その3
すみません、まだ中編続きます
あれから少しばかり時が経ったある日の放課後。私は可憐と並び、校門へと歩いていた。
この後輩と他愛のない会話を交わすのはいつものことだが、最近は会話の内容が微妙に変化しつつある。
「―――それでですね、あの人ってほんっと気が利かないんですよ!もう最悪です!女の子のことなんて、まるでわかってないんですもの!」
アイツのことを、よく口にするようになったのだ。
そう。私の思い違いでなければ、翔也と会って話をしたという、あの日から…
「へ、へぇ。そうなの…まぁアイツって、昔からそういうところあったからなぁ…」
「やっぱり!昔からなら納得です。デリカシーないですもん。変わってないってことですね」
やれやれと首を振る可憐の顔には呆れの表情が浮かんでいる。
それを見て私は頬をひきつらせたが、この子は気づいていないらしい。
(この子の口から、なんでこんなに翔也の話が出てくるのよ…!)
翔也の話が本当なら、夕方にはふたりは解散していたはずだ。
私も翔也が6時前に帰宅したことはこの目で確認しているし、少なくとも最悪の事態にはなっていないはずである。
そうだ、あのふたりは話をしただけ。
翔也が可憐に言い聞かせて、それで終わっただけの話。
事実この子には翌日の部活前に頭を下げられ、これまでのことについて謝られてた。
―――ごめんなさい、お姉様の気持ちも考えず、ご迷惑をおかけしました、と
確かにこの子の日頃の私に対する態度に辟易していたのは確かだ。
ちょっとした悩みの種でもあったけれど、だからといって決して嫌いだったわけじゃない。
慕われているのは素直に嬉しかったし、後輩と先輩としての適切な距離を保てたなら、それでよかったのだ。
だから涙ながらに頭を下げる姿を見ては、先輩としては許す以外の選択肢などありはしなかった。
だからこの話は無事に解決。結果的に翔也に相談したのは正しかったと言えるのだろう。
……ただ、今となっては別の問題が浮かび上がりつつある。
私が紹介したのは確かだったけど、私の胸の内にはモヤモヤとした粘つく不安の糸が、確かに絡みついていたのだ。
踏み込もうとはした。話を先に進めるために、もういいからと軽く頭を撫でてあげたのだが、そうしたらあの子はまるで花が咲いたような笑顔をみせるものだから、それで毒気を抜かれたのも良くなかった。
おかげで結局、あの日どんな会話がふたりの間で交わされていたのか未だに分からず終いである。
…………あの笑顔を、アイツにも向けたのだろうか。
そう考えると、気が気ではなかった。
ただでさえ可憐は突出した可愛さを持っているのだ。
ろくに女の子に対する耐性のない翔也が勘違いをしてしまう可能性は大いにある。
早急に確かめる必要があることは間違いない。
……だからといって、翔也に直接聞くことなんてできない。
疑り深い女だと思われたくなかった。
翔也にとって茅原瑞佳という幼馴染は、後輩の面倒見のいい、頼りになる女でなくてはならないからだ。
後輩に対して■■する醜い部分なんて、見せたくなかった。
「ふぅ…」
大きく息を吸い込む。もしかしたら、少し緊張しているのかもしれない。
手に汗の感触が張り付いている。足も僅かに震えだす。
それでも、それでもだ。
聞きたくなかったけど、私は尋ねなくてはいけない。確認しなくてはいけなかった。
この子が、翔也のことをどう思っているのかを。
かさついた唇をひとなめし、私は口を開いた。
「あ、あのさぁ…可憐。最近さ、その、実は翔也と仲良くなってたり…?」
出てきたのは、思っていたよりずっと情けない言葉だった。
頭の中でシナリオを描いていたわけではないとはいえ、これはひどいと言わざるを得ない。言葉選びの拙さに涙がでそうだ。
(私、こんなにヘタレだっけ…?)
こんな私を、この後輩はいったいどう思うだろう。
そんな不安が脳裏をよぎったけど、可憐の反応は思っていたものとはだいぶ違うものだった。
「へ?」
「え?」
私の言葉に可憐は目を丸くしたのだ。
「この人なにを言っているんだろう」と、ハッキリ顔に書いてあった。
その様子を見て、微かな希望を抱いた私は尋ねた。
「違うの…?」
さっきよりも、すっと話せたと思う。
質問を投げかけられた可憐は、ゆっくりと首を振った。
「いえ、全然違いますよ。あの人は、こう、私のタイプじゃないですもん。私にはやっぱり、お姉様のような方が!」
「あー、はいはい。そういうのいいから」
鼻息荒く擦り寄ってこようとする後輩を押しとどめながら、私は内心安堵していた。
(そっか…そっかそっかそっか!)
