険者は思ったのだ。
もしくは、今近隣ダンジョンに入るためには探索許可が必要なため、そのための説明でも受けているのだろう、と。
ただ、どっちにしても、大したことなさそうに見える黒髪の冒険者の行動は自分には関係ないと、少年冒険者は意識を説明に戻す。
説明を聞き終わると同時に、少年冒険者は受付嬢からギルドカードを大事そうに受け取り、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「頑張ってくださいね」
「はい! 頑張ります!」
少年冒険者は、受付嬢の言葉に満面の笑みを浮かべて答える。
今、少年冒険者にとって、世界は輝いていた。
明るい未来を夢見て、その第一歩を踏み出す。
――だが。
「おいおいおいおい、待てよ。……ヒック。見たところ新米だな? ……ウィ~。どれ。地下二十階まで踏破した、この俺たちが色々と教授してやろう」
「おお、なんて優しいんだ。ヒック。俺たちは……お前もそう思うだろぉ?」
「なあに、新人なんだ。大人しく俺たちの言うことを聞いておけって、な?」
三人組が新人冒険者の前に立ちはだかった。
酒臭い息が鼻に届き、新人冒険者は顔を顰める。
酔っている状態なのは明白であり、冒険者ギルド内にある酒場で飲んでいた者たちの一部が、少年冒険者に絡んできたようだ。
一人は、筋骨隆々の戦士風の男性。
一人は、ガリガリの魔法使い風の男性。
一人は、細身の盗賊風の男性。
このままだと少年冒険者はロクな目に遭うことが確実だろう。
けれど、これは違うのだ。
そうはならない。
いってみれば、これは多くの新人冒険者が通ることになる通過儀礼なのだ。
新人冒険者が先輩冒険者に絡まれ、どのように対処するかで、どういった人物であるかを評価する。
使える。使えない。
協力できる。できない。
助け合える。助け合えない。
そういった審判が下される。
もちろん、これだけですべてを判断される訳ではないが、いうなれば、その第一段階の審判なのだ。
何しろ、冒険者は死に近い――隣り合わせの職業。
普段はソロ、もしくはパーティ単位で動くが、時には協力し合うこともあるのだ。
そういった時の判断材料の一つに使われる。
そんな裏事情があるため、冒険者ギルド職員たちもこの通過儀礼に積極的には関わろうとはしない。
度が過ぎれば別だが。
それに、これぐらいは解決できなければ、冒険者としてこの先やっていけないだろう。
なので、基本的には周囲から手助けされるということもない。
まずは自らの手で解決しないといけないのだ。
といっても、手助けを求めるのも一つの手段ではあるため、求められれば人によっては応じる可能性もある。
少年冒険者は助けを求めるように周囲を見るが、酒場に居る冒険者たちは、いい飯のタネ、もしくは酒の肴ができたと傍観を決め込み、ギルド内に居る冒険者たちも遠巻きに見てはいるものの、助けようと動く者は居なかった。
そうなってくると自分で解決しなければと三人組を見るが、三人組の誰しもが自分よりも体が大きいため、少年冒険者からすれば威圧的に見えて萎縮してしまう。
体格の違いだけではなく、人数差もあるということもあって、心の中に恐怖が生まれ、飲み込まれそうになるが、このまま黙っているのはいけないと、勇気を振り絞って少年冒険者は口を開く。
「い、いえ、あの、大丈夫です」
どうにか否定の言葉を発し、少年冒険者はその場から離れようとする。
本来であれば、それで終わりだった。
「よく言った」「度胸を見せた」「なら、どこまでやれるか見せてもらおうか」など、それぞれが思い思いに評価し、声をかける者はかけるなど、冒険者流の激励として幕を閉じて……だったのだが、三人組は少年冒険者を取り囲むようにして逃げ道を塞ぐ。
「おいおい、どこに行こうってんだ?」
「せっかく俺たちが先輩として、ありがた~いご教授ってのをしてやろうってのに」
「もちろん、それなりに払うモノは、払ってもらうけどな」
理不尽なことを言い始める三人組。
少年冒険者を獲物として捉え、逃がすつもりはないようだ。
これに慌てたのは、少年冒険者よりも酒場や周囲に居た冒険者たち。
通過儀礼を理解していないのかと焦る。
三人組がまだ絡む理由は単純明快。
