元死体令嬢は変心する4
「さて、全部説明してもらおうか」
おお、レナートの目が完全に据わってる。もともとあまりよろしくない人相がさらにひどいことに。
「えーとね~……ごめーん、魔法失敗しちゃってた」
「ふざけんなよクソ糸目」
「糸目糸目ってひどいな、きみ」
「うるせぇ、インチキ魔法使い」
えへって感じでさらっと言ったけど。言ったけどーーー!
「どういうことですか⁉ 私、これからどうなるんですか!」
「あー、魔法の効果はちゃんと一日できれるから。そこは安心して」
あ、お兄さんの言葉にレナートがあからさまにホッとした顔してる。よかった。ようやく伝わった。ついでなのか、お兄さんは代償のこととかもレナートに説明してくれた。
「そっちはわかりました。じゃあ、そこじゃないとこは?」
私の質問にお兄さんはあのインチキスマイルを返してきた。なんかイラっとするな、これ。
「えっとね~、まずは僕の魔法のことから説明するね。僕の魔法はね、花言葉を使ってその現象を起こすって魔法なんだ。たとえばさっきのお店で使った白い雛罌粟、これの花言葉は『眠り』とか『忘却』とかね。僕はそのうちの『眠り』の方を使ったんだ。いや~、うまくいってよかった」
「みんなが倒れてたのってあれ、全員眠ってただけなんですね」
よかった。今回のこの騒動、私だって原因のひとつだもん。大事になってなくて、ほんとよかった。
「でね、こういう風に花言葉っていうのは、一つの花に複数ある場合が多くてね~。というわけで、きみにかけた王連の魔法、どうやら『変身』の方だけじゃなくて、『揺れる心』の方もかかっちゃってたみた~い」
「笑ってる場合じゃないし! 揺れる心って何⁉」
「揺れる心っていうんだから、やっぱり心変わりしやすくなるとかって感じなんじゃない?」
感じなんじゃないじゃない! この人、めちゃくちゃ軽いな‼
ということは、もしかしてもしかしなくても、あの頭ぐるぐるで思ったことと違う言葉が出ちゃうあの状態って……
「お兄さんのアホーーー! そのせいでレナートにひどいこと言っちゃったじゃんよーーー」
怒りのままにお兄さんに突進しようとしたら、がしって感じでレナートに捕まった。
「ラーラ、あれやっぱ本心じゃなかったんだよな⁉ 俺、嫌われてないよな?」
「え、うん。さっきはごめんね。私、レナートのことちゃんと好きだよ。ほら、石人である私がレナートのこと嫌いになるなんて絶対にないじゃん」
たとえ石人じゃなくてもね、嫌いになんてならないと思うよ。元人間だから人間の心はそんなに強くないって知ってるし、だから絶対なんて軽々しくは言えなかったと思うけど。でも私は人間だったとしても、きっと一生レナートのこと好きだったと思う。こう見えて、けっこう情が深いんだから。
「あーあーいいですね~。ついこの間フラれたばっかの僕の前でイチャイチャとさ~。僕なんか、今まさにそのフラれた相手のとこの後始末も同時処理中だっていうのに」
「レフィ。そっちもあなたが原因作ったんでしょ。しかも色んな人を巻き込んじゃったんだから、ちゃんと責任取るのよ」
あ、お兄さんなんか水晶玉っぽいのに向かってしゃべり始めた。私の方とは別のトラブルの処理ってやつかな? まあ、自業自得っぽいからがんばってねとしか思わないけど。
しばらくしてお兄さんの別件の用事も無事に片付いたらしい。いったい何したんだ、この人。水晶玉の向こうから女の人と男の人の怒鳴り声とか聞こえてきてたけど。
「は~、疲れた。あれ、きみたちまだいたの?」
「『まだいたの?』じゃねぇ。そもそもここはどこで、俺たちはどうやって帰ればいいんだよ」
「あ、ごめーん。そっかそっか、きみたちティエラだっけ。ちょっと待ってて~」
まったく反省の色が見えないお兄さんはあははって感じで笑ったあと、例の緑の便利ドアを出した。
「どこに帰る? メランヌルカ? それとも家?」
「人が苦労して張ってる結界を思いっきり無視しやがって。軽々しく住居不法侵入すんじゃねぇよ」
「じゃあ、メランヌルカにする?」
「いや、疲れたから家のほ――」
「メランヌルカで! 町の方でお願いします‼」
あっぶな! 危うく家に直帰させられるとこだった。
「んだよ。わざわざメランヌルカなんかに戻ってどうすんだよ」
「レナートこそ家なんかに戻ってどうすんの!? 私、今だけ人間なんだよ! 石人じゃできなかったこと、今なら色々できるんだよ‼」
「でもよ、おまえ変な魔法もかかっちまってるじゃねぇか。それに、何したって全部忘れちまうんだろ。なら別に――」
「いいの! 変でも忘れちゃってもいいから、とにかく‼」
乗り気じゃないレナートの背中をグイグイ押して緑のドアに突っ込んだ。
「あ、待って~。はい、これ」
振り返った私の手を取ると、お兄さんは白い小さな花がついた草をくれた。これ、見たことある。よく道端とかに咲いてた花だ。いわゆる雑草って言われてるやつ。ぺんぺん草だっけ?