この子は翔也が好きというわけじゃないんだ。
なんだ、そっか。なら、良かった。
うん、そうだよね。よくよく考えてみたら分かることだった。
だって、可憐はこんなに可愛いんだもの。わざわざ翔也に靡く理由なんてどこにもない。
この子ならきっと、もっといい男をいくらでも捕まえることができるはず。
そうだ、うん。絶対そう。間違いなくそうだよ。
そうに決まってるもの。あはは、なんだ。悩んでしまって損したなぁ。
「あ、あのお姉様…少しよろしいでしょうか…」
そうひとり納得していると、気付けば少し遅れて距離を取っていた可憐がなにやら話しかけてきた。
「なに?言っとくけど抱きつくのはもうダメだからね」
「それはわかっています。さっきのは半分冗談ですよ。実はですね、ちょうどいい機会ですし、お渡ししたいものがあるのですが……」
半分は冗談じゃないんかい。
思わず振り返りながらツッコもうかとも思ったけど、今のこの子は恥ずかしそうにしながらも、どこか真剣な目をしている。
ここは真面目に対応する場面のようだ。私は改めて背筋を正すと、可憐へと向き直った。
「なに、渡したいものって?」
「ええと、ですね。こちらです。どうか受け取ってください」
いつの間に取り出したのか、綺麗にラッピングされた箱を私に向かって差し出す可憐。
頬を赤らめ、もじもじと悩ましげにはにかむその姿は、人によっては大いに誤解を生むことだろう。
幸いなのか、あるいはちゃんと学習したのか、周囲に人影がないなかで行動に踏み切ったことは、素直に褒めるべきだろうか。
なんにせよ、受け取らないという選択はない。私は一歩踏み出し、後輩が差し出すプレゼントを手に取った。
「あ…」
「ありがと、可憐。でもどうしていきなりプレゼントなんてくれるの?」
どこか安堵した表情を見せる可憐にできるだけ優しく微笑むと、私は生まれた疑問を口にした。
「それは…お詫びと、日頃の感謝の気持ちを形にしたくて…いつも私、お姉様には迷惑をかけてばかりですので…」
「……別に、そんなこと」
気にしなくてもいいのに。
むしろ最近では、私のほうが迷惑をかけていたと思う。
男嫌いのこの子に、わざわざ翔也を引き合わせるなんてことまでしてしまったのだ。
さらに言えば、翔也に近づくダシにも……
「……私、お姉様のこと知りたくて、色々聞いてたりもしてしまって…あの人にも、たくさん迷惑をかけてしまったと思います。このプレゼント選びにも、付き合わせてしまいましたし」
申し訳なさから顔を曇らせる中、不意に出てきたあの人という言葉に、思わず私はドキリとした。
「え…翔也と、選んだの?」
「はい、この前会ったときに、一緒に選んで貰ったんです。とても助かりました…翔也さんはいい人ですね。さすがお姉様の幼馴染です」
そう言って儚げな笑みを浮かべる可憐。
私は頭の中で、点と点とが繋がったような、不思議な感覚を覚えていた。
(あの時、翔也が言いかけていたことって…)
きっとこのことだったのだろう。話をすることだけが目的じゃなかったんだ。
可憐からプレゼントの相談を受けて、一緒に選ぶつもりだったから、私を連れて行くことを渋ったんだ。
ふたりの間にはなにもなかった。あったのは私と同じ、ただの先輩と後輩という間柄だけだった。
(……なーんだ、そういうことね。うん、心配するだけ損しちゃった…)
それに気付くと、なんだが一気に脱力感が襲ってくる。
「まぁそんな褒められたとこはないけど。でもアイツ、確かにいいやつではあるのよね」
「ええ、本当に。感謝してますよ。あの人にも、そしてお姉様にも」
クスクスと笑う可憐に気付かれないよう、私は密かに嘆息した。
だからだろうか。気の抜けた私の耳に、可憐の小さな呟きが耳に入ることはなかったのは。
「―――だって、私を彼に会わせてくれたんですから」
そんな、大切な宝物を見つけたかのような、優しい呟きを。
いろいろすみません、次回で今度こそ後編となります
もっと早く投稿できるよう、今後は頑張っていこうと思います
下の評価を入れてもらえるとやる気上がって嬉しかったり(・ω・)ノ