酔い過ぎていた。
三人組が言っていたように、地下二十階を突破したのだ。
それは一つの記念であり、祝杯を挙げる理由として充分だった。
だからこそ、三人組は飲み過ぎてしまい……悪絡みしてしまっているのである。
それに気付いた周囲の冒険者たちがとめに入るが――。
「おい! 何をやって」
「うるせぇ! 黙れ!」
ここでさらに問題となるのが、この三人組がそこそこの強さを持っているということである。
とめに入る冒険者たちを、酒の力も借りて全力で返り討ちにする三人組。
怪我を恐れなければとめることはできる。
けれど、こんなことで怪我を負うのは馬鹿らしいため、周囲の冒険者たちは迂闊にとめに入ることができず、睨み合いとまではいかないが、妙な間ができてしまう。
「はっ! なんだ? こねぇのか? この臆病者共が……怪我したくねぇなら最初から邪魔すんじゃねえよ」
三人組の中のリーダー格なのだろう。
筋骨隆々の戦士風冒険者がそう言って、少年冒険者に向く。
悪絡みをやめるつもりはないようだ。
困惑だけではなく、先ほどの返り討ちを見て、少年冒険者はさらに萎縮してしまう。
助けを求めるように周囲を見るが、三人組をどうにかしなければと少年冒険者の方を見ていない。
誰か、と少年冒険者は更に周囲を見て――うるさいな、とでもいうようにこの様子を迷惑そうに見ていた黒髪の冒険者と目が合う。
「た、助けてください!」
少年冒険者は駆け出し、黒髪の冒険者のうしろに隠れる。
「は? なんだ? お前」
黒髪の冒険者は面倒そう、迷惑そうな表情を浮かべて少年冒険者を見る。
そこに、三人組が迫った。
「大人しくそこをどきやがれ!」
「それとも、邪魔するってんなら痛い目見させるぞ!」
「なんなら、てめぇも一緒に教育してやろうか!」
そのまま黒髪の冒険者に襲いかかる三人組。
さすがにこれは、と周囲の冒険者たちだけではなく、冒険者ギルド職員も動こうとする――が、その前に三人組がどしゃりと倒れる。
『………………は?』
周囲の冒険者たち、冒険者ギルド職員たちは、一体何がと揃って首を傾げる。
酔い潰れたのか? とでも誰しもが思うのだが、少年冒険者はしっかりと見ていた。
少年冒険者には、「慧眼」という物事の本質や裏面を見抜くスキルがあったのだ。
そのスキルの影響で、反応はまったくできないが見えていたのである。
黒髪の冒険者が、誰も反応すらできない速度で三人組を殴って倒したのを。
「……き、気絶している」
周囲に居た冒険者の一人が倒れている三人組の様子を確認して、ホッと胸を撫で下ろす。
それは他の冒険者たちと冒険者ギルド職員たちも同じだった。
「大丈夫か? 悪かったな。実は……」
さすがに迷惑をかけたということもあって、周囲に居た冒険者の一人が少年冒険者に通過儀礼だったことを説明する。
「そ、そうだったんですか?」
驚きと共に少年冒険者は気付く。
黒髪の冒険者が、いつの間にか冒険者ギルドから出て行こうとしているのを。
少年冒険者は前に踏み出し、その後ろ姿に向けて声を飛ばす。
「あ、あの! 僕もあなたのように強くなれますか?」
まさか声をかけられると思っていなかったのか、振り返った黒髪の冒険者は少しだけ驚いた表情を浮かべていた。
ただ、その表情は直ぐに引っ込み、真面目な表情に変わる。
「知らん。お前は誰かに強くなれると言われたからといって、勝手に強くなれると思うのか。強くなりたければ努力しろ」
そう言って、黒髪の冒険者は白い狼と共に冒険者ギルドから出て行く。
その後ろ姿が見えなくなるまで、少年冒険者はジッと見続けた。
少年冒険者はその目で黒髪の冒険者の動きを見て、目標に定めたのだ。
自分の目指すべき強さはここだ、と心に深く刻み込む。
そして、この少年冒険者は努力を重ね続け……のちに、すべてを見切り、まったく攻撃が通じないところから「聖域」と呼ばれる歴代最強のSランク冒険者となる。
また、「全射程」と呼ばれる冒険者と組んでさらに活躍し、その名声はもっと広がっていくが、その頃でも努力は続けて己を高め続けていたことと、その姿を見て感化された多くの冒険者も努力を重ねたことで冒険者全体の質が一時的にかなり向上することになるのは、のちの有名な話。