「なんですか、これ?」
「薺。お詫びにあげる」
「はぁ。ありがとうございます?」
お詫びに雑草って。ほんとよくわかんないな、この人。とりあえずポケットにしまっとけばいっか。あ、枯れちゃうかな? 家に帰ってすぐに水あげたらなんとかならないかな?
「じゃ、がんばってね~」
お兄さんのインチキスマイルに見送られてドアをくぐると、仏頂面のレナートが待ってた。
「遅い!」
「え~、ほんのちょっとじゃん。寂しがり屋か」
「おう、悪ぃか」
「ううん、悪くない」
差し出された手を握ったら、レナートもちょっとだけぎゅって握り返してきてくれた。
そっからは手を繋いで、たわいない会話をして、おいしいものたくさん食べて、いろんなお店を見て回って……たまに変になっちゃったけど、まあなんとかなった。
でも、楽しい時間はあっという間っていうのは本当で。気がついたらもう夜だった。
「遅くなっちまったな。仕方ねぇ、今日は泊まってくか」
「やった! じゃあさ、あの宿屋行こ。食事がおいしいって評判の」
「おまえ、まだ食うのか!? どうなってんだよ、その胃袋」
「いいじゃん。今日だけなんだからさ」
「まあ、いいけどよ。じゃ、行くか」
レナートと一緒に食事できることが、すっごい楽しくて、幸せで。レナートもすごく嬉しそうで、それがまたすごく嬉しくて。好きな人と何かを共有できるって、すごく幸せ。それはもちろん人間じゃなくてもできるけど、一緒に食べるっていうのはリビングデッドや石人じゃできない、してあげられないことだったから。
「おなかいっぱーい」
部屋に入ってソッコーでベッドにダイブ。はー、ほんとお腹いっぱい。
「そりゃ、あんだけ食えばいっぱいにもなるだろうよ」
「だってー。レナートが好きだって料理、全部食べてみたかったんだもーん」
「ばーか。無理すんなっての」
レナートがベッドに座ってきた。転がってる私からは背中しか見えないけど。
「レナート。今日のこと、忘れないでね」
「ばーか。忘れられるわけねぇだろ。ボケても憶えててやるわ」
「やったー。ずーっと、ずーっと憶えててね」
「うるせぇ、酔っ払い。いいからとっとと風呂入ってこい」
「はーい」
かわいいな~、耳まで真っ赤にしちゃって。きっと顔も真っ赤になってるんだろうなぁ。口は悪いけど、なんだかんだで紳士なんだよね、レナートって。
なんて考えながらシャワーを浴びてスッキリしたところで思い出した。あのインチキお兄さんにもらった雑草のことを。
「やばっ、水あげなきゃ!」
すっかり忘れてた。もしかしたらポケットの中でぐちゃぐちゃになってるかも。
バスタオル一丁で慌ててさっき脱いだ服のポケットをあさったら、なんともらったときそのままのきれいな姿のぺんぺん草が出てきた。なにこれ強い。
「え⁉」
いきなりぺんぺん草が光り始めた。でも、やばいって思ったときには遅かった。ぺんぺん草は光ったあと、私の手の中でふわって消えちゃった。
――どくん
なんか、なんだろ。すっごい心臓がどきどきしてきた。なにこれ? わかんないけど、体が熱いっていうか、頭がぼーっとするっていうか……あれ? 私、今まで何してたんだっけ。ていうかここ、どこ?
うまく思考がまとまらなくて、でもどうにかしたくて。とりあえず目の前のドアを開けた。短い廊下を進むと部屋があって、そこにベッドに座ってるレナートが見えた。
「レナー……ト」
助けて、なんか変。頭がぼーっとする。
「ばっ、ラーラ! おまっ、なに――」
なんでかベッドから立ち上がっていきなり逃げようとした挙動不審のレナートを素早く捕まえると、思いっきり抱き着いてやった。よし、捕まえた。
「レナート、私……」
頭がぼーっとして、体がおかしいの。それに、なんでここにいるのかわかんない。
そう言おうと思ってたのに。
「あなたに、私のすべてを捧げます」
なんかとんでもない言葉が口から飛び出してた。そのおかげか、一瞬にしてさっきまでのよくわかんない熱が引いた。
え、なにこれ。どういう状況? なんかとんでもないことしてない? よくよく見たら私、バスタオル一丁でレナートにしがみついてるってこれ、どう見ても痴女じゃない?
レナートの方も固まったまま動かないし、私も固まったまま動けない。どうしよう、沈黙がいたたまれなさ過ぎる。
「…………ぞ」
「へ?」
固まってたレナートが、ゆらりって感じで動き出した。うわっ、顔は真っ赤なくせに目だけやたら爛々っての? なんかギラギラしてる。この雰囲気、これって――
「おまえから誘ったんだからな! ずっと……ずっと、我慢してたのに‼」
「ちょっ、ま……待って‼ 心の準備が」
「今さら待てるワケねーだろが! 百年待ったわ‼ よし、日付も変わってるな」
なんで⁉ いったい何がどうなってこうなったーーー!?
王連
「変身」「揺れる心」
薺
「あなたに私のすべてを捧げます」




