元死体令嬢は変心する3
「ラーラ、大丈夫か?」
「大丈夫……じゃない」
うー、頭がガンガンする。私、何してたんだっけ。
椅子に座ったレナートの膝の上からあたりを見回すと、たくさんの人がテーブルに突っ伏してたり床に倒れたりしてた。なにこれ、どんな状況?
「レナート。これ、何があったの?」
「俺にもわかんねぇよ。ていうか、むしろ俺の方が色々聞きてぇ」
眉間に盛大にしわを刻んだ超絶不機嫌顔で、レナートは唸るような絞り出すような声を吐き出した。うん、なんかよくわかんないけど怖い。怖いっていうか、なんかヤバい。
「ラーラ。さっきの金髪糸目野郎、ありゃ誰だ?」
「金髪糸目……ああ、お兄さん? えーと、名前なんだったっけ」
ずっとお兄さんって呼んでたから名前忘れちゃった。
「マレ……なんだったっけなぁ」
「それとその目。ラーラ、おまえ守護石どうしたんだよ。それじゃ、まるで人間みてぇじゃねぇか」
「えーと、魔法使いに人間にしてもらいました」
「…………はぁ⁉」
うわっ、耳元で大声ださないでよ。あとなんかさっきから体ギリギリ締め付けられてるんですけど。これ、抱きしめられてるっていうか締め技くらってるみたいなんですけど。
「ちょっ、痛いから」
「おまっ、人間になったってどういうことだよ! なに勝手なことしてんだよ‼」
「待ってってば。人間になったっていっても――」
「ふざっけんな‼」
あ、やば。レナート、やっぱりめちゃくちゃ怒ってる。どうしよう、一日だけの体験人間だって伝えたいのに、これは聞いてもらえない雰囲気な気が。
「だから、ちょっと私の話を――」
「また俺を置いて……ひとりで……」
だめだ、なんか変なゾーンに入っちゃってる。しかもブツブツなんかつぶやいてるその中に、死ぬとか物騒な言葉が聞こえてくるんですが。
「レナートってば!」
なんで? なんで私の話、聞いてくれないの。なんで私のこと、信じてくれないの。なんで私のこと、ひとりにするの。なんで私のこと、見てくれないの。なんで、なんで、なんでなんでなんで――――
「レナートなんか、嫌い」
私の言葉に、レナートの肩がびくんってはねた。
嘘。私がレナートを嫌いになるなんてない。なるわけないのに、なんか変。思ってもない言葉が出てくる。頭がぐるぐるする。気持ち悪い。
「ごめっ、ごめん。ラーラ、だから」
「レナートなんか、嫌い」
違う、違うの。違うのに、体が言うこときかないの。助けて、こんなの私じゃない。違うのに、だからそんな泣きそうな顔しないで。ごめん、ごめんなさい。
「レナートなんか……きら、い」
私、こんなこと言うために人間になりたかったんじゃないのに。
もうやだ。こんなことになるんだったら人間になんてならなきゃよかった。レナートと同じものを食べておいしいねって言いあったり、誰の目も気にせずデートしたり、ただ、そういうのがしたかっただけなのに。
「ふたりとも、こっちこっち」
声がした方へ振り返ると、お兄さんがあの緑色のドアから顔を覗かせて手招きしてた。
「全部説明するから、とりあえず来て」
お兄さんの説明するって言葉で少し我に返ったのか、レナートは私を膝から下ろすと、ひとりでドアの方へ歩き出した。いつもなら必ず手を繋いでくれるのに、ひとりで行っちゃった。
「レナート」
「とりあえず行こう」
のろのろと歩く後ろ姿は完全に生気が抜けきってて、なんかネクロマンサーっていうより量産型リビングデッドみたいだった。ごめん、私が傷つけたせいだよね。
「レナー……」
わかってる。自分の意志じゃなかったけど、現実にあんなこと言ってレナート傷つけたのは本当だから。悪いのは私。だから、あとでちゃんと謝ろう。でも、とりあえず今は行かなきゃ。
レナートを追って緑の扉をくぐると、そこは植物がいっぱい置いてある日当たりのいい部屋だった。ただ、なぜか部屋の真ん中には大きな丸底フラスコが置いてあって、その中には裸の女の子のお人形が置いてあった。長い金の髪に蜂蜜色と紫の混じったアメトリンみたいな右目、そしてアウィナイトみたいなきれいな青の左目。すごいなぁ、めちゃくちゃ精巧だし凝ってる。
でもこれ、お兄さんもしかしてロリコン? 変態?
「レフィが迷惑をかけて、ごめんなさい」
お兄さんに冷たい視線を送ってたら、フラスコの中のお人形ちゃんが喋った。もしかしてあの子、生きてる人間⁉
「これ、もしかしてホムンクルスか? 文献では知ってたが、動いてるのは初めて見た。というか、本当に存在してたのか……」
知的好奇心のおかげか、レナートが少しだけ復活してた。
「ちょっと、じろじろ見ないでよ~。ニアも相手しなくていいから」
「そんなこと言って。このひとたちもレフィの被害者なんでしょ? さっきも極夜国にカーバンクル派遣してたけど、あっちでもこっちでも騒動ばっかり起こして」
お兄さん、フラスコの中の女の子にお説教されてる。この人、もしかしてトラブルメーカー? 私、頼っちゃいけない人に頼っちゃったっぽい?
「なあ、まずはアンタ、誰なんだ? あんな空間を扱う魔術……いや、空間や時間なんてもの、魔術じゃ扱えない。ということはアンタ、魔法使いか?」
「せいかーい。理不尽くん、さすが魔術師だね。うん、僕は魔法使いマレフィキウム。百花の魔法使いって呼ばれてるよ」
お兄さんの自己紹介を聞いた瞬間、レナートの顔がうげって感じで盛大に歪んだ。
「テメェがあの悪名高い百禍の魔法使いか! おいクソ糸目、ラーラに何してくれやがった‼」
「理不尽! なんで決めつけてんのさ」
「うるせぇ! いらねぇ騒動あちこちにばら撒く天災って国境超えて有名なんだよ、アンタは。ラーラがおかしくなったの、絶対アンタが原因だ! 今すぐなんとかしやがれ‼」
あ、なんかよくわかんないけど、レナートさっきより元気になった。よかった~。代わりにお兄さんに対する当たりが強くなった気がするけど。ま、いっか。




