29.死体令嬢は逆襲する
レナートが広場に連れてこられたと同時に、処刑場所がよく見えるように一段高い場所に設置されていた特別席にカタリナと浮気野郎が姿を現した。
「では、参りましょうか」
役所の屋根からエルバが跳んだ。軽く、ふわって。重力無視して!
『エルバ⁉ もしかしてだけど、これって魔法ってやつ?』
「魔法ではないです。わたくしたち人間が使えるのは魔術。風の力で落下の速度を落としております」
めっちゃファンタジー! レナートのネクロマンシーは色々見せられてたけど、こういういかにもって感じなのは初めてだ。エルバ、魔法……じゃなくて、魔術なんて使えたんだ。
そして私たちは音もなく広場に――カタリナ達の真正面に――ふわりと着地した。
「何者だ!」
「侵入者だ、捕らえよ!」
処刑場に突然現れた不審者。当然、警備にあたってた騎士団がわって押し寄せてきた。けど――
「控えよ」
私たちを捕まえようと駆け寄ってきた騎士たちの前に、大きな炎の壁が立ちふさがった。ぐるりと私たちを包み込む炎の壁の中、残されたのはカタリナと浮気野郎、そして少数の騎士たちとレナート。
「お久しぶりですね、カタリナ。そして、ベッファ様」
フードを取って、エルバが微笑う。ごうごうと燃え盛る炎の中、風に乗せたエルバの声が拡声される。同時に炎の外で、大勢の人たちが騒ぎ始めたのが聞こえてきた。
「お姉さま……」
「エルバ⁉」
二人が同時にエルバを呼ぶ。カタリナは嫌なものを見たみたいに、浮気野郎は顔面蒼白で。
エルバはそんな二人に見せつけるみたいにローブを脱ぎ捨てると、周囲にいくつも浮かせていた火の玉でそれを焼き尽くした。
「あなたたちに復讐するため、恥ずかしながら地の底より舞い戻ってまいりました」
にっこりと。私には見えないけど、エルバはきっと今、すごーく怖い笑顔を浮かべてるんだと思う。浮気野郎と騎士たちの顔色がそれを証明してる。でも、カタリナだけは全然動じてなくて。半分とはいえ、さすがエルバの妹。
「落ち着きなさい! それはお姉さま、エルバ・クレシェンツィではありません。そこの不埒で恥知らずな死霊魔術師がお姉さまの亡骸を穢して作り出した、ただの生ける死体です」
カタリナの言葉に騎士たちの顔色が少しだけ戻る。そう、この国の人間にとってリビングデッドっていうのは、当たり前にそこにあるものだから。恐怖の対象じゃない。でもね、エルバだってそんなことは百も承知。
動こうとした騎士たちの足下から、エルバが出した炎が吹きあがる。
「わたくしは正真正銘、エルバ・クレシェンツィ本人。生ける死体? カタリナ、あなたは生ける死体がどういうものか知っていて尚、わたくしをそう断ずるのですか?」
「ええ、もちろん。だって、お姉さまは死んだもの。お父様を殺して、わたくしたちにその罪を暴かれ、みじめに泣きながら勝手に死んだんだもの! そしてそこの死霊魔術師によって、生ける死体にされた‼」
勝ち誇ったように語るカタリナに、エルバは心の底からバカにしたようなため息を返した。
「カタリナ、だからあなたは愚かだというのです。血の契約を交わしている自律型生ける死体は、契約者の魔力を糧に動くのですよ。それが途切れたならば、自律型はもれなく機能停止します。では、わたくしは今、何を糧にこうして動いているというのでしょう。そこの死霊魔術師の魔力は、あなたがはめさせた魔封じの首輪で封じられているというのに」
そう、私たちは今やレナートとは繋がってない。もはや完全自律型リビングデッド。
そのこともあって、エルバの言葉に、ガンガン使われる派手な魔術に、騎士の人たちの顔に再び恐怖の色が浮かんできた。リビングデッドという見慣れた知ってるものじゃなくて、得体の知れない何か。
しかもそれは、ついこの間死んだはずの元上司の姿と人格を持っていて。
「なら、きっと他の死霊魔術師が動かしてるんだわ!」
「では、こちらの方は? あなたがこの方を罪人としたのでしょう? 死罪とするほどの重罪人と、あなたが刑の執行を認めたのではなくて?」
「違う! わたしじゃないもの‼」
「カタリナ⁉」
冤罪の可能性をほのめかされて焦ったのか、カタリナの口調が崩れた。隣の浮気野郎はさらに焦ってる。
「ええ、でしょうね」
エルバの言葉にカタリナは眉をひそめ、浮気野郎は目を見開いた。
「だって、カタリナは魔術が一切使えないですものね。領主代行として決裁しなければいけない書類に必要なシプレスの印章、あなたには扱えなかったでしょう? あれはね、印章に魔力を通して初めて、その印影が浮かぶようになっているの。魔術を扱う素養がなければ、あの印章は扱えない」
「でも、領主代行はわたしよ! そのわたしがいいって言ったんだから、押したのがベッファでも一緒でしょ」
名前を出された浮気野郎の顔色がとうとう真っ白になった。
カタリナ……領主の仕事をそんな雑にやってたの? それがヤバいって、ただの高校生の私にでもわかるんだけど。
「カタリナ。あなたがやったのは、公文書偽造という罪です。知らなかったでは済まされない、大きな罪です。そもそもあなたは、領主代行としても認められていないのではなくて?」
炎の壁の向こうのざわめきが一層大きくなった。エルバの風の魔術で拡声されて伝えられてるこの一連の出来事に、集まった町の人たちが動揺してる。
「領主代行の件はきっと何かの間違いだもの。再申請はかけてるし、問題なんてないわ!」
「何度申請をしても、あなたが領主代行として認められることはないでしょう。ティエラ国の各領を治める領主たちには、魔術の素養が必須ですから。申請書に血判を押す場所があったでしょう? 魔術が使えないあなたがいくら押しても、国は絶対にあなたを認めない。じき、監査と別の領主代行が派遣されて来るはずです」
カタリナ……そんなんで領なんて大きなものを、たくさんの人の生活を動かそうとしてたの? また、誰かに助けてもらうつもりだった? できないって泣いて、誰かを動かすつもりだった?
でもたぶん、それじゃうまくいかない。泣いて助けてもらえるのは、守られる立場だったから。領主になったら、守られる立場から守る立場になる。助けてもらえるんじゃなくて、助けなきゃいけなくなる。
って、ここ数日エルバと一緒に過ごした私は思うんだよね。きれいごとって言われちゃうかもしれないけど、エルバを見てたらそう思ったんだ。
「諦めなさい、カタリナ。わたくしが戻らなくても、あなたはいずれ破滅していたでしょう。おとなしく国の裁きを受け入れ、きちんと償いをなさい」
「……なによ! わたしに負けたくせに、偉そうに説教しないでよ! ベッファにだって愛してもらえなかったくせに‼」
うっわ、逆切れ! しかもそこ、関係ある?
「そうね。たしかにわたくしは、かわいらしい女ではなかったものね。ベッファ様の心が離れてしまったのは、わたくしにも責任はあるのだと思います。ですが……」
エルバはまっすぐ、浮気野郎から視線を外さず、まっすぐにヤツのもとへと。
「だからといって、裏切っていいわけなどないでしょう。裏切られても、わたくしなら傷つかないとでもお思いでしたか?」
浮気野郎の目の前で、その目をまっすぐ射貫いて。
「だって、きみは……強いから」
「強いから? 強ければ、傷つけてもいいと?」
拳を握りしめ、エルバは笑った。




