4.死体令嬢は学習する
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず!」
この前の小テストに出てきたやつ。まだ覚えてたから、とりあえず言ってみた。えーと、情報は命ってやつ。たぶん。
「ほんとうるせぇな、おまえは。なんなんだ、その呪文」
「昔の偉い人の言葉」
そう、情報が欲しい。日本に帰るにも、まずはここのことを知らなきゃ動きようがない。なら、やることは一つ。
「ねえ、セクハラ野郎。ここのこと教えて」
「レナート様な。それと、やなこった。だいたいなんだ、ここのことって。大雑把にも程があんだろ。自分で調べろ」
「保護者のくせに無責任すぎ」
「誰が保護者だ! おまえは僕だ、僕」
ケチ臭いな、セクハラ野郎め。ネクロマンサーとかせっかく魔法があるファンタジー世界なら、しもべに情報くらい一瞬でインプットしてよ。
「使えない保護者め。いつか大失敗して保護者として責任取らせてやる」
「そんなことしやがったら契約解除して腐らせてやる」
極悪非道のセクハラ野郎めー! こんな美少女を腐らせるとか、地獄に落ちろ‼
はいはい、いいですよー。自分で調べますよー。
とりあえず棺桶から出て部屋の中をブラブラしてみる。ちょうど本棚があったから、そっから適当に一冊取り出してみた。
「……うん。無理!」
文字が読めなかった。
だって、英語とかですらないよ、これ。いや、英語だったとしても読めなかったけどね! 英語苦手なんだよ。とりあえず、しゃべる方だけは通じててよかったー!
「ねえねえ、セクハラ野郎」
「あぁぁぁぁぁ! ほんっとうるせぇな、おまえ。ちったぁおとなしくできねぇのかよ」
「だってー! こんな字、私知らないもん」
セクハラ野郎はがっくり肩を落とすと、めちゃくちゃ深いため息を吐き出した。
「こんだけ流暢に共通語しゃべってるっつーのに……わかった。ここまでこの国のことを知らないとなると、この先本当に問題を起こしかねねぇからな」
「うんうん。わかってくれて嬉しいよ」
「あー、失敗した。なんでよりにもよってこんなうるせぇのが中に……。せっかく久々に新鮮な死体が手に入ったって思ってたのによぉ……はぁ」
うるさいとか失礼な。こんな美少女が一緒にいてあげるんだから喜ぶべきでしょ。
なんて。この体、私じゃなくてエルバのなんだけどさ。
「まず、説明するにしてもどっから説明したもんか……ラーラの国の常識がわかんねぇから、正直俺にもどうしたらいいもんかわからん。今のとこわかってるのは、ラーラの国とここは、とんでもなく常識が違うってことだ」
「うん、全然違う。私のいたとこには、あなたみたいなネクロマンサーなんていなかった。そんなのはゲームとか漫画とか、作り物の世界の中のもの。魔力とか魔法とか、私の周りにはそんなのなかった」
「魔法や魔術のない場所なんて、この世界じゃまずありえねぇ。とすると、もしかしてラーラは国どころか、違う世界から……?」
うん。たぶんそう。
だって。どう考えてもここ、地球じゃない。セクハラ野郎――いい加減レナートって呼んでやるか――の見た目もザ・ファンタジーの魔法使いって感じのローブだし、白目まで黒くなるとかそんな人、ホラー映画とかでしか見たことない。
「しっかし、他の世界っつってもなぁ……そんなもん、実際にあんのか?」
「ないの? でもここ、私のいた世界じゃないよ。過去にもなかったの? 他の世界からやって来た人が勇者になって世界を救うとか、色んな知識や技術をもたらしたとか」
「なんじゃそりゃ。なんで自分の世界を救うのを他の世界のヤツに任せなきゃなんねぇんだよ。それに知識も技術も、過去からこの世界で積み上げてきたもんだ。大衆小説じゃあるまいし、そんなん聞いたことねぇよ」
あ、こっちでもそういう物語自体はあるんだ。へ~。
「まあ、いい。とりあえず一般的なことから説明するぞ」
そっからレナートが説明してくれたのは、この国のこと。
ここはティエラという国で、九つの領地から成り立ってる。そのうちの一つがシプレス領。私が今借りてる体、エルバはそこの人だった。
ちなみに今いるここはそのお隣、マンサーナ領。そのどっかの森の中。町に出るときは、レナート特製骨の馬がひく馬車で町に出るらしい。さすがネクロマンサー。あまり乗りたくない。
「次は魔術のこと。この世界には魔法や魔術がある」
「魔法と魔術って違うの?」
「全然違う。どうせ説明してもわかんねーだろうから細かい説明は省くが……魔術はどの種族でも適性があれば使える。が、魔法は違う。魔法を使えるのは、魔法使いっつー種族だけだ」
「魔法使いって種族なの?」
「ああ。ちなみに魔法使いの他にも種族は色々いるぞ。俺たち人間の他にも獣人や妖精、人魚、魔獣に悪魔から天使まで。とにかく色んなやつらがいるし、しかもその種族の中にもさらに細かい分類がある」
うわぁ、異世界複雑~。
とりあえず今の話の中で理解できたのは、レナートが使ってるのは死霊魔術っていう魔術だってこと。死体に疑似魂っていうのを入れて動かすってやつ。私とみたいに血の契約ってのを交わすのと、そうじゃないのとあるらしい。なんか他にも色々語ってたけど、全っ然わかんなかった。校長の朝礼の話より長かった。いるよねぇ、得意分野を語りだすと止まらなくなる人。
「しかし魔術がないなんて、ラーラの国は不便だな」
「そう? でもその代わり、私たちの世界は機械とかそういうのがすごかったよ。自動車とか飛行機とか、スマホにインターネットに……」
「この世界にも自動車や飛行機はあるにはあるが……後半のはわかんねぇな」
「自動車とかあるんだ! 意外~」
そんな風にお互いの世界の情報を交換して盛り上がってたら、いつの間にか窓の外が明るくなってて。
「とりあえず今日はここまでだ。あとは追々、実際に外行って覚えろ」
「外、出ていいの⁉」
「追々な。それにはまず、その目立つ外見をどうにかしねぇと。なにせその体、盗掘してきたやつだからよ」
「ちょっ、胸張って何言ってんの⁉」
ネクロマンサーってみんなこんななの?
でも盗んできたってなると、たしかにエルバの外見はまずい。トゥヘッドの美少女ってだけでも目立つのに、この目はヤバい。エルバのこの目はいないことはないけど、だからってその辺にほいほいいるもんでもないらしいから。
隣の領だし、誰に見られるかわかんない。このままだと私、外に出られない!
「ピーピー騒ぐな。ま、そのうちなんとかしてやるよ。下僕を連れ歩けないのは俺としても不便だからな」
「下僕言うな! あと泥棒すんな」
「うるせぇ。どうせ腐ってなくなっちまうんだし、ちょっとくらいいいだろ」
なんてやつだ。本当に私とは常識が違う。
ちょっとだけ実はいいヤツかも~なんて思ったけど、やっぱなし。
「とりあえず俺は寝る。あ、逃げんなよ。逃げたら契約解除するからな」
「逃げないってば。ムカつくけど、今はアンタしか頼れる人いないんだから」
私の言葉にレナートはめっちゃ満足そうに笑うと、「俺が寝てるからって、勝手に家を荒すなよ」って言って部屋を出てった。
おっけーおっけー。それは家を荒らせっていうフリですね。よっしゃ、探検開始ー!