31.死体令嬢は勉強する
それからレナートが帰ってくるまでの間、私はアリーチェさんのとこにお世話になってた。
別に森でもどこでも潜んではいられるけど、できたら私だって人の住むちゃんとしたところの方がいいし。それになにより、ここだったらレナートやエルバたちの情報が入ってくるから。
あの騒動のあと、翌日の新聞は一面エルバたちのことで埋め尽くされていた。私は字が読めないから詳しい内容まではちょっとわかんなかったけど、あのときの写真がいくつも載ってたのと、記事の一部をアリーチェさんに読んでもらったからなんとかわかった。
獄死したあと亡骸が消えてしまった領主の娘が、自分を陥れた妹と元婚約者の前に復讐するために現れた――ってことらしい。そんなゴシップ、騒がれないわけがない。ついでにそっから暴かれていったのは、カタリナとその周囲の人たちがやった色々なこと。
「でもほんとよかったよ、レナートが無事に釈放されて」
「当然だろ。証拠はねーし、書類上は無実だからな」
書類上はね。グリモリオくんの石のおかげもあって、血の契約っていう証拠もギリギリで隠滅できましたしね。
「あー、ようやく帰ってきた!」
久々の地面! ずっと馬車乗ってたからな~。
ようやく帰ってきた懐かしのレナートの塔。しっかし、こんな中ボスとかが出てきそうな塔を懐かしく思う日が来るなんて。ま、それもあと少しなんだけどね……。
そんなちょっと切ない気分で持ち帰ってきた荷物を馬車から降ろしてたとき、ふと目に入ってきたのは向こうで買ったいくつかの新聞や雑誌。
「カタリナたち、どうなるんだろうね」
エルバの大暴れがきっかけで、権力を失ったカタリナたちはゴシップ誌の格好のターゲットになった。今は国に捕まってるけど、裁判が終わったあとはどうなるんだろう。
「カタリナが実際やったのは、公文書偽造と他いくつかの軽微な罪だが……あいつはたぶん、もう外には出てこらんねぇんじゃねぇかな」
「え、なんで⁉ それって、そんな重い罪だったの?」
この世界、石人は殺してもたいした罪に問われないのに、文書の偽造とかは無期懲役になっちゃうくらい厳しいの?
「いや、罪自体は何年かの服役で終わりだ。ただな……エルバが言ってたカタリナの体質のこと、憶えてるか?」
塔の階段を登りながらレナートが聞いてきた。最後までエルバが教えてくれなかった、カタリナの秘密のことを。
最上階の部屋にたどり着きレナートは机の前の椅子に、私は部屋の中央に置きっぱなしの、最初に私が入ってた棺桶の上に座った。
「釈放されたあと、アリーチェさんとこにラーラ迎えに行っただろ? あのとき、あの人から渡されたんだ。差出人はエルバ」
レナートは持ってた鞄から封筒を、そしてその中からレポート用紙みたいな紙の束を取り出した。
「……あいつもな、混ざってたんだよ。しかも、先祖返りだった」
手元の紙に視線を落としながら、レナートがぽつりとつぶやいた。
カタリナは自分のことを生粋の人間だって言ってた。だからエルバのことを混色って見下してたのに。けど、本当はカタリナも同じだった。見た目じゃ全然わかんなかったけど、カタリナにも異種族の血が入ってた。
「蟻獅子。あいつはどっかで、その種族の血が入ってたんだ」
「ミルメコレオ?」
初めて聞く単語に首をかしげた私にレナートが説明してくれたのは……
「蟻獅子ってのは、上半身は獅子で下半身は蟻の姿をしてる種族だ。足は六本、前足二本が獅子で残り四本が蟻。こいつらは固定の種族ってわけじゃなく、獅子が蟻の卵を妊娠させたとき生まれてくる限定的な種族だ。ただ、こいつらはすぐ死ぬ。獅子の上半身で肉を食っても、蟻の下半身がそれを消化できねぇ。だから、すぐ死ぬ」
ライオンがアリをって……異世界なんでもありすぎ! しかも何その矛盾した体の作り。死ぬために生まれてくるの?
「だってのに。よりによってそんなすぐ死ぬようなやつらの血が、たまたまカタリナの先祖と混じっちまった。しかもこれが、またちょっと特殊でな……その獅子蟻は、白蟻の卵から生まれたんだ」
蟻じゃなくて白蟻だと、何が問題なんだろ?
「蟻と白蟻、どっちも社会性昆虫で名前も似てる。が、こいつらは全然別モン。ちなみにだがラーラ、社会性昆虫ってのは知ってるか?」
勢いよく首を横に振った私に、レナート先生はいい笑顔で授業を開始した。
社会性昆虫――簡単に言うと、家族って集団の中にいくつかの階級を作って、人間みたいな社会を作って暮らしてる虫たち。よく例にあげられるのは、アリとかハチとか。
「そんな同じ社会性昆虫で名前も似てて。だが、蟻と白蟻は全然別モンなんだ。蟻は完全変態昆虫で蜂の仲間、白蟻の方は不完全変態昆虫で蜚蠊の仲間」
完全変態とか不完全変態とか、変態なんてレナートだけで十分だよ。もうお腹いっぱいってか、頭いっぱいだよ。うぅ……頭痛くなる。なんで異世界に来てまで生物の授業みたいなの受けてんだろ、私。
でも、これが理解できないとカタリナのこともわからないわけで。がんばってレナート先生の生物の授業に集中する。
「白蟻ってのは雌中心の蟻たちと違って、雌雄混合の集団なんだ。しかも女王蟻だけでなく、番の王蟻もいる。さらに白蟻ってのは働き蟻の状態から階級分化して、生殖用の翅蟻や巣の防衛用の兵隊蟻なんかにもなるんだ。その分化を促すのが、体内の幼若生理活性物質の濃度」
フェロモンとかは聞いたことあるけど……これ、理解しなきゃだめ? なんかレナート、趣味に走って話してない?
そんな私の疑いの目に気づいたのか、レナートは苦笑いを浮かべた。
「まあ聞け、本題はここからだ。カタリナは、そんな白蟻の特性を持つ種族の先祖返りだった」
白蟻と同じって……待って! それってこの話の流れだと、まさか――
「取り巻きを、兵隊や生殖相手に分化させてた?」
――ですから、カタリナ様の周りには熱心な信奉者がたくさんおりました。多少勉強が不得手でも、それを助ける者が。その美しさを褒めたたえ、高価な贈り物をする者が。カタリナ様に不足しているものは、誰かが差し出すのです。
――ですが……一度どなたかと諍いを起こされたときなどは、そのカタリナ様が嘆けば、周囲の者が代わって相手を難じてしまう。それがたとえ、相手の方に非がなかった場合でも。
初めて会ったとき、アリーチェさんが言ってた。カタリナの周りには、常にそういう人たちがいるって。それってカタリナが、働き蟻になる人や兵隊蟻になる人を作り出してたから……ってこと?
「ただ、人間と昆虫はまるで違う生き物だ。人間は生理活性物質で階級分化なんてしねぇ。だから普通なら、そんなこと起きるはずねぇんだよ」
普通なら。でも、この世界は普通じゃない。この世界の普通は、私にとって全然普通じゃなかった。
「だがこの世界には、魔術や魔法を使うための源となる魔素って物質がある。この魔素ってのは濃度の差はあれ、だいたい世界中どこにでもあるもんだ。カタリナはそんな魔素を息をするみたいに取り込んで、蟻獅子の能力を発現させてた。で、周囲のやつらの階級分化を促す生理活性物質濃度を調節する力を、擬似的に再現してたんだ。……無意識に、な」
魔術は使えなかったのに。だから領主になれなかったのに。なのに、まるで魔術みたいな体質を持ってたとか……なんて皮肉。
「だからカタリナは、人間のいる場所でそこに魔素があるなら、どこでも自分を女王とした疑似集団を作っちまう可能性がある。白蟻の蟻獅子の力で。だからおそらく、アイツは出てこられない。発見されちまった以上、国に管理される」




