元死体令嬢は変心する1
「ひーまー」
誰もいない部屋、当然のごとく返事はない。シカバネからも返事はない。部屋にいる彼(彼女?)は私に見向きもせず、黙々と掃除してる。
「外に行きたいー」
ベッドの上で駄々っ子みたいに足をバタつかせてみたけど、やっぱり誰も反応してくれない。寂しい。
リビングデッドやってたときは夜がめちゃくちゃ暇だったけど、今はレナートのいない日の昼の方が暇。今は、夜なら眠れるから。
「私も町でバイトとかできたらなぁ」
けど、石人である現在、それは無理な話で。まあ、リビングデッドのときも無理だったんだけど。
この国は人間以外の扱いがあまりよろしくないから。中でもリビングデッドと石人は完全モノ扱いで、人となんてみなされてない。動く死体と動く宝石。
とはいえ、私がリビングデッドやってたあの百年前よりは、すこーしだけマシになったらしいけど。
「人間に生まれられてたら……」
「その願い、叶えてあげようか?」
慌ててベッドから飛び起きて声のした方――はめ殺しの大きな張り出し窓――を見ると、そこには知らない男の人が座っていた。
「……誰、ですか? ていうか、どうやってここに?」
森の中には警備の骨さんたちもいたはずなのに、ほんとどうやって入ってきたの? とりあえずは彼らが気づいてくれるまで時間かせがなきゃ。
「僕は百花の魔法使いマレフィキウム。えーとね、ここへは扉を使ってお邪魔させてもらったよ」
「……え? まほう、つかい?」
「うん、魔法使い。お嫁さん候補にフラれてどうしようかな~って思ってたとこに、きみから面白そうな願いのにおいを感じたから来てみたんだ~」
魔法使いって、あのグリモリオくんのお仲間的な? そういえば、どこか間延びしたような喋り方とか、うさんくさい笑顔とか、いきなり出てくるとことか似てるかも。
姿かたちはだいぶ違うけど。グリモリオくんはゴスロリ天使って感じで、このお兄さんはなんだろ……糸目のうさんくさい中国人系キャラっぽい感じ? 三つ編みだし着てる服もなんかチャイナっぽいし! と言っても、見た目は完全ヨーロッパ系なんだよね。金髪に緑の目だし。
でも、本当に本物? ただのヤバい人だったらどうしよう。骨さんたち、早く来て!
「あ、本当に魔法使いかって疑ってるでしょ?」
「ソンナ、メッソウモナイ」
バレた! ナンデ⁉
「しかたないな~。えーと、百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけ……って、そういやきみ、名前は?」
「は? えっと、ラー……じゃなくて、トリコサンセスです」
「じゃあ、改めて。百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけ、トリコサンセスの願いを叶えることを誓う。百花繚乱の未来を来らしめよ」
なんかよくわかんないけど、すっごいドヤ顔してる。これ、私どう反応すればいいの?
「えぇ~、なんでその反応? ここは『わぁ、魔法使いの宣誓だ~! すごい、本物だ~』って驚くとこじゃない?」
「いや、知らないですし。それ、なんかすごいことなんですか?」
「すごいことだよ! 魔法使いの名前使って宣誓するって、本物以外だったら当の魔法使いからお仕置きくらうんだから」
「……はぁ」
なんかこの人、本物な気がしてきた。今のとこ危害加えられることもなさそうだし、このどっかズレた感じ、グリモリオくん思い出す。
「も~、ファーブラだったら『ぎゃーっ』とか『出たー』ってなるのに~」
「なんかすみません」
極夜国も位置的にはファーブラ国の中にあったけど、独立してたし鎖国してたからなぁ。だからファーブラのことって全然知らないんだよね。船乗るためにアルブスって港町は使ったけど、あの時はレナートのことばっか考えてたから観光なんてしてる余裕なかったし。
「まあ、いっか。ほら、願い」
「唐突ですね。でも確か魔法使いに願い叶えてもらうのって、代償が必要なんですよね?」
「へぇ、それは知ってるんだ。うん、必要だよ~。願いによってまちまちだから、とりあえず願い言ってみてよ」
「えぇ、そんなこと急に言われても」
魔法使いに頼まなきゃならないような願いなんて、今の私にはもうないよ。うん、ない。
「あるよ」
灰鉄柘榴石みたいな緑の目は、まるですべてを見透かしているようで。そのやけにまっすぐな視線のせいか、なんか嘘ついちゃってるときみたいな、すごく落ち着かない感じがしてきた。
「さっき言ってたでしょ? ほら」
「さっきって……外行きたい?」
「ふせいかーい」
「じゃあ、バ――仕事したい?」
「うーん、あと一息」
――人間に生まれられてたら……
「人間に……なり、たい?」
だめ、違う。これはほんのちょっとだけ、ほんとにほんのちょっと思っただけ。
「うそ、うそうそ‼ 違う、これは違うか――」
「正解。僕がひきよせられたのは、このにおい。きみのその願い、僕なら叶えられるよ」
「人間に……なれ、る?」
だめ。そんなこと、レナートに相談もしないでひとりで決めちゃうなんて。そんなの、絶対だめ。だめ、なのに……
「代償、は?」
止められなかった。確認するだけ、そんな風に言い訳しながら。
「きみの今までの思い出、全部」




