9.死体令嬢は暴走する
バンって乱暴にドアが閉められた音がしたあと、いきなり硬い石の床に投げ捨てられた。
痛……くはないけど、エルバのきれいな体に傷がついたらどうしてくれる!
「さっさと絞めて石取り出すぞ」
袋に入れられてるから外見えないけど、なんかすっごいヤバそうな雰囲気。誘拐犯の人、シメるとか言ってるんですけど⁉ 私が何をした!
「死体はどうする?」
「かまわねぇ、その辺に捨てとけ。どうせ石人だ」
ひどっ。石人の扱いひどっ。
てか待って! 私、石人じゃないし‼
「私、石人じゃないです! 誤解です‼」
さすがにこの状況はしゃべっていいでしょ。しゃべらないとヤバいって。
さっきレナートが馬車の中で言ってたもん。石人って目が宝石だから、それ目当ての人に狩られてるって。しかもこの国では石人は人間の扱いされてないから人権ってやつも保障されてなくて、石人は殺しちゃったとしてもそこまで重い罪にはならないって。ほんとひどすぎる……
「何か言ってるが、どうする?」
「無視しとけ。目玉くりぬきゃ嘘か本当かわかんだろ」
それ、私が変装してるだけの人間だった場合、完っ全な犯罪だから。
「人間です、ほんとです! ご主人様の趣味で変装させられてるだけなんです‼」
よし、レナートのせいにしとこ。
私のこの言葉に男たちがためらい始めた。なんかボソボソ相談してる。
「もし本当だったとしたら、さすがにまずいんじゃ」
「苦しまぎれの嘘だろ、どうせ」
そこへまた扉が開く音がして、もうひとり来た。
「おいおい、まだバラしてねぇのかよ。さっさとやってずらかるぞ」
「いや、それがこいつ、自分は人間だって言いやがってよ。主人の趣味で変装してるだけだって」
「あぁ? だったらさっさと確かめりゃいいだろが。時間ねぇんだ」
そして私はまた雑に、今度は袋から引きずり出された。覆面をつけた男にそのまま首をつかまれ、無理やり顔を上げさせられる。
「やっぱ石人じゃねーか」
「ちがっ、これコンタクト!」
「こんたく? ……いや、それよりテメェ」
首を掴んでた男の顔が、すっごい嫌そうにしかめられた。
「冷たすぎる。体温がねぇ……脈も」
「生ける死体か!」
覆面男たちは顔を見合わせると、ニヤリって感じな笑顔で私を見下ろしてきた。
わ~、なんかすっごいやな予感がする。
「生ける死体だってぇなら、人間だったとしてもまあ別にかまやしねぇよな」
え、待って。何言ってるの? やだよ、私はかまうよ!
「よし、おめぇら押さえてろ。首落としてから確かめっぞ」
「やだやだやだ、人殺――」
口の中にさっきの袋の端っこ詰め込まれた! 息ができない……のは困らないけど、声が出せないのは困る‼
男二人がかりで押さえつけられて動けない。その間にもう一人が斧持ってきて、大きく振りかぶった。
「そのまま押さえてろよ」
こんなとこで意味わかんないまま死体で目を覚ました上、さらに殺されてたまるかっての!
火事場のクソ力ってやつなのか、めちゃくちゃに手足動かしたら男の拘束が緩んだ。でもエルバ、こんなちっちゃい体で力すごすぎない⁉ さすがにちょっとびっくりだわ。
「あ、バカ野郎!」
私が暴れたせいで、みんなの位置がちょっとずつずれてて。でも、すでに振り下ろされてた斧は止まらなくて。
「うぎゃっ‼」
斧は私の首じゃなく、覆面男の一人に振り下ろされた。
「あぁ、くそっ!」
顔に、温かいものが飛んできた。目の前には片手を押さえてうずくまる覆面男。顔にかかった温かいものは、そのまま私の口へと入ってきて――
「あ、うぁ…………」
甘いそれは、一瞬で私の頭を沸騰させた。意識が、飛ぶ。
「あああ……」
もう、言葉なんて出てこない。今頭の中にあるのは、それをもっと食べたいってことだけ。甘い、甘い、甘くて痺れる……
「ああああああああああ‼」
ちょうだい。もっと、もっと!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 離せ、離しやがれ化け物‼」
歯を立てると、口の中が甘いのでいっぱいになった。
「たす、助け――」
「行くぞ! 石人じゃねぇなら用はねぇ」
「え、アイツは⁉ あ、待って」
おいしい、おいしい、おいしい。もっと、もっと、もっと。
「やめ……助け……痛い、誰か……」
「止まれ、ラーラ!」
何かに、強制的に止められた。
もっと食べたいのに。甘いの、もっと欲しいのに。
「それ以上は許さない。戻れ、ラーラ」
振り返ると、真っ黒な目があった。向こう側が見えないトンネルみたいな、暗くて怖い目。
「おまえ、帰るんだろ? それ以上やったら、戻れなくなるぞ」
帰る? 帰るって、どこへ?
「戻って来い、ラーラ」
戻る……戻らないと…………
「それと」
真っ黒な目が近づいてくる。
逃げたいのに。今すぐ逃げ出したいのに、目を逸らせない。
真っ黒な目の人は私の顔を掴むと――
「おまえが飲んでいいのは、俺の血だけだ! 覚えときやがれ、バカラーラ」
目の前が銀色に覆いつくされたら、口の中に甘いのが流れ込んできた。
さっきの甘いのなんてどうでもよくなるくらい甘くておいしくて、頭がぼうっと痺れる。動いてないはずの心臓がドキドキ動き始めた気までしてきた。そんなの、あるわけないのに。
「……また、なんで口で…………」
ちょっとずつ頭の中のもやが晴れてきて、代わりに恥ずかしさといたたまれなさがこみあげてきて。
「あ? 走ってきた男にそこで殴られたんだよ。で、また口の中切った」
「……あっそ」
なんてやり取りしてたら、下からうめき声が聞こえてきた。慌てて見たら、なんか血まみれの知らないおっさんに馬乗りになってた。グロっ。
で、気づいた。なんかやけに視界がすっきりしてる。
「やばっ!」
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい! それってイコール、サファイアのコンタクトどっか落としたってことじゃん‼
急いでおっさんから飛び降りて床に這いつくばると、手あたり次第その辺の床を探す。
怖い怖い怖い、いくらすんのかわかんないけど色々ヤバい。割れてたりしたらどうしよ~。
「あー、見つけた! よかった‼」
幸い割れてなかったし、無事見つかった。落っこちたの濃い青の方だけだったから、見つけやすくてほんとよかった~。
「ラーラ」
呼びかけられて振り向くと、そこには血まみれ男を縛りあげた、なんとも言い難い顔をしたレナートがいた。ふてくされたような、しょんぼりしたような? なんだその顔は。
「その……すまなかった」
「あー、うん」
その顔、反省してるときの顔だったんだ。子供か。
「えっとね、私……ていうか、エルバって小柄なんだ。だから、レナートとは歩幅が全然違うの。レナートが自分のペースで歩いてっちゃうと、エルバは走らないと追いつけなくて。でもさっきは人ごみもあったし初めての場所だったしで、追いつけなくて」
「悪かった。そういうの、俺、全然気づけなくて……」
「うん。だから次からは、もう少し私を見てね。あと、助けに来てくれてありがとう」
お礼を言った私を、レナートは目を真ん丸にして見てきた。
なんだその反応。私が素直にお礼を言ったら悪いのか⁉




