その4
可憐からプレゼントを受け取ってからの数週間は、随分緩やかに時間が流れていたと思う。
そう感じることができたのは、きっと私の心に余裕が生まれたからだ。
翔也と可憐の仲を疑ってしまったなんて、今となっては思い返すだけで恥ずかしい。
それは結局、私の思いすごしに過ぎなかったのだから。
可憐の口から翔也に対する本音を直接聞けたのが大きかったのだろう。
焦燥感に駆り立てられていたのが嘘のように、今の私は穏やかだった。
翔也とは以前よりも話せるようになっていたし、可憐という共通の話題が出来ていたため、心の距離も近づいているのではないかと密かに思ってたりもする。
ただ、あの子のことに関して話すときはやけに優しい顔をするようになったことだけはちょっと引っかかるけども、まぁ気のせいだろう。
仮にもし、万が一があったとしても、可憐からは翔也に矢印が向いていないことは分かってる。
どうせ振られるのがオチだ。そのときは私が慰めてあげればワンチャン…いやいや、これはダメ。
私が直接好意を伝えなきゃ意味ないし。
(まぁ焦ることはないわよね)
ライバルはいないんだ。それなら最初の予定通り、じっくりと関係を変えていけばいいだけの話なのだから。
そんな明るい気持ちで部室に向かっていると、途中で見知った後ろ姿を見つけ、思わず駆け寄っていた。
「かーれん!」
「うひゃ!」
背後から軽く肩を叩いて声をかけると、我が後輩は予想以上のリアクションを見せてくれた。
可愛い悲鳴をあげてピョンと跳ね上がる可憐を間近で見て、私も思わず綻んでしまう。
「アハハ!ちょっとびっくりしすぎよ可憐。そういう反応してくれるのは私としては嬉しいけどね」
「お、お姉様でしたか…いえ、驚きますよあれは…」
胸に手を当て浅い呼吸を繰り返す可憐。同時に胸も上下しており、その大きさは私よりもよほど…いや、そんなの今はどうでもいいか。
せっかく気分がいいというのに、ここでわざわざ自分からへこみにいく理由もない。
落ち込みそうになる自分を誤魔化すように、私は口を開いた。
「ごめんごめん。可憐の姿が見えたものだからついね。いつも可憐から声をかけられてばかりだったからたまにはって思ってさ」
「いえ、怒ってはないのですが…あ、そのヘアピン、今日も付けてくれていたんですね」
謝る私に戸惑うような反応を見せながら、あることに気付いた可憐は嬉しそうに笑う。
それを見て、私は軽く髪をかきあげた。
「それはもちろん。大事な後輩からのプレゼントですから」
指の間から零れる髪をまとめる一点のヘアピン。
後輩と幼馴染が私のために選んでくれた、緑色の月桂樹をモチーフにしたそれは、陽の光を浴びてキラキラとした輝きを帯びていた。
「嬉しいです…!やっぱり私はお姉様が大好きですよ!」
「ちょっ!だから抱きつこうとするなっての!」
感極まって飛びついてこようとする可憐を軽くいなしながら、それでもこの時の私は、まだ笑顔だった。
「ねぇ可憐、最近駅前に新しいクレープ屋さんできたの知ってる?」
部活も終わり、いつも通り可憐と並んで校門へと歩く私は、可憐を寄り道へと誘っていた。
ここ最近は調子も良く、これならまず間違いなくレギュラーに選ばれることだろう。
今の自分に手応えを感じると同時に、少しばかりご褒美をあげてしまいたくなったのだ。運動した後には甘いものが鉄板だし、たまにはいいだろう。
「あ、そのお店私も知ってますね。うちのクラスでもちょっと話題になってましたよ」
「あ、そうなんだ。結構美味しいって噂は耳にしてるのよね」
「ですね、私もそう聞いています」
うん、食いつきは悪くない。このぶんならこの子も間違いなく付いてくる。OKOK。
素敵なプレゼントを貰えたこともあり、私からもなにかお礼のひとつでもしようとは思っていたのだ。
それだけでなく、思えば無理に翔也を紹介したりと、最近この子には悪いこともしてきた。
そんな罪滅ぼしも兼ねて、少しは先輩らしいことをするとしましょうか。
「じゃあ今日はそこに寄っていこうか。せっかくだし、今日は私が奢ってあげるわよ。」
そう言って私は胸を叩いた。すこーしばかり財布には痛いけど、まぁたまにはいいでしょう。見栄を張るのも大事なのだ。
「ほんとですか!?行きます!さぁすぐに行きましょう!」
「はいはい。まったく、そんな慌てないの」
私の言葉に目を輝かせてあっさりと食いついてくる可憐を見ると、なんだか微笑ましく思えてくる。
慕われてるのが分かるし、なんだかんだ悪い気はしなかった。
ワンコインが飛んでいくのも、まぁいいかという気分になる。本音を言うと欲しい漫画もあったりしたけど、それはまたの機会にすればいいだけだ。
私にとって四ノ宮可憐という子は、あるいは翔也に並ぶほどに、かけがえのない存在になりつつあったのだから。
「だってお姉様とスイーツ食べに行けるなんて嬉しくて……ぁっ」
喜びを顕にしていた可憐だったけど、さぁ校門を出ようとしたタイミングでなにかに気付いたように足を止めた。
「どうしたの?」
「あ、えっと。ちょっと待ってください。メッセージがきたみたいで…」
そう言って可憐は少し困ったような顔をしながら、ポケットからスマホを取り出した。
「そうなんだ。いいよ、全然。別に気にすることでもないしね」
ちょっとタイミングは悪かったかもしれないけれど、別に怒るようなことでもない。
むしろこれくらいでキレるような人間にはなりたくないし。
「すみません、すぐ済ませますので…」
足を止めた後、ぺこりと一礼してスマホを覗き込む可憐。それについ釣られてしまい、私も見てしまいそうになるけど、寸でのところで自重する。
親しき仲にも礼儀有りっていうものね。こういうのは大事なことだ。
「…………!」
だけど、あるいは。
この時に可憐のスマホに誰の名前が表示されていたのか、気づいていれば。
もしかしたら、なにかが変わっていたのかもしれなかった。
「あ、あの、お姉様…」
「ん?」
でも、そんなことが今の私にわかるはずもなく。
「その…クレープを食べに行くのは、またの機会でよろしいでしょうか……少し、用事ができてしまいまして」
少し顔を赤らめた後輩に、断りの言葉を述べられたことに対して、ただ目を丸くすることしかできなかった。
後編も分割で失礼します
月桂樹の花言葉は、裏切り
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