3.死体令嬢は決意する
※ ※ ※ ※
きらきらしたシャンデリアに照らされたダンスホール。大勢のドレスやタキシードみたいな服を着た人たちが私を囲んで見てる。
「お姉さま……そこまで私たちが、家族が憎かったのですか?」
「そのようなこと!! 違います、誤解です!」
金髪碧眼のきらっきらな美少女が、今にも泣きだしそうな顔でこっちを見てた。その隣に立ってるのは、金髪ちゃんに比べてえらく地味な茶髪の男の人。
「見損なったよ、エルバ嬢。クレシェンツィの暁紅とまで呼ばれていた貴女が、まさかあのようなおぞましい罪に手を染めていただなんて……」
茶髪も悲しそうな顔で私を見る。
え? エルバって、もしかして私のこと?
「ですから誤解です! 神に誓って、わたくしはそのようなこと致しておりません」
私の口が勝手に喋る。でも、その場の誰も聞いてくれない。
みんな悲しそうな残念そうな顔をしてるのに、私の言葉は完全スルー。
「違う! わたくしは致しておりません‼ お願い、信じて……わたくしの言葉を、聞いて」
心が痛い。苦しい。私の中にエルバの悲しみが入ってくる。
やってない。信じて。聞いて。悲しい。裏切られた――
そしていきなり場面は切り替わり、きらきらした場所から一転、暗くて冷たい牢屋になってた。
「アリーチェ……助けて、アリーチェ」
アリーチェ? アリーチェって誰だろう?
「違うの、わたくしはやってない。なのに……助けて……でも、もう……」
伝わってくるのは、痛くて痛くて悲しい気持ち。死にたい、助けて、消えてしまいたい、そんなエルバの切望と絶望。
かわいそうなエルバ。やってないことでみんなから責められて、やってないって言ってるのに誰も信じてくれなくて。悲しくて悔しくて、これから来る救いのない未来に怯えることしかできなくて。
そんなエルバの前に、ガラスの小瓶が転がってきた。鉄格子の向こうから、誰かがエルバのもとへと転がした。エルバはそれを手に取ると蓋を開け、一瞬もためらうことなく中身を飲み干した。
※ ※ ※ ※
起きたら全部夢だった。
なんて夢見て。けど、現実はやっぱり無情で。
最初に寝かされてた棺桶の中で目が覚めて、変わらない非現実的な現実にため息をつく。
「ないわー。ほんとないわー」
知らない場所で目が覚めて、おまえは死体だとかわけのわからないこと言われて、逃げたら骸骨に捕まって、無理やりキスされて、ぶっ倒れて変な夢見て……
唯一の救いは言葉が通じたことくらい。私は日本語をしゃべってるつもりなんだけど、実際はどうなんだろう? 自動翻訳? なんとなくなんだけど、セクハラ野郎とか吹き替えっぽく感じるんだよね。ま、いっか。
それにしても私、いったいどこへ来ちゃったんだろう。今、違う世界にいて、違う人の体に入ってる。不本意だけど、そこは認めよう。結局あの鏡は本物らしくて、何度見ても別人の顔だった。声だって、私の声こんなにかわいい感じじゃないし。
でもさ、そうすると私の本当の体、そっちは今どうなってんだろ?
ここで目が覚める直前の記憶が全然なくて、すっごいもやもやする。もしかして私、死んじゃってたりする?
いやいや、悪い方へ考えるのはやめよう。目が覚めないだけで、今頃病院のベッドの上とかかもしれないし。……って、それもあんまりよくはないなぁ。お母さんたち、どうしてるんだろう。
あー、もう! 今は違うこと考えよう。えーと、あ、さっき見た変な夢。なんか自分が体験したみたいな、やけにリアルだった夢。その夢の中で、私はエルバって女の子になってたんだっけ。
「で、エルバって誰?」
「その体の元所有者だな」
独り言に返事がきて思わず跳ね起きた。窓のそばの机、こちらに背を向けたままのセクハラ野郎がいた。
「知ってんの?」
「隣の領の領主の娘だ」
ほうほう。この子はエルバっていうのか。てことはさっきの夢って、この体に残ってた記憶ってやつ?
「エルバってどんな子?」
「知らん」
「うっわ、使えねー」
なんて役に立たないやつだ。あ、そういえばこいつ、さっき勝手に私に名前つけてなかった? この体にはエルバって名前があるのに。
「ねえ。そういやさっき、なんでわざわざ私に新しい名前つけたの? エルバって名前があるならそれでいいじゃん」
「そりゃ前の魂の名前だろうが。それじゃ契約できねーんだよ。だから新しくつけた」
「なんて余計なお世話! 同意のない一方的な契約なんて犯罪だ‼」
「ほんっと、キーキーとうるせーガキだな。おまえなんざラーラでも贅沢だっつーの」
うんざりって顔でこっちを見るセクハラ野郎。
ムカつくわー。それに、うんざりなのはこっちだって同じだし!
「契約解消してよ! セクハラ野郎の言いなりとか冗談じゃないんですけど」
「せくは……? なんかよくわからんが、悪口なのはわかったぞ。それとおまえ、言いなりになんて全然なってねーじゃねぇか。あと、契約は解消しない」
ああ言えばこう言う。なんて口の減らないやつ。
「なんでよ! こんな美少女がお願いしてるんだから、ちょっとくらい聞きなさいよ」
「断る。あとその美少女だけどな、俺と契約解消するとどんどん腐ってくぞ。それともお前、起き上がりに戻って、人襲ってその姿保つか?」
……は?
契約解消すると腐ってくとか、人襲うとか、どういうこと?
「おまえの今の状態は生ける死体。俺たち死霊魔術師と契約を結ぶことによって魔力の供給を受けられるようになってる」
ネクロマンサーとか! めっちゃファンタジー職業‼
「で、だ。その魔力は、おまえら死体の腐敗を止める効果がある。契約を解消して起き上がりに戻ると、俺からの魔力供給がなくなって、人を襲って血を摂取しないとその体腐っちまうが……どうする? 俺はどっちでもいいが、起き上がりに用はねぇ。そっちになるんだったら出てってもらうだけだ」
まったく死んでる気がしなかったから忘れてたけど、たしかに死体って腐るよね! やだやだやだ、この上ゾンビとか絶対やだーーー! 人襲うのも無理ーーー‼
「…………契約続行でお願いします」
悔しい。元の体に戻るまでの間とはいえ、こんなヤツに頭下げなきゃならないなんて。
「よろしい。せいぜい励めよ、ラーラ」
「元の体に戻るまでの間だけだけど。よろしくお願いします、セクハラ野郎」
「変な名前つけるんじゃねぇ。俺はレナートだ。レナート様って呼んでいいぞ」
「わかりました。セクハラ野郎」
「微塵もわかってねぇ」
うるさい。おまえなんかセクハラ野郎で十分だ。そんな立派な名前、絶対呼んでやらない。
「契約のことはわかった。仕方ないから受け入れる。でも、これだけは言っとく」
私はセクハラ野郎にびしっと指を突きつけると、高らかに宣言してやった。
「私は必ず自分の体に帰る! 日本に、家族のとこに絶対帰る! ついでにセクハラ野郎をひざまずかせて、その極悪非道な行いの数々、絶対に懺悔させてやる‼」
「そのニホンとやらがどこにあるか知らねぇし、おまえの体が生きてるのかも知らねぇけど。ま、せいぜい頑張れよ。あと、懺悔もしねぇしひざまずきもしねぇし、俺はレナートでせくはら野郎とかじゃねぇし」
「うるさい黙れセクハラ野郎。絶対悔い改めさせてやる。あとアンタもいっぺん死んでみろ」
セクハラ野郎はものすっごく嫌そうな顔をしたあと、「勝手にしろ」って言って私を無視すると、また机でなんかの作業をやり始めた。
ええ、ええ、勝手にしますよ。言われなくたって好き放題してやりますから。こんなブラックな環境、絶対抜け出してやるんだから!