34.死体令嬢は探求する
ふすまの向こうから聞こえてくるお母さんの声……それは、胸が痛くなるようなむせび泣きで。覗き込んだ和室、そこにお母さんはいた。
白い祭壇に飾られた私の写真の前で、座り込んで泣いてた。
『ただいま、お母さん』
泣いてるお母さんの背中に、そっとよりかかるように抱き着いた。
「……梓?」
聞こえないはずの私の声に、お母さんがぼんやりと顔を上げる。
『私が見えるの⁉』
でも、やっぱり私の姿も声も、お母さんには見えてなかったし聞こえてなかった。一瞬だけ顔を上げてくれたけど、お母さん、またすぐにうつむいちゃった。
改めて祭壇を見る。
飾られてる私の写真、花、お線香やろうそく、お供え物――そして、骨壺。
それはどう見ても、私のための祭壇だった。
『ごめん……いきなりいなくなっちゃって、ごめんね』
また泣き出しちゃったお母さんの背中に寄り添って、ごめんねって言い続ける。
あんなバカみたいなことでムカついて傷ついて、挙句変なプライドを守ろうとして死んじゃって。それで、お母さんをこんな風に泣かせちゃって……私、本当にバカだった。
『ごめん……ごめんなさい、ごめんなさい』
大好きだったお母さんの背中で、伝わらない「ごめんなさい」を繰り返す。それでも、お母さんに聞こえなくても、言わずにはいられなかった。
『ごめんなさい、ごめんな――』
「ごめんね、梓」
お母さんが、泣きながら私の写真に話しかける。
「お母さん、ずっと泣いててごめんね。心配かけちゃうよね。でも、今はまだ……もう少しだけ、泣かせて」
涙でぐしゃぐしゃの顔で笑ったお母さん。私に心配かけないようにって、必死に笑ってくれたお母さん。
『お母さん……おかあ、さん』
帰りたかった。ここへ、帰ってきたかった。
「梓のこと、愛してる。これまでも、これからも、どこにいても……ずっと、愛してるから。お父さんも、牽牛も、みんな梓のことを忘れない。ずっと、忘れないから。いつかはきっと、泣き止むから。だから梓は、お母さんたちのことは心配しないでいいからね」
でも、気持ちだけじゃできないことはここにもあった。どんなに思ってても、どんなに望んでも。
現実はどこまでも無情で、誰にでも平等で――
『私も! 私もみんなのこと大好き‼ もう会えなくなっても、たとえ忘れちゃったとしても、忘れられちゃったとしても……ずっと、ずっと大好きだから‼』
でも、それでも、私は幸せだった。家族に愛してもらえて、親切な人たちにたくさん助けてもらって、誰もがもらえるわけじゃないおまけの時間を過ごさせてもらえて。そして、こうやってちゃんとお別れできて。
『ありがとう。私を生んでくれて、育ててくれて、忘れないって言ってくれて……。ありがとう。お母さんも、お父さんも、牽牛も、みんなみんな大好き! 私も、忘れない。絶対忘れないから‼』
はっとした顔で振り向いたお母さんと目が合った。
聞こえた? 伝わった? わかんないけど、でも、そうならいいな……
『もし次があるなら……私、またお母さんの子供に生まれたい。だから、またね!』
泣き笑いのお母さんの顔を最後に、私の意識は途切れた。
※ ※ ※ ※
私には、前世の記憶がある。
こことは全然別の世界で、前の私は日本の東京ってところに住んでた。でも十六歳のときに事故に遭って、どういうわけかそのときに魂だけがこの世界に飛ばされてきちゃって。親切な人たちに助けてもらって、なんとか日本には帰ったんだけど……そのときには私、もう死んじゃってたんだよね。
で、今――私は、あの世界にいる。あのとき飛ばされたところとは場所が違うけど、同じ世界に生まれてきた。
「セス、本当に行くの?」
「うん。明日、成人したら行くよ」
明けることのない夜空を見上げながら、心配顔のお母さんに答えた。
ここは極夜国。石人たちが暮らす、朝の来ない夜の国。
そういえば私、ここに飛ばされてきたときは石人のふりしてたんだっけ。まさか本物の石人になるなんて、想像さえしてなかったよ。
「そっか……見つかるといいね」
「うん。絶対に見つけるよ。見つけてみせる」
石人は百歳で成人を迎える。そして明日、私は百歳になる。
石人は成人すると国を出ることができるようになるんだけど、たいていの人はそのまま国で暮らす。外に行くと太陽の光で寿命が縮むし、目の宝石――守護石――を狙われるから。
でも、それでも一部の変わり者は国を出てく。有名なのだと、百三十年くらい前にクリソベリル公爵家の長男が出奔したらしい。
「でも、セスの半身ってどんな人なのかしら? お母さんも見てみたかったなぁ」
石人が国を出ていく理由。その大半の理由は、半身を求めて。
私たち石人には、“半身”っていうのが存在する。半身っていうのは石人にとって、最高の幸せと最高の不幸をもたらすもの。出会ってしまったら最後、絶対に抗えない、呪いみたいな魂を縛り付ける伴侶。
「私の半身はね~、ひねくれ者で朝がめちゃくちゃ弱くて、あと寂しがり屋で子供みたいで、でもお人好しですっごく優しい人」
「やけに具体的ねぇ。心当たりでもあるの? でも出ていくってことは、この国にはいないってことだし……?」
「まだ会ったことないけど、私の半身はアイツしかいないから」
守護石の加護の力――魂の再来――のおかげで前世の記憶はちゃんとあるのに、その人の姿だけが思い出せない。
でも、憶えてる。顔も名前もわかんないけど、憶えてる。あのバカみたいなやり取りも、何度もドキドキさせられたことも、ずっと一緒にいてくれたことも。
「そう。なら、いってらっしゃい。でも、気をつけてね。外の、特に人間たちは、私たちの守護石が大好きだから」
「うん、わかってる。大丈夫、気をつけるよ」
一度襲われたこともあるからね。あのときは偽物だったけど、今度は本物だもんなぁ。ただ、今の私にある守護石はメテオライト。ぱっと見は鉄とかにしか見えない地味なやつだから、ダイヤモンドとかサファイアとかの派手なやつより狙われる確率は低いと思う。
「会えるといいわね。……幸せに、なってね」
「うん。大丈夫、絶対なるよ」
あのときから百年……もしかしたら、もうとっくにアイツは死んじゃってるかもしれない。人間だったら、たぶん死んじゃってる。でも、この世界は私の普通とは全然違うから。もしかしたら……。だから、私はアイツを探す。私の半身は、アイツしかいないから。




