その5
「なんというか、意外ねぇ…」
校門へと寄りかかりながら、私はポツリとそんな言葉を零していた。
あれから必死に平謝りしてくる可憐を送り出し、宙ぶらりんとなった予定をさてどうしようかと考えながら、少しだけ思いを馳せているところだ。
(あの子に好きな人ができていたとは…)
顔を赤らめて足早に校舎へと戻っていくあの子の後ろ姿は、明らかに嬉しそうだった。それこそきっと、私といた時よりも。
あんな顔を見せられてなにも察することができないほど、自分は鈍い人間ではないと自覚している。たまに恋愛相談などを持ちかけられたりもしているのだ。
感謝されることも結構多いし、こういった話は空気を読めるほうである。
その経験を踏まえて考えてみるに、可憐は間違いなく誰かに恋をしているのだろう。
いつの間にとか、アンタ男嫌いじゃなかったの、とか。言いたいことは正直いろいろあったけど。
「ま、お幸せにね可憐。私は応援してあげるから」
そう言って私は笑った。そんなことは些細なことだ。
そりゃ本音をいうなら、あれだけ私にべったりだった可憐が相談してくれなかったことはちょっとだけショックである。
だけど、誰にだって隠し事のひとつやふたつはあるものだ。
以前男嫌いであることを口にしていたこともあるし、言いづらかったのだろうと納得していた。
だいたい、私だってあの子には翔也に対する気持ちを口にしたことはないのだ。
ある意味お互い様とも言えるだろう。そういう意味では、案外私とあの子は似たもの同士なのかもしれないな。
まぁそのことを差し引いても、あの場でそんな白けることを追求するほど、私だって野暮じゃない。
全部呑み込んで背中を押すくらいなんてことなかった。
後輩が幸せになるというのなら、素直に祝福してあげよう。
……その相手が翔也でないことを密かに安堵している自分からは、目を逸らす。
だけど強いていえばただ一つ、問題があるとするならば…
「明日からどうしよ…」
思わずため息をついてしまう。それは今後の私の身の振り方について。
可憐とは当面の間、一緒に下校もままならないだろうと思ってのこと。
その理由は言うまでもない。あの子はきっと今頃告白をされているだろうことが想像できたからだ。
そして告白を断るなんてしないことも。あの可憐を見て、断るなんて思えるはずもないのだから。
「そうなると明日から可憐はどうせ彼氏と一緒に帰るだろうし、私は独り身ってことかぁ」
好きあった男女が恋人になったら、いつも一緒にいたいと思うのは当然のことだ。
特に付き合いたてホヤホヤのカップルなら、登下校の時間は貴重なはず。
これまで通りあの子と帰るということは少なくとも当面の間は望めないだろう。
そう考えると自然とため息がこぼれ落ちた。
まさか可憐に先を越されるとは…人生って分からないものだとつくづく思う。
「ま、いつまでもへこんでても仕方ないか」
下がりつつあるテンションを誤魔化すように首を振ると、私はスマホを取り出した。
こうしていても仕方ないし、それならばと、ある人に連絡を取ろうと思ったからだ。
あるいは無意識のうちに、可憐に勇気を貰っていたのかもしれない。
あの子が前に踏み出したというなら私もという、先輩として一種の意地のようなものが働いたのかもしれなかった。
「よし、と…」
気合を入れて連絡先の番号をプッシュすると、少しの時間を置いてプルルル、プルルルと連続的な機械音が僅かに響く。
今か今かと待ち構えながらも、ディスプレイに映る名前を見てゴクリと生唾を飲んでしまう。
(どう誘おう…やっぱり無難に一緒にクレープでも食べに行かないとか…いや、これだとストレートすぎる気もするし、新しいお店ができてて気になってるとか、もっと遠回しな言い方をしたほうが…)
電話をかけた後にこんなに悩んでしまうあたり、私はやはり結構なヘタ…ううん、奥手なのかもしれない。
こんな弱気な虫を吹っ切るために、早く電話に出て欲しいという気持ちと、やっぱりもうちょっと時間が欲しいから出ないで欲しいという切実な気持ちが、私の中でせめぎ合う。
だけど結局は翔也次第。既に匙は投げられ、私の手から離れている。
祈るような気持ちで待つのだけど、結局かけた電話に翔也が出ることはなく、留守番電話のメッセージが流れるまで、私の心臓は高まったままだった。
「……これはこれで、なんか複雑だなぁ。忙しいのかしら、アイツ…」
ある意味望み通りの結果に終わったわけだけど、なんだか肩透かしをくらった気分だ。
ダメ元でもう一度電話をかけ直すも、やっぱり反応はナシ。
ならメッセージを送ろうかとも思ったけど、それだとタイミングがずれそうだし、気付かない場合は当面の間ここで待ちぼうけを食らうことだろう。
「……しょうがない。今日は帰りましょうかね」
校門ということもあり、人の行き来はそれなりにある。あまり注目を浴びたくもなかったし、帰宅途中に翔也からの連絡があればそれで良しと考えるべきだろう。
そう判断して、私は足を自宅のほうに向けた。
一人での下校は久しぶりだったけど、案外寂しいという気持ちを感じることなくその日は家路につくことになる。
だけどその日、結局翔也から電話がかかってくることはなかった。
次で今回のお話は最終回となります
投稿ペース上げれるよう頑張ろう…