32.死体令嬢は後悔する
――わたくしは意地の悪い姉だから、あなたを殺してなんてあげない。真実を知り、きちんと罪を償ったあとは……あなたはあなたが見下していた人たちと同じ世界で、自分の力で生きていきなさい。さようなら、カタリナ。
エルバが最後に言ったことの意味、今やっとわかった。
自分も見下してた人たちと同じ人間だったってことを知って、そのうえでその人たちがたくさん生きている、この同じ世界で生きていけ――これが、エルバがカタリナにしたお仕置き。でも、これって本当にお仕置きだけ?
「おそらくだが、父親の死がきっかけでエルバはカタリナのことを本格的に調べたんだろう。で、その副産物で、カタリナ本人さえ知らなかったカタリナの体質のことを偶然知っちまった」
「そっか……あ、そういえばエルバのお父さん殺した人って、結局誰だったの?」
カタリナはやってないんだったら、誰が? あのクソ浮気野郎?
「もう捕まってるが、まったく知らない男だった。カタリナの兵隊の一人だったんだろうな」
レナートは持ってた新聞を私へと放りなげてきた。受け取った新聞、そこにいたのはまったく知らない、見たこともない人。字が読めないから名前もわかんない。
まあ、わかったところで知らない人には変わらないんだけど。
「この人、なんで?」
「巣を守るため、敵を排除したんだろ」
「巣?」
巣って……カタリナを中心とした集まり、いわゆるカタリナとその取り巻きってことだよね? え、なんで?
「攻撃してくる敵から身を挺して巣を守る。それが兵隊の役割だから」
「いや、それはわかったけど。でもその巣を守ったところで、カタリナにはあのクソ浮気野郎がいるわけでしょ? 好きな人のためとはいえ、その人になんの得があるの?」
「得とかそんなん関係ねーんだよ。カタリナは女王の役割を、ベッファは王の役割を、そしてそいつは兵隊の役割を。魔素によって変質したカタリナの疑似生理活性物質が作り出すのは、そういうもんなんだ。あいつは自分の周りの人間を、白蟻みたいな何かに変えちまう」
怖すぎるんだけど、その力。じゃあカタリナの周りにいる人は、みんな白アリみたいになっちゃうの? 感情よりも、役割を果たす方をとっちゃうの?
「でも待って! カタリナの近くにいても、そうはならない人もいたよ? エルバとか、お父さんとか、アリーチェさんとか。同じ家に住んでるエルバたちの方が、取り巻きの人たちよりよっぽど距離近いのに」
「もちろん、誰でもなるわけじゃねぇんだと思う。だが、じゃあ誰がカタリナの集団に入るのかってのもわかんねぇ。しかもカタリナのは魔術じゃねぇ、体質だ。魔封じも効きゃしねぇ。制御できない力は危険だ。だが、研究対象としては大いに価値がある。だから、あいつはこれから国の管理下におかれる」
それって、もう死ぬまで外に出られないってことだよね。半分は自分で引き起こしたことなんだろうけど、もう半分はそれ、カタリナが悪かったのかな?
かといってエルバにした仕打ちはやっぱりひどいし、なんか……うー、もやもやする。
「カタリナの体質のことを国に報告したのはアリーチェさん、もしくはその関係者だろうな。この封筒、隠そうとはしてあったが、開けた跡が残ってた」
「な……それじゃ、エルバの気持ちは⁉」
わかってる。レナートを責めたって、ましてやアリーチェさんたちを責めたってしょうがないってことくらい。
「エルバ、言ってたのに……真実を知って償ったら、自分が見下してた人たちと同じ世界で生きていきなさいって。それってさ、考えを改めて、カタリナにもう一度やり直してほしいってことだったんじゃない?」
「そうだったのかもしれない。が、そうじゃなかったかもしれない。俺はエルバじゃねーからわかんねぇけど。たださ、もしエルバの気持ちがラーラの言ったとおりだったとしても、俺はアリーチェさんたちが正しいと思う」
きっぱりと言い切ったレナート。その顔は悲しそうだったけど、でも、言葉はエルバの思いをはっきりと否定してた。
「もし国にバレなかったとして、運よく何事も起きず無事服役を終えたとして……じゃあ、そのあとは? 外に出たら、カタリナは自分の力で生きていかなきゃならない。だとしたら、またどこか別の場所で自分の巣を作るんじゃないか? これはカタリナが心を入れ替えようが入れ替えまいが関係ない。あの力は制御できてねぇからな。そうなったら、その周辺の人はどうなる? また、エルバみたいな人間が出るかもしれない」
レナートの言葉に、私は何も言い返せなかった。気持ちだけじゃ、できないことなんてたくさんある。どんなに思ってても、どんなに望んでも。
「うまく、いかないね。エルバ、がんばったのに」
「仕方ねぇよ。エルバはまだ十六の小娘だったんだぞ。人生経験ってもんが圧倒的に足りてねぇ。それでもあいつは、そのとき自分にできることはやってったんだ」
「じゃあ、もしエルバが大人だったら、もっとうまくいったのかな……」
「ばーか。そんなんわかんねーよ。経験積んでる分多少マシって程度で、大人だって間違えるしバカもやる。むしろガキの方がマシって大人だってゴロゴロいるんだぞ。……俺とか、な」
レナートの「ばーか」に、いつものキレがなかった。しかも自虐するとか、全っ然らしくない。
あわせてくれない視線に、落ちる沈黙に、痛みを感じないはずの胸がちょっとだけ痛くなる。
「と、まあ……結果がどうあれ、これでラーラは条件を達成した」
条件達成。うん、わかってる。エルバが成仏したってことは、イコールお別れの時間。
本当はあのときすぐにでも呼ぼうと思えばグリモリオくん呼べたんだろうけど……できなかった。だって、レナートがまだ捕まってたから。あのままレナートとさよならなんて、できるわけなかった。
「……うん」
帰るなら、レナートとだけはちゃんとお別れしたかった。
右も左もわからなかったこの世界で、一番最初に会った人。口が悪くて子供みたいでデリカシーがなくて、でも優しくて寂しがりな人。動かないはずのこの心臓が、何度も動きそうになった人。
初めて、ちゃんと好きになった人。でも、絶対に好きだって言っちゃいけない人。
石が埋まってる心臓の上に、そっと手を置く。冷たい、動かない心臓の上に。
「終わったよ。条件、達成した。だから来て……黒書の魔法使い、グリモリオ!」




