8.死体令嬢は偽装する
そして三日後――
「これ着けろ」
レナートが持ってきたのは手のひらサイズのちっちゃな箱。ふたを開けると、色違いの小さなレンズが二つ入ってた。
「もしかして、カラコン?」
「からこ……? 目の色を偽装するための透鏡だ」
やっぱりカラコンだった。一枚は黒目の部分だけ群青色の普通のヤツ。で、もう一枚は全部がかな~り濃い青で、こんなのつけたら前が見えなくなっちゃいそう。
「人間の目にはまず使えねぇけど、おまえら生ける死体なら問題ない。酸素の供給とかそういうの、気遣う必要一切ねぇからな」
「まあ、息してませんし? ハードタイプとか初めて~。これってガラス?」
「人工蒼玉だ」
「サファイア! サファイアのカラコン⁉」
なんつー贅沢なカラコン! これ、お高いんでしょう? うわ~、値段聞けない。あ、聞いてもこっちのお金の価値わかんないけど。
「いざというときのために錬金術師に依頼して作らせといたんだが、さっそく役に立ったな」
いざというとき? 作らせといた? てことは、私が来てから私のために作ったわけじゃないのか。
「いざというときって、どんなとき?」
「死体の出所をごまかすときだな」
あー、なるほど。泥棒してたから、それ用の事前準備だったのか。
「ごまかすったって、どうやって? カラコンで目の色変えたくらいで、どうにかなるもん?」
「目の色変えるっつーか、目そのものを変えるっつーか」
どういう意味だろ? この世界じゃ目を変えたらどうにかなるの?
「この国が所有してる死体は、あくまで人間の死体だけ。だから、こいつを使えば……」
いきなりあご掴まれて顔上げさせられたと思ったら、さっきのサファイアのカラコンぶち込まれた。扱いが雑! この体は痛みとか感じないからいいけど、生きてたらこれ絶対泣いてたし‼
「ほい、偽石人生ける死体の出来上がり。石人は目以外姿かたちは人間とほぼ同じだから、偽装すんならあいつらが一番楽なんだよ」
レナートは皮肉っぽく笑うと、ちっちゃく息を吐いてから言葉を続けた。
「けど、それでもあいつらの扱いは人間じゃねぇ。そもそもあいつらうちに流れてくる数が少ねぇし、あいつらの国がファーブラっつー別の国にあるってのもあって、うちの国じゃ石人は法の外の存在だ。だからあいつらの死体をどっかから買ってこようと掘ってこようと、ここティエラじゃうるさく言われねぇ。人間の生ける死体以外なら、登録さえすりゃ個人所有可能だ」
人種差別的な? どこの世界も大変だ。
「あとはまあ、最終的に金さえ積んどきゃある程度は見逃される」
汚い。大人の世界、汚い。
と、それはそれとして……
「これ、見え方めちゃくちゃ気持ち悪いんですけど!」
片っぽだけレンズが全部青いから、こっちの目だけで見ると世界が真っ青。おかげで両目開けてると色が混ざって、ものすごく気持ち悪い~!
「文句言うな。あと、町に出たらしゃべるな。いいか、絶対にしゃべるなよ!」
「なんでよ~」
「おまえみたいなうるさくてアホっぽい生ける死体なんかいねぇからだよ‼ いいから黙っとけ」
失礼な! 他のリビングデッドの人たち知らないから、どんなかわかんないけど。でも、アホっぽいはひどい。
なんて文句言っても、こっちの世界の常識とか全然わかんないし。ま、黙っとくのが正解なんだろうなぁ。
「よし。じゃ、メランヌルカ行くぞ。いいか、絶っっっ対にしゃべるなよ‼」
「わかってるってば~。もー、しつこい男は嫌われるよ」
「うるせ。おまえに嫌われたとこで痛くもかゆくもないわ」
ほんっと、かわいくなーい。
でも見放されても困るし、おとなしくてやるか。町では。
この前と同じようなレナート少年時代のふりふりシャツとハーパンに、今日は黒のベストとジャケットもプラス。エルバってば美少女だから、男装もめっちゃかわいい。
ちなみにレナートも今日はちゃんとした服着てる。細身の燕尾服っぽいスーツにシルクハット。どうやらゴスロリ系の服が趣味らしい。それにしてもさ。ちゃんとした格好してれば素材は悪くないんだから、いつもちゃんとした服着てればいいのに。
そんなレナートご自慢の骨馬がひく馬車に乗って、私たちは塔のある森を出た。
なんか途中、この塔の周りに張ってある進入禁止の結界についてとか石人についてとか色々語られたんけど、興味ないとこは聞き流しちゃった。語ってる本人は楽しいんだろうけど、興味ないことを聞かされる方はたまったもんじゃないっての。レナートにはいつか、私がハマってたソシャゲのこととか色々語ってやろう。思い知れ!
「もう着く。いいか、絶対にしゃべるんじゃないぞ」
「わかってるってば。はいはい黙りますー」
もう口きいてやんないもん。ふーんだ。
ふくれてそっぽを向いた私に、レナートはこれみよがしなため息をついた。でも急に真剣な表情になると、じっと私を見てきて――
「あと、俺のそばから絶対離れるな。何があっても、絶対に」
その顔があまりにも真剣だったから。さすがにそこは素直にうなずいといた。なんか茶化していいような雰囲気とかじゃなかったし。
そんなやりとりのあと、骨馬車は大きな門を通って町へと入った。
メランヌルカは、石の高い壁に囲まれた町だった。石畳の広場や大通りに沿って、レンガや石で作られた高い建物や塔が並んでる。さらにその建物でできた細い路地は、町のあちこちを迷路みたいに繋いでるらしい。あれだ、フランスとかイタリアとか、そんな感じのヨーロッパっぽい街並み。
こんな気持ち悪い視界じゃなかったら、少しくらいは旅行気分も楽しめたかもしれないのになぁ。
「まず役所に行って、ラーラを俺個人の所有する自律型生ける死体として登録する。じゃねーと、後々色々と面倒なんでな」
レナートの話とか聞いてると、ここでは死体も労働力の一つみたいだしね。家畜とか、そういう感じの扱いなのかな? 財産の一つ的な? 個人的にはなんかモヤるけど、ここではこれが普通なんだろうね……
「じゃ、行くぞ」
馬車を降りて、広場に面した役所の建物へと向かう。たくさんの人の中をすたすたと大股で歩いて行くレナート。
待て待て待て、ちょっと待てい。早い、歩くの早いから! 離れるなって言ったくせに置いてかないで‼
エルバってば元の私と同じく背がちっちゃいから、すらっと背の高いレナートとはたぶん三十センチくらい差がある。イコール足の長さも違うわけで、歩幅もかなり差がある。ちょっとくらい振り返って確認しろよ~。小柄な女の子と自分との歩幅の差を考慮しないとかレナート、さてはおまえ女の子と付き合ったことないな!
さすがにこのまま距離を離されるのはまずいって思ったから、レナートを呼ぼうとしたんだけど。
「レナ――」
いきなり口塞がれて抱え上げられたーーーー‼
「んーーーんんーーーーー!」
ばかーーーー! レナートのアホーーーー‼
「あ、おい!」
遅いーーー遅いよーーーー! 「俺のそばから絶対離れるな」じゃないわーーー‼
この世界、町に入って三分で誘拐されるほど治安悪いの⁉
荷物みたいに小脇に抱えられて、迷路みたいな細い路地を運ばれて。途中、別の誘拐犯にバトンタッチしたときに麻袋に放り込まれて、今現在さらに荷物みたいに運ばれてる。
異世界、めっちゃ怖いんですけど‼