5.死体令嬢は思案する
鬼の居ぬ間に探検探検~。
なんて、うっきうきで家探し始めたんだけど……
「つまんなーい!」
だって、ドアみんな鍵かかってるんだもん。一番上の七階から順番に階段降りてって、途中にあるドア全部チェックしてきたんだけど……ここまで一個も開いてなかった。つまんなーい。
「もう二階なんですけど。ここが最後じゃーん」
昨日の夜見たとき、一階には玄関のドアしかなかった。
だから、もう全然期待なんてしないでノブに手をかけたんだけど――
「お? おお! 開いたー!」
五回目にしてやっと当たり。うっきうきで扉を開けた。
「えー、真っ暗でなんも見え……なくないな」
そう、見えなくない。ていうか、よく見える。
おかしくない? 灯りも窓もない真っ暗な部屋なのに、昼間みたいによく見える。そういえば昨日の夜も満月だったっていっても、ドアからもれた灯りと月の光だけであんなに風景わかるもん?
「ま、いいや。探検探検~」
わかんないことはあとでレナートに聞こう。
唯一鍵が開いてたこの部屋は衣裳部屋だったみたい。ずらっといろんな服が並んでる。シャツにパンツにベストやジャケット、コートにローブに帽子やアクセサリー……なんかゴシックでおしゃれなやつがいっぱい。さっき着てたあのよれよれローブ、さてはあれ家着だな。
ざっと見たけど全部男物。ま、当たり前か。
「そういやこれ、パジャマ……だよね」
そういえばって自分の体を見下ろす。見えたのは、レースとフリルがたっぷり使ってある、「まあ、お高いんでしょう?」って感じの、真っ白で高級感あふれまくりのネグリジェだった。
「かわいいんだけどね。エルバにはすっごく似合ってると思うんだけどね」
でも普段もっと動きやすい服ばっか着てた私には、ちょっーと窮屈というか落ち着かない。しかもパジャマでしょ、これ。
「着替えたいな……」
ここに並んでる服の感じから予想すると、この世界の女の子の服ってドレスとかワンピースな感じ? どうしよう、もしドレスだったら動きにくそう。でもパジャマのままもやだし、かといってドレスもやっぱり困るなぁ。
だったらさ……ここにあるやつ、借りちゃえばよくない?
よし、そうしよ! 実はさっき、子供用の服も見つけたんだよね。あれならサイズ合いそうだし、なにより動きやすそう。裸足のままもやだし、靴もなんか借りよーっと。
それにしてもレナートめ。子供の頃の服までとってあるとか、結構な金持ちなくせに断捨離できないタイプだったか。ま、おかげで助かったから文句ないけど。
「おー、動きやすーい」
襟のおっきなリボンがかわいいフリフリ白シャツと、サスペンダー付きの黒のハーフパンツ。見た目もかわいいし、なにより動きやすい。スカートじゃないから動きも雑でおっけー。ついでに背中まであったサラサラヘアも三つ編みで一つにまとめといた。
靴下は見つからなかったから素足だけど……ま、いっか。靴もブカブカだけど、どうせまだ外出られないしー。しっかしレナートってば、子供の頃はこんなかわいい服着てたんだ。どんな子だったんだろ?
「あーあ。それにしても私、なんでこんなことになってんだろ」
衣裳部屋を出たとこで、部屋の前にあった小さな窓に頬杖をついて外を見た。
「木しか見えないし」
ない。さすがにこれはないわ。
仕方ないので、かっこよく物思いにふけるため螺旋階段を上がってく。三階、四階、五階……なんだかんだで結局もといた七階の部屋まで戻ってきた。石の壁をくりぬいたとこに作られた、はめ殺しのおっきな窓に寄りかかりながら外を眺める。
二階から七階まで。ながーい螺旋階段を上がってきたわけだけど……私、まったく息が切れてない。ていうか、息しなくても特に苦しくない。なんとなく当たり前みたいに呼吸してたけど、もしかしたら必要ないっぽい?
「この体、ほんとに死んじゃってるんだなぁ。いまいち実感ないけど」
息しなくていい、お腹空かない、暗いとこでも困らない。暑いとか寒いとかぼんやりとしかわかんないし、汗もかかないし疲れない。涙は出るのかな? わかんないや。
とりあえず普通に動いたり考たりできちゃうから忘れちゃうんだけど、やっぱり変だよなぁ。実は全部夢でしたーってならないかな。
なんて。お約束でほっぺたをつねってみたけど、やっぱり痛くなかった。痛くはないけど感触はある。夢じゃないけど現実って気もしない。なんなんだろうな~、これ。
「みんな、今頃どうしてるのかな……」
ひとりになると思い出すのは、やっぱり日本のこと。私の体はどうなってるんだろうとか、お母さんたち泣いてないかなとか、新学期までには帰れるのかな、とか。
「帰りたいな……」
ぶ厚い窓ガラスの向こうは青い空。下に広がる森は大きくて、そのずっと遠くに山が見える。
町とかどこにあるんだろう? うちの周りは切れ目なく家やビルが並んでて、どこまで行っても町って感じだったなぁ。こんなゲームのフィールドみたいな景色、リアルでは初めて見た。
「帰りたい……」
ぎゅうぎゅうの満員電車も、体育の後の汗拭きシートや制汗剤の匂いも、狭くてゴミゴミしたアスファルトの道も、みんなみんな懐かしい。まだ一日も経ってないのに、全部すっごい昔の思い出みたいで不安になってくる。
「泣きたい……」
気持ち的にはこんなに泣きたいのに。全然涙が出てこない。
さっきちょっと思ったけど、この体やっぱり泣けなかったわ。つら……
「なんで……」
なんで私だったんだろ。帰りたい。帰りたいよ。
友達と放課後ぶらぶらしたり、家でゲームやりながらお菓子食べたり、それでお母さんに行儀が悪いって怒られたり……そんな普通の場所に、帰りたい。
「助けて……」
目を閉じる。目を閉じて、頭の中の思い出に逃げ込む。
耳をふさいで、目を閉じて。そうすればその間だけ日本に、家に帰れる。
このまま寝ちゃって、二度と起きなければいいのに。
「夢でも、もう……」
夢の中でしか帰れないなら、もうずっと夢でいいや